「暗戦~狂闇爆ざす太陽~」

低迷アクション

第1話



20ⅩⅩ年、止まらぬ環境破壊、終わらない地域紛争、テロに殺戮、疫病、虐殺に対し「世界救済少女」と名乗る少女達が現れ、それに所属する“魔法少女、変身ヒロイン等”のあらゆる事変、事象への介入が始まった。彼女達の活躍は一国家の存在さえ脅かすモノとなり、これに抗う国家は抵抗したが、通常兵器は、全く歯が立たず、実質彼女達の監視下の元、世界は平定されていく。


その半年後、軍事、人外の異能者、犯罪者等が結集した武装集団

“アンチ・オータ”が彼女達に対し、宣戦布告と反撃を開始した…



 「ええっと、おたく等が見たい場所ってのは、ここでいいんすよね?」


ひと昔前は2ギガのスマホが今は20ギガ…更に聞けば、政府のアホとか、頭が良くなりすぎた奴等は、その数百倍のモノを使ってるらしい…しかし、そんな事は“T”にとっては詮無き事。背伸びをしない、身の丈具合がちょうど良い。今後の生活も生き方等も含めてだ。


(全く持って正しい、俺。だから、こんな奴等とはとっとと用事済ませて、縁切りに限る)


彼が指し示すストリュートビュー画像を見て頷く“こんな奴等”は2人…1人は

ロシア系か?透き通るようなめっちゃ美人のめっちゃ幼女(中学くらい?)の

“シラクモ(日本名だが、確実偽名)”と


Tの頭二つ分くらいデカい目元に、切り傷二本の“軍曹(絶対堅気じゃない)”

どんな世の中になっても絶対、組みたくない奴等…


(しかしな…)


努めて明るい声を出して、自身の考えを相殺した。


「OK!わかった。じゃあ、山は登り切ったし、後は、このまま真っ直ぐ行くと妙な形の廃墟跡が見えてくるんで、そん中進むと、集会所っぽい雰囲気の場所ありまして、そこが、おたく等の気になってる、目的地の…穴がありますよ」


特に何の頷きもないが、自身が歩けば、追随してくるので、良しとする。


「その銃は本物?」


シラクモがここに来て、初めて口を開く。指さした先は、Tの背中に吊るしてあるⅯAC11(アメリカ製短機関銃)のコピー品であるガスガン、つまり玩具だ。


「いえ、プラスチックの弾が出るだけでしてね」


説明しながら、“俺の活動はご存知?”と言う感じで軍曹に顔を向ける。シラクモにそっと耳打ちしている所からすると、知らないのだろう。


Tは心霊スポットや曰く付きの土地を訪れるのが趣味だ。この一件、何処にでもありそうなオカルトマニアの活動が、異彩を帯びているのは、Tと同行する仲間達がサバイバルゲームの恰好をして、玩具の銃を持っていく事にあった。


何故?と理由を聞かれたら、色々答えたいが、今はただ一言


“ヤバいトコ行くのに、身一つはヤバくね?”


に尽きる。この奇妙な道案内のキッカケになったのも、自身の趣味が原因だ。

次の心霊スポットを探していたTは、友人達からある噂を聞く。


地元の山にいつ頃からか、可笑しな集団が住み着いた。何かの宗教を信奉していた彼等は一種のカルトで、直に警察の捜査が及ぶとの話もあった。


だが、それがある日を境に全員がいなくなる。何が起こったかは一切、不明…

警察もすぐに捜査を止め、山の周辺に住むごく一部の地元住民達にのみ、この話は広まった。


T達は、その跡地に出向いた。勿論、玩具の銃を担いで…


特に問題なく、家路についた彼は、そこで撮影したモノをSNSに発信し、体験した事をネット小説にして、投稿した。


up後、数日も経たない内に、滅多にこないコメントが届き、現状の流れと

なる。


みるからにヤバそうな奴等だが、彼等の提案はTが抱く目的と合致した内容とも言えた。謝礼もあり得ない程の高額を提示されたが、やんわり辞退し、案内のみを引き受ける。


「さぁさ、着きましたよ。お二人さん」


Tの行動が全く腑に落ちないと言った顔のシラクモと、廃墟に入った辺りから、険しい表情の軍曹を連れ、問題の穴に辿り着く。


穴と言っても、大きさは直径1メートル以下の小さな穴、人が入るのは難しい。だが、妙な存在感がある。霊感なんてまるでないが、穴から漏れ出るような真っ黒な闇は


わざわざ日中に案内を選んだにも関わらず、自身の腕をザワつかせた。

これを伝え、そして知るためにTは撮影し、答えを教えてくれそうな、自分達とは住む世界が明らか違う軍曹達の案内を引き受けたのだ。


今までの心霊スポットでは得られなかった見えざる世界の真実に対する欲求…


彼が満たしたいのは好奇心、それ以上でも、それ以下でもない。


Tの予想は間違っていなかった。


自身の空想から還ってみれば、白雲が腰から出した端末を操作し、穴に近づき、調査のような動きをしている。期待に胸を膨らませ、隣に立つ無頼漢に尋ねた。


「あの子は一体、何してるんです?」


軍曹が鋭い目で振り返るのを、静止するように両手を顔元まで上げる。


「いや、別にアンタ等が何者かとか、ここに来た目的を問おうとって訳じゃない。ただ、あの穴と、ここのカルトがいなくなった理由とか、軽く…触りくらいでいいんで教えてくれたらぁってね」


Tの弁明に相手は面白そうな様子で頷いた後(口角が横に広がってるから、多分、そうだと思うが、顔が怖すぎだ)


自身の言葉を重ねた。


「それを知ってどうする?」


「さぁっ…ただ、これが俺なりの、現在進行形で狂ってる世界での生き方だと思うからな。

せいぜい楽しませてもらいたいね」


精一杯の虚勢的発言に、相手は馬鹿にしたように、肩を竦めた後、口を開く。


「イザナミとイザナギの話は知ってるか?知らない?

お前、ホントに日本人か?まぁ、いいや。とにかく、そいつ等がこの世と

あの世を作ったって話だ。二人はデキてて、


あ、夫婦な?何か嫁の方が、生んだ子で股こんがりにくたばって、迎えに行った旦那の方がひと悶着あって、嫁がロメロのゾンビばりになって追いかけてくるんだが、何とか撃退して、


嫁をあの世に引っ込ませた。嫁は腐ったお口を大きく開いて、旦那に叫んだ。


“テメー、あたい、死んだ後で、他の女とヤリまくりで、毎日1000人くらいガキをこの世に生み増やすだろうが、こっちはキッカリ1000人、テメーのガキを殺すかんな“


重要なのはここだ」


「?」


「政府の情報統制で誤魔化されてるとはいえ、さっきの口ぶりじゃぁ、

お前だって、今、この世界で何が起こってるか知ってるだろ?ネットで見た事ある?ああ、多分、それ正解…


現世は幻、夜の夢こそ真…こいつが当たり前の世の中…神話だって、おとぎ話だって、何でもアリ…となると、さっきの話もだ」


「だから、一体、何が言いたい?」


苛つきを隠さずに口をはさむ。妙だ。廃墟の雰囲気か?目の前の男が、何かとても嫌な事を言おうとしている。そして、自分は、それを否定できない。否定するには、あまりに狂った現実が広がっている。


「焦るな、まもなく白雲の調査も終わる。それまで、よもや話に付き合ってくれ。俺達が注目したのは、あまりに簡単な疑問だ。


毎日、1000人殺す?例えば、旦那とシン嫁が腰ふりまくっ…大変下品な表現だ。割愛、1日、2000人、1001人でもいい。作ればだ。1000人死んでも、1人は残る。実際、旦那の方も同じ答えを返し、そのおかげで、今でも、この世が継続されている。


正直、俺達でもわかるくらい勝敗の見えてる戦争だ。あの世は負け確定、無理ゲー知ってて、負ける側の奴等は黙って、それ、黙々こなすか?相当のマゾか、敗北の美学大好きっ子だ。


あの世の連中はそれでいいのか?色々、手尽くすよな?それこそ、あらゆる手段使ってさ。この戦いは人類創世と同時に開戦し、今も続いていると考える」


「ちょっと待て、それは日本の話で…」


「だから、その辺も俺は疑問だ。何故、国ごとに神話を分ける?この世界は一つなのに?こんな考えはどうだ、各大陸は、日本で言えば、各都道府県、日本の場合は、今みたいな話、インドはブッダとラーマ?マーラ?そんな感じだ。どっちにしろ、光と闇の戦いが世界中の神話や、伝承で共通している事は純然たる事実だ。そして、それは、目に見える形、俺達の世界を脅かすレベルにまで、現出してきたのが、今世だと言える」


