第17話 不気味な微笑み

そして徳永は、今初めて自分の目の前で特殊技を放った瞬間を目撃した。


一瞬だが、矢を放った瞬間凄い光が手元から輝いて見えた。


(これが特殊技の発動!?)


あまりの光景に驚きを隠せなかった。


宍戸と松下は既に特殊技を自力で発動させたから、もう驚かない。


だけど徳永は違った。


烈風剣を放とうとはしたが、空振りに終わった。


自力で発動した経験がないのは徳永だけ、そのためアローレインを撃った瞬間の輝きが新鮮だった。


(そういや、どうやったら発動できるか聞けてなかったっけ?)


徳永は自信が抱えていた悩みを思い出した。


だが、さっきステータスで確認したように、烈風剣の文字は影も形もなかった。


代わりに目にしたのは「魔炎剣」という見たこともない技。


RPGならありがちな技名だが、少なくともこのゲームに限ってはなかった。


ここで徳永がある推測を立てた。


(今考えたら、最初のハウリングオーク戦でも光ってたような…)


徳永はここで最初のハウリングオークとの戦いを思い出した。


(あの時は目をつむって無我夢中で突進していった。

でも微かだが剣から光が出ていたような気がしたな。

つまり、あの時自分でも意識せず特殊技の魔炎剣が出せていたのかもしれない。

その後、焦げたような臭いがオークからしていた。

技名に炎がついているから、その焦げ臭さも納得がいく。

要は頭の中で強くイメージしてしまえばいいってことか…)


ここで徳永もようやく謎が解けたような感じがした。


(ってことは、魔炎剣ってめちゃくちゃ強い技なんだな。斧のプレッシャーバーストでもワンパンはできないはず…)


徳永は魔炎剣の威力を、斧使いが使う特殊技と比較したが、その時宍戸が声をかけた。


「徳永さん!?」


「はっ!?」


徳永はここで我に返った。


木暮のアローレインが出た瞬間を見て、特殊技のことが頭から離れなかった。


また自分の悪い癖が出たと思った。


「どうしたんですか?ほら、いきますよ。」


宍戸に促されて、今の現状を再度把握した。


考え込んでいたが、今するべきは声の主である女性を救うことだった。


さらにその女性がもしかしたら、探していた仲間の一人の可能性もある。


「そこの人大丈夫ですかー!」


松下が近くまで駆け寄り、声を掛けた。


「ありがとうございます!助かりました!」


その女性も元気な返事をした。


4人とも全員その女性の近くまで駆け寄った。


すると、その女性の見た目はやはり見覚えがあった。


水色の球体のオーブ、ピンク色のローブ、銀色の髪飾り、裸足でサンダル姿。


(間違いない、魔物召喚士だ。)


4人の考えは一致した。


やっと5人目の仲間と合流できたことに4人とも安堵した。


「ダメージは負っていませんか?私が回復しますよ。」


「いえ、大丈夫です。」


女性はそう言うと、立ち上がり改めて礼を言って自己紹介した。


「本当にありがとうございます。私は魔物召喚士のサリアと申します。あなた方と合流できたのは、まさに神の導きと言えるでしょう。」


「え?サリアさん…ですか?」


「はい、そうです。私の名前です。」


「本名…で、間違いないですか?」


「そうですけど。」


「どうしたんすか、みんな?」


「いや、サリアさんって…」


徳永と木暮も宍戸もその名前に反応した。


「サリア」というのは、魔物召喚士の初期設定の名前そのままだ。


プレイヤーが自由に名前を変えられる仕様ではあるが、それが初期設定のままになっている。


3人とも目の前の人物は日本人でないことは気づいたが、もう一つの意味もあった。


(この人ってもしかして?)


(コンピュータ?)


これまで4人とも現実世界から召喚されてきた人間だった。


そのため、残りの3人のキャラクターも同じだろうと勝手に推測はしていた。


しかしここに来て、4人にとって予想だにしない出来事が起きた。


目の前のキャラクターは普通に初期設定の名前を名乗っている。


しかも初対面にもかかわらず、「神の導き」といういかにも魔物召喚士特有のセリフをペラペラ言い出した。


普通に召喚された人間ならまず言わないセリフだ。


(まあ相手がコンピュータであっても、取り合えず状況は良くなったんだ。)


徳永は深く考えないようにした。


逆に言えば、今までが超偶然だったのかもしれない。


7人全員召喚された人間の可能性もあるが、そうでない可能性もある。


『七つの魔神石』というゲームは確かにキャラクターが7人存在するが、メインで操作するキャラクターは1人のみ。


徳永もテスターでプレイしていたときは、4~5人のプレイヤーと協力してストーリーを攻略することはよくあった。


それ以外のキャラクターは全てコンピュータで操作される。それと同じ現象になっただけだと判断した。


「出会って早々申し訳ないのですが、実は皆さま方にお願いしたいことがあります。」


4人とも困惑し沈黙していたが、魔物召喚士が突然依頼してきた。


「はい、何でしょうか?」


宍戸も考えるのをやめて、依頼を聞くようにした。


「実は私の仲間が後2人ほど、向こうの洞窟で待機しているんです。」


「仲間?」


「はい、斧を持った戦士と槍を持った戦士です。2人とも大怪我を負っているんです。急いで手当をしないと…」


「何ですって!?」


木暮は思わず大声を出した!


それもそのはず、魔物召喚士の言葉から察するに仲間2人は、斧使いと槍使いなのは間違いない。


つまり残りの仲間2人と合致するのだ。


「仲間2人を助けるために、洞窟を抜けたのはいいものの、運悪くさっきの魔物に襲われてしまったというわけです。」


「なるほど、そうだったんですね。」


魔物召喚士がそれまでの経緯を簡単に説明した。


徳永も来てよかったと心の底から思った。


「では、行きましょう。その洞窟へ。」


「ありがとうございます。では私が案内しますね。」


そう言われて4人とも、魔物召喚士の後をついて行った。


「いやぁー、それにしても思わぬ収穫でしたね。」


「本当。これで仲間全員が揃うと思うと、百人力ね。」


「やっぱり冒険は仲間が多いに限るな。」


しかし宍戸は水を差すように、自分達の本当の目的を全員に告げた。


「あとはどうやって元の世界に戻るか、それを考えるだけですね。」


「え?もう帰るんすか?」


宍戸の言葉に、思わず松下がガッカリした。


「松下さん、まさかまだこの世界にいたいなんて言うんじゃないでしょうね?」


「いや、自分けっこう楽しいっすよ!このまま全クリしちゃいましょうよ。」


「私も、まだいてもいいかな…なんて。」


「徳永さんはどうなんですか?」


「僕も…同じかな。」


まるで能天気な考えだったが、木暮も同じ気持ちだったようだ。


だけどその考えもわからなくもない。


なにしろ、ゲームの世界に召喚されること自体全員にとって初めてだったからだ。


徳永も本音としては、もっとこの世界にいて冒険したい。


召喚された当初は不安と緊張でいっぱいだった。


しかし今では戦闘にもすっかり慣れたし、特殊技の謎も解け、仲間も増えた。


このまま長時間ドップリとこの世界を楽しむのも悪くはないと感じたが、宍戸は現実を見ていたようだ。


「気持ちはわからなくもないですが、この世界に召喚されてどのくらい経ったかわかりますか?」


「だいたい2時間くらいかな。って、あぁそうか!」


「そう、急いで戻らないと、明日も平日ですから。」


宍戸の言葉で現実に戻らされた。


他の3人は正直嫌な気持ちになった。


(せっかく冒険気分に浸っていて忘れていたのに。)


宍戸は何より明日の仕事のことが気になっていたのだろう。


本業は会計士と言ってから、4人の中では多分一番忙しいはずだ。


だとしたら一刻も早く戻って、明日の準備をしようとあせるのも無理はない。


そしてそれは徳永も同じだった。


契約社員として事務関係の仕事をしている徳永は、平日である明日も当然仕事はある。


なおさら宍戸の言葉が重く圧し掛かった。


(明日はもう休みでいいかな…)


年齢もアラサー近いのに、心の中は学生そのものだった。


「まぁ1日くらいサボったっていいじゃん。もうちょっと存分に楽しみましょうよ!」


「そうそう、こんな機会多分二度とないっすよ!」


木暮も松下も宍戸の言葉で現実に戻されそうだったが、やはり本音はこのゲーム世界を楽しむことだった。


徳永もそれを聞いて、自分と同じ中がいることに改めて安心した。


「そうですね。まぁ焦っても仕方ないですし、気長にいきますか。」


宍戸もようやく4人と歩調を合わせた。


元の世界に戻る方法はいずれわかるだろうと、この時は若干楽観視した。


それからも4人の談笑は続いた。


しかし徳永はここでふと疑問に思った。


(荒くれオークごときに、苦戦するのかな。)


また宍戸は別の疑問を抱いた。


(魔物召喚士の初期衣装のローブって、ピンクだっけ?)


全員召喚士の後ろを歩いていただけなので、誰もその表情を窺えなかった。


故にその表情が、人間とは思えない不気味な笑みを浮かべていたことに誰も気づいていなかった。


(ふふふ。今宵は活きのいい獲物がかかったわ。さぁ、どう料理してやろうかねぇ…)


その笑みは徳永と宍戸が抱いた疑問を解明してくれるが、同時にこれから起こる地獄の火蓋を開ける合図でもあった。

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