第37話 説明

 騒然としていたダンスホールは徐々に落ち着きを取り戻してきた。そのころになってようやく医者がやってきた。まずは念のためビラリーニョ嬢を見てもらったが、特に異常は見つからなかった。


 事態が飲み込めない医者に、床にこぼれ落ちた水を鑑定してもらうと、未知の毒物が検出された。慌てた医者はその毒を解析するために持ち帰る許可を殿下にもらっていた。

 どうやら医者が間に合ったとしても、ヒロインを治す薬はなかったようである。つまり、結局あの万能薬を使わざるを得ない状況だったというわけだ。


「フェル様、あの万能薬はどこで入手されたのですか?」

「あれは私が小さいころに、ガジェゴス伯爵家専属の医者にもらったものですよ。当時、毒殺されそうになったことがありまして、また同じ事があったときの対抗策としていただいたものです」


 この話を聞いた医者は、その薬に思い当たるものがあったようだ。一人納得したのか、しきりにうなずいていた。


「貴重な薬なのでは?」

「そうかも知れませんね。どんな毒にも有効な薬だと言っていました」


 確かにすごい薬の効き方だった。まさにあのシーンのために用意されていたかのようなチートアイテム。正直なところ、もう助からないのではないかと思ったくらいだ。


「そんな貴重な薬を惜しげもなく使うだなんて。……見直しましたわ。フェル様」


 何だかむずがゆいな。人として当然のことをしたまでに過ぎない。自分の持っている薬でだれかの命が救えるのならば、相手がどんな人物であろうと、たぶん使うだろう。


「あの、もし私がそのような状態になったら、その薬を使ってくれましたか?」


 弱々しいリアの声。まるで子犬がクゥンと鳴いているかのようである。とりあえずリアを抱きしめると、耳元でささやいた。


「もちろんですよ。ただし、死ぬほどまずいみたいなので、おすすめはしない」

「も、もちろんですわ。ちょっと気になっただけですわ!」


 バッと離れるリア。あのときのビラリーニョ嬢、本当にまずそうな顔していたもんな。あの顔を見たら、ちょっと飲む気にならない。



 医者から問題なしという判定をもらって、ようやく安堵の空気が流れ始めた。ビラリーニョ嬢も落ち着きを取り戻してきたみたいである。

 しかし、ちらちらとこちらの様子をうかがっているのが分かった。俺はそれには一切気がつかない振りをした。


「ビラリーニョ嬢、あの宝石はどこで手に入れたんだ?」


 そろそろ話を聞いても大丈夫だと思ったのだろう。殿下が事情聴取を始めた。初代王妃に頼まれた「大いなる悪」の封印は問題なく達成することができた。しかし、王家が本腰を入れて捜索していた封印の宝石をビラリーニョ嬢が持っていたことが解せないようである。


「あの宝石は亡くなったお母様から受け継いだものですわ。いつかあなたを救ってくれる、運命の人に渡しなさいと言われて……お母様はそれをお父様からプレゼントされたそうですわ」


 ビラリーニョ嬢はそう言うと、俺の方をガン見した。

 左腕にコアラのようにひっついている、リアの腕の力が強くなった。それに応じて押しつけられる胸の圧も増してゆく。

 まずい、これ以上は顔に出てしまう。俺は必死にポーカーフェイスを装った。


「宝石の状態でか?」

「はい」


 ますます分からない、とばかりにあごに手を当てて考え込む殿下。結局それ以上は何も分からなかった。

 普通は指輪やネックレスにして渡すはずである。それをせずにそのままの状態で渡したとなると、もしかすると台座となる指輪がどこかに存在することを知っていたのかも知れない。謎は深まるばかりだ。


 この件に関しては俺たちの手にあまる問題にまで膨らんでしまった。殺人未遂な上に、騎士団長の息子になりすましていた「大いなる悪」は指輪に封印。魔法ギルド長の息子は殺したと言っていた。



