Episode:3「Option > automaton」
こうしてマイティにおんぶされてどのくらい経ったんだろう、とても眠い。なんか落ち着く……。落ち着くんだけど、腰が痛すぎて寝るに寝れない。
「ハヤトさんはあったかいですね」
唐突にマイティが話しかけてきた。体温も分かるのか、マイティは。
「そんなシステムまで備えられてるのか」
「はい。従来のオートマタに実装されていた温度感知システムの上位互換です」
温度感知システムとは、主に敵がどの位置に居るかを温度によるセンサーで感知するというもの。そのシステムのために、とあるお偉いさんが発明したサーモグラフィーとやらも利用されているんだとか、されてないんだとか。
ソレの上位互換という事は、他にもできることが沢山あるってことなのか……? 少なくとも接触した人間の体温を感触として認識するシステムではなかったはずだが。
なんにせよ、とことん人間味のある設計にしてやがるな、駆動サキ。
それから微妙な空気が五十分程続いた。気まずいだろうな、マイティも。
というか、外見が完全に普通の人間の女性であるマイティに、おんぶされているという状況が耐えがたかった。調子に乗った数時間前の俺を恨む。
街に帰ってきて、最初にギルドへ向かい、クエストの報告。当然ながらほかの冒険者には笑われる訳だが。
今の俺は、そんな事を気にしている余裕がなかった。イライラして仕方がなかった。笑われたことに対してではなく、マイティと言う存在を生み出してしまった、駆動サキと言う人間に対しての怒りだ。
「報酬は受け取ったか」
「はい、受け取りました」
こんな状態じゃ報酬もロクに受け取れないので、俺は近くの椅子に座らせてもらい、マイティに報酬の受け取りをして貰った。
「早く向かうぞ。"話"とやらを聞く為にな」
「……はい」
ばつが悪そうに返事をするマイティ。ごめんな、お前に恨みは無いし、むしろ被害者だと思ってる。
しばらく歩いて研究所へ到着する。研究所に戻るなり、俺はオートマタのメンテナンス用に用意されていた、開発室のベッドへ寝かされた。
清潔感はあるものの、周りに配置されている整理整頓された器具や工具を見ると、心無しか不安な気持ちになってくる。
マイティと駆動サキが出ていってからしばらくすると、会話をしている声が聴こえる。
何を話しているのかは、眠気により朦朧とする意識のせいで把握できない。
今日はやけに疲れた。それもそうか。いきなり"心を持ったオートマタ"なんて言う、とんでもないものの相手をする羽目になって、たかだかスライムを倒すだけだったはずが、マイティの前でカッコつけたせいで、腰をやらかして。挙句の果てには、駆動サキが、人の死体をとんでもない事に使ってる事実を知らされるんだもんな。
その事は後で話そう、後で。今は眠過ぎて何も考えられないから、もう寝る。
――何時間寝ただろうか、俺が目を覚ますきっかけになったのは、突然鳴り響いた爆発音だった。正確には、音だけではなく音に合わせて発生した振動のせいもあった。
この世の終わりのような轟音に叩き起された俺は、恐らく寝ている間に治されたであろう腰の痛みの事など忘れて、急いで音のした方へと向かった。
「何事だ!」
そこには、見るからに強靭そうで、筋肉が鎧そのものだ。と言っても過言ではない程のガチガチの大男と、量産型の武装を施された、兵士のような男四人が、並んでいる。
『自動防衛システム起動、破壊術式展開、温度感知システム作動』
普段のマイティの話し方ではなく、無機質な機械音声が、戦闘態勢である事を示す。
「目標を撃退します」
「マイティ! 何があった!」
戦闘態勢に入ったマイティに背後から加勢する形で横に立ち、そう問いかけた。
「ハヤトさん、説明は後です。とにかくこの人たちは敵です」
確かに。呑気に状況を説明なんてしてもらってる場合では無いな。
冷静なマイティの判断力に関心していると、ガチガチの大男が話しかけてくる。
「美人なねーちゃんがここで怪しげなコトやってるって聞いたんだけどよォ? おめぇか、その怪しげな事やってるってねーちゃんは」
マイティは強気な態度で返した。
「答える義務、ありますか?」
……ねぇわな。そりゃあ、ないよ。けどその態度はちょーっとまずいんじゃ無いかなぁ……?
