【短編】朝ごはんはトーストと目玉焼き

圧力鍋

【短編】朝ごはんはトーストと目玉焼き

目の前でいかにも眼福な見た目をしている男がすやすやと寝息を立てている。


少しだけ茶色がかったショートヘア、長いまつ毛、開いたら誰もが魅了されるであろう切れ長の目、手入れの必要のなさそうな眉、バタ臭くならない程度に主張する鼻、厚すぎず薄すぎもしない唇、肌は女の私が自信を無くすほど綺麗で髭は・・よくみたらある。


身長は私よりちょっと大きいくらいなのかな、立ったら多分少し見上げるくらいなんだろう。所謂理想の男女の身長差。


と、まあどこに出しても恥ずかしくないと思われる好青年が、去年の夏のボーナスで奮発して買った私のセミダブルのベッドの上で寝そべっている。自分にぴったり合った硬さのマットレスを見つけるのに遠征までしたっけ、ってそんな場合じゃない。


「昨夜何かやらかした、、私?」


思わず独り言が出る。


だってそうでしょう?生まれてこの方こういう上等なナマモノには余計な希望を抱かないよう、戯れに周囲に放たれる優しげな言動を自分だけに向けられたものと勘違いしないよう、なるべくなるべくなるべく距離をとって生きてきたのに、急にベッドにこられても困る。。


じゃなくて、そもそも顔も知らない他人が自分の家になんでいるのか。こんな見た目じゃなきゃ即通報、ってかもう通報した方が良いんじゃない?


「う、うーん」


び、びっくりしたぁ。そうだ、これは何かの間違いに違いないから貴重品だけ持って早く逃げなきゃ。一番近くの交番はどこだっけ、、、、、


「おはようございます、ご主人様。私よりも先にお目覚めになられたのですね。」


間に合わなかったぁぁ、、って何?ゴシュジンサマ???メイド喫茶は私のカバー範囲じゃないんだが??メイドってより執事??でもそんな年齢でもないし???


「申し訳ございません、すぐに朝食の準備をして参ります。」


といって彼はすたすたと1LDKの凡庸なキッチンの方に向かっていく。凡庸とはいいつつもきちんとコンロは二口、シンクも広めの物件を選んだので彼を苦労させることはないと思う。一口コンロの物件はちょっとした調理も一工夫いるのよね。。。


「卵と食パン使っちゃいますね。」


すると間もなく、じゅーっと目玉焼きを焼く音が聞こえてくる。コーヒーの香りもしてきた。そういえば、就職を機会に上京して一人暮らしを始めてからこうやって人を自分の部屋に呼ぶことなんてなかったな。友達とも外でしか会わなかったし、親密になる異性もいなかったし。当然ってなんだ当然って、失礼な。


「はい、準備できましたよ。どうぞ召し上がってください。」


現実逃避気味に自分の中でノリツッコミしている間に、いい具合に半熟で仕上がった目玉焼きとトーストが目の前に置かれる。しまった、逃げそびれた。。。。今ここで逃げたらご飯が無駄になっちゃうし、彼が準備している間毒を入れるような素振りもなかったし、なんでこうなったのかぜんっぜん理解できてないけど、、、仕方ない、受け入れよう。


「あ、おいしい」


白身の部分はパリッと焼き目がついていて黄身は期待通りの半熟。塩をかけてるだけなのに目玉焼きがこんなに美味しいなんて。トーストも焼き加減が実に私好み。外側がサクサク内側がフワモチでバターとのコンビネーションが最高。ああ、こんなに充実した朝ごはんっていつぶりだろう。ちょっと前、レッドアイのフライトしか取れなかった旅行先で、早朝に町へ放り出されてとりあえずで寄った先の喫茶店ぶりだわ。


「お口に合いましたか?」


「合う、合う。すごく美味しい。作ってくれて有難う。」


「どういたしまして。」


「私だけ食べるの申し訳ないから君も食べて。」


「かしこまりました。」


そういってダイニングテーブルの向かいに座った彼は自分で作った目玉焼きとトーストを食べ始める。飲み物はコーヒーにミルクたっぷり。彼の人となりは全く知らないけれど、何故か彼らしいなと思ってしまう。


「私の顔に何かついていますか?」


しまった、つい見た目がいいから眺めてしまっていた。


「ごめんね、つい見ちゃってた。 ところでこのタイミングで申し訳ないんだけど、、、、そして失礼かもしれないんだけど、、、、貴方は誰? 私、ご主人様って言われるような身分の人間ではないと思うのだけど。」


「ひょっとして覚えていらっしゃらない?」


ちょっと芝居がかった表情で彼はこちらを見る。


「昨晩あれほど熱烈に私のことを求めてくださったではないですか? 道端で途方にくれていた私を優しく抱きしめてくださったことをつい先ほどのことのように覚えております。」


しまった、まっったく記憶にない。昨日の晩は会社の同僚の送別会だったんだっけ?対して接点もないのに呼ばれて死ぬほど退屈だったことは覚えているけど。会の後半から記憶にないってことは、まさかそういうことなの?


