高い塔の話。

石井 行

高い塔の話。

 富や権力を手に入れた人間は、何故か高い建物を建てたがる。

 大きな城、大規模な砦、遠くまで見渡せる櫓、巨大な墓。

 時代や国が違っても、やっぱり力を手にした人間は作りたがる。

 この国の王様も例に漏れず、高い高い塔を作ろうとしていた。


 国の西の端、国境ギリギリのところに、最初は大量の土を盛って丘を作った。そしてその丘の上に煉瓦を積んでいったのだけれど、土台はただの土。ある年の嵐で丘ごと全て流されてしまった。

 やり直し。

 また土を盛って同じように丘を作った後、今度は丘全体に木を植えて根を張らせ、しっかりとした土台を作った。そして煉瓦を使うのをやめた。丈夫ではあるけれど、重いので高く積むのが困難だったから。王様が理想とする塔は、途轍もなく高いものだった。

 では、何で作るか?

 軽いものがいい。でも軽過ぎても風に負けて倒れてしまう。重過ぎず軽過ぎず、煉瓦のように積み上げることができて丈夫なものはないか。


 この国の王様はなかなかわがままだった。

 世界一うまいものが食べたい。珍しい動物を飼いたい。もっと沢山の星を見たいから、夜空全体を映す大きな湖を作れ。

 高い高い塔も、そんなわがままのひとつだった。そしてそんなわがままを叶える為に、御用聞きの男が雇われていた。

 御用聞きは世界中を旅して王様の望むものを見付けてくることが仕事だった。高い高い塔を作る為の材料を探してくるのも、勿論彼の仕事だった。


 御用聞きが見付けてきた材料は、程良く軽く、丈夫で加工もしやすく、高い塔を作るにはうってつけだった。

 王様は、その材料を加工して作ったブロックを国民一人一人に持たせた。両手に一個ずつで一人二個。そしてそれを丘の上に順に積ませていった。

 歩ける者は皆駆り出されたので、丘まで長い行列ができた。

 ブロックは大量に積まなくてはいけないが、一人一人の負担が軽いので文句を言う者はいなかった。いつもの王様のわがままか、と半ば呆れながらも皆従った。

 塔の壁を作り、中には螺旋階段を作りながらどんどん積んでいく。

 全員が積み終えると、今度は力の強い若者に四個ずつ持たせ、また順に積ませた。それを何度も繰り返して、塔は順調に高くなっていった。


 ところが、問題が出てきた。

 高くなる程積むのに時間がかかるので、ブロックの他に水や食料を持たなくてはいけなくなった。

 初めのうちは一日で戻って来られたのが、二日になり三日になり、やがて登った者の何人かが戻って来なくなった。途中で力尽きたのだろう。戻って来た者も疲れ果て、塔の話などしたくない、と口を閉ざしたので塔の上の方がどうなっているのかは知ることができなかった。


 王様は塔が完成した暁にはその天辺で暮らすつもりだった。

 だけれどそんな高い塔、一度登ってしまったらそう頻繁に地上と行き来することはできない。王様が暮らすには、水や食べ物、それから国の様子を王様に伝えまた王様の言葉を地上に伝える手段が必要だ。

 塔の完成までにその手段を見付けてくる。

 御用聞きが呼ばれた。


 旅に出る前の日の夜、御用聞きは湖の畔を散歩していた。以前王様が星空を見る為に作らせた湖だ。

 御用聞きは溜息を吐きながら夜空を見上げた。今度の旅はどれくらいかかるのだろう。

 ふと気配を感じて水辺を見ると、海にいるアザラシのような形をした奇妙なピンク色の生き物がこちらを見ている。その生き物は、まるで老人のような落ち着いた声で話し掛けてきた。

「大事な宝を決して誰にも渡さない為にはどうする?」

 御用聞きは、人ではないその生き物が人のように話すことに驚きながらも、問い掛けについて真剣に考えた。

 決して。誰にも。

 自分の家族や子孫にも残さない、というのであれば宝を隠したり壊したりすればいいかもしれない。けれどそうしたものは自分の宝だと言えるだろうか。しばらく考えて、御用聞きは答えた。

「私なら…死なない。」

 死なずにずっと宝を持ち続ければいいと考えたのだけれど、子供じみた答えだったかなと笑っていたら、奇妙な生き物は「そうか。」と一言だけ言うと、正解を教えてくれるでもなく宝をくれるでもなく、湖の中へ消えていってしまった。

 御用聞きは、夢をみていたような気持ちで、また夜空を見上げた。



 まず最初に御用聞きが見付け出してきたのは、有名なサーカス団で軽業師をしている男だった。小柄で身軽で素早い。高い塔の階段をみるみる上っていった。

 この男なら、天辺と地上を行ったり来たりできるだろう。

 男は、皆の予想よりはるかに早く地上に戻って来た。

 王様は喜んだ。

 しかし男の顔は冴えなかった。真っ青になっていた。ブルブル震えながら、男は天辺まで行けずに途中で戻って来たと告白した。あまりの高さに、恐怖で足が動かなくなってしまったのだと言う。何とか地上まで引き返して来たけれど、もう二度と登りたくない、と逃げるように男は去っていってしまった。