「全く、ついていけない…」


「ついてくる必要などない。関わりたくないんだろ?それなら、このまま過ごせ。もしかしたら、世界が終わる、最後の時まで、“自分は大丈夫”と言い聞かせ、変わりない日々を楽しめ。


だが、実際にそれを何度も見てきた者から、最後に助言を一言、


守りたければ、戦え。全て失っちまう前にな」


「軍曹、終わった、やっぱり予測通り…」


いつの間にか、軍曹の隣に立った白雲が抑揚のない声で告げ、それに応えるかのように、爆音が響く。頭上に現れたヘリに、引き上げられた、2人に、Tは、爆音に負けないくらい叫ぶ。


「何だ?見送りはいらないぞ?」


「違う、アンタ等は、お前達、オータの連中はどうするんだ?」


「知ってたのか?こりゃ、ビックリ…只のアホって訳じゃなかったな、ええっ?にーちゃん?」


「そんな事はどうでもいい。早く答えろ!」


「ハハ、決まってんだろ?ただ、足掻く。諦めが悪いんだよ。俺達はな」


笑い声と共に遠ざかっていくヘリを見て、Tは呆然と眺め、呟いた。


「せめて“必ず守る”とか言ってくれよ…」…



うだるような暑さは、地元人でしか、対応できない。片目に着けた眼帯に滑り落ちる

汗を不快に思いつつ、拷問官の女性は釘と金槌を手にし、汚い小屋の中を、

流した汚物と籠る熱で、過剰演出に一役買っている、日本人(多分)に振り返った。


自称、学生を名乗る男は二人連れ…どういうツテを辿ったかは知らないが、女を買いに

拷問官の属する犯罪シンジケートの巣窟に乗り込んできた。


本来なら金さえ渡せば、何の問題も無い所だったが、男達は400ペソ(2000円程度)しか持っておらず、訝しんだ組織の人間達が彼等を拘束し、自身の元へ運んできた。


今、椅子に足と手足を固定された男が唯一、こちらの言葉を理解している。


拷問官の視線に気づいた男がパドル(小振りの棍棒)で、ひしゃげた口を開き、不明瞭な声を何とか明瞭に奏で始めた。


「おたく、狙撃手?もしくはやっていたか?」


「何故、そう思う?」


「利き手に、手と指に独特のたこがある。その金槌は俺の何処に刺す?」


「アンタ次第だね。こっちとしては、早く終わらせて、アイスウォーターを飲みたい」


「いいね、俺にも飲ませてくれ」


ヘラヘラ顔の言葉を無視しながら、拷問官は一抹の不安を覚える。


(コイツ、殴り過ぎて、可笑しくなったか?)


だとしたら、問題だ。始末するのは簡単(最も、どれだけ殴っても、平気そうな顔をしていたが)…しかし、雇い主達が満足する答えは得られない。

それに、自分の経歴を当てたコイツはかなり怪しいと見た。生きて返すには危険だ。



「激痛で悲鳴を上げる前に聞きたい事がある」


男のお喋りが再開される。


「何っ?(煩わしそうな顔を隠しもせずに)」


「ここに連れてこられる時、多分、隣の建物、倉庫だと思うが、チラッと見た限り、良い感じの機械や設備があった。


そこから伸びてる管の終結点にはでっかい水槽がいくつか、中には顔色の悪い?てゆーか、灰色に近い少女達だ。胸デカ、まな板等々様々…


人身売買で売られる子達には見えなかった。ありゃ、何だ?」


ホントによく見ている。益々油断ならない。道具を手にする。早く黙らせなければ…


「別に、お前には関係ない事だろう」


「何だよ?メイドの…いや、違うな。冥土の土産に教えてくれ。ありゃ、アレだろ?俺の記憶に間違いが無ければ、世界救済の連中に負けた、敵方だった女の子達だ。違うかい?


答えたくないか?そうか、なら一人で喋るぞ?あの子達は正義を翳す奴等に敗北した後、死んだり、海に没したり、異界に飛ばされてるって聞いたぞ?


どうして、おたく等みたいな麻薬カルテルが保持してる?何に使うつもりだ?」


男の質問を遮るように、膝に釘を押し当て、槌を振り下ろし、軽めに刺す。激痛を感じさせ、これ以上喋るなと言う警告の意味だったが、男のお喋りは止まらない。


「だんまりか?それとも、知らないだけか?まぁ、いい。一瞬、考えたのは

変身ヒロインもの18禁同人でよくある、敗北少女達の性とか軍事目的のマーケット構想…恐らくこれが一番近い。しかし、それにしちゃ、専門性の高い施設を用意してある。お前達を誰が支援してる?一体、何を企んでんだ?」


拷問官はフーっと息を吐く。男のしつこさに根負けした。


「私は雇われ…よくは知らない。ただ、上から指示があって、世界救済少女に

負けた敵方の奴等を集める動きがある事は事実…協力を表明したカルテルには、大量の資金と必要な設備が提供されている。


世界救済の魔法少女達に壊滅同然にされ、存続が危ういテロ組織に麻薬カルテルとしては有難い話…裏の仕事が激減した私も含めてね?一体、誰が指示し、何を企んでいるかまではわからない。


ただ、地獄に終わりにない。確かにあの子達が来て、世界は、表向き、平和になった。だけど、それは間違い。闇は地下に潜っただけ、地獄は続いている。

今からお前もそれを見る事になる」


言葉終わりと同時に、釘に金槌を叩きつける。盛大な悲鳴が小屋中へ響き渡る予定は、鉄の釘が折れる小さく乾いた音にとってかわられた。


「集中凝固と言ってな。意識と筋肉を必要な部位に、極限まで集中させ、皮膚を鉄のように固くさせる事が出来る。その間、周りの筋肉は弛緩しきって、ヒドイ感じになるがね。おかげでこーゆう事も出来る」


後ろ手に縛られた椅子の木枠から、ゴム手袋みたいになった両手を抜く。腰に銃を伸ばした拷問官に鋭い蹴りを見舞い、崩れ落ちたのを確認すると、筋肉の戻り始めた腕で、相手が抜きかけたXDM-40自動拳銃を拾い上げる。


「さて、お次は相方の救出と行くか?」


そう呟く“間怒 砲介(まど ほうすけ)”は、銃に初弾が装填されているのを確認した後、安全装置を外した…



 間怒が飛び出た先には、熱気の土埃とこちらを見る2人の男…

肩にはⅯ933コマンド突撃銃が下げられている。間髪入れず、銃弾を撃ち込む。乾いた音が銃を下した髭面の足を抜き、もう1人は肩を飛ばされ、倒れこんだ。


「はーい、そのまま、ハポネス(日本人)は何処にいる?」


突撃銃2丁をひったくり、呻く男の足を踏みつける。痛みに悲鳴を上げた相手が少女達のいた倉庫を指さす。


「グラシャス(サンキュー)」


例を言う間怒のすぐ足下を銃弾が走り、砂煙をいくつも上げる。倒れた男達の悲鳴を背に、突撃銃を腰だめに構え、連射しながら走る。


「屋根か!」


陽射しの反射でよくわからないが、屋根に立つ影は2つ。銃声からして、撃っているのは、恐らくM60軽機関銃(ランボーが使ってる奴)とⅯ249(ほむらが第10話で使ってる奴)…


どちらも軽と言うより、重機関銃と呼べる、100発くらいバラ撒きOKの代物だ。倉庫に辿り着くまでに蜂の巣は必死…しかし、そうはならない。


「なる訳にはいかねぇ」


自身の進路上に片方の突撃銃を放る。こちらを狙って撃った弾が当たり、一瞬ではあるが、自分と射手の間に小さな壁が出来た。


その隙に構えた突撃銃で狙いを定める。火線と落ちていく銃の隙間に敵の姿が映った瞬間、引き金を弾く。


屋根から落ちた相棒を見て、一瞬、動きを止める残りの射手に銃弾を撃ち込むと、新たな怪我人(色々、複雑骨折)2名に駆け寄り、強力な武器を吟味する。


「5.56は貫通力、7.62ミリはマンストッピングパワーとなれば…!」


Ⅿ60と7.62ミリ弾の弾帯を体に撒き、倉庫に足を踏み入れる。グロック拳銃を片手に様子見で、首を伸ばした男一人を銃床で殴り飛ばし、右往左往する、残りの敵には銃弾をお見舞いしていく。


