魔獣の国と旅人たちⅡ

 レナとクシェルは入国審査を済ませ、エムリスの地に足を踏み入れる。

 目の前に飛び込んでくる光景は、石レンガが均一に敷き詰められた大通り。そしてそこに並ぶ多くのカフェや露店と、賑わう人々の姿だった。荒涼として殺風景だった国外の景色とは対照的に、城壁に囲まれた国内は緑にあふれ、木々の良い香りに包まれている。

「いい所だね」

『そうね』

 目の前に広がる異国の景色と、活気に満ちた人々の笑顔と笑い声は、これまでの旅路の疲れを忘れさせるのに十分であった。レナは目をキラキラと輝かせながらワクワクした様子で歩を進めていく。

「早く宿を見つけてご飯にしよう」

『それは良いけどレナ、あなた食後この辺りを散策するつもり?』

 時刻は昼下がり。食事を済ませる頃には日が暮れ始めると思われるが、今のレナにとってはどうでもいいことらしい。

「クシェルは来ないの?」

『私は疲れたから宿で休むことにするわ』

「それは残念」

 新しい国へ到着した直後のレナはこんな感じなのだ。新しい世界と見たことのない景色に興奮が止まらないのだろう。この状態のレナは疲れというものを忘れるのか、朝から晩まで国中を歩き回ることも少なくない。まだ一緒に旅を始めて間もないが、クシェルはそのことをよく理解していたので、早々に宿で休む選択肢をとった。


 適当な宿に荷物を預けた後、二人はレストランで食事をしていた。香ばしく焼き上げられた肉料理が二人の食欲をそそる。

「この辺りは大型の生き物が多く生息してるらしいよ。だから国境警備隊には強い戦士や魔法使いがたくさんいるんだって」

『危険が多い反面、恵みも多い国ということね』

 この辺りで獲れたであろう動物の肉料理に舌鼓を打っていると、クシェルが鼻をヒクヒクとさせながら道路の方をキョロキョロとし始めた。

「どうした?」

『この匂い…』

 レナも道路の方に視線を向けていると、しばらくして一台の馬車がレストランの前を通り過ぎていった。やけに急いでいるようなスピードに見えた。

『何かあったのかな?』

 とレナは口にしようとしたが、その必要はなかった。耳に入ってきた他の客の話し声からその答えは得られたからだ。

「またか。最近多いな」

「最近火竜が人里に降りてくることが多くなってるらしい。勘弁してほしいもんだ」

「急にどうしたんだろうな。この国に危害を加えてくることはないはずなんだが」

「さあな。人間同士でさえ互いが何考えてるのか分からないことが多いんだ。火竜の考えてることなんて、分かるはずもねえ」

 耳に入る地元民のやりとり。エムリスに到着したばかりの二人には、詳しい事情はわからなかった。

『察するに、さっきのは火竜の被害者というところかしらね』

「どういうこと?」

『やけに焦げ臭いと思ったのよね。この店から出る料理の焦げの匂いとは違う、もっと熱くて大きな炎で焼かれたような独特の匂いがしたから、何事かと思ったわ』


 食事を済ませると、宿へ戻るクシェルと別れてレナは辺りを散歩し始めた。あたりは薄暗くなってきていて直に夜になる。見知らぬ国で、昼間とはまた違った姿を見せる夜の街並みを楽しむのも旅の醍醐味ではあるが、レナは先ほどの話が気になっていた。『火竜が人里に降りてくることが多くなった』『本来はこの国に危害を加えることはない』などとも言っていた気がする。どういうことなのだろう。レナは目に入った書店に身を滑り込ませ、今日の新聞に目を通してみた。

 そこにはレストランで耳にした通り、最近エムリス周辺で火竜の目撃情報が増えたことや、国境警備隊に多数の負傷者が出ていること。負傷者の治療が追いつかず、薬剤師や医師の資格を持つ人に対して治療のボランティアを募る記事などが載っていた。レナは準2級魔法薬師の資格を持っているので、治療の力になれるだろう。ボランティアとはいってもある程度のお金は出るそうで、路銀を稼ぐのにちょうど良いかもな、などと考えていた。

 そうこうしてるうちにあたりはすっかり暗くなっていた。そろそろ戻らなくてはと思いレナは早足で本屋を出る。しばらくこの国に滞在する予定ではあるので、そう慌てる必要もない。とりあえず明日は負傷者の治療を行なっているという病院の様子を見に行くことにして、今日のところは宿へ戻ろうと思った。収縮の魔法を解き、懐から取り出した箒に腰を添えて、レナは宿の方角へと箒を浮かべる。街の明かりが夜の闇を彩っている。そんな絵画のような景色を眺めながら、レナの箒は影を作りながら闇の中へ溶け込んでいった。



+++++INFORMATION+++++

 レナの職業である魔法薬師とは、魔法薬の調合や投薬を主な生業とする医療系統の仕事である。職業にはランクがあり、低い方から3級、準2級、2級、準1級、1級が存在する。社会で正式な職業として認められるのは準2級からで、魔法使いの職業には他にも魔法技師や白魔術師、赤魔術師などがある。

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レナとシェリーの冒険 -Rena and Shelley- Libra @poinsettia09Libra

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