Episode:4「Timing adjustment error」

「私さ、異世界から来たんだ」

 その意味不明な一言が、虚しく部屋を通り抜ける。

「イセカイ? なんだそれ」

「私も聞いた事がないです」

 誰も知らないじゃん!!

 驚愕している俺の表情を見て、駆動サキは説明を始める。これから真面目な話が始まるのだろう。いつもの癖、髪を指にクルクルと絡ませる癖。

「そう、ね。異世界って言うのは、私達が住んでいるこの世界とは違う世界のこと」

「そんなものが存在するのか?」

「存在するの。そして私はその世界から来た」

 表情の真剣さから、気は確からしい。と思いたいが、にわかに信じられない……。

「まっ……まあ、聞こうか」

「そうですね」




 ――それから俺とマイティは、信じられない話を延々と聞かされた。

 異世界と呼ばれる場所、そこは"地球"と呼ばれる丸い形状の、人智を超えた大きさの球体なんだそうだ。そこはこの世界と同じく様々な国があって、その国ごとに言語が違っていたとか。

 その世界で駆動サキは研究者をやっていたらしい。この世界で言うところの、錬金術や魔術の仕組み、新しい魔法を見つける仕事なんだとか。

 しかし、あんまり目を見張る成果を出せなくて心が荒みに荒んでいく日々だった。

 とうとう心が限界を迎え、仕事は退職。未来を憂いての自殺を何度も行おうとしたものの、ことごとくかつての仕事仲間に阻まれ未遂に終わった。

 今までは漠然と荒んでいく心を抱えて生きる日々だったのが、ただただ死に損なうだけの毎日に変わって行くこととなる。

「じゃあ、あんたは生きたままこの世界に来たってことか?」

「ううん。異世界"転移"じゃなくて、異世界"転生"したよ。私」

「イセカイテンセイ? 強そうな技だな」

「ハヤトさん。多分技では無いと思います」

「マイティは頭がいいねぇ〜!」

 そう言ってよしよし、とマイティの頭を撫でる駆動サキ。きっとマイティのことを愛している事自体は本心なのだろう。ちょっとふざけ気味なのが癇に障るが、指摘するのは野暮だろう。辛い話をする時に、無理して明るく振る舞う人は珍しくもないのだから。

 イセカイテンセイとは、元の世界での人生を終え、他の世界に別の命として生まれることを言うのだとか。

 ただ生まれ変わるリンネテンセイ? と違うのは、記憶とか知識が引き継がれている部分にあるらしいが、この辺については俺にはちんぷんかんぷん過ぎた。ただ分かることはひとつ。

「要約すると元の世界で死んだってことか?」

「そうだよ」

「死因は聞いていいのか?」

「餓死」

「飯くらい……」

 少し考える。ああ、そういうことか。

「悪かった」

「いつもの癖が出たね」

 言いかけたところで気付いて言葉を止める。俺の癖だ。

 駆動サキは、生活が苦しくなった果てに、食べるものもなく、すり減った心で何も考えることができなくなったまま餓死したのだ。

「君の推理は合ってるよ。一言一句狂い無くね」

「なんも言ってねぇけど」

「君が考えてることくらいわかるよ」

 そんなに俺は単純なのか、そういう力でも備わっているのか……。一呼吸を置いて話を続ける。

「お財布が空になって、なんも考えられなくなっちゃって……そこから死ぬ間際までの記憶が無いの」

「そんなことになる前に他の仕事を探すとか無理だったのか」

「できたはずなんだけどね。なんでやらなかったのかは、もう今の私にはわからないや」

 少し俯いて「はははっ」と、乾いた笑いを漏らす。駆動サキの元いた世界の事とか全然分からないが、生きるって事がそんなに難しい世界なのか。

「冒険者にはなれなかったのか?」

「ないよ。そんな職業」

「……は?」

「居ないの。魔物だとか魔王だとか、魔法も無ければ錬金術も無い」

「随分と……平和な世界なんだな」

「その代わり、鉄の塊が兵器になるような世界なの」

「鉄の塊? 私達オートマタのような存在なのでしょうか」

「ううん。銃火器だとか、戦車だとか、そんな名前の兵器」

「魔物なんていないのに、そんなものを使って何と戦うんだ?」


 少し間を置いて、駆動サキは、人だよ。と答える。きっとこの間は、その言葉の意味の重みを伝える為のものだ。

 想像したこともなかった。人と人が争う世界なんてものを。小さな喧嘩を起こすことはあっても、魔法に変わる大きな力を同種である人にぶつけるなんて……。魔物と戦うことしか考えられない世界で、人同士が争っている場合では無かったのだから。

 これから魔物との争いも少なくなって行って、平和になるこの世界の先の事を想像する。そして、アルスと戦ったことを思い出す。


「話を戻そうか。成瀬くん」


 それから駆動サキは、この世界に来てからのことを話してくれた。


「この世界に着いて最初に出会ったのが、マイティの元になった子」

「私の……」


 マイティが俯く。一度聞かされた話でも、なにか思うところがあるのだろう。


「その子錬金術師でね、なんにも分からない私にこの世界の事、魔法、錬金術を教えてくれた」

「確か錬金術って、古い技術だったよな」

「そうだよ。でもその子は錬金術をこの世界から無くしたくなくて頑張ってたの。私は思った。かつての探究心を活かせればこの子の助けになれるって。一度果てた命をこの世界で使ってみたくなったの」

「決意がお早いことで……」

「三年は悩んだ。これでも」

「ああ、その子とそれだけの時間一緒に過ごして来て決めたってことか」


 それなら納得がいかなくもない。


「私は元の世界で"AI"と呼ばれるものの研究をしていた」

「エーアイ? なるほど。マイティとかほかのオートマタを動かしている力みたいなもんか」

「そんなところ。成瀬くんも理解が早くて助かる」


 正直なところ全然分からないが。


「私はその研究で得た知見を活かして、普通の人でも魔物に対抗する手段を産み出せば、きっと人の暮らしは豊かになる」

「それでオートマタを?」

「うん」


 それはそれは大変だったらしい。まずはこの世界の言語を覚えるのに一年。それまではその錬金術師とは身振り手振りで会話をしていたらしい。相当周りの人から変な目で見られたんだろうな……。


「それで、その錬金術師……てかそいつの名前を教えてくれよ」

「九重アケミ」

「九重!?」

「知り合いなのかい?」

「ああ、魔物との戦いの時に、仲間が世話んなったんだ。ただ俺は名前しか聞いた事なくて、実際に会ったことはない」

 随分と質のいい回復アイテムで助けて貰った。予備まで作ってくれて、あの時はほんとに助かった。

「話を戻そうか」

「悪い」

「構わないさ。あの子の活躍を聞けて嬉しくなったよ」

「それで、その九重さんはなんでオートマタに?」

 駆動サキが俯く。人がなにか辛いことを背負っていて、言葉に詰まる時と言うのはだいたいこうなるもので、こういう時は無理に話を聞かないという選択もあるのかもしれないが……。

「長生き、できなくなっちゃったの」

「なんでなのか聞いていいのか?」

 少しの間を置いて駆動サキは語る。

「魔王軍と戦っていた王国軍の一部隊が、絶体絶命の危機で、五体満足で立ってるのが一人しかいなかったんだって」

 俺は知っていた。この話を。

「絶望していた一人の隊長を見て、救わなきゃって思ったらしく、全員をその場で完治させる禁忌の回復薬をそこで作った結果、命が削られてしまった」

「俺だよ」

「ん?」

「絶望していた一人の隊長っての。俺だ」

「そうだったんだ……」

「でも、錬金術で命を素材に使うって、どうやるんだ?」

「血液と血肉、あとはそこに自分の命を込める"ライフギブビット"という魔法をかけるの。この魔法は私がこの世界に来て最初に見つけた、なんの意味も無いはずの魔法」

「確かに聞いたことの無い魔法だ。命を込めるだけなんだろ?」

「うん。でも錬金術に使うにはあまりにも便利すぎたんだ。寿命という名の命を込められたアケミの腕を切り落として錬金術の素材にする。そうすることで生まれた禁忌の回復薬」

「随分と質がいい回復薬だと思ったが……そういうことだったのか」

 俺も俺の仲間も、九重アケミの命を犠牲に助かったんだと思うと、お礼一言言うだけじゃ足りなさ過ぎると知った。

「それでね、命が削られたアケミの寿命は残りわずかになって、錬金術の全ての記録と、夢を私に託して亡くなった」

「その夢ってのは?」

「私が一人で寂しくならないように、友達としてずっと生きること……だってさ」

「削れた寿命じゃ叶えられない」

「そう。どんな形でもいいから、私自身を錬金術に使ってくれても構わないからって言われたの」


 ――そこから駆動サキの苦労が始まった。

 まずAIを生み出せる環境を作るために、この世界に機械という存在を生み出した。一言でまとめるにはあまりにも突拍子な話だが、実際彼女は錬金術の力を使ってやり遂げたんだそうだ。

 そしてAIを生み出す工程、向こうの世界ではとてつもなく苦労をしたものだったらしいが、あまりに九重アケミが扱ってきた錬金術というものが便利すぎたらしい。これもすんなりとクリア……のはずだった。

 そもそもこの世界で扱われる錬金術というものは、生み出したい物があって、それを生み出すのに必要なイメージと、イメージから素材を連想しなければならなかった。

 そして、生き物のように考える知能は、当然ながら生き物にしかないわけで。

 仮定として、脳であればなんでも良いのであれば、人間でなくても動物を使えばいいと考えた駆動サキは、魔物に殺された犬の頭部をそのまま素材に使って試作品の人工脳を生み出した。

 この人工脳を使って最初に生み出したオートマタは犬型。

 犬と同等の知能を持ち、同じ役割を果たし、戦闘技能を学ばせれば武装して戦わせることさえ可能にした。

 致命的な欠陥があるとすれば、人間と同等の脳には成長しないというところで、これを手に入れる為には、やはり人を殺さなければならないのではないかと考える。


「でもね、そんなこと、できるわけないじゃん? だって元々魔物すらいない世界に住んでて、この世界の人達みたいに命のやり取りをしてないんだよ?」

「そりゃそうだ。となると、どうやって人と同等とも言える知能を?」

「いるじゃん。人間じゃなくても人の言葉を扱う生き物」

「んー?」

 皆目検討もつかない。気がしなくもない。

「とっても強い魔物なら、人の言葉、使うよね?」

「ちょっと待ってくれ。魔王軍でも言葉を発せるのは幹部クラスより上だぞ!? あんな強いのどうやって倒したんだ」

「"倒す"のは"私"ではないでしょ?」

「よく……拾えたな……」

「当然、運ぶの大変だったよ」

「それで、素材は一通り揃った訳だ」

「そういう事。そしてうまれたのが」

 俺と駆動サキの視線がマイティに向く。

「わたし……」

 ずっと静かに俺達の話を聞いていたマイティが呟いた。

「そ。アケミの新しい命であり、私の家族」


 漸くだ。俺は勘違いをしていたんだと感じた。命を託されて、それを錬金術という絆でここまで繋いだんだってこと、知らないまま罵声を浴びせた自分があまりに酷く恥ずかしくなった。

「ごめんなさい」

「なんで成瀬くんが謝るのさ」

「何も知らない癖に酷いこと言った」

「ハヤトさん謝れて偉いです。私がなでなでしてあげましょう」

「それはいい」

「えーっ! なんでですか!?」

「びっくりした! えっ、マイティそんなデカい声出せるのか」

「私は、今とっても嬉しいんです! おかあさんとハヤトさんが仲直りしてくれて」

「それで急に……にしてもほんといきなりだったな」

 駆動"先生"のスタブが通知を受け、軽快で短い音を鳴らす。

「あー、再現性が不安定だと思ってたけど、今来たのか」

「エラー通知か?」

「そうそう。これみて」


<timing adjustment error>Y→NG


 いつも通り、赤色の文字で表示されていた。

「タイミング、あとじゅすためんと?」

「タイミング、アジャストメント、エラー」

 駆動先生が正しく発音する。

「おぉ、まるで意味が分からん」

「私にも分かりません」

「タイミング、時を見計らったりちょうどいいところで、動作を合わせること。アジャストメントは直訳すると調整。つまりこのコードは、タイミングを調整する機能を備えているの」

「めちゃくちゃ大事じゃん」

「そうだよ、これがもし常にエラーを出してたら、生活なんてできたもんじゃないね」

 三人揃ってホッと胸を撫で下ろす。


つづく。

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ERROR:オートマタレポート 九ノ沢 久遠 @sawayan39

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