last egg

 あたたかみをびたみなみかぜがそよぐ。

 よくれたおだやかな日曜にちよう、今は正午しょうごを少し過ぎた頃か。

 くものない青空あおぞらの下、颯大は尚と二人ふたり閑静かんせいじゅうたくがいみちを歩いていた。

 本日ほんじつ目的もくてきは、このくるま一台いちだいぶんほどのはばの道をぐ行くと右側みぎがわにあるという、檸檬れもんいろいっけんらしい。

 颯大の肩には、尚のわりに持った大きなトートバッグが下がっている。

 隣を歩く尚は、待ち合わせをしたえきに来た時から、このバッグとバスケットボールぐらいあるかくはこだいそうにかかえていた。

 尚いわく、トートバッグの中にはれいのおせいイースターエッグも入っているらしい。

 ごうりゅう早々そうそうに、尚は眉間にしわせて「まだまんですよ」と、彼の抱えた箱から漏れ漂う匂いにられている颯大に釘を刺した。

 颯大は咳払せきばらいをしながら、はじかくしもねて尚のバッグをさりなく持つと、彼は嬉しそうに声をこぼしてわらった。

 いつものスーツ姿と違う、ふくを着た尚。

 彼の茶色がかった柔らかい髪が、かざきで静かになびく。

 颯大より狭いはばで横に並んで、話す度に尚には笑顔がじる。兎の颯大よりも尚の方が『しょう動物どうぶつ』というひょうげん似合にあう。

 颯大は尚のの表情やにちじょう垣間かいまるようで、彼の内側うちがわに触れているような気がした。


 すべだいが一つあるだけの小さな公園こうえんよこると、数メートル先に白いさくのような門構もんがまえが見えた。その向こうにうすいろ外壁がいへきいえっている。

 歩いていたはずの尚が、駆け出した。

 釣られて颯大が駆け足でいつくと、尚は「きました」と一言。


 先ほどの白い柵から続くしょうめんの門の横には、流れるようなアルファベットがかれた銀色ぎんいろかくひょうさつと、その下にはカメラの付いたインターホンがある。

 尚が躊躇ためらうことなくインターホンを押す。

 門のひだりがわには白い壁のガレージに同系どうけいしょくのシャッターがりていて、その前にはつややかな黒色くろいろのミニバンが止まっている。

 かろやかな「はーい」の返事が聞こえると、門のおくにある扉から人影ひとかげが現れた。

「尚! 入って入って」

 わかだんじょが尚をまねきしている。

「お邪魔じゃまします」

 尚は門を開けると、颯大の手を引いて中に入っていった。

 玄関げんかんの前、右側にはペダルのないあたらしいあかいキッズバイク、左側には小さくたたまれた灰色はいいろのバギーが置かれている。


 むかえてくれた彼らこそ、この家の夫婦ふうふぬし

 奥さんは、尚の大学だいがくだいのサークルの先輩せんぱいだそう。

 たがいに軽く挨拶あいさつわしたあと、尚に「僕の羽崎さんです」としょうかいされた時は正直焦ったけれど、彼の持つ天然てんねんさに友人たちはれているようで、受け流すように「よろしく」と言葉を掛け合った。

 通されたリビングには、パステルーカラーの愛らしいかざりつけに『ハッピーイースター』の文字がえられている。

 正面にある大きなまどからは手入ていれのとどいたにわが続き、リビングと同様どうようそうしょくがされている。

 この家の夫婦の子どもで三歳さんさいおんないっさいおとこが、ベージュ色のカウチソファーに腰を掛けて、満面の笑みで庭先にわさきを見つめながら足をぜんに揺らしている。

 リビングには、先ほどとはべつの夫婦が一組ひとくみいた。颯大が尚とともに挨拶をすると、この二人は彼のおさな馴染なじみだった。

 彼らのさいはんになる双子ふたごの男の子たちは、木製のおもちゃを手にしてローテーブルの前で遊んでいる。

 それから、キッチンにもう一組。

 こちらはゲイカップルで、尚の高校こうこう時代の親友しんゆうたちだった。

 今日あつまっている彼らはみな、尚の大学時代のサークルなかでもあって、そつぎょうしてからもこうしてゆうじょうを深めているらしい。


 イースターようちゅうしょくのあと、ダイニングテーブルの上にフィンガーフードと並んで、白いドーム型に兎耳のえたホールケーキが置かれていた。

 先ほどこの家に来るさいに、尚が抱えていた箱の中身がこれ。

 今朝いたものを、尚がキッチンをりて仕上しあげた。

 颯大の大好物の人参が使われたスポンジぶんにはすうしゅるいのフルーツがはさまれていて、「小さな子どもたちも食べられるように」とヨーグルトで作ったというクリームを中と外にってある。アイシングクッキーで作ったという長い兎耳を刺し付けて、ひよこをしたプチシュークリームがこのケーキのまわりをかこんでいる。

 その見た目のはなやかさと可愛さ、それから皆が口にできるとあってだいこうひょう


 ケーキを食べるその前に、エッグハントが始まった。

 実は子どもたちが食事をしているさいちゅうに、颯大と尚をふく大人おとな数名すうめいが、わるわる庭先に出て、尚たちの作ったイースターエッグをばらき隠していた。

 エッグハントとは、子どもたちがその隠したエッグを見つけるというイベントの一つ。

 子どもたちは庭先で、エッグをさがしながら楽しそうにはしゃいでいる。

 大人たちは大窓を開けたリビングで、その光景こうけいを見ながら話している。


 いつしか話は、尚の恋愛れんあいだんについてはなき始めた。

 尚は温厚で可愛い見た目でありながらも、好きなものには強引ごういんなところがあって、あまえたがりらしい。口々くちぐちにそう話す彼らに、颯大はきょうかんして深く頷き、時に笑いも零れた。