「梨男、何処だ?助けに来たぞ!」


銃弾で転がり、呻く男達の中から、弱々しく手が上がる。


「梨男っ!?どうした?」


間怒の学友であり、そもそも、コイツの提案で、この国に来る原因となった

“丸出梨男(まるで なしお)”が、肩から血を流し、苦しんでいた。


「す、すまん。まっさん(間怒の愛称)何か、ここの人達と仲良くなって、工場見学させてくれるって言うから、一緒に歩いてたら、銃弾が飛んできて、一体何がっ…」


「い、いやぁっ、俺もよくわからない(さりげなく?Ⅿ60機関銃を放り投げ)全く、お前は最底辺下層と仲良くなるのがホントに上手いんだからなぁっ、もう、

大体、お前が“褐色美少女、もしくは美女と一発”とか言うからだぞ、ホントにもう!と、とにかく、傷は浅い。ここを逃げるぞ!」


手早く治療を終え、梨男を立たせる。


「まっさん、この子達は?何か皆、調子悪そうだけど、顔色白とか灰色、セメントみてぇ」


Ⅿ60を拾い上げた手が止まる。敵の増援はすぐに来る。連行される時に見た敷地内は広かった。少なく見積もって50人、多ければ100人はいるだろう。


水槽にいる子は6人、彼女達を無視すれば、逃げられる。自分達2人なら…


「梨男!」


「何っ?」


キョトンする顔に嫌な笑いを浮かべてやる。


「その子ら、肌はセメントっぽいけど、結構、イケてる。四肢も固定されってし、水抜きゃ、一発でも何発でもやれるぜ?どうす…」


「馬鹿言ってんじゃねぇぞ、薄らハゲ!」


校内でも随一のふざけ面がこんな時に限ってキリリ顔、こっちの顔がだらしなく歪むのを抑えられない。


「いいね!その顔が見たかった」…



 「ナゼ…、タ、タスケル?」


まだ、半分覚醒っぽい少女達を、裏から運んできた幌付きトラックに放り込んでいる作業中に声をかけられた。


原付免許を持っていると自称する梨男を顎で示す。


「礼なら、あそこの運転微妙野郎に言ってくれ。そしたら、俺達の生還率はグッと上がるよ、多分…まぁ、俺に至っては只の気まぐれ、あんま、気にすんな」


「リユウがナイノニ、助けるノカ?お前等は…」


「ああ、そーゆう感じ?なら、あれだ。しいて言うなら、おたく等の顔かな?

皆、眠らされてるのに、顔は諦めてねぇって、面してた。あの面に、いや、今もだけどね?

惚れたわ。マジで」


少女の顔に色が映える。笑った?それともテレ照れ?“いいね!”を押したい間怒の思考はなんとかかかったエンジン音に加え、耳をつんざく銃声乱舞に遮られる。


「とにもかくにも、乗んな!お嬢さん!地獄からの脱出、出発進行!乗り遅れは無しの咆哮、方向でー?」


倉庫の壁にいくつも穴を開け、飛び交う銃弾の中をトラックが走り出す。明るすぎる陽射しの外には突撃銃を構えた敵の群れに間怒もⅯ60を振り回し、銃弾をばら撒いていく。


しかし、貫通力より破壊力を重視した7.62ミリの銃弾と言えど、銃の数は歴然、こちらの撃つ弾より、向こうの銃弾の方が遥かに多い。トラックに跳弾する音が小さなささやきから大合唱になった時、先程の少女が、銃を突き出す間怒の隣に立つ。


「銃をカシテ、ワタシ、戦闘スタイルは武装系、銃器の使い方には慣れてる」


「病み上がりに戦えるか?」


こちらの声に素早く、Ⅿ60を横から引っ手繰り、ボルトを引くと、給弾ベルトを上げ、次弾を装填し直す。


「マカセテ」


頷く間怒は再開される銃声を聞きながら、トラックに積み込んだ突撃銃を拾い、攻撃に加わる。いくつもの相手を撃ち倒し、縦横無尽に動き回ったトラックは、鉄製の門=出口に行き先を決めた。


「まっさん!ヤバい、入口前にバリケード!守ってるのは、何か銃の下に丸い大砲付いてる」


「それはグレラン(グレネードランチャー)!運転席を吹っ飛ばす気だ?ヤバいぞ!」


「マジか!悲鳴上げてぇけど、っておおっ?」


梨男の素っ頓狂な声は、彼の横、頬と頬ゼロ距離に割り込んできた別の少女が原因だ。


白い肌に不釣り合いの赤い目を光らせ、手を翳す彼女の動きに、完全シンクロで前方の敵達が倒れる。


「私のノーリョク…今は1回しか出来ないけど…」


呟き、少し微笑んだ少女はそのまま梨男の膝に転がる。


「ちょっちょっちょちょぉぉおっー!」


「落ち着け!梨男、初めての感触にビックリはわかる。だが、まずは、この子の介抱は後!アクセルを踏み続けて突破しろ!」


間怒の咆哮と、同時に加速したトラックは、そのままバリケードを乗り上げ、赤い大地へ飛び出す。


「やったな、自由だ!全くヒドイ海外旅行になったけど…」


“楽しかったよ”はどうした?と訝る間怒の視線はトラックに直進してくる

複数の飛行機を捉える。


「ドローンプレデター(無人攻撃機)!?あんなモノまで持ってるのか?」


少女がM60を構える。素早い閃光が戦闘機とトラックの間に走ったのは、その時だった…



 「ヤベェのが来たな」


ドローンを光弾で消し飛ばし、間怒達の前に立ったのは、この土地に、

かなり不釣り合いなヒラヒラな衣装を身に纏った少女だ。


「あれって、ネットで見た世界救済の?魔法少女?って事は、俺達にとって味方?」


「違うな。とりあず、今は…」


はしゃいだ梨男を窘めた間怒の言葉が終わらない内に、後方から追いついたカルテルの武装兵士達がトラックを通過し、少女に向けて、発砲する。


しかし、銃弾は彼女の前で止まり、一発も辿り着く事なく、その場で蒸発していく。


「スゲェ、これ現実か?」


圧巻と言った様子で、目の前で繰り広げられる光景の感想を述べる梨男の背中を小突く。


「おい、奴等の戦闘が終わる前に、トラックを出せ」


「えっ?何でだよ?」


疑問を返しながらも、車を動かす梨男、それに合わせて、間怒は声の調子を落とす。


「考えてもみろ、梨男、後ろとお前の膝に乗せてる女の子はアイツ等に退治された存在だぞ?あの、ヒラヒラはこの子達を感知して、ここまで来た。だから、やられる前に逃げんぞ?」


成程と頷く梨男は、徐々に少なくなっていく銃弾の雨を横で見ながら、ハンドルを切る。


(もっとも、あれが本気を出せば、どんなに距離を稼いでも、

すぐ追いつかれるだろうけどな)


突撃銃のマガジンを交換しながら、外の様子を窺う。敵のほとんどは地面に転がっていた。

残ったのは、数名…その中には大口径のM82バーレット狙撃銃を構えた、先程の拷問官もいる。


「ドウスルノ?」


さっきから思うが、この子達は人との距離感が絶対わかってねぇ。M60をお守りのように、持つ少女が不安気な顔で、間怒を見ている。顔色も悪い。いや、これは元からか…


しかし、それらを含めて、だいぶ疲労している。充分には回復してない様子だ。


察するに次の戦闘は無理だろう。先程のように、すぐには答えを返せない。


(何か問題が起きれば、世界救済の連中が時間、場所に関わらず、駆けつける現在、

この子達を助けた時点で想定できた事だった。まさか、これほど早いとは…)


今は只の学生に偽装している間怒だが、半年前は連中との戦いに明け暮れた存在だ。目の前の少女達より、恐らく、長く、最後まで相手との戦闘経験がある。


それをもってしても、状況が悪い。装備も人員も足りなすぎ…コイツは非常に不味い。今、出来る事は面をどうにか誤魔化し、不敵な笑みを浮かべ続ける事だけだ。


思考する自分の手に冷たい感触が走る。手を重ねた少女が、大き目のまなこを瞬かせ、ゆっくり短く告げた。


「オネガイ、助けて…」


言葉終わりに崩れ落ちる少女を思わず凝視してしまう。最後の力を振り絞ったって感じの幼く、か弱い姿がそこにある…


全く、仲間内がソシャゲや女に金をつぎ込む理由を察する。自分はやってなくて、ホントに良かった。2次だろうが、3次だろうが、関係ない。コイツ等ホントに


「萌え…燃えるぜ」


呟く間怒は、少女に頷き、ハンドルを握る梨男に短く指示を出した…



 50口径の銃弾は全て消し、眼帯の女を、手元に溜めた光弾で吹き飛ばしながら、世界救済少女に属する“ファニーライト”こと“光 あかね(ひかり あかね)”は大きくため息をつく。


