第33話 タオルと石鹸

 子猫が甘えるような仕草で僕にしだれかかる花岡さんは、それはそれはかわいいのだけれど。

「あああの! 花岡さん、ちょっと離れて……」

「い・や。もうちょっと、このままで」

 彼女がすり寄ればすり寄るほど、僕は全身で逃げの体勢をとっていた。意識すればするほど、漂う湯上がりの香りにくらくらする。

 意を決して花岡さんの体を引き離そうと、彼女の両肩に手を掛けた瞬間。

「ぉぉおい! 樹、てめぇ……」

 静かにドアが開き、低い怒号が響く。

「り、理人くん……」

 僕の声は情けないほどに裏返り、顔は恐怖におののいていたことだろう。

「いや、ちが……これは、違うんだ!」

「風呂場をのぞきか? 押し入りか? あ? てめぇ」

 僕らを引き離すと、理人が力ずくで花岡さんを背後に庇う。

「ちょっと、なにすんの!」

 花岡さんも負けじと身を乗り出すが、対格差があるため当然敵わない。

「園子! お前こんなにも体が冷えてるじゃないか! 髪も乾かさないうちにこんな目に……」

 理人はその辺にあったバスタオルを掴むと、花岡さんにぐるぐると巻き付けた。

「むー! むぐぐっ!」

 頭からすっぽりと覆われたせいで、花岡さんがなにを言ってるのかはわからないが、文句を言っているらしいことはわかる。

「んー! むっ、むむむむーん!」

「じゃあな、樹。制裁は追って下す」

 タオルに包まれた騒がしい花岡さんと、物騒な台詞を肩越しに投げて寄越した理人が去ってゆくのを、僕は呆然と見送るしかできなかった。

 ふらふらと後ずさりすると、背が壁に当たった。そのまま背を預け、ズルズルと崩れ落ちるように尻もちをついた。

「あー……」

 虚空を仰ぎ、腑抜けた声を上げる。

 理人が花岡さんを包んだバスタオル。どこかで見たことあると思った。それもそのはず。

「あれ、僕のバスタオルじゃん……」

 呟いてはみるが、なぜか体を動かす気にはなれなかった。

 思うのは、君のこと。

 花岡さんの髪は冷えきってはいなかったか。僕のタオルは、彼女を暖めることができたのだろうか。

 ささやかな希望をタオルに託して、僕はシャワーを浴びる力を振り絞った。

 熱いシャワーが、汗で冷えた体を叩き起こす。だんだんと思考が冴えてくる。

 汗でベタついた体を一気に洗い流す。あっという間にシャワーを終え、脱衣所で一息つく。

 念のためにと持ってきていたフェイスタオルの存在に感謝する。それ一枚で全身を拭い切り、着替えを終えると、ふんわりとした石鹸の香りに包まれていることに気づいた。

 それは、さっきの花岡さんと同じ香り。

「あー……、のぼせたかも」

 僕はひとり呟いてから、部屋へと戻った。

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