【掌編小説】拝啓 母様

ほしむらぷらす

拝啓 母様

 木々の緑の深みも増し、夏めいてまいりましたが、お元気でしょうか?

 わたしは元気に一人暮らしを満喫しています。突然のお手紙に驚きました。電話で連絡してくれたらいいのに、と届いた時は思いましたが、こんな機会はない、と返事を書いております。


 さて、盆は帰るのか? という質問ですが、どうにか帰省することができるみたいです。あなたの子供は、なかなか仕事ができる人間なので、スケジュールを前倒して仕事を片付けてしまえるのです。さぁ、褒めてください。


 それはさておき、わたしの暮らす街を写真に撮りましたので、同封します。

 ビルのすき間から見えた青空。歩行者が絶えない横断歩道。お気に入りの喫茶店が掲げる古ぼけた看板。

 いつかあなたをこの街に招待して、写真と実際の景色を見比べてみましょう。青空の下、日差しの熱さとビル風の涼しさに触れてみましょう。喫茶店にも寄って、珈琲の香りと苺のケーキを味わいましょう。


 あなたの耳が聞こえなくなったことが、わたしには今も信じられません。わたしの声をもっと聴きたかったと書かれても、わたしには、もう叶える事ができません。


 だけど、代わりのことはできます。

 声は聞こえなくなっても、あなただけにわたしの言葉を綴ります。あなたの綴った想いを受け止めます。だから、このお手紙のやり取りを続けていきましょう。


 今まで言えなかったことも、伝えられそうな気がします。


 日増しに暑くなってきますが、お互い元気に爽快な夏を迎えましょう。


                           敬具

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