(早く、終わらせて帰ろう。まだ、宿題も終わってないし…)


正直、疲労が溜まっていた。お決まりの“正義の何とか”とか、台詞を言うのも億劫な程に…


あかねが自身の能力に気づき、世界を救う使命を担う仲間達と戦いを初めて、半年…

その間に見てきた闇は相当なモノだった。いくら力があるとは言え、まだ、

全員が未成年の子供…ネットなんて比じゃない程の狂気と出会い、その全てを滅してきた。

しかし、闇は続く。およそ、悪と呼べる、全てのモノを倒しても、戦いに終わりはこなかった…


目の前の相手だって、そうだ。以前、潰した麻薬カルテル…確か名前は

“ネグ・マカナ”の残党共、あろう事か、コイツ等は、以前、あかね達が倒した敵側の能力者達を回収し、何かを企んでいたらしい。


らしいと言うのは、まだ本部も相手の同行を理解できていないからだ。

本来、未来予知の出来る仲間もいる自身の組織で、今回のような事態はあり得ない。


今までは、敵の動きが全てわかった上での戦闘だった。だから、半年前から、現在に至るまで、怪我人こそあれ、死者は出ていない。それが自分達を正義という、あまりに重すぎる使命を遂行させる、支えであり、保障だ…


忘れていた。もう一つある。今ならいいだろう。抵抗する相手はいなくなった。殺してはいないが、後、数時間は動けない量のエネルギーを撃ち込んである。


逃げるトラックが本命だが、あの蛇行運転では、問題ない。すぐに追いつく。


変身時でも消えないように(服やアクセサリー等は戦闘衣装に、モードチェンジされる)衣服から離しておいたポーチを手に取り、中から棒状の容器を取り出し、口に含む。


電子タバコと間違えられるが、吸引式のエナジードリンク…

名前は“ANGEL ENERGY”


魔法少女に変身した時点で、薬物は受けつけないように体がコーティングされる。だが、この薬は別だ。変身時にも関わらず、爽快な気分と、崇高な使命を自覚させるに最適な陶酔に浸る事が出来た。


今や、あかねだけでなく、メンバーのほぼ全てが常用している。連続する戦いとあり得ない程の凄惨で無慈悲な世界の裏側を見てきた少女達の神経は限界寸前…


それぞれが異常なストレスの解消方法を見つけ、最早、悪と大差ないレベルに達した時に、この薬は絶妙のタイミングで現れた。入手経路は…


(なんだったっけ?あれ?思い出せない…まぁ、いいか。ああ、いい気持ち…)


自身の眼前には光輝く世界が広がっていく。赤い大地は、その輝きを増し、こちらに向かってくるトラックは勇ましく勇敢だ。…?…何故、トラックが。不味い!!


あかねが光弾を準備する前に、接近した幌付きの荷台から、素早く何かが飛び出した…



 相手が、何もせず、突っ立っていたのは、不明だが、こちらにとって好機なのは変わりない。発射された光弾の勢いは弱く、容易に回避できた。


「さし(1体1)でやろうぜ!」


吠え声をあげた間怒は、強烈な蹴りを、きらびやかな衣装にお見舞いする。柔らかな感触が一瞬、自身を怯ませるが、油断すれば、こちらがやられる事は確実…


手加減が出来る余裕はない。


「舐めないで!」


相手が常人より強化されたスピードと威力で、拳を繰り出す。まともに腹に喰らうが、少しの痛みのみ!よくよく見れば、目元を覆うアイマスクの(タキ〇ード仮面風、結構顔出し気にしない、この手の魔法少女にしては珍しい)眼光が鈍い。


これは、まさか‥


(ヤクでもやってるのか?ダナンで戦った戦友達の目に似ている。皆がスピード(覚醒剤)をやって、恐怖を消してたみたいに…)


それなら、先程、トラックの接近に対し、行動もしなかったのも納得だ。自分では大丈夫だと思っていたが、とっくに許容値を越していたのだろう。おかげで、


「こっちは生き残れそうだ!」」


叫び、飛び込んできた相手の首筋に、引き抜いた拳銃の台尻で一撃を加えた。

念のため銃を持ち直し、転がる少女の頭に向けた時、鋭い制止の声がかかった…



 「私はアンチ・オータの、いや、失礼…この名称は名乗る方も言い辛いし、あまり好いてはいない。察してくれると助かる。南米派遣隊の田山(たやま)だ。こんな所で日本人の学生を助けるハメになるとは、意外に以外…まさに驚天動地の世界だな」


動きからして、レンジャー、空挺上がりか?AK-74U突撃銃で固めた

バラクラバ(覆面)&迷彩の隊員達がトラックを囲み、少女達を用意された装甲車に乗せている。


「最近、現れた反抗勢力か?噂は聞いてる。あの子達の無事は保障されるんだろうな?」


半ば強制的に下ろされた形の梨男と間怒だが、銃は手放してない。必要とあれば、コイツ等と一戦を交える気持ちだった。


間怒の問いに、田山は笑顔を見せ、頷く。


「勿論だ。こちらで保護する。我々の組織は勢力を拡大している。彼女達との戦いだけでは(梨男の後ろで、気持ちよさそうな顔でノビてる、あかねを見つめて)なく、戦いで傷ついた者達のケア施設や生活の支援を行う場所も用意している。


だから、安心してくれ。マイクマッドホー」


「何…?」


田山の笑顔に影がさす。


「“気まぐれ狂感覚”と呼んだ方が良かったか?今回も大したキッカケもなく、気まぐれでカルテルを壊滅かね?全く凄い化け物だよ?


おたくは、途中、彼女等の参戦があったとは言え、たった一人で、ここまでやりあうとは…


どうだ?大体合ってるか?我々を侮らない方がいい。それにしたって、君、その風貌でよく日本の学生だと言い張るな。ボロが出ないかね?元不正規戦の専門家さん」


“元”の部分を強調した形で喋る田山の後ろでは、空気が変わったのを察した隊員達が、武器を構えている。手元の銃を握る力を強くする間怒だが、装甲車に乗り込む少女の視線を見て、動きを止めた。


あ・り・が・と・う


口の動きだけしかわからないが、お礼を言っているのがわかった。ここでひと悶着起こすのは早計のようだ…拳銃を懐に抑め、口を開く。


「約束しろ」


「?…何をだね?」


「もし、その子達に何かしたら、俺が必ず、お前の首根っこを引き抜く。いいな?」


怒号を上げ、銃を突き出す部下達を、制した田山が可笑しく、おどけた感じで敬礼し、装甲車に乗り込む。


走り出した車輌群と、よっぽど疲れが溜まっていたのか?良い表情でノビている、あかねを交互に見た梨男が間怒を見て、言った。


「とりあえず、帰ろうぜ?」…



 “カサノバ・バラミロス”はネグ・マカナの元ボスだ。半年前の戦いで、世界救済少女達からの強襲を受け、組織は壊滅した。壊滅したと言っても、部下達は全員、気絶しただけ…

彼女達は麻薬畑と武器工場全てを焼き払い、悠々とその場を去っていく。


虐殺が始まったのは、その2時間後だ。トラックと普通車に乗った一団…彼等は組織に殺された警官の家族、市民、引退した元敵対組織達で構成されていた。


様々な武器を用意した彼等は、無抵抗の仲間達の頭に。撃ち、砕き、残酷の限りを尽くした。


世界救済の連中は、この事を知ってか知らずか、助けにはこなかった。まだ7歳だったバラミロの娘は、恐らく意識があるであろう状態で、両の手と足の指1本、1本をカッターで切られ、出血死するまで、その場に放置されていた。


図体のデカい用心棒の死体の下で(バラミロが事前に、頭を撃ったおかげで、誰も相手にしなかった)彼はそれをずっと見続ける事になる。


怒りや憎しみを抱くには、多くの死に関わり過ぎていた。それに、自身の組織が滅ぼされるまでは、バラミロ自身、世界救済の組織に所属する魔法少女達に、憎しみと言うより、畏敬の念に近いモノを抱いていた。


