かわいい


 今日からバイトを始めることにした。内容は至極簡単で、『かわいい』と褒めることらしい。それ以外の詳細が見当たらず、時給は他のバイトよりも高い。怪しいことこの上ないが、お金が欲しいのでバイトを始めることにした。メールで送られてきた場所に辿り着くと、そこは大きな工場のようだった。工場の入り口からは、白い袋を口に咥えた鳥が次々に羽ばたいてどこかへ飛んで行った。なんだろう。そう首を傾げていると、男が近付いてきた。


「君が今日から入るバイトくんかな?」

「はい。よろしくお願いします」

「ははは、まあそう固くならないで。すぐに慣れると思うから」


 男は教育係のようで、施設を回りながら色々なことを教えてくれた。案内が終わり、俺が配属される場所へとたどり着く。


「かわいい!そのすべすべな肌がかわいい!」

「小さくてかわいい!」

「大きな瞳がかわいい!」


 聞こえてきたのはたくさんの『かわいい』と褒める声だった。『かわいい』の声が止み、恐る恐る中に入る。部屋の中には大きな機械が鎮座していた。大きな機械の中から丸くて小さい物体がベルトコンベアに運ばれて作業員の前に運ばれる。全員に配置されたところで機械の動きは止まる。作業員は慣れた様子で再び『かわいい』と褒めちぎる。するとどうだろう。小さな物体が僅かに動き出した。身体を揺らして、小さな突起物を二つ形作る。突起の先には五本の棒状のものが確かめるように動く。


「かわいいおててだね!まるで紅葉のようにかわいい!」


 作業員の言葉に、はっとする。あれは、手なのか。何かの生き物なのだろうか。二本の手は確かめるように自分の身体を触り、やがて手をぎゅっと握る。何かを我慢している様子だ。すると、身体から何かが飛び出してきた。


「あんよかわいい!ふにふにでかわいいね!」


 すかさず作業員が声をかける。足なのかあれは。二本の手と二本の足はバタバタと動き回り、しばらくして何かを堪えるように身を固くした。すると、上の部分から球体が出てきた。大まかな形が出来上がり、流石の俺でもこれが何か分かった。人間だ。父親が話してくれた昔話を思い出す。赤ちゃんはコウノトリに運ばれてやってくる、と。

 大まかな形ができた後は目や鼻、口など細かい部分が形作られていく。


「ここが君が今日から働く哺乳類部人間課だよ。人間はより多くの『かわいい』が必要になる難しい部署だけど頑張ろうね」


 どうやら、『かわいい』と言われる数によって姿が変わってきてしまうらしい。果たして、まだ新米の神である自分にできるのだろうか。心臓をバクバクとさせながら、目の前の人間に声をかけた。


「君、とってもかわいいね」


Fin.

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短編集 内山 すみれ @ucysmr

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