そういう軽率なことは全く興味がなかったし、自分とは無縁のことだと思ってたのに。映画とかドラマでそういうシーンを見ると、いつもツッコミを入れていた側だったのに。年を取ると人間恥も外聞もなくなってくるって聞いたことがあるけど、それがまさにこれ? 自分が初対面の男を酔った勢いで家に連れ込むなんて思わなかった。


幸い?、見た目は私に不相応なくらい整ってるし、さらっと朝食も用意してくれて実に気が利く。何も物は取られてないし、悪い人間では確実になさそう。これはビギナーズラックって呼んでいいものなのかしら。でもね、、気になるのよね。。。


「本当にごめんなさい。昨日は飲みすぎたのか全然記憶がないの。私もいい大人だしこれ以上この件でうろたえたりしないけど、なんなの「ご主人様」って。」


「ご主人様はご主人様ですが?」


と、当然のことのように彼は答える。


「現代社会で、現代日本で青年に「ご主人様」って呼ばせてる女って相当特殊な人種なんだけど、貴方と私はそういう関係なのかしら?」


「はい、昨晩私のご主人様になってくださるとお約束して頂きました。」


あ、頭が痛い。。。私のビギナーズラックはどんな性能をしているのかしら。見た目も性格もよさそうなのを連れてくるところまではいい。なんなら祭壇でも神棚でも用意してビギナーズラック神を祀って毎日拝んでもいい。でも、下僕属性までつけてくる必要はなかったんじゃない? 神様のさじ加減がわからない。。。


「はぁ、わかったわ。朝ごはんもご馳走様。すっごく美味しかった。」


彼は満面の笑みを浮かべて後片付けを始める。


「今日は幸いお休みだけど、この後何するか希望はある?」


「特にご予定がなければ、家でご主人様とゆっくりしたいです。」


正直すごく助かる。休日は休むためにあるのだからなるべく家にいてゆっくり過ごすのが一番自分に合ってるってわかってきたのよね。こんなところまで気が合うとはね。ビギナーズラック神やるじゃない。


「わかったわ。昨晩そのままねちゃったからシャワーは後で入るとして、貴方着替えはどうする?」


「着替えはその、、、」


なんとも歯切れが悪い。


「一旦家に戻って着替えてくる?」


「いえ、そういうことではなく、、、その、、、、」


ここまで言い淀むなんて、何か事情があるのかしら。彼、一応成人に見えるけど実は家出中の未成年で、親が絶賛捜索中だったりしたらまずくない? 話がこじれたりしたら私未成年略取で捕まったり??? いきなり雲行き怪しくなってきたわよ、ビギナーズラック神。


「実は、」


「実は?」


「家がないんです。」


謎の美青年、ホームレスだった。


「養父母の元でお世話になっていたのですが昨年事故で他界してしまい、それ以来家がないんです。」


彼は想像以上に重い過去を背負っていた。そもそも物心ついたころには両親は存在しておらず、彼はずっと養父母の元で暮らしていた。その養父母も昨年先日事故で亡くなり、天涯孤独になって行くところが無くなってしまった。そこまで聞いて私は決めた。


「わかったわ。私普段日中は仕事で家を空けてるけど、うちにいたら良いわよ。」


学生時代盲目的に勉強だけは頑張ってた甲斐もあって定職にはつけている。特に散財する趣味もないし人ひとり養うくらいは全然できる。さっきの朝食みたいなご飯が今後も期待できるならむしろ安いと言えるんじゃない?


「有難うございます!ご主人様!」


満面の笑みで彼はお礼を言いながら私に抱きついてくる


「ちょっともう、落ち着いて。全然恩に感じなくていいから。それと恥ずかしいからご主人様はやめて。普通に名前でいいわよ、私も名前で呼ぶから。」


と言ったところで気づく。


「あれ、そういえば貴方の名前って何だっけ?」


「ご主人様、昨晩のこと覚えていないんですか? ひどい。」


「ごめんね、本当に昨日のことはなんにも覚えていないのよ。」


「仕方ないですね。今日一日待ちますから思い出してください。それまではご主人様って呼び続けますからね。」


おお、青年のくせにむくれた顔も様になる。じゃなくて、申し訳ないから時折思い出せないか試してみることにしよう。


「わかったわ。ちょっと疲れてるから、私はもう一度寝るわ。お昼くらいになったら起こしてね。」


「わかりましたよ、ご主人様。」


「もう。私きっと貴方の名前を思い出してみせるわ。」


「早めにお願いしますよ。」


「はーい、じゃあ寝るね。」


「ーーーーーー」


「ーーーーー」


「ーーー」



「ペロペロ」

顔にやすりのようなザラザラした刺激を感じて目を覚ます。

外はもう夕方で、部屋は真っ暗。玄関から自分のベッドに至るまで、あちこちに記憶のないビニール袋やら段ボールやらが散乱している。


「なにこれ。」


あたりを見回すと自分の疲れたときの字で書かれたメモが足元に落ちていることに気づく。


「買い物リスト:コーム、餌皿、水皿、爪切り、トイレ、砂、、、、」


これって、これって、これって、、、、、、


「登録名: 〇〇〇〇 。」


にゃーん、と返事が聞こえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【短編】朝ごはんはトーストと目玉焼き 圧力鍋 @joejack

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