第32話 誤解

 僕は驚きのあまり、呼吸すらままならない。

 僕の体にぴったりとくっついて離れない、やわらかな肢体したい。むき出しの僕の腕に触れる濡れた髪は冷たいのに、シャツ一枚しかまとっていない花岡さんの体は熱を帯びたように熱い。

 それを自覚すればするほど、僕の心臓が跳ねる。最早、心臓のあおりを受けた内臓すべてが暴れているようだ。

 花岡さんは依然として僕の体に顔をうずめたまま動かない。

「は、花岡さん!?」

 僕は苦し紛れに呼びかけるが、声はどうしようもないほどに上ずっていた。

「どうしたの? ちょっと一旦離れて……」

「……たの?」

 絞り出された声はかすれていて聞き取れなかった。

「え?」

「理人から、なにを聞いたの?」

 顔を上げることはなかったが、今度は聞き取ることができた。

「なにって……」

「高木くん、最近なんか変だもん! 花火の夜になにか聞いたんでしょ? あれからずっとよそよそしくて、わたしの目を見ようともしない! わたしのこと、避けてるでしょ」

 花岡さんの鋭い指摘に、僕の内臓がまたビクッと跳ねた。

「さ、避けてなんて……」

 しどろもどろになって弁解しようとするが、指摘されていることも的を射ているし、状況も状況なので余計に頭が回らない。

「ずるい」

 短く呟くと、花岡さんはおずおずと顔を上げた。鼻から下はまだ見えない。大きな目でじっと僕を睨む。

「わたしを避けて、二人でコソコソして。ずるいんだから!」

 わずかに見える頬は熱く上気しており、目には涙が浮かんでいた。

「こんな気味の悪いことされてるわたしなんて、嫌になった? 気持ち悪い? 面倒くさい?」

「そ、そんなことないよ!」

 それだけは断じて違う。涙を隠すためか、花岡さんはまた顔を埋めてしまった。僕は誤解を解こうと、必死で彼女の肩を掴んで引き離す。

 やっと顔を見ることができた。視線が絡み合う。

「嫌がらせのことは関係ないよ! でも、避けてたのは本当。ごめん……」

「……わたしのこと、嫌になった?」

 僕は必死で首を振る。

「じゃあ、なんで避けて……」

「花岡さんが! 僕のこと、す、好きって言ったの……お、思い出して……」

 なんとか誤解を解きたくて、僕は勢いに任せて叫ぶように白状する。そうだ、思い出してしまったのだ。あの日の声を、セリフを。

 そうしたらもう、今まで通りにはできなくなった。

 花岡さんは呆気に取られている。

「……忘れてたの?」

「う、ごめん……」

 僕はもううなだれて謝ることしかできない。認めてしまうとそうだ。

「……なぁんだ、ふふ」

 花岡さんが心底おかしそうに笑う。おずおずとその顔をのぞき込むと、彼女は安堵あんどしたような表情で笑っていた。

「忘れてただけか、なぁんだ」

 そう言って、花岡さんはもう一度僕に抱きついた。

 狼狽ろうばいする僕のことなんかお構いなしに、顔をすりつける。

 その仕草は、甘える猫のように愛らしかった。


 

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