 全てを国王陛下や各種関係者に報告し、「あとは我々が引き継ぐので学生の本分に戻るように」と国王陛下に言われたことで、ようやく俺たちの日常が戻って来た。

 もうゲームイベントはいらないからな。あとは静かな余生を過ごさせてくれ。


 この騒動で延び延びになっていたダンスパーティーも、ようやく開催される運びになった。個人的には「もう中止にしてもいいんじゃないか」と思っていたのだが、いかんせん、楽しみにしている生徒が多すぎた。


 巨悪を滅ぼしたとはいえ、その騒動を知っており、かつ、その渦中にいた人はほんのわずか。そのわずかな人のために多くの生徒が楽しみにしている婚活イベント「王立学園ダンスパーティー」を中止するわけにはいかなかった。


 何を隠そう、この「ダンスパーティー」はある意味でカップルを作る場なのだ。着飾ったレディーを、気に入った殿方が声をかける。要するに、ナンパするために催されると言っても過言ではないのだ。


 すでにカップルが成立している人はお互いの親睦を深め、そうでないものは王立学園卒業後に備えて、結婚相手を探す。特に婚約者がまだいない二年生はこのイベントに賭けているはずである。

 中止にすれば、うしろからバッサリとやられることだろう。おお怖や。


「明日はダンスパーティーの本番の日だな。ここまで本当に良くやってくれた」

「どうしたんですか、殿下。熱でもあるんですか?」

「失礼な」


 正常だったか。まだ終わっていないのに、途中段階で殿下がほめるのは珍しいと思ったのだが気のせいか。


「レオン様、何かあったのですか?」


 おずおずとマリーナ様が尋ねた。ですよね。変だと思ったのは俺だけじゃないですよね。チラリと見たリアの顔も恐ろしいものを見たかのような表情をしている。


「例の事件の調査報告がきた。聞きたくないかも知れないが、事の顛末を知っていた方がいいと思ってな」

「なるほど」


 厄介事の共有ですね、分かります。リアとマリーナ様の表情が「また厄介事だ!」と明らかにゆがんでいた。それに気がついているのかいないのか、殿下はこちらの許可を取ることなく話し始めた。良かった、いつもの殿下か。


「調査の結果、魔法ギルド長の息子の死体が見つかった。王立学園の敷地内にある雑木林の一角に埋まっていたらしい」

「良く見つかりましたね」

「死んでいると分かったからな。学園内の生徒の目撃情報を集めて、最後に目撃された場所の近くを片っ端から掘ったらしい」


 なるほど。死んだと言う情報がないと、さすがにそこまで大々的な行動には移せないか。残念な結果になってしまったが、ちゃんと死体を弔うことができただけ、良かったのかも知れないな。


「次にいつから騎士団長の息子とすり替わっていたのかだが、これは最初からそうだったのではないかと考えられている」

「どうしてでしょうか?」


 マリーナ様が眉をひそめた。どこかのタイミングですり替わったと思っているのだろう。正直なところ、俺もそう思っていた。「大いなる悪」に体を乗っ取られたのではないだろうかと。


「騎士団長と小さいころから剣術の訓練をしていたらしい。毎日一緒に稽古をしていれば、その成長具合も良く分かる。あの騎士団長の技量なら、相手が別物に変わればすぐに違和感に気づくだろう。だが、それがなかったらしい」


 騎士団長は自分の息子が普通の人間でなかったことで落ち込んでいるらしい。そしてその奥方も。ある意味、その息子を殺したのは俺だし、謝罪に行った方がいいのかも知れないな。許されないかも知れないが。


「フェルナンド、そんな顔をするな。お前は何も悪くない。むしろ、良くやってくれた、お礼を言いたいと騎士団長が言っていたぞ」

「そうですか。今度、挨拶に行きたいと思います」


 こうして「大いなる悪」にまつわる騒動は、いくつかの悲しみを持って一件落着となった。最少人数の被害で済んだことを喜ぶべきなのだろうか。俺にはそれが分からなかった。

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