「死にてぇならそう言ってくれりゃ良いんだけどよ。詳しい話を聞かせて貰えるとうれしいなァ?」
大男は右手の指から左手の指を、パキリ、ポキリ、と鳴らしながらこちらを威圧し、隙のなさそうなポージングをしている。彼なりのファイティングポーズなのだろうか?
「オプション、オートマトンを展開」
駆動サキがそう言い放つ。
「お前、また訳のわかんないことをやろうとしてんじゃないだろうな」
本当に訳が分からない。いつもそうだよな、アンタは。大体、オートマトンって要するにオートマタのことでは無いのか?
どういう使い分けなんだ、ソレ。
「成瀬君、後でちゃんと話す。だから今は……」
言われなくても。
「分かってるよ。こいつらぶっ飛ばせばいいんだろ」
その言葉を聞いた大男は嘲笑。
「ハッ! 俺をぶっ飛ばすだァ?」
さらに嘲笑。
「元勇者側近の盾役、"要塞のアルス"をぶっ飛ばすって言ったのか? てめぇ」
最悪だ。よりによってなんでそんな大物が来るんだ……。話には聞いたことがあるし、姿を見た時点で、何となくその話に聞いたものと似ていたから、まさかとは思ったが。
ぶっ飛ばすとか言っちゃったよ。うっわ。どーしよ、もうこれ、ほんとどうしよ。
「ハヤトさん、私も協力します。倒しましょう」
た、大変だー! 俺がぶっ飛ばすとか大事抜かしたせいで、この子ったらもうその気になっちゃってるー! ああ、これもうやる流れだ、やんなきゃダメなやつだ。
だけど、冷静に考えたらなんで、それほどの男がいきなりここを襲ってきたのか、その事情も気になる。
さっきの話によると、誰かにここの事を聞いて来たみたいだったが、オートマタの研究や開発が、何かしら法に触れてるとかそう言う事情か? いや、でもさすがにそれだったら先に自警団や王都の騎士が黙っちゃいないだろう……。
あ、そうか! こいつらがその自警団か、なるほど!
「……なわけ、ないか」
ボソッと口から漏れた言葉。大男が首を傾げる。
「あんた一人でこんなことやってんのか? 自警団や王都騎士にしちゃ、荒っぽすぎるもんな。爆発だぜ? おかしいだろ」
「なあ、もう御託はいいだろ。こいよ」
大男が挑発をする。マイティが、挑発に反応するかのように、何かしらのシステムを作動させた。
「行きなさい。私のオートマトン」
マイティがそう言い放つと、マイティの足元に転がっていた、全身は黒色と言うより漆黒。重厚感のある外装で、犬や狼のような動物に似ている外見をしている、四足歩行型の自立ユニット"オートマトン"が起動する。
フェイス部分の目と思われる部分が、赤色の光を放って立ち上がった、が。
「どうした、私の声が聞こえないか」
オートマトンは動かない。理由はすぐにピンと来た。恐らくマイティと同じで、本来指示した事と逆の行動を取ってしまうのだろう。
「マイティ、これは指示ではなく提案なんだが、そいつに"待機せよ"って命令してみるのはどうだ?」
マイティは首を傾げる。そりゃ疑問に思うわな。
「わ……かりました。やってみます」
困惑しながらもマイティはオートマトンへ指示を出す。
「待機せよ」
直後、二体のオートマトンは、目にも止まらぬ速さで、アルス……の後ろにいる四人の兵士に対して、まずは頭突きを一発。当たった反動で吹き飛んだ直後、受身をとって口元と思われる場所から刃を露出させる。
「ぐわぁっ!」
あっさりと兵士四人は、その刃で致命傷を負わされる。器用にも四肢を切断し、最後に心臓部分を一突き。兵士達は血まみれとなってその場に倒れる。
「はじめからこいつらなんざアテにしてねぇ。オラァっ!」
アルスがこちらへ突進してくる。狙いは俺か。確かに、俺の方がどう見てもこの中じゃ、一番先頭で戦ってそうだからな。
「はぁっ!」
アルスの左拳を、持っていた大剣で受け止める。そう、こいつは俺が腰をやらかす原因となった、あの大剣だ。今は盾として活躍してもらうぜ。
手応え的に多分、弱めの攻撃だ。いわゆる強い攻撃を加える為の囮みたいなものだ。つまりこいつは次の一撃を、右下か、頭上か。
俺だったら……。
「上なんだよォッ!」
……ああ、そうだよな。
「だと思ったよ。マイティ!」
「はい!」
刹那、マイティはあまりに野蛮な見た目をした鈍器を用いて、思いっきりアルスの右腕をぶん殴る。普通の人間なら、両手で振り回すのがやっとと思える"ソレ"に、ビュン! という効果音がお似合いと言えよう速度でぶん殴られたアルスの右腕が、派手に弾け飛ぶ。本当に強いんだな。マイティは。
というか、今掛け声一つで反応しなかったか? オートマタって、基本的に指示を出さなければ動けないはずだろ。
「ぐぁあああああああッ! てめぇ……」
アルスが苦痛に悶える。痛そうだな。子供並の感想しか出てこん。あぁ、痛そう。
「帰るんなら、これ以上は勘弁しといてやるぜ。てかもう勘弁してくれ。景観がエラい事になってるし」
「お前……顔、覚えたからな」
その一言を残し、アルスは研究所の出入口から去っていった。
「いらねぇ恨みを買っちまった、あんたは平気か」
この一部始終を、影から見守っていた駆動サキへ話しかける。
「助かったよ。成瀬くん」
こいつも、ばつの悪そうな態度で返してくる。そうだよな、お前とは話さなきゃならないことがある。でもその前に
「これ、掃除しようぜ」
「賛成です」
その間、何かを話すということはなかった。ただ無言で、さっき吹き飛んだアルスの右腕と飛び散った血液を掃除した。
そう言えば俺はどのくらい寝てたんだろう……? 無言のまま、というのも気まずいし聞いてみるか。
「なあ」
マイティが反応する。
「はい」
「俺、何時間寝てた?」
「何時間と言うか、三日は寝てましたよ」
ふーん。
「えっ」
クスクス、と駆動サキが笑う。凍りついていた空気が、少し溶けたようだった。二人を張り詰めさせていたのは俺だったか。そりゃそうか。
てか、たかだかぎっくり腰で三日も寝込んだのか。元魔王軍討伐精鋭部隊が聞いて呆れるぜ……。
「ん?」
片付けをしていると、一枚の写真を入れた木製の小さなフレームを、見つけた。アルスの飛び散った血液が付着している。汚いから拭かないとな。
「なあ、駆動先生」
「まだ私を先生と呼んでくれるのかい? 成瀬君」
ああ、癖になってたな。駆動サキは、嬉しさと少し萎縮しているような、そんな声で、俺の呼び掛けに返事をする。
「結局この呼び方がしっくり来るから。それで、この写真に写ってるの、これがあんたの言う親友なのか」
駆動サキは小さく頷く。そうか、この人が、親友……か。どんな気持ちだったんだろうか、そんな人を錬金術の素材にしないといけないって。俺だったらどう思うんだろうか。
錬金術なんて、やる予定もなければ、習得する予定もないし、今までやったことも当然ない。
というか、もう古の魔術とさえ言われたものだ。今更それを使うなんて人、俺は見た事がない。
だからこそ分からない。俺は、駆動サキの何をわかってあげればいいのか。
「掃除も一段落したし、その事について話すよ」
駆動サキとマイティは、近くにあった椅子を三人分用意し、腰をかける。俺も続けて座る。
駆動サキの膝上に乗せられたタブレット型デバイスの画面と、そのデバイスからスタブへ情報共有された内容には、以下のコードが赤文字で示されていた。
<option error auto_mutton>Y→NG
つづく。
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