【完結】 青春を破壊することにしたぼっち、嫌がらせしていた学校一の美少女になぜか好かれる。

ファンタスティック小説家

破壊、そして破戒


 青春には敗北者が存在する。

 だが、敗北者がいつまでも敗北者である必要はない。


 今日、俺は青春に叛逆する。


「お前が姫旗姫華ひめはた ひめかだな」


 こちらへ向かって歩いてくる美しい彼女へ、指を突きつけてストップを掛ける。


 透き通った瞳が俺を見てくる。綺麗だ……。っ、いかん。思わず見惚れてしまった。


 黒髪長髪、清楚で頭脳明晰、品行方正と噂に聞く限りには完璧なる美少女。俺のような人間は今まで話したこと無い。


 俺は世間では大変遺憾ながら『ぼっち』などと不名誉な呼ばれ方をされる種族。実に遺憾だが、人種が違う。


「誰? なんだか関わってはいけないオーラが凄いのだけれど。大声出していい?」

「まだ何もしてないです! やめてください!」

「名を名乗りなさい、不審者」

「初対面の相手を不審者扱いすんな」

「じゃあ、犯罪者?」

「より酷くなってるけど!」

「わかったわ。性犯罪者ね」

「ねえ、俺、お前になんかしたっけ?!」


 毒を吐きまくりよる!?

 何だこいつ、全然品行方正じゃねえ。

 人のこと馬鹿にしやがって。


「クク、まあいい、お前はどうせ逃げられない」


 昼下がり。こいつはチャイムが鳴るなり、いつもどこかへ一人で向かおうとする。だから、頭脳明晰な俺は、先回りして人気のない廊下で待ち伏せしていたのだ。

 

「お前には犠牲になってもらうぜ。俺たち虐げられし日陰者たちの恨みを晴らすためによぉ」

「私の質問に答えず、一方的に話を進めないで。あなた受け答えができないの? 人間として必要最低限のコミュニケーションが取れないのね。どうりで友達いなそうな顔していると思ったわ」

「おっぅふ?! な、なんで俺がぼっちだと知ってる?」


 あ、あれ? もしかして俺のことを認知してくれている? 

 学年一、いや、学校一と言って差し支えない完璧美少女の姫旗姫華が!?


「ま、まさか、お前、実は俺のことが好きだったり」

「やめて。寒気がしたのだけれど。顔も、声も悪いのに、自意識過剰まで乗算しての三方悪しで何がしたいの? 気持ち悪いわ」

「ゔっ!」


 やっぱり、気持ち悪いが一番つれぇ……!


 姫旗は細い腕で、華奢な体を抱いて、嫌悪感を隠さない表情で、3歩後退する。


 くっ! 熟達のぼっちであるこの俺が、つい美少女を前に世迷言を言ってしまった!


 俺は知っているんだ。

 俺が青春敗北者であると。

 

 期待しない。信用しない。勘違いしない。


 ちょっと女子と手が触れ合っただけで、相手を好きになっちゃう愚かなる己は克服した!


 俺はぼっち代表として青春を穿つ!

 

「ハハ、危ない危ない、危うく自爆するところだったぜ、姫旗姫華!」

「爆発してくれて私は一向に構わなかったのだけれど。でも、人前ではやめて正解だったかもしれないわね。醜いから。逝くなら沼とか、人目につかない場所でひっそりと逝きなさい」


 視線冷たッ。

 さっきから寒気すると思ったら、汚物見るような目で見られてんじゃねえか。やめろよ、その継続ダメージ強すぎなんじゃ。俺、死ぬぞ。


「もういいわ、あなたの名前なんて。目的を述べなさい。事の次第じゃ大声出すから」

「大声まじ勘弁してください」


 姫旗は顎をくいっと動かして先を促してくる。


「俺のターン。クク、俺の目的はひとつ。それは、貴様が学校一の美少女であるという事実に基づき、青春の──」

「確かに、私は可愛いわね」

「ぇぇ、ちょっとタンマ。お前も超自意識過剰じゃん……どっからくんのその自信」

「事実は事実として受け入れるわよ。私、可愛いでしょう」


 いや、可愛い、けど。


「でも、あなたに言われたことだけが不安ね」

「不安?」

「身の危険を感じる、ということよ。欲情した獣を御する手段は、暴力だけだと相場が決まっているでしょう? 私、優しいから。どうでもよい他者を傷つける嫌なのよね。私の気分が沈んでご飯が美味しくなくなるもの」


 飯より俺の心配してね?

 てか、姫旗さん、さっきから傷つけてますよ。言葉の暴力で超傷つけてますからね?


「クク……まあ、いい、俺はお前を逃がさない」

「一応、どういう了見か聞いてあげる」

「よくぞ聞いた! あれは3年前の春、クラス替えをして新学期が始まった時のこと──」

「やっぱり言わなくていいわ」

「──は、割愛して、と。クク、ぼっちとして誰からも認知されてない俺が、青春代表であるお前に粘着してやれば、陽と隠がいい感じにプラスマイナスされて、学校中のリア充どもは爆発する。どうだ、わかったか、そういう了見だ」

「その計算だと、隠の正数が残る気がするけれど、まあいいわ。その超理論にはあえて言及しないとして、私がリア充代表と言ったわね?」

「ああ、実際にそうだろう。悔しいが、いや、本当に悔しいことだが、中身は腐っていても、お前は顔だけは可愛い。いや、綺麗だと言うべきか」

「顔が綺麗なら、リア充、ね」


 姫旗は俺のことを心底馬鹿にしたような、軽蔑の眼差しを向けてきた。怖ぇんだよ。なんだ、下等生物見るような面しやがるからにっ!


「そんな短絡的思考でよく17歳まで人間をやってこれたものね。バカだとは思ったけど、禽獣を下回るアホウだっみたい」


 姫旗はそう言って、去って言ってしまった。


「馬鹿にしてくれやがって……っ、クク、まあいい、これから存分に友達ゼロのフットワークと、俺の執念を教えてやるぜ」


 俺は翌日、彼女の教室に会いに行ってやった。


「……昨日あれだけ言ったのに、来たのね」

「俺は叛逆すると決めたのさ。青春の破壊、そのために貴様に粘着してやると言ったはずだ。お前は逃げられない。びびったか?」

「それじゃ、これからずっと休み時間にわざわざ私のクラスに会いに来るつもり?」

「当たり前だ! ハハハ、青春の舞台から引き摺り下ろしてやるぜ!」


 俺はそれから姫旗に粘着しつづけた。


 教室でも話しかけてやった。

 廊下で見かけたら話しかけてやった。


 学校一の美少女としての立場を、青春敗北者である俺の存在で揺らしてやるのだ。


 体育でも友達気取って大声で応援してやった。

 文化祭じゃ、わざわざ姫旗のクラスの出し物の準備を手伝って、まわりの奴らに嫌われるように仕向けてやった。

 修学旅行で一人でいるところを何度も見かけたので、その度に話しかけてやった。そのせいで、こいつは昼飯時だろうが、俺といっしょに食べることになった。あれは傑作だ。


 俺と仲良く見せることで、こいつはどんどん回りから孤立して行ってるように思う。


 俺は効果を実感しはじめていた。


 それ見たことか。

 もう姫旗姫華の近くには誰も寄り付かなくなった!


 こいつはぼっちだ!

 俺と同じぼっちになったのだ!


 俺が粘着したおかげで、学校一の美少女と言えど見捨てられたのだ! ハハハ!


「今どんな気分だ! 聞かせてくれ!」

「普段通りかしら。でも、あなたに話しかけられてるから、やっぱり気分は最悪だわ」

「ほう、強がる気力だけは残ってるみたいだな。まあいい、貴様はもう青春敗北者決定なのだからな! 俺の勝ち! 第三部完!」

「なにを今更言ってるのよ」


 それからも俺の粘着は続き、やがて、俺たちは高校3年生になった。

 

 だが、俺は追撃の手を緩めない。


 学年が変わったからと言って、姫旗姫華を青春のなかへは逃がしてはやらない!


「あら、おはよう、日陰くん」

「姫旗姫華……ハハハ、残念だったな、自分の不幸を呪うが良い。俺と同じクラスになってしまったという不幸をな」

「……そうね」


 あれ?

 まただ。

 なんだか、最近前のように毒を吐かなくなった気がする。


「姫旗……お前、まさか、俺のことが好」

「その気持ち悪い顔を最後の一年も見続けなくてはならないなんてね。私は前世で何をしたのかしら。民族浄化とか?」

「俺と同じクラスになるのとジェノサイドは釣り合い取れてないからな? ねえ、俺のことそんな嫌い? 俺たちわりと付き合い長いくね?」

「嫌いよ。まさか、私が少しでもあなたのこと『良いなぁ』とか、『友達と呼んでも大丈夫かな』とか、友情を感じているとでも? 片腹痛いわね。死になさい」


 このアマぁ!?


 ちょっと仲良くなってる気がした俺が間違ってたぜ!


 こいつに残った友人関係すべて破壊して、完全勝利としてやる!


 俺は姫旗と仲良さそうな人間を調査した。


 徹底的に調べ上げた。

 調べて、調べて、調べて……。

 

 そして、ひとつの結論に辿り着いた。


「姫旗、お前さ……」

「あら、日陰くん、また待ち伏せしてるのね」

「……友達、いる?」

「……。まずは友達の定義をはっきり──」

「あっ、おけ」


 こいつ元から友達いねえじゃん。


「何よ、その顔。あなたにだけは同情の眼差しを向けられたくないから、何が言いたいのかハッキリと言葉にしなさい。目を潰されたいの」

「お前……友達いない、んだな」


 場に沈黙が流れる。

 俺は勘違いしていた。

 ぼっちがぼっちに粘着してただけだ。


 思えば、こいつの性格で友達100人いると思っていた俺が馬鹿だったんだ。


「…………いるじゃない」


 か細い声だった。


 姫旗は俺を指差して、怜悧な顔つきに、冷たい微笑みを浮かべてみせる。それは普段から彼女がよく見せる氷刃のような嘲笑ではない。


 氷のような彼女でありながら、どこか親しみを感じるものだった。


 え?

 なに、そんな顔できたの?


 てか、俺のこと友達って……。


「で、でも、この前、友情なんて感じてないって……死ねって……」

「あなたっていつも卑屈よね。気持ち悪い」


 あれぇえ? これ友達かぁあ?

 

「あなたは卑屈さを治すためにもっと太陽を浴びたほうがいいわ」

「殺菌みたいなやり方だな」

「だって雑菌みたいなものじゃない。日陰キン、いえ、ヒカキン」

「それ違くなっちゃうね」

「黙りなさい」

「横暴かよ」

「とにかく、ついてくるのよ」


 姫旗は弁当の包みを片手に、足先を中庭に向ける。彼女なりの食事のお誘いだと気づくと、俺の足は止まってしまっていた。


 この俺が……叛逆を誓ったぼっちが、誰かと一緒にお昼を一緒に食べる、だと?


「何してるの。突っ立てるだけなら木の方が遥かに優秀よ」

「で、でも、俺……」

「はぁ……」


 姫旗はため息をつき、あたりをキョロキョロと見渡すと、咳払いをする。そして、頬を微かに染めてちいさな声で、


「と……友ならば、お昼に付き従いないさい」


 そう言って遠くなっていく可憐な後ろ姿。


 ぼっちの戒律は破られた。

 青春の前に俺はまた負けた。


 だが、不思議と嫌な気はしなかった。


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