 その中の誰かが「お菓子がきらいな人を好きになった時、可哀想かわいそうで見ていられなかった」と小さく口走くちばしった。尚は作ったお菓子をあいに食べてももらえないじょうきょうだった、とかいが続く。

 颯大は次第に、尚のその過去かこの男に対して嫉妬しっとを覚えた。

 お菓子作りは誰にでもできるものでもないし、その手間てまひまや時間、それから何より心を込めて作ったものを、ただ嫌いというだけで口にもしないとは、いくら尚の過去の相手とはいえ、男の風上かざかみにも置けない。


 ゲイカップルの一人が、尚に言う。

「幸せそうで、安心したよ」

 尚は笑顔で相槌を打ってはいるけれど、どことなく引きつっても見えた。

 尚がみずから紹介したこのは「お菓子好きな颯大が彼氏かれし」、ということになっているのだから仕方がない。

 颯大は胸がいたんだ。

「……幸せなのは、俺の方ですよ」

 気づいた時には、颯大はそう言っていた。

 尚は颯大へ顔を向けると、申し訳なさそうな表情を見せている。

 颯大は自然しぜんと優しく微笑みを返しながら、尚の髪を撫でた。

「好きな子が、好きなものを作ってくれる。こんな奇跡、ないでしょう?」

 その時、颯大は尚が言っていた言葉を思い出した。


『好きなものが一つだったなんて、奇跡が起きました!』


 あれはそういう意味だったのかと、颯大は理解した。

 尚にとっては『「(人である)羽崎颯大」と「兎」』なのだろう。

 けれど、颯大にとってもイコールになった。

『「大上尚」』と「人参(のお菓子を作れること)」』、この二つが一つという、奇跡。


 庭先で、子どもたちの声が聞こえた。


『ねえ、ぱぱ? ひとちゅ、ないよ?』

『ひとっ、なぁよ』

『ないない』

『ないでしゅ』


 大人の一人が庭先へ向けて「大丈夫、見つかるよ」と声を掛けた。

 声に釣られて庭を見た颯大の目には、残りの一つであるエッグが見える。

 正面右にある大人ほどあるうえの傍、小さな背では少々しょうしょう見えづらいところ。

 颯大は思い立った。隣に座っている尚に小声で囁く。

「大上、フォローをたのむ」

 颯大はトイレを借りるフリをして家主に声を掛けると、リビングを出て一人、玄関を出た。


 玄関先から柵の内側に沿って庭へと進む。

 颯大は物置ものおきのような小さな小屋こやうらで兎へと変化をいた。


 四肢を使って庭へと行く。

 庭では、子どもたちが皆、未だ残り一つのエッグを探していた。

 颯大は子どもたちが背を向けているすきに、先ほど見えた植木へと近づく。

 前足を小刻みに使ってエッグをころがして植木の影から出すと、鼻先で突きながら傍にいる子どもの一人に近づいた。

 鼻でさい一押ひとおしをすると、ようやくその子は兎の颯大の存在に気づく。

「あ! うしゃぎしゃん!」

 その子が兎の颯大を撫でていると、後ろから一人また一人と子どもが集まった。

 子どもが発した初めの一言で、驚いた大人が駆け寄る。

「えっ? ええっ? なんで? 迷子まいごかな」

 颯大の思惑おもわくどおりの『イースターバニー』に、庭先がいた。

 颯大が子どもたちにまわされていると、尚が庭先へび出てきた。

「あっ! ええっと、それ、僕のウサギ!」

 尚が駆け寄ってきて、りょうひざいて颯大を抱き上げた。

「ほっ、ほら、今日はイースターだからね。ウチかられてきてたんだ」

 そうしてコトをおさめようとする尚の頬へと、颯大はキスをした。

 それを見て、その場にいた大人も子どももおおがり。

 尚は混乱していたのか「キャリーに戻してくるね」と、颯大を抱えて家の中へと入る。

 尚はリビングを通り抜けて、足音を抑えて玄関を出た。

 颯大をめんへ置くと、尚は小さく叫ぶ。

保護ほごせつにでも連絡されたらどうするんですかっ! あとは僕にまかせてください!」

 そのあと再び変化した颯大は、何もなかったかのようにして人型でリビングに戻った。


 かえみち、颯大は尚からせっきょうを受ける。

簡単かんたんに兎になっちゃダメですよ」「もっと危機ききかんを持ってください」「悪い人にでもつかまったらどうするんですか」など、尚はしんになって颯大を心配しんぱいしていた。

 颯大は悪い気はしなかった。むしろ、おこるような尚の表情やたいが愛らしくてたまらない。

 不意に、尚が颯大に問いかけた。

「っていうか、……さっきのキスは、なんですか?」

 ゆうらされた尚の頬は赤く、潤む瞳は輝きを増している。

 颯大は思わず笑みが零れた。

 怪訝けげんな顔をした尚に、颯大は言葉をおくる。

「好きっていう意味かな?」

 途端にうれきを見せた尚のほそい腰を抱き寄せて、颯大は右手のひらで彼のなみだを拭う。

 颯大は再び、いや、人型としては初めて、尚の頬に口づけた。

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イースターハニー 水無 月 @mizunashitsuki

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