第18話 VIPルームにて
クラーザの城下町、その城下町で最も大きな大きさを誇る広場が「女神の広場」だ。
中央にこの世界の女神ルーシアの巨大な銅像があり、その下には高さ10m近い高さまで噴水が上がる大きな円形の泉もある。
その目の前にある10階建てのホテルの3階にあるVIPルームは、高さがちょうど10m、そのVIPルームの窓から噴水の天辺が目と鼻の先に見える。
そしてその部屋の窓の外を、1人の女性が眺めていた。
噴水にもうっとりしていたが、さっき城下町で買った新しいネックレスとオーブのことが気になっていた。
(これ現実世界に持ち帰りたいなぁ。)
有馬にとっては、そのネックレスとオーブが欲しくてたまらなかった。
オーブはともかくネックレスは、現実世界にもないほどのオシャレな見た目だった。
このゲームの開発者は、セリフのセンスはいまいちだが、アクセサリーのセンスは抜群だと思った。
さらに被っていた頭部の髪飾りも外して、やっぱり見とれた。
「あぁ、ハロウィンで全く同じ衣装で渋谷に行ってみたい!」
有馬の妄想が止まらない。
現実世界では、二次創作物のキャラクターのコスプレも大好きだ。
だからこそ、ゲームのテスターの仕事にも興味があったので応募した。
まさかそのゲームに召喚されるとは夢にも思わなかったが、実際にゲームのキャラクターになって冒険してみると、意外なことに楽しかった。
そして何より感動したのは王と対面した城だった。
有馬はチェコのプラハ城を思い出した。
世界遺産検定の資格も有している有馬にとってはプラハ城は、人生で一度は訪れてみたい城だったが、まさにそれとほぼ同じような見た目だった。
ゲームをプレイしただけでは全く気付かなかったが、いざ目の前にその城の全体像を眺めると、プラハ城そのものに見えた。
そしてそんな豪華絢爛な城に招待され、豪華な食事も食べ、さらに行く先々で自分は勇者として扱われる。
さっきも装備品ショップではVIP優遇を受け、価格は全品半額扱いとなった。
そして極めつけは今いるこのホテルだ。
内装はほぼ高級ホテルに近い。
特に今いる部屋はVIPルームといって面積がかなり広く、ベッドが4つも並べてあった。
お風呂もトイレはもちろんだが、それ以上に注文すれば豪華な食事やマッサージも無料でサービスしてくれる、至れり尽くせりだ。
現実世界だと一泊するのに、10万円以上は絶対かかるスイートルーム級の部屋だ。
こんな豪華な部屋に無料で宿泊できるのは、それこそゲームの中の世界の勇者になっからこその待遇だ。
有馬の気持ちはこれまでの人生で一番高揚していた。
もちろんこれだけの待遇を受けるのには、魔神を倒して世界を闇から救うという大きな使命を背負っているからに他ならない。
この使命を全うするため、この先の旅は大きな苦難が待ち構えているのは容易に想像できる。
有馬もこのゲームを何度もプレイしているから、それはどんなものかある程度は予測はできる。
だけど、もちろんそんな気持ちはさらさらなかった。
いくらゲームの中の世界とはいえ、魔神石を破壊して魔神を倒すだなんて、そんな大それたこと自分達にできるとは思っていない。
ここで一生暮らすのも悪くはないという気持ちにもなったが、魔神を倒せと言われたら話は別。
いい思い出だけ作って、さっさと現実世界に戻ろうと考えていた。
もっとも、その現実世界に戻る方法はいまだにわからない。
その方法は、取り合えずは仲間全員が揃ってからじっくりと話し合うことにした。
だが、ほかの仲間は一向に見つかる気配はない。
有馬以外の大石と益田の2人がホテルを出て既に1時間も経過した。
未だに戻ってくる気配はなかった。
「まだ見つからないのかな。」
2人とも城下町の外に出て、フィールドを散策している。
一応1時間で戻ってくると最初に告げていた。
城下町にいれば、必然的にホテルに訪れることも想像はついたが、案の定いなかった。
仕方ないので有馬だけ残ることにした。
仮に有馬がいるホテルにほかの仲間が訪れたら、その時は2人にステータス画面を開いて知らせることにした。
知らせるといっても、チャットやメールを送ることではなく、「所持アイテム」で確認する方法だ。
所持アイテム欄のアイテム数と種類は3人とも共通だ。
つまり誰かが、あるアイテムを使用したり売れば、その減った分はほかのキャラにも反映される。
有馬と大石と益田の3人は事前に所持アイテム欄の内容を確認し、その中に1個だけ保有していた閃光弾を利用しようと考えた。
閃光弾は、戦闘中に使用することが可能なアイテムで、効果は敵にダメージを与えつつ目くらましにするものだ。
このアイテムを売れば、所持アイテム欄から消える。
こうすることでほかの2人に仲間が来たことを知らせることが可能だ。
現時点では使用価値は低いこともあり、後に訪れることになる第三大陸で購入することが可能になるから、閃光弾を売ろうと決めた。
このアイテムは、有馬達が城下町を訪れる前に入った洞窟の中のアイテムスポットで手に入れたものだ。
現時点で閃光弾はここでしか入手できない。
モンスターからのドロップもないため、これ以上増えることはない。
つまり仮に売った後で数が増える心配はないということだ、これが閃光弾を売る決め手となった。
3人の中で最もこのゲームをやり込んでいた大石の案だった。正直この案を提示する前は有馬も一緒に探す予定だった。
もし3人とも探している最中に、ほかの仲間がホテルに訪れたら無駄足となる。
大石の提案でそれを防ぐことができたのは、かなり大きい。
ただその閃光弾を売ることなく、1時間はとっくに経過した。
ドンドン!
突然ドアをノックする音が聞こえた。
有馬はほかの仲間かもという期待を寄せつつ、そのドアのもとに駆け寄り、覗き穴から覗いてみた。
見慣れた鎧を着た男性が2人立っていただけだった。
有馬はガッカリした。
ドアを開け、大石と益田が入ってきた。疲れた様子は隠し切れない。
ほかの仲間は一人もいなかった。
もちろん聞くまでもないが、一応結果報告を求めた。
「どうだった?」
「いや、見ての通りさ。」
「どこに行っても影も形もねぇよ。」
やっぱりそうだ。
予想はしていたが、報告を聞いて、有馬はさらに落胆した。
「有馬さんの方は何もなし?」
「うん、こっちも全く音沙汰なし。」
有馬の報告で大石と益田も疲れがさらに増した気がした。
「これからどうします?また探しに行きます?」
「いやぁ、ちょっともう勘弁。さっきパープルリザードの群れに見つかって。ソロだと危なすぎるから、逃げ帰ってきたばかりなんだよ。」
「だ、大丈夫だったの?」
「ダメージは喰らったけど、なんとか大丈夫。回復薬使っちゃった、ごめん。」
益田が鬼気迫る表情で、自分のピンチを語りベッドに寝そべった。
斧使いで火力は十分高くても、さすがに数体のモンスターを一度に相手にするには骨が折れるのは明白だ。
というより、単独でフィールドを散策する危険性がより高いことを証明した。
「やっぱりソロで探索はきついですねぇ。ここで待機が無難かも。」
「これ以上回復薬減らすのもねぇ。資金も残り少ないし…」
資金は事前に全員の武器を一新したことと、いくつかアクセサリーを買ったせいで、だいぶ減っていた。
国王から用意された援助金もほぼ底をついた。
欲を言えばもっと欲しかったのが本音だ。
回復薬は道具ショップで買えるが、所持金のことを考えたらこれ以上の補充は望めない。
ここに来て最悪の事態を考えないといけないと、大石は不穏なことを口に出した。
「もしかしたら、4人とも既に…」
「やられた?」
「や、やめてよ。そんなこと言うの。」
「パーティーを組んだのならともかく、単独行動だとありえなくはないよ。回復できるのは魔法使いだけだし。」
「確かにそうだけど…」
これだけ探しても、あるいは待っても来ないのなら、益田の言葉通りという可能性も捨てきれない。
全員に重い空気が圧し掛かる。
ただそれ以上に益田には、一つ気掛かりだったことがあった。
「そういえば、ちょっと気になってたんだけどよぉ…」
「なに?」
「いやぁ、さっきパープルリザードの群れに見つかったって言ったじゃん?」
「うん。」
「それでダメージを喰らって、慌てて回復しようとしたんだけど…」
「それで?」
「戦闘中に回復薬が使えなかったんだよね、どういうこと?」
益田の次の言葉に一同困惑した。
思い返せば確かに召喚されて戦闘中にアイテムなんか一度も使ったことはないと、3人とも思った。
大石はさっきの捜索中も、それほど強い敵とぶつからなかったので回復行為はなかった。
「え?でもさっき回復薬使ったって…」
「それはリザードから逃走した後だよ。今言っているのは戦闘中の話。」
益田が問題にしているのは非戦闘時ではなく、戦闘中の回復薬の使用のことだ。
ただ有馬はその言葉の意味をあまりよく理解できず、問題なく使えるでしょ、と言いたげだった。
「右側頭部を指2本でタップすれば、自分のHPとSPと一緒に「アイテム」って書かれた項目あるでしょ?」
「それは確認した。」
「ちゃんと押した?」
「押したんだけど…」
「押したけど、なに?」
「正確には「回復薬」を選択しても、使えなかったんだ。なんかグレー色に表示されていて。」
益田の言葉にさらに一同不安が大きくなった。
グレー色に表示されているということは、押しても何も反応がなかったことを暗に意味する。
言われてみれば、今まで戦闘してた時はアイテムの使用は意識しておらず、「アイテム」という項目を一度も押したことなかった。
だがそれでもその事実は3人にとって、受け入れがたいものだった。
「普通にテスターでプレイしてた時は、ちゃんとアイテムで回復できてたよね?」
「だけど回復薬だけ選択できない、え?どういうこと?」
「もしかしたら、これは…」
大石が自分なりの推測をみんなに告げた。
「バグ、じゃない?」
「バグ?」
大石が発した「バグ」という言葉は、ゲームをやり慣れている人からしたら、聞かないことはないほど有名な言葉だ。
世の中には星の数ほどゲームがあるが、バグがないゲームは存在しないといっても過言ではない。
ゲームとは、人がプログラミング言語で制作したデータの集合体に過ぎない。
人が書いたプログラムコードによってゲーム内の挙動は制御される。
それゆえもしそのコード自体に不備があったら、意図しない挙動や不具合が発生することがある。
これがバグだ。
今いるこの『七つの魔神石』という世界も、本来ゲームの中の世界にほかならない。
つまりプログラミングで施された世界だ。だから何らかのバグが生じてもおかしくない。
ただそのバグがよりによって、「戦闘中に回復薬が使えない。」という内容だと、これほど困ることはない。
「いやいや冗談じゃないぜ。戦闘中に回復できないって、けっこうヤバイよ?」
「確かにそうね。もしそんなバグあったら、とても売り物にできない。」
3人とも不安は大きくなる。
今後仮に本当に魔神を倒すことになれば、そんなバグで攻略できる自信なんてさらさらない。
となれば、一刻も早くこの事態を抜け出したい思いが強くなった。
「こうなったら最低でも魔法使いだけは見つけないと。」
「確かに。だけど本当に問題なのは、そこじゃなくて…」
「一体いつになったら、元の世界に帰れるのか、だよな。」
3人にとっての共通の希望は一刻も早い帰還だ。
有馬もさっきまであったファンタジー気分は徐々に薄れてきたが、嫌でも勇者の使命を全うしないといけないのかという懸念はあった。
「確か有馬さん、子供2人いるんだよね。」
「そうなの。だからもし帰れないとなったら…」
大石も益田も有馬の家庭事情は聞いていた。
このメンバーの中で、唯一の世帯持ち、2児の母だ。
年齢も一番上で、姉貴分的な役割も背負っていた。
城下町に行くまで、大石と益田が音を上げるようなことを口走るたびに、頑張るように励ましていた。
ゲームの世界でも無意識に母親と同じような振る舞いをしていた。
「もしかしたら、本当に魔神倒さないといけないっぽい?」
「さ、さすがに、そんなことって…」
暗雲が込み上げてきた。
そしてそれに呼応するかのように、突然どこからともなく見知らぬ男性の声がした。
「その通りですよ。」
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