魔獣の国と旅人たちⅠ

 エムリス国は近隣諸国から「魔獣の国」と呼ばれていた。

 荒涼とした風景の中に佇むその国は、一般的な国に見られる城壁よりもはるかに大きく頑丈なそれで覆われており、壁外の周辺環境の過酷さを物語っている。周辺の山々には火竜の巣があるという話もあり、高い戦闘技術を持つ者でも大型の火竜に襲われて命を落としてしまうことは少なくない。

 そんな危険な道を怖いもの知らずな旅人が堂々と闊歩していた。黒い瞳、肩まで伸ばした黒髪、その顔立ちから東の国の出身とみられるその女性は、大きなオオカミの魔獣に腰掛け日傘を片手に本を読んでいる。白いワイシャツにジーンズというラフな格好をした彼女は、年齢は十代後半か二十代前半のように見受けられ、まだどこかあどけなさを感じさせる。その整った顔立ちと彼女が醸し出す落ち着いた雰囲気は、人の目には十分美しく映ることだろう。

 そんな彼女を意に介さずオオカミの魔獣は歩を進めていく。

『…!見えてきたわよ』

「そろそろか」

 彼女は読んでいた本を閉じ、地図を広げて現在位置を確認する。

 前回訪れていた国と進んできた方角からして、今視界に捉えている国がエムリス国で間違いないようだ。

「あれが目的地のエムリス国だね。クシェル、門まで走れる?このあたり、少し物騒らしいからさ」

『そんなこと言ってたわね。しっかりつかまってなさい』

 荷物を整え彼女がクシェルと呼ぶオオカミの魔獣の背中にしがみつくと、先ほどまでのんびり動いていた足が本来の役割を思い出したかのようにそのスピードを上げる。

──旅人のレナと魔獣のクシェル

 大型の動物や魔獣が数多く生息する領域を振り切るように、レナとクシェルは国の門まで道を一気に走り抜けるのだった。



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 この世界には魔力を持つ人間とそうでない人間が存在する。それと同じように動植物にも魔力を持つものがある。

 このような人間以外で魔力を持つ動植物を総じて魔獣と呼ぶ。

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