第19話 黒いマスター

一同その声を聞いてギョッとした。


「だ、誰!?」


部屋中を見て回ると、隅っこに掛けてあった椅子に誰かが背中を向けて座っていた。


見てみると、全身に黒いスーツを着て、黒のハットをかぶっている。


その男性は立ち上がり、3人にその全身像を見せた。


年齢は40代くらいだろうが、気品溢れる顔立ちで、髭も端正に整っている。


「お初にお目にかかります。私の名前はマスターとだけ言っておきましょう。」


男は自己紹介を済ませると、紳士のような深い礼をした。


「マスターですって?」


大石は男性の名前を聞き返した。


そして有馬も益田も不思議な気持ちが抑えられない。


何しろこんな人物、ゲーム内で出会った記憶がないからだ。


3人ともこのゲームをかなりやり込んでいるはずだが、一体どこの誰なのかがさっぱりわからない。


そこへ男性が、全員の疑問に答えるかのような返答をした。


「皆さんが不思議に思うのも無理はありません。私は本来この世界には登場しない人物です。」


やはりというか、案の定な答えだった。


話し方も謁見の間で話していた国王のように決まりきったセリフを言っている感じではなく、かなり流暢にコミュニケーションがとれている。


そして次の言葉で、さらに衝撃が走った。


「私が誰なのか。端的に言いますと、皆様をこの世界に召喚した張本人と言っておきましょう。」


「な、何だって!?」


益田が大声で叫んだ。


信じられないような言葉だった。


ついに目の前に、今回の騒動の引き金ともいえる人物が目の前に現れた。


しかし大石は念には念を押して、再度確認した。


「もう一度聞くけど、要はこの世界に俺達を召喚させたのはあなただってこと?」


「はい、その通りです。」


マスターと名乗る男性は大石の念押しにあっさり答えた。


「そうとなったら話ははえぇや。」


益田はこれ幸いとばかりな顔をして、そのマスターに不躾がましい態度で依頼した。


「さっさと俺達を元の世界に戻してもらおうか。嫌とは言わせねぇぜ。」


もちろんその願いは3人とも同じだ。


益田が先陣を切ってマスターに口走った。が、マスターのその言葉を予期していたようで、あっさり答えた。


「もちろん、皆様をちゃんと元の世界におかえししますよ。しかしそれにしても残念ですね…」


マスターは何やら不満げだった。


「せっかく皆さんが遊んでいた『七つの魔神石』の世界に招待したというのに、もう帰りたいというんですか。気に入っていただけると思ったのに…」


マスターの言葉に思わず有馬が反論した。


「何言ってんのよ、あなた。人の同意も得なかったくせに!」


有馬のいうことは至極真っ当だ。


確かに勝手にゲームの世界に召喚するだなんて、どうかしていると言われても仕方ない。


そもそもゲームの世界にどうやって召喚したのか、現在の技術でそれが可能なのか?


そんな最大の疑問も聞こうとしたが、正直そんなことは3人にとってどうでもよくなっていた。


それに既に2時間近くもこの世界にとどまっているは全員承知だ。


早く元の世界に戻らないと、明日も自分の仕事があるというのは益田以外は共通の悩みだった。


「俺はこのゲームにそんな興味ねぇよ。なんだったら別のゲームさせろって思ったくらいだ。」


「あぁ残念です。わかりました、貴重なご意見として承ります。」


「話を逸らすなよ、てめぇ!さっきも言ったけど、早く元の世界に帰せっての。」


益田が代弁して怒鳴り声をあげている。


普通なら「落ち着いて。」と言ってやりたい有馬も、この時だけは完全に同調している。


「私は明日も保育園に子供を送らないといけないの!」


「お、俺も明日は普通に仕事がある。アルバイトだけど…」


「皆さんの事情は大変理解いたしております。しかし…」


「しかし、なんだよ?」


全員の怒りと不満はヒートアップしていたが、それでも簡単には全員の願いを聞き入れられなかった。


「ですから先程も申したように、このゲームをクリアすること、すなわち魔神を倒さないと元の世界には戻れません。」


「や、やっぱり、そうなるの?」


「残念ながらその通りです。」


「何言ってんだよ!ふざけんな、てめえ!」


マスターの答えはさっき3人が予想した通りだった。


しかし益田は到底理解できないようで、さらに大きな口調で怒鳴った。


「人を勝手にこの世界に召喚にしといて、その上魔神を倒してくださいだぁ?冗談にもほどがあるぜ!」


「そうよ。だいたいクリアするのにどれくらい時間かかると思ってんの?」


仮に魔神を倒すとなったら、それには相当な時間がかかることになる。


有馬は冷静を保ちつつ、クリアすることの大変さを強調した。


「ゲーム内で休まずぶっ通しでプレイし続ければ、おそらく1週間程度でクリアできますよ。」


マスターは有馬の主張に冷静に反論した。


それでも1週間はかかるといわれて、3人は気が滅入った。


「い、1週間って…」


「そんな長い時間できるか!それに1週間も戻れなかったら、大事になるじゃねぇか!」


「その点についてはご安心ください。」


益田は今自分達は現実世界にいないことになっていると思っていた。


だから1週間も現実世界に戻れないと、知人や家族から捜索願が出されるのは避けられないと思った。


しかしマスターの回答は意外なものだった。


「皆さんは、もしかしてこの世界に肉体ごと召喚されたと思っていませんか?」


マスターの言葉で大石はハッと気づいた。


肉体ごとではないということは、どういうことなのか、大石はマスターの考えを言い当てた。


「肉体ごとじゃないってことは、その…精神だけ?」


「その通りですよ。」


「それがどうしたっていうんだよ?」


益田はまだその言葉の真意がわからなかった。


「つまり、あなた方は精神だけこの世界に召喚され、肉体は現実世界にあるままです。言ってしまえば、現実世界では眠ったままなのです。」


「なんだって?」


マスターの言葉でようやく理解した。


思い返せば3人とも、この世界に召喚される前は夜寝る前だったということが共通していた。


多少時間はズレていたかもしれないが、それでも眠った後記憶がなくなり、気が付けばこの世界にいた、というパターンだった。


そう考えると、マスターのセリフの意味も納得がいく。


ただそれでも時間の長さ的にどうなんだという不安はあったが、マスターは心配なさそうに言った。


「因みにゲーム内の時間は現実世界とは全然違います。ゲーム内で既に数時間は経過していますが、それでも現実世界ではまだ5分も経っていません。」


マスターの話は正直半信半疑だった。


長い時間遊んでも心配ないと強調したいから、変な理屈をこねているんだろうと3人は思った。


それでもマスターの主張は3人の疑問を置き去りにして続いた。


「皆さんが同時に召喚されたのは、決して偶然ではありません。ほぼ同じ時間帯に寝入ったからです。」


そう言ってマスターは左腕につけてあった、腕時計を3人に見せた。


「だいたいあなた方が就寝した時間は0時頃、つまり今から6~7時間くらいは余裕があります。ゲーム内時間で換算すると、10日分にも匹敵しますよ。」


マスターは嬉しそうに計算しながら話した。


しかし3人もその話を聞いて素直に安心とまではいかなかった。


「あのねぇ、あなた。問題なのは、そういうことじゃなくて…」


「あぁー、わかったよ。それなら…」


益田は声を張り上げるのをやめ、自分なりの解決策を考えた。


「だったら数時間くらい、ここで適当に遊んでればいいんだろ。朝になったら、勝手に目覚めるさ。」


「あ、そうか。それなら…」


益田の言葉にもやや納得がいった。


朝になれば勝手に目覚める。


確かに人間はずっと眠り続けることはありえない。


時間が経過すればいずれ元の世界に戻れるはずだ、3人ともそれで安心したかった。


しかしマスターの答えは3人の期待を裏切った。


「残念ながらそうはいかないんですよね…」


マスターの言葉に3人とも思わず嫌な予感がした。


「さっきも言いましたが、魔神を倒さないと元の世界には戻れません。もし朝までに倒せなければ…」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

伝説の8人目勇者 葵彗星 @hideo100

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