我々の多くは犯人がヤスであることを知っているか、そうでなくとも「犯人はヤス」という言葉を知っている。
ポートピアとは関わりのない話でも、ヤスと呼ばれる人物が出てきたら「こいつが犯人では?」と疑ってしまう。
本作は実在のミステリADV『ポートピア連続殺人事件』を別の切り口から解く物語であり、その特性上、原作ゲームのシナリオを詳細に解説するくだりがある。
そこで綴られる、容疑者の紹介、事件の展開、捜査の進展、ヤスの推理――何を読んでも、人々は反射的に「でも犯人はヤスでしょ?」と思ってしまう。
それほどに「犯人はヤス」という言葉は重い。
『犯人はヤスじゃない』はミームの呪縛を解く物語だ。
これを読むことで、人々はポートピアのシナリオ解説を聞いても「でも犯人はヤス、じゃ、ないかも知れない」と思えるようになる。
ただ読むだけで人の思想を、常識を、無意識を塗り替えてしまう物語を……傑作以外の、何と呼ぶのか?