第34話 僕はいない話
これは僕のいないところで展開したお話。
僕はもちろんなにも知らない。
「もう完全に蚊帳の外って感じですよね」
芝生に腰を下ろした
「わたし見えてますか? わたしって存在してますかね?」
「……それ、俺に言ってるの?」
遠慮がちに返答するのは、部活中の
「黒川先輩以外いないじゃないですか? え? 誰か他に見えるんですか?」
「そうじゃないけど、なんなの唐突に」
「誰かに噛みつきたくなるときって、誰しも経験あるんじゃないですか?」
彼は途方に暮れていた。こんな奔放な子だったろうかと首を捻る。
彼女とまともに顔を合わせたのは、山に遊びに行った時以来である。あれよあれよと言う間に夏休みは終わり、2学期が始まった。残暑は厳しいが空には鱗雲が浮かび、季節は確実に秋へと移ろいでいる。
普段通りに部活をこなしていたところに、突然彼女がやってきた。
「なにからなにまで唐突で、なんのこっちゃなんだけど俺」
「黒川先輩ってサッカー部だったんですね。なんか意外で探しちゃいましたよ」
「意外で悪かったね」
晴哉は唇をへの字に歪めた。その後ろを他の部員が通りすぎる。明るく社交的で、1年の中でも目立つ彼が、声をかける。
「おー、しおりんじゃん。なにしてんのー?」
「なんでもなーい。おつかれー」
彼は明るく声をかけるが、詩織は気のない様子でヒラヒラと手首を振った。まるであっちへ行けと言わんばかりの対応だ。
なんだろうか、この居心地の悪さは。晴哉は自分の気持ちが重苦しいものになっていくのを感じた。
「……なんか、充実してるね」
「は? どこがですか?」
言うなり、詩織の眉がキッとつり上がる。晴哉が何気なく口にした一言が彼女の逆鱗に触れたらしい。
「どこをどー見たらそんな風に思えるんですか! やっぱりわたしって見えてないのかな?」
「いやいや、見えてるって! ごめん、ごめんなさい」
今日の彼女は本当に恐ろしい。どこに地雷があるのかわからない。
晴哉の中で、早く立ち去りたい気持ちが沸き起こっていた。どうにか自然に立ち去る理由を探して目を泳がせていると、詩織は急に力のない声になった。
「先輩、わたしもう失恋のフラグ立ってる気がしてならないんです……」
「え、フラグ? え、え? 失恋?」
晴哉は思考が追い付かず、相手の単語を復唱するばかり。
「わたし告白したんですよ。なのにまるでなにもなかったかのような態度で……あれって夢だったんですかね? 本当は花火なんて見に行ってなかったんですかね?」
「いや、確かに花火は見たよ。……って、えぇ! 告白ってキキに?」
晴哉は驚きのあまり上半身をのけ反らせるが、詩織は当然とばかりにコクリとうなずく。
「わたし、キキ先輩が好きなんです」
高嶺の花園ちゃんがこんな僕に恋をした 七瀬 橙 @rubiba00
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