“強き者こそが神になれる資格を持ち、我等は彼の奴隷、奴隷は生贄を捧げる事こそ、最高の奉仕者としであり、自らの喜び、糧となる”


南米の太陽神信仰を、より都合よく自身なりに解釈し、組織を巨大化させてきた彼にとっては、この殺戮も、より強いモノ達の蹂躙にしか映らない。


これは、あらゆる敵に挑み、倒してきた自身にとって、さらなる進化への試練だと解釈し、納得させるだけの、強い意思が、彼にはあった。


虐殺が終わるのを待って、バラミロは、国を脱出する行動を起こす。顔を偽装し、国境近くの町まで来た彼は、以前から噂されていた“逃がし屋”を頼る。


雑多な人とバラックのような小屋の一角にそれはあった。生ゴミの臭いのする室内の中には、銃と電子警棒を持った男が一人と、鎖で柱に繫がれた少女が一人…


聞けば、転送能力を持つ異能者だと言う。世界救済の連中との戦いに敗れた勢力の一人で、逃亡中の所を、男の組織が捕らえ、商売を始めた。この、混乱期で、よく聞く、“敗残少女達”の馴れの果てだ。


しかし、今のバラミロにとっては、少女の成り立ちは、どうでも良い。大事なのは、彼女に抱きつき、目的地を言えば、好きな所に転送してくれる事、ただ、それだけ…勿論、金額は相当のモノだ。しかし、今や、国中から追われる彼にとっては詮無き事、すぐに報酬を支払ってやる。


「日本?何でまた?」


「何か問題あるのか?」


男の疑問に疑問を返す。もし、断る事があれば、相手の銃を奪い、脅すだけだ。少女を連れて、改めて転送してもらうのもいい。



「いや、特に問題はねぇけど…最近、コイツも使いすぎでね。まぁ、大丈夫!

転送失敗の時は、何も起こらず、ここにいるだけだから!ちょっと、警棒を当ててやれば、言う事聞くからよ。なぁ、そうだよな?」


電子警棒で頭を掻く男の問いに、少女が汚れた体を震わせ、慌てたように何度も頷く。


「どうでもいいから、早くしてくれ」


バラミロの声に、男が鎖を引き、転送役を前に引き立たせる。彼女の肩に手を置く。


「場所は日本だ。頼むぞ」


「‥‥うん…」


「どうした?」


少女がバラミロの胸元に顔を寄せ、こちらを見上げる。青い瞳には何の感情も

浮かんでいない。無言で目を合わせる自身に、ささくれだった唇が開いた。


「ねぇ、この世に希望ってある?」


「ああ、神は存在する」


少女が少し微笑んだ気がしたが、それを理解する間もなく、次の瞬間には、

独特の匂いを持った異国の地に足を踏み出していた。


組織が壊滅する前から、バラミロの頭には、ある声が聞こえていた。初めは、流石の彼とて、信じていなかった。だが、声が予言した、自身を脅かす異能者達の跋扈から、


組織の壊滅までが当たるに至り、バラミロは確信する。


(神は存在し、自分を選んだ。そして、事を成せと…我等は皆、彼の奴隷…)


声に指示された、協力者はすぐに見つかった。半年間の戦いで、世界救済に敗け、立場と役割を失った者達の数は多く(自身も含めてだが…)


人材と材料の調達に事欠かなかった。そして、声が伝えた手段の一つには、

バラミロが得意とする麻薬の生成技術が訳に立っていた。


ある程度の人員と生産、物量のシステムが整った時、材料が尽きた。だが、それもすぐに解決する。バラミロは送られてきたメールを満足そうに眺め、生産ラインの稼働を、部下達に命じ、メールの内容を全員に見せる。


“材料の調達完了…個体数は6…”…


無言で頷く仲間達の顔に笑みが広がっていった…

 


 「目が覚めたか?」


覗き込む作業服姿の頭は、巨大なザリガニだ。


「おおっ、ニーソ!久しぶりだ」


声をかけながら、毛むくじゃらの腕を引き上げた段階で、自身も異形の怪物だった事に気づく。


「何だ、ここ?“ゾット”の秘密基地か?」


「いや、残念だが“キャンディ・ライオン”それは違う。ここは市の環境事業センター、俺達は偽装っていうか、隠れ潜んでる最中だ」


元悪の秘密結社の怪人“ザリガニーソ”が相棒の怪人だったキャンディ・ライオンを、その巨大なハサミで抱き起す。


「悪い、どうも記憶が曖昧でな…」


「無理もない。半年間、あっという間だった。俺達、悪の秘密結社ゾットが世界救済少女のファニーライトにやられたのはよ」


生き残った怪人は数体…正義の味方は、彼等を気絶などさせず、完全に殲滅した。幹部クラスと戦闘員を失った彼等は二つの道を、それぞれ選ぶ。逃亡か抵抗の、どちらかだ。ニーソ達は戦いを続け、ライオンは故郷に帰る道を選ぶ。


やがて“潜伏”を選ぶ程にまで追い詰められた彼等は一つの名案を思いつく。


それが、一般人の、やりたがらない汚れ仕事…ゴミ収集業の仕事に身を潜める事だった。一応は市運営の事業だが、この戦いと混乱の余波がもたらす“特殊なゴミ”の影響で、


どんなモノでも回収する収集作業員達の大量離職を促しており、人間形態のニーソ達が潜り込むのは容易…更に、持ち込まれたゴミの中には、怪人達の残骸も多くあり(ほとんどが民家や所有の畑に転がったり、突き刺さっていたモノだった)


仲間達を救うと言う新たな成果もあげていた。


「成程、だから、俺の片腕はトカゲなのか?」」


「ああ、それは鬼トカゲだ。お前と一番の適応性があった」


「アイツも死んだか?そいつは残念だ。俺も思い出したよ。後一歩の所で、怪人になる前の生成元のライオンの故郷、アフリカ行きの船に乗れたんだがな…港湾で待ち伏せしていた、艦砲持ちにやられた」


「大変だったな」


「で、これからどうする?」


ニーソの顔には若干の遠慮があるのをライオンは見ていた。これでも百獣の王と

キャンディ(組織の悪趣味で、口から飴を出せる。正直、戦闘には全く不要の能力だ)を混ぜ合わせた存在、生き残るための鼻と観察は利くつもりだ。最も、それを持ってしても、世界救済の連中には勝てなかった訳だが…


だから、敢えて聞いた。かつての戦友がどう答えるかを…確かめたい気持ちもある。


「正直、再びの脱出はかなり厳しいと、俺は思う………いや、これは嘘だ。ワリい…

そんな目で見るなよ。悪かった。半年経った現在の状況では、かなりガバガバ…

それと言うのも…」


未確認の情報ではあるが、今、日本全体に、ある麻薬が浸透しているとの情報があった。

しかも、それは一般の人間と言うより、ゾットの敵である世界救済の連中に多く蔓延していると言うのだ。


「正義を担う魔法少女達が?あり得ない…そもそも、あの子達には毒とかに対する耐性がある筈…」


「だから、それすら突破できる強力なヤクなんだよ。考えてもみろ、思春期の子供達がいきなり、核弾頭級の力を手に入れて、世界の全責任を負わされるんだぞ?ストレスなんてモン以上の重圧だ。狂わないのが、不思議な位…そこに現れた天使の施し…


奇跡のドリンク剤…名前は“ANGEL ENERGY”凄まじいまでの爽快感と桁外れの依存性があるんだ。おかげで、表立って見せないが、世界救済の組織は、静かに崩壊が始まってる様子…


以前のような、事前察知や事件、事故発生の解決率が落ちているのも事実…ここまでは、俺達にとってありがたい話…問題はここからだ」


麻薬の出所が日本であると言う事と、その精製にゾットが関わっている可能性が浮上してきた。


「仲間の1人が件のENERGYを手に入れて、中身を調べた。上手く偽装しているが、俺達を作った構成要素の培養技術が使われている。原料は察してくれ。それを作れる研究員は全員死んだ。俺が確認している。残るは怪人…俺は1体だけ、心当たりがある」


ライオンの頭にも、恐らくニーソと同じ怪人の姿が浮かぶ。そろそろ問いけかる頃合いだ。


「それで、何をするつもりだ?奴を探してどうする?殺すのか?