 王様は怒り、落胆した。

 御用聞きはまた旅に出た。


 次に見付けてきたのは、怖いものがない、と言う男だった。

 軽業師の身軽さには敵わないが、この男なら確実に天辺まで辿り着けるだろう。

 男は登り始めてから一週間後に、空から降ってきた。

 恐怖心がない男は、帰りを急いで天辺から飛び降りたのだ。

 王様は怒り、落胆した。

 御用聞きはまた、旅に出た。


 次に御用聞きは発明家を連れてきた。

 機械仕掛けで塔を登る乗り物を作ったと言う。その乗り物は、王様を乗せ軽々と塔を登っていった。

 しかし、その乗り物を動かすには大量の油が必要で、しかも黒い煙や煤を出すので塔は真っ黒になり、やがて真っ黒になった王様が自力で階段を歩いて下りてきた。

 王様は怒り、落胆した。

 御用聞きは、また旅に出た。


 様々な手段を探したけれど、なかなかうまくいかなかった。

 そうしている間にも、少しずつ塔は高くなり、王様は歳をとっていく。


 何度目かの旅で御用聞きはとうとう見付けた。

 背中に翼を持ち、自由に空を飛ぶことができる人間。

 階段を上らなくても下りなくてもいい。

 御用聞きは、天使のような少女を連れて国へ戻った。


 王様は喜んだ。

 少女はあっという間に天辺まで…もう天辺は雲の上まで伸びて地上からは見えなくなっていた。そんな高いところまで飛んで、すぐに地上まで戻って来た。

 王様は喜んだ。

 …でも駄目だった。少女の羽はとても非力で、何かものを持って飛ぶことはできなかったのだ。自分自身が飛ぶので精一杯の翼だった。

 王様は怒り、落胆した。

 御用聞きも、落胆した。

 他に、何か方法はないのか。

 御用聞きは、また、旅に出る。



 世界中を回り、でも何も見付からなくて、資金も尽きてしまった御用聞きは仕方なく手ぶらで国に戻って来た。

 そのとき初めて、国の西側から戻って来た御用聞きは国境から塔を見た。いつも見ているのとは反対側。

 …御用聞きは驚いた。

 塔の国境側は緑に覆われ、まるで蔦の這う大木のようだった。

 御用聞きは急いで塔の中に入り、階段を上っていった。表からは見えない塔の中と裏側で、一体何が起こっているのか。


 最初はずっと階段が続いているだけだった。国民が一つ一つ積んでいった階段。

 やがて国境側に開いた窓から陽の光が差し込み、塔の中は明るくなった。そして徐々に草木が生い茂り、人の声が聞こえてきた。


 どれくらい上っただろう。

 塔の中は、すっかり街になっていた。


 足を傷めた者、弱った者が留まり、新たに登ってきた者が持ってきた水と食料で生き延びていたところ、果物の種や人々の靴に付いていた植物の種が根付き、塔に入り込んだ鳥やリスが住み着いた。留まった者達が雨水を溜め畑を作り、一度地上に戻り再び登ってきた者達はこっそり仔豚や仔牛を持ち込んだ。

 植物が増え、家畜が増え、天辺まで行かずに留まる人が増え、街ができあがっていった。

 塔から戻って来なかった人達は、ここで暮らしていたのだ。

 塔はもう伸びていなかった。誰ももう天辺にブロックを積んでいない。ブロックは街を作る材料になっていた。

 塔は完成しない。永遠に。


 御用聞きは笑った。

 塔は完成しない。永遠に。

 王様は何も知らずに待っている。塔が完成するのを。その天辺に暮らす日を。

 いろんなわがままを言って、叶えて、そこそこ幸せに暮らしながら、待っている。

 でも王様は、この塔の天辺で暮らすことはできない。塔は完成しないから。

 その天辺で暮らすことを夢見ながら、何代も何代も、何人もの王様が完成しない塔を見上げるのだ。


 最初に土を盛って丘を作ってから、千年が経っていた。



 御用聞きは全部見てきた。千年も。

 実はいちばん初めにサーカス団から軽業師を連れてきて失敗したとき、御用聞きは王様に首を刎ねられていた。それでも死ななかった彼は、自分の頭を持ってこっそり逃げ出した。

 王様にはバレなかった。御用聞きが首をくっつけて戻ってきたときには次の王様になっていたから。

 それから旅に出て戻ってくる度に王様は代替わりしていたので、御用聞きが死なないことは気付かれなかった。

 王様が、王様達がずっと探していた、塔の天辺と地上を行き来できる者。実は御用聞きが適任だったのかもしれない。水も食料も要らず、天辺から飛び降りても死なない。

 だけど、塔は完成しない。御用聞きの千年の仕事は無意味だった。

 御用聞きは笑った。

 そして、気が付かない振りをすることにした。

 何も知らずに塔の完成を待つ王様達と一緒に、何も知らない振りをして探し続けよう。旅を続けよう。



 この国の湖には、ポルックと呼ばれる生き物が住んでいる。アザラシのような形でピンク色をしたその生き物は、探し物を見付けてくれるという。

 ポルックはなぞなぞのような問い掛けをする。それに答えると、その答えが探し物を見付けるヒントになる。

 ある男は失くした指輪を探していた。ポルックに「明日の夜、東の空に最初に見えるものは何だ?」と聞かれ星座のことだと思った男は「本で調べる。」と答えた。そして家に帰って本棚を見ると、そこに探していた指輪があった。

 別のある男は、逃げた小鳥を探していた。ポルックは同じ問い掛けをした。「明日の夜、東の空に最初に見えるものは何だ?」男は家の東側にある木を思い浮かべて、「大きな木。」と答えた。果たして、小鳥はその木で見付かった。

 そう、御用聞きが以前話し掛けられたのは、このポルックだった。

 塔の天辺と地上を行き来する者を探していた御用聞き。


 御用聞きは答えた。

「私なら…死なない。」



                                おしまい。

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