DOOR

石井 行

DOOR

 暗転中。

 女の歌声。恋を振り返る歌を歌っている。

 ぼんやりと照明が点く。

 女がコロコロで床を掃除しながら歌っている。

 徐々に照明明るくなる。

 舞台中央に黒い木の台がひとつ(椅子もしくはベッドのつもりで)。

 台の後方にはゴミ箱、ゴミ袋、大きい鞄。

 女は台に座り、コロコロを剝がしながら話し出す。

 独り言のように、あるいは遠くにいる親友に語り掛けるように。


  

「ゆうこ。

 ねぇ、ゆうこ、聞こえる?聞いてる?

 聞いてる?

 …『聞いてる?』

 いつもあたしがゆうこに言われてたよね。『ちゃんと聞いてる?』

 ゆうこがいてくれたおかげで、あたしはなんとか人並みでいられた。

 バカだし、不器用だし、一人じゃいろんなことが上手くできなかった。

   

 森くんはね、そんな不器用なところがいいって言ってくれたんだよ。

 不器用だから、嘘吐いたり計算したりしないだろう、って。

 そう言われて素直に喜んでたあたしって、やっぱりバカなのかな?

 知香が言うには、『それはだましやすいってことじゃない?』って。

 そう、知香が言ったんだよ。知香が。

 あたしにはわからないと思ってたのかな。

 バカにしてたのかな。


 あたしね、知香が死んじゃっても何とも思わなかったんだ。

 小学校から一緒だったから、悲しいかな、と思ったんだけど全然泣けないし、明日からもう会えないんだって思っても、別にいいや、って。

 思い出とかたくさんあるけど、しょうがないな、って。

 ひどい女だよね。

 知香は、あたしがひどい女だってわかってたんじゃないかな。

 あたしが、知香はひどい女だってわかってたみたいに。

 さいごに聞いてみればよかった。


 森くんも、あたしのことひどい女だって思ってるかな。

 どうしよう。

 森くんには、笑顔のあたしだけ見ていてほしかったのに。

 森くんが、本当はあたしより知香が好きだったとしても、あたしは平気、あたしはずっと森くんだけを好きでいられる自信があった。

 でも、駄目だった。

 ちょっと嫌いになっちゃった。

 でも、ちょっとだよ?好きの方が多いよ、今でも。

 大好き。

 ねぇ、森くんもあたしのことちょっと嫌いになっちゃったかな?

 どうしよう。

 さいごに聞いてみればよかった。


  

 高校の調理実習、覚えてる?アジを三枚におろしてアジフライ作ったとき!

 同じ班にゆうこがいてくれて本当によかった。

 魚屋さんとか板前さんみたいに、ゆうこがどんどんキレイにさばいていくのをみんな感心して眺めてた。

 ゆうこが料理上手なのは知ってたけど、魚までさばけるなんてすごいなって思った。

 あたし、それを覚えてたんだ。

 あたし一人じゃ何日かかるかわからなかったよ。

 ありがとう。やっぱりゆうこはすごいな。


 ゆうこ、

 ゆうこもあたしのこと嫌いになっちゃった?

 あたしのせいでイヤな気分味わわせた。

 いつもあたしが困ってると助けてくれたよね。

 あたしのお願い、いつも聞いてくれた。

 自分でも何でもできるようにならなきゃ駄目だよ、って怒りながらも手伝ってくれた。

 ごめんね。

 ゆうこに手伝ってもらって、怒られる度にちゃんとしなきゃって思ってたんだよ?

 ゆうこに嫌われたくないもん。

 だからあたし自分でやらなきゃって…

 

 …あたし本当は自分で何でもできるよ。できるの。

 バカでも不器用でもない。

 だって!森くんが知香ともデートしてるの知ってたもん。騙されてるのわかってたもん。

 それから、ゆうこも、森くんのこと好きだって、気付いてたよ?


 ゆうこ。

 ずっと甘えててごめん。

 ありがとうね。

 でもあたし一人でできるの。

 なんでいつも助けてくれちゃうの?

 あたしを甘やかしたの?

 あたしは一人で大丈夫なの。

 ゆうこが、あたしを『バカで不器用で一人じゃ何もできない人間』にしたんだよ。

 ゆうこのせいで!



 …ごめん。怒っちゃった?

 今までいっぱい助けてもらったのに、ごめんね。

 でもこれで最後にする。

 これからはもう、ゆうこがいなくても一人で大丈夫。

 もう甘えない。


 今まで、本当にありがとう。」



 女、楽しそうに笑いながら後方の鞄をあさる。

 あさりながら、より大きな声で語り掛ける。



「ゆうこ。

 ねぇ、ゆうこ、聞こえる?聞いてる?

 あたしの、最後のお願い。」



 鞄から血の付いたタオルを取り出す。ナイフが包まれている。

 タオルを取り除き、ナイフを振りかざしながらドアノブに手を伸ばす。



「ここ、開けて?」



 照明、cut out





   


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