それとも一緒に仕事を手伝い、ゾット本来の目的、世界征服を果たすか?」


「正直…まだ、わからない。調査を進めるにも人員が足りないんだ。いざって時の戦闘要員もな。お前がどうしても、故郷に帰りたいって言うなら、止めはしない。


だが、かつての仲間として…」


「わかった。手伝おう」


「えっ?おおっ、ありがとう!助かるぜ」


素早い決断に、ハサミを鳴らして喜びを示すニーソ、ライオンも頷き、腕を上げる。彼等に助けてもらわなければ、自分はここにいない。気高き獣の王は、借りは必ず狩りで返すモノだ。


「それで、とりあえず、俺は何をすればいい?」


「えっ?ああっ、とりあえず、明日から収集車に乗ってくれ!結構、子供とか手を振るから、

ちゃんと振り返してな。あっ、お前、飴玉出せたよな?あれを是非、活かしてくれ」


機嫌よくヒゲを揺らすザリガニ怪人の提案に、ライオンは、本気で故郷に帰る選択肢の検討を始めた…



 報告を終えた田山と入れ違いに白雲が室内に入ってくる。部屋の防音性を確認した軍曹は、目で盗聴の可能性を尋ねる。首を振る様子を見て、初めて口を開く。


「田山が言っていた保護施設の件だが、内偵は済んだか?」


「確認は出来てない」


「そうか…お前もわかっていると思うが、半年間の戦いで得た技術や人材を、俺達が調査と回収を行っている。それを利用する者が、アンチ・オータ内に出てきた。


そして、非常に言いたくないが、その筆頭が田山の可能性…


いや、今のお前の話で確信した。そーゆう事でいいな?」


頷く白雲には悪いが、苦しい顔を見せてしまう。軍曹が思い浮かべる組織の構想は、世界救済少女達の動きを妨害し、制限する事によって、上手な世界平和の道を探っている。そのために、向こうの動きを逐一察知し、攻撃先の選定と被害の適切さを今まで実施してきた。


だが、何者かが、先手を打った。ANGEL ENERGYと言う薬物の流布によって、正義の活動は停止寸前、攻撃が止んだ事により、自分達も含め、かなりの行動の自由が許されているが、どうも腑に落ちない。


まるで、巨大な災厄の前の不気味な静けさだ。そして、この糸を引く者が穏健派である自身の仲間の中に潜んでいる事実があれば、尚更だ。


「例の心霊オタクの案内で調査した場所、運営していたカルトは、ウチのメンバーである事がわかった。全員行方不明…


解析した穴からは、例のポイントREDRAM…マーダー・ポイントで取れたモノと同じ、未知の成分が検出された。多分、軍曹の予想は大当たり…」


その言葉を聞き、軍曹は苦しみの、次のステップとして、頭を抱えた…



 「ヨーセツ、ヨーセツ、コレヤル!コレ!」


白雲の報告に出てきたポイントREDRAM(同投稿作品“POINT REDRAM”参照)は都心より少し離れた地域に属しており、そこには誰も近づかない。


地元の噂や、ネットで囁かれる話を総合すれば、訪れた者は溶接マスクを被った怪人に遭遇すると言う(怪しげな世界と現世を繋ぐ者として“妖接マン”とも呼ばれる)


これは純然たる事実…ボロボロの迷彩服を纏った妖接の怪人は現に今、地に足をつけて立っていた。そして、目の前を跳ね回る小型の山猫風敗北少女の“ポポン”に纏わりつかれ、


非常に迷惑をしているといった感じで立ち竦んでいる。


「ヨーセツ、オ面とれ!メシくえ!メシ、ゲンキ!ゲンキなる!」


こちらの嫌そうな態度を見て(勿論、自分が原因とはつゆ程も知らず)まだ、人間の言葉がたどたどしいながらも、彼女なりの気遣いを見せてくれている…らしい。


大きな黄色い瞳と、髪の間からピョコッと小さめに出るのが特徴の彼女は、人が寄り付かないという理由から住み着いた。確認に来た、妖接と初めて会った時に“ポポン、ポポン”と終始叫んでいたので、その名前になった。


喋る言葉は短く、あまり動かない。まばたきの回数も少なく、じーっと目が特徴、半年前の戦いでは、お人形みたいで可愛いと、敵からも評判が良かったらしいが(全て、本人談である)


妖接としては、狩猟動物が獲物を狙っているようで、落ち着かない。

同じ、異能のモノとして、こちらを気に入った様子で、何処からか、食べ物を持ってきて、溶接工のマスクを果敢に外そうとうする。煩わしい事、この上ない。


「あのな…ポポン、何度も言うが、俺は死んだ体を借りているだけの存在…お前達とは似ている部分があればこそだが、別モンだと思った方が良い。だから、余計な気ぃ使うな」


「ワカタ、ポポン、メシ食う」


“1人でな”と付け加えるのを忘れていた。軽快に飛び上がった彼女は、そのまま妖接の頭に乗っかり、肩車のスタイルをとると、食べ途中で捨てられたらしいパンを頬張る。


食べカスが、雪のように舞う視界を払いながら、空を見上げる。人の目には見えないが、最近、嫌な空気が目立つようになった。


何か、邪悪なモノが蔓延っているようだ。敷地内ではなく、外に…

妖接と、この地は人の進化を促すモノだ。


しかし、それとは真逆の何かが…


「ン~ン?」


パンを含んだままのポポンの耳が、ピョコんと上がる。少し遅れて気配を察した妖接の腹に大穴が開く。


「…っ!?」


無意識にポポンを庇おうと、回した手に、空気を裂く、消音弾が吹き飛ばしていく。ガスマスクを付けた複数の兵士が消音装置付きのスパス12(散弾銃)を構え、突進してくる。


侵入者を感知する筈の自身の頭が動かない。見れば、敵1人、1人を黒い霧のようなモノが覆っている。


「ポポン!」


叫び、地面をコロコロと転がる少女に声をかける。それがいけなかった。いつもの彼女なら、避ける事が出来た筈だ。しかし、自分が呼んだばかりに…


ポポンの体にケーブル尽きの電極がぶつかり、白熱する。

“キュウッ”と一声鳴き声をあげた少女は、近くに来たガスマスクに抱え上げられ…


「ウオオオオオオ」


全身から赤い光を発した妖接は一気に立ち上がり、まず、近くに迫った1人の頭を粉砕した。空気を裂く散弾が、全身を削っていくが、お構いなしで突っ切り、広げた両手で、掴めるだけの肉体を握り潰した。怒声と血が飛び散る中を突き進む悪鬼を止めたのは、


小柄なガスマスクの…女?…手にした棍棒のようなモノで、マスクを力一杯叩く。

仰け反る妖接の腕、足を正確に散弾で吹き飛ばし、尚も、もがく体を棍棒で動かなくなるまで、殴打が続いた。


「て、テメェ…」


骨が剥き出しの手で、棍棒を受け止めるが、指ごと圧し潰された。残った口で、戦いの中で感じた疑問を吠え散らす。


「気配からしてわかった。ポポンと同じ奴だろう?何故、その子を攫う?」


妖接に対する返事のように、マスクを取った顔を現す。白一色の肌に、赤い目の敗残少女はただ一言、


「我等は彼の奴隷…」


と言う言葉を発した後、自身のひしゃげた顔面に棍棒を打ち下し、完全に動かなくなったのを確認してから、その場を去る…


怒りと闘争本能で全身を回復させ、立ち上がる妖接に、


“燃えるゴミは月曜~燃えないゴミは~…”


と言う、ノンビリとした収集車の音が響いてきた…



 「まっさん、不味いよ、そろそろ水が無くなる」


「もう少し、例の施設から持ってくりゃ良かったな。完全に失策したわ。てか、梨男、原因はお前だぞ?そいつ連れてきたのが間違いだろうがっ!」


「だって、しょうがなくね?動けそうにないし、明らか助けが必要だぜっ!?」


「…ウーム、わかった。この何度目かの議論はお終いだ。とにかく今は国境を目指すぞ」


武装カルテルとの戦いから3日が経過していた。間怒と梨男は、敵の追撃を避けるため、

徒歩で移動を敢行している。即席で作った木のストレッチャーには、


ファニーライトのあかねが乗っていた。梨男の提案により、正気付くまでの(その時は自分達の最後だと思うが)行動を共にする事になった。


等の彼女自身は意識が戻ったり、戻らなかったり、水だけは大量に飲む事を繰り返している。


「まっさん、この子は大丈夫なのか?」


「正直、わからん。だが、本来なら、すぐ、仲間が助けに駆け付ける筈が、誰もこない。

半年前のコイツ等と明らか違う。どうなってるかはわからない。いや、わかるか?

