第36話 封印の宝石

 事の推移を見守るかのように、俺たちの周りから人がいなくなった。遠巻きに生徒たちがこちらの様子をうかがっている。


「先ほど飲み物を飲んだときに、急に具合が悪くなりましたわ」


 殿下の問いにビラリーニョ嬢が答えた。顔色は良くなってきたが、いまだに震えるビラリーニョ嬢をアレクが支えていた。


 おや? これはひょっとしてカップル成立かな? それはそれでめでたいぞ。騎士団長の息子エンドがどんなエンディングなのかは知らないが、所詮は男爵家。いくら父親が騎士団長だからといって、それほど力を持つことはないだろう。


「ビラリーニョ嬢に飲み物を渡したのはだれだ?」

「私ですが……」

「お前だったのか」


 ビラリーニョ嬢を介抱しているアレクが言った。

 もし、最初から飲み物に毒が混入していたのなら、多くの人が同じ症状になっていたことだろう。しかし、それはなかった。


 そして、飲み物を提供している給仕が毒を盛ったのであればすぐに発覚するだろう。なぜならば、飲み物や食べ物にイタズラする者がいないか、常に監視の目が光っているからだ。


 その監視を逃れたということは、飲み物をビラリーニョ嬢に渡すまでの間に毒が盛られたはずである。そうなると、一番怪しいのは騎士団長の息子、アレクである。

 ビラリーニョ嬢もそのことに気がついたのか、顔から血の気が引いて青くなっている。


 殿下が目配せをすると、すぐに護衛三銃士が取り囲み剣を抜いた。それに気がついたアレクは両手をあげてビラリーニョ嬢から少し離れた。


「な、何をするのですか。私が毒を盛ったという証拠でもあるんですか?」

「お前のポケットを調べれば、案外出てくるかも知れんぞ?」


 殿下が問い詰めている間に、ビラリーニョ嬢は何やら胸元をまさぐっていた。

 あー、なるほど。何となく何が出てくるか分かったぞ。


「フェルナンド様、これを!」


 ビラリーニョ嬢が差し出した手のひらの上には深い海を凝縮したような青さを持つ宝石があった。それはおそらく封印の宝石。


 その不思議な光を放つ宝石に、その場にいた全員の目が一瞬だけ集まった。そしてその石はすぐにひったくられた。


「やはりお前が持っていたか! その宝石が放つ魔力を自分の持つ魔力で隠していたとはな! 近くにあるはずなのに、ハッキリと分からなかったわけだ。やるじゃない!」


 うれしそうにアレクは言った。いや、こいつはもうアレクじゃないな。初代王妃が言っていた「大いなる悪」というやつなのだろう。いつからすり替わっていたのだろうか。

 俺はとっさに左胸のブローチに手をかけた。それを目ざとく見つけたそいつはすぐに声をあげた。


「おい、その杖を捨てろ。お前の魔法は強力だからな。警戒に値する。捨てなければこの辺り一帯がどうなっても知らんぞ! この宝石に封じられている魔力は膨大だからな」

「クッ」


 俺はブローチを遠くへと投げ捨てた。それを目で追いながらニヤリとそいつが笑う。

 だがしかし、これはフェイクである。この場所での魔法は封じられているのだ。杖を持っていても何の役にも立たない。これは単に、あいつの目をそらすための囮である。


 次の瞬間、宝石を握っていた腕が斬り飛ばされた。死角から急接近した護衛三銃士のネッガーに気がつかなかったようである。


「なにい!?」


 自分の腕が切り離されたことに驚くそいつをよそに、護衛三銃士のアーノルドは素早く宝石を拾い上げると、こちらへと投げてよこした。

 さっきまでビラリーニョ嬢の胸の谷間に挟まっていたと思うと、何だが触ることをためらってしてしまった。

 これがリアの胸の谷間に挟まっていたものならぬくもりと匂いを確かめていたのに。


「どういうことだ? 魔法で防御している俺には物理攻撃など効かないはずなのだが」


 首をひねっている。斬られた腕から血は出ていない。すでに人間を辞めていたようだ。そしてどうやら魔法が使えなくなっていることに気がついていないようである。

 鈍いのか、見下しているのか、それとも両方か。


 俺はすぐに例の指輪と合体させた。台座にピッタリと宝石が収まった。ワーオ、ベストマッチ! って、出来レースかよ! 俺のやる気ゲージがグングン下がっていくのがハッキリと分かった。これは間違いなくやらせ。


 そうこうしている間にも、三銃士が囲むように移動しながら距離を詰めていた。それを不利と感じたのか、何やら手を振りかざした。

 しかしなにもおこらなかった。

 首をひねると同じ動作を繰り返した。やはりなにもおこらない。


「おい、どうなっている! 魔法が使えないぞ!?」


 驚きの声をあげた。それを聞いた三銃士が黒い笑顔を浮かべた。すぐに三人は動き出すと、逃げ出さないようにロープで縛り上げられ、簀巻きにされていた。

 剣術大会の覇者というだけはあってそれなりの抵抗を示したが、所詮は王立学園の剣術大会での優勝者。鍛え上げられた騎士の前には手も足も出なかった。


 簀巻きの状態でもまだ余裕があるのか口元に笑みを浮かべていた。物理的な攻撃は受けているようだが、どうやら痛みはないらしい。


「こんなことをして済むと思っているのか? 魔法さえ使えれば、こんな国など簡単に消し飛ばすことができるんだぞ」


 それを聞いた生徒たちがザワザワと騒ぎ出した。しかし、俺たちは全く動揺していなかった。それどころか、徐々に悪そうなオーラが増していた。


「あんなことを言っているが、どう思う、フェルナンド?」

「そうですね、この国に危害を加えるのであれば、見逃すわけにはいきませんね」

「フェルナンド、アレ、使っちゃう?」


 ニンマリと口角をあげて、悪の親玉みたいな表情を浮かべる殿下。悪の手先である俺たちも同じようにニンマリと口角をあげる。

 そんな俺たちの様子に、不穏な空気を感じたようである。


「お前ら何をするつもりだ? この私を滅ぼすことなどできないぞ!」


 勝ち誇ったように叫んだ。確かに滅ぼすことはできないかも知れない。しかし、封印することはできる。


「それじゃあ、なんでこの宝石を奪おうとしたんだ?」


 俺は台座にピッタリと宝石が収まった指輪を見せた。ヒュッと息を吐くと目を見張った。先ほどまでの余裕は完全に消し飛んであり、青い顔をして滝のような汗を流し始めた。


「ど、どこでそれを?」

「さる高貴な御方からお借りしたのですよ。あなたを封印するためにね」

「ま、待ってくれ! 人間の体で封印されたら、二度と復活できないじゃないか!」

「なるほど。それは僥倖」


 ずいぶんと口が軽いようである。もしかすると、人間の姿だと真の力を発揮することができないのかな? 変身をまだ二段階ほど残しているのかも知れない。


「聞きたいことがある。魔法ギルド長の息子、ギルバートはどうした? 返答次第では考え直してやるぞ」

「あいつは殺した。俺の正体に気がついたからな。自分の奥の手が通じなかったことに違和感を持ったらしい。気がつかなければ長生きできたのになぁ」


 クックックと笑う。

 なんてこったい。攻略対象が二人も減ってしまった。残り三人のうち、元生徒会長の先輩は早々にリタイアしている。そうなると、俺たち二人のどちらかじゃん。

 そしてヒロインとフラグをたくさん立ててるのは明らかに俺。ヤダヤダー! 絶対にヤダー!


「もう一つ聞きたい。スケッチ大会のときに魔物を呼び寄せたのはお前か?」

「あれは俺ではない。あのときこの女が宝石を持っていることが分かっていれば奪っていたのに。惜しいことをした」


 残念。別の黒幕がいるということか。これは当分の間、隣国の動きに注意する必要があるな。


「そうか。残念だ」

「待て! 考え直すんじゃなかったのか?」

「考え直したさ。それでも考えが変わらなかっただけさ」


 俺は封印の指輪を掲げた。柔らかな光が辺りを包んだかと思うと、光を浴びて朝もやのようになった「大いなる悪」が指輪の中へと吸い込まれて言った。

 ギャフンと言う断末魔はなかった。むしろ俺がギャフンと言いたいくらいだった。

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