原因はこれだな」


あかねの傍に落ちていた棒状のモノを改めて見る。ドリンク剤のようだが、中身は高純度の麻薬…兵隊時代に使っていたモノより強力そうだ。


(いつの間に、こんなモンが出回ってた?何か悪い事でも起きてなきゃいいが…)


「なぁ、まっさん…」


思考を中断される、梨男を振り向く。


「あの子達は大丈夫だよな?」


コイツはホントに人がいい、苦笑いで答える。


「わからんが、大丈夫だろう。安心しろ!いざって時は、アイツ等の首根っこを」


「あああああーっ!」


背後からの絶叫に、飛びのく梨男を背中に回らせ、HK416C突撃銃を構えた。


「そこの学生!(自分もだが)アイツ等は何処に行った?」


「知らねぇな。自分の能力で探したらどうだい?」


銃を構えた男の反論は、最もだ。しかし、考えが集中できない。約半年ぶりに受けた痛み?それとも、まさかENERGYが原因…?


馬鹿な、あれが原因の筈はない。体が震え、悪寒が全身を支配していく。


「ENERGY、薬は何処?何処に隠した?」


「落ち着いてっ!魔法少女さん!」


肩に包帯を巻いた“男”と言うより、年相応風の学生が駆け寄るのを、拳で振り払った

段階で気づいてしまう。


「おいっ…」


低い声の、明らか学生ではない男の突進にも対応できない程に…


「それが、正義のする事かよ…」


男の言う通りだった。自分が、この半年間、戦ってきたのは、何のためだったのか?


薬がキレて暴れる自分は何だ?只のヤク中ではないか…?今や、組織のほとんどが、

これに蝕まれていると言っていい。


自分達はハメられた。しかし、今はそれ所ではない。今やるべき事の始めは…


「ごめんなさい…」


あかねの謝罪に、梨男が頷き、何でもないと言った風に立ち上がってみせる。

ゆっくりと離れた間怒を見て、覚悟を決める。


「手伝ってほしいの…」…



 「田山達の行き先がわかった。衛生を使った追跡はバレてない。

驚かないで、あいつ等、マーダー・ポイントを襲撃してる」


「何っ!?(出来る限りの抑え声で)も、目的は?」


「内部の映像の詳細は不明…この前と一緒だね。だけど、1時間もしない内に、アイツ等は

飛び出してる。目的を果たした様子…」


次から、次へと入ってくる情報に対応が出来ない。軍曹は急かすように、白雲を見つめ、次の言葉を促す。


「わかってる。繰り返しだけど、驚かないで…アイツ等の向かった先は、

私達が調査した、あの山…衛星画像で再度確認したところ、調査した3週間前と状況が変わってる。何かの工場みたい。加えて言えば、田山が回収した少女達は、全員、そこに運び込まれている」


灯台下暮らしとは、この事か…確かに一度調べた場所にもう一回出向く余裕は、今の軍曹達にはない。


「すぐに出動準備だ。これ以上、奴等の好きにはさせん。闇から這い出ようとしている何かは別として、例の薬物工場だけは全て破壊する。目立った動きはするな。歩兵のみで動く。爆撃は最後の手段…白雲、現地に見張りはつけているのか?」


慌ただしくなる組織内の喧噪の中で、珍しく笑う白雲の声が答えた。


「勿論、適任に任せた」…



 “今夜ここに来れば真実がわかる”そう言った白雲からの連絡が途絶えて数時間…1人、深夜の山中、廃墟前で待機するTは暇を持て余し、料金プランを変更したスマホで動画サイトを視聴する事にする。


友人のオススメは日曜朝の時間帯のスーパーヒー〇ータイムの変身ヒロインもの…このご時世でいまさらどうかと思うが、明確なテーマと原点回帰の内容がグッとくるらしい。


いい年こいたオッサンが、こんな夜更けの山の中で女児向けアニメはどうかと思うが、暇なモノは暇だからと割り切る事にした。


不意に響く草踏み音に、お守り変わりのコルトⅯ1911(勿論、エアガン)を引き抜き、慌てて向ければ、多分、玩具じゃないスパス12を構えた赤目色白の少女が立っている。


「お前、何者?敵か?」


よく澄んだ声に、ついつい、直立不動になって答える(銃は降参の意味も兼ね、投げ捨てた)


「えっ?俺はその…」


白雲に聞かれた時と同じような態度で、答えてしまう。コイツはネットで見た世界救済の敵だった少女だ。とゆう事は、あの穴はそっち関係…


不味い。確かに知りたいとは思ったが、ここまでとは…


自分は死ぬ。多分、死ぬ。やり過ぎた。平穏からの逸脱、安全圏からのちょっとした飛翔を望んでいただけなのに…震えた手がスマホの再生を促してしまう。


軽快な音楽が深夜の山に響き渡る。相手が銃を向けたまま、自身の手からスマホをひったくり、驚いたような顔で画面を凝視する。



「これは何だ?」


「えっ、ええっと、朝8時以降にやってる魔法少女モノです」


「魔法少女?これがか?…」


「あっ、ハイ!そうです。なんか、ダチが言ってたんですけど、非常に人気のある奴でして、オタク大興奮的な…ええっ…と?」


ちぐはぐな説明が続かなくなる前に、スマホを投げた少女が茂みに姿を消す。呆然とする

自分が、助かったと自覚するのと同時に、目の前を、明らか時間外の収集車が突っ込んできた…



 (パドレ(父さん)、パドレは嘘をついていたの…?)


自答に答える者は誰もいない。

施設外をうろつく不審者を排除するために向かった赤目の少女は混乱する。


自身は世界救済少女と戦う事なく、終戦を迎えた。瓦礫に埋まった培養ポッドを開けてくれたのは、パドレだった。


彼は言った。我等は彼の奴隷…供物を捧げなければいけない。やがては自らも供物となるが、供物になるまで戦う。それこそが自身のお役目だと…


共に戦う仲間達は、少女の事を“魔法少女”と呼んでいた。理由を尋ねると、彼等が戦った世界救済の連中と同じ能力を持っていると言う。


確かに弾丸を除けたり、驚くべき跳躍が出来るのは、自分だけだし、時々、抵抗する供物を収められるのも、先程のマスクの怪人を倒したのも少女1人…それなのに…


「あんなモノ見るんじゃなかった…」


長方形の、小さな箱に映っていたのは、弱い者を助け、強い者を倒す少女達の姿…


パドレや仲間が言っていた、強さこそが正義では、決してない。不審な男は、それが

魔法少女だと言う。一体、どっちが正しいのか?…少女の思考は不意に聞こえてきた銃声によって遮られた…



 「ニーソ、ここが薬の本拠地で間違いなさそうだ!」


変身を解き、本来の姿に戻ったキャンディ・ライオンが吠え、散弾をバラ撒く、敵に突進する。


「妖接マンに感謝と言う所か…」


呟くと同時に、姿を変えたザリガニーソが、お礼という感じで振り向くが、相手の姿はない。既に自身の目的を達するために行動しているようだ。


元々は、ANGEL ENERGYの素材である、敗残少女や残党怪人の目撃情報を集めての調査途中だった。心霊スポットに真っ白な子供が出ると言うので、向かってみれば、赤い溶接工のマスクを付けた怪人が車輌に乗り込み、現在に至る。


「ニーソ、本当にいいのか?全部、壊しちまって…」


「問題ないぞ、ライオン!派手にやれ」


「それは困る、非常に困るな」


ライオンが力任せに放り投げた車輌によって崩れた建物の中から、白衣を着た学者風の男が現れた。


「久しぶりだな。“ドクトル・コブラ”生きていたか…」


ニーソの言葉に、顔面の皮膚を破り、緑色の蛇頭が姿を現す。


「何故?私の邪魔をする?これが成功すれば、ゾットの悲願が叶うぞ?」


疑問と言う風に肩を竦めるコブラに、ハサミを突き出す。


「気にくわねぇ事は2つある。ハサミだけにな…」


「ほう…」


「一つは結構、重要…お前、敗残少女だけじゃなく、俺達の仲間もヤクの材料に使ったよな?正直、やりすぎ、頭にきたぜ?」


「新たな指導者が与えて下さった原料を使う工程には、どうしても、異能者共の肉体が必要なのだ。一体で約100本のENERGYが生成される。数は多ければ多い程、良い物が出来るのだ」


「そうか、流石、蛇さんは冷血だな。じゃぁ、二つ目、これが最後だ。お前が崇める指導者は神じゃねぇ。妖接の旦那が教えてくれた。只のシステムだ。この世を闇に満たすためにな。よくわかったか?で、返事は?」


「わからんな。無論、理解する気もないがね」


「だよな!そっちの方が分かりやすいし、ありがてぇ、じゃぁ、やろうや!」


吠えるニーソがコブラに飛びかかる頃、上空を一筋の閃光が走った…



 「おい、梨男!大丈夫かっ!?ちょっ、ファニーさん、荒療治すぎない?確かに、ここ日本っぽいけど…」


「しょうがないでしょ?アンタ等に残った敗残少女達の残り香を探知したら、

今にも消えそうだったから!本部とは連絡とれないし、さぁ、逝くよ」


“行く”の漢字間違ってね?と叫びたいが、廃墟風の建物から飛び出した敵を見て、気絶した梨男を地面に転がし、間怒は銃弾を放つ。


「あれは、ゾットの!?何で、ここに?」


素早く光弾を撃ちながら、跳躍するファニーライトが叫ぶ。


「それ所じゃねぇっ!向こうも戦ってると言う事は味方だ。今は構うな」


叫び、内部に突入した。先客であるライオン型の怪人が一瞬、視線を向けるが、すぐに、前方の敵に対処する所を見れば、味方と言う事で言いのだろう。問題なのは…


「テメェ等…」


頭の血が一気に沸騰する。間怒達が救った少女達(小さいのが増えている気もする)が

一様に眠らされ…その先には、巨大な粉砕機とコンベアに載せられた空のスティック…これは…


「材料って訳かよ…あの野郎!何処行った?」


吠え声と銃声の狂演を開幕させる。突撃銃を撃ち尽くした後も、止まらない。自動拳銃を、両の手に収め、足や肩に何発か散弾が掠めたが、突撃を敢行する。銃の遊底が後退したままになる頃には、立っているのは、自分とライオンの怪人、遅れて飛び込んできたファニーライトのみとなっていた。


全身の痛みを、冷静に分析するまでに落ち着いた間怒に、ライオンの怪人がそっと飴を差し出す。


「何だか、わからんが、やるな。人間!これは蛮勇を讃えるモノだ」


「いや、今、口から出したよね?結構キツイんだけど」


「大丈夫、汚くない!」


「いや、関節!?あ、違った間接だからねっ!」


1人の人間と1匹の獣の声が大きすぎたのか?少女達が目を覚ます。間怒を見て、安心の

笑顔を見せるが、2人の様子を呆れて見ていたファニーライトに、体を強張らせる。


それを見て、駆け寄った彼女の第一声は、実に正義の担い手として正しい姿だった。

怯える1人の手に、自分の手を重ね、優しく微笑み、言葉を繋ぐ。


「大丈夫、私は魔法少女!貴方達を助けに来たよ」


ファニーの笑顔に、少女がぎこちなくだが、ゆっくりと頷く。全ての諍いは、

今は掻き捨て、ほんの小さな一歩であるが、新たな平和の兆しが確実に刻まれたと思う。ほっと一息をつくように腰を落とす間怒…その横に立つライオンは、背後にあった何者かの気配が消えたのを感じていた…



 「クソッ、ここまでか…」


黒い穴の前で崩れる妖接は、自身の死でなく、憑依した体自体の限界を悟る。

ポポンや他の少女達は怪人と乱入した能力者達によって、救われている頃だろう。


問題なのは、連中に指示を出した根源…目の前の闇だ。かつて、光が闇を退けた時、

闇が設けた罠の一つ…世界中に散らばった一つが、皮肉にも、光に住む人間達によって解除された。


これを御さねば、戦いは終わらない。後一歩の所で、人には見えない、穴から吐き出された瘴気の槍にやられた。間髪入れずの第2射が妖接に向かってきている。一回の攻撃で、全壊寸前…次はない…


「何かお困りですかぃ?溶接工さん…」


足下から響く声に視線を巡らせれば、仰向けに寝そべった若者がこちらを見上げ、笑っている。肩に巻いた包帯からは、血が滲んでいた。先程の閃光と一緒に落ちてきた1人か?


どうやら、廃墟の入口近くから、ここまで這ってきた様子だ。


「まっさんとか、魔法少女さんを助ける事はできそうにねぇから、適当に這ってたら、音が聞こえたんで…何か手ぇ貸せますか?」


「‥‥…何故?そこまでする?」


「へっ?ああっ、いや、俺、梨男っすから。何の取り柄なし。まっさんみてぇに強くないし、怪人さんとか、魔法少女さんでもねぇし、だけど、何かしなきゃ、ヤバいでしょ?使って下さいよ、頼んます!」


「‥‥また、人間に助けられるとはな」


「はいっ?…」


「感謝する…偉大なる人間よ」


マスクを外し、梨男の顔に被さる。全身を発起させる力が沸き起こり、

眼前に迫った槍の瘴気を払い除け、逆に、こちらの力を込めた赤い光弾を穴に向かって、撃ち込んだ。


「闇を倒すのは、常に人間…我はそれの導き手…」


妖接となった梨男が呟き終える頃、巨大な爆発が全てを包みこんだ…



 「クソッ、コブラもやられたか?バラミロは何処だ?」


何処かで起きた爆発の振動によろめきながら、田山は右往左往する部下を射殺し、逃げ出す。

ザリガニの怪人によって、真っ二つにされたコブラのようには、なりたくない。


大丈夫だ。自分には資金がある。ENERGYを、世界救済の連中に流した業者からはタンマリと手数料をもらっている。どのみち、しばらくは正義の連中もヤク中状態…

自分を追う事は出来ない。施設より、少し離れた場所に停めてある車輌に乗り込みさえすれば…


「約束したよな?首、ひっこ抜くって…」


正直、襲撃は全く予想できなかった。考える暇、反撃も出来ず、脊髄ごと首を引き抜かれた田山の視界はすぐに闇に包まれた…



 田山が所属していたアンチ・オータのモノと思われる偽装車輌群が横を通過していく。

ゾットの怪人が襲撃した時、バラミロは既に山を下りていた。頭の中に響く声が、彼等の襲撃を予言した。自身の戦いは終わった。負けた訳ではない。現に、バラミロの組織を潰した世界救済少女の連中を壊滅にまで追い込んだ。すぐの世界平定は無理だろう。


資金は無いが、まだ、数100のENERGYは背負ったバッグに収まっている。次はもっと上手くやる。弱者は死に、強者は死ぬ。自分は後者だ。これからも…


いつの間にか、音もなく、前方に立った影に、バラミロは気づく。腰に隠した拳銃を構える。

一体誰が?…オータの連中か…それとも…


「パドレ」


低く澄んだ声は、赤目の敗残少女だった。手には、愛用の棍棒が握られている。


「教えて、パドレ…魔法少女は神のために供物を捧げるって聞いた。でも、箱に映っていたあの子と、材料の子達を助けた女の子は魔法少女だった。私達がやってた事とは違う。何が正しいの?パドレ…」


これは問いかけているのでない。彼女はもう答えを知っている。只の確認だ。無言で銃を向けるのと少女が跳躍するのは同時だった。


闇の中にさす朝焼けが、空中を舞う少女を照らした時、バラミロは全てを理解した。


“強き者こそが神になれる資格を持ち、我等は彼の奴隷”


何故、自分が日本に来たのか…頭の声に導かれたのはでない。彼女を本物の魔法少女に、強者にするための糧こそが自分の役割だった。


拳銃を撃ったのは、少女を殺すためではない。彼女に、強き神に自分が戦士だと言う事を示したかっただけだ。2つの影が重なりあった時、一際強い日差しが世界を照らした…



 「ポポン、ポポン」


とはしゃぐ少女が溶接工のマスクを抱えて、走り出す。その後ろに続く残りの少女達を見送る間怒と放心状態の梨男の傍に怪人達も並ぶ。


「ファニーライト、いいのか?何て言うか、俺達も含めてよ」


ザリガニーソの言葉に、どこかサッパリとした顔で頷くファニーライトのあかね。


「ええっ、良いですよ。今は自身の組織が優先です。もっとも、逃げたって、すぐ追いかけますしね」


「うひゃぁ、おっかねぇ、梨男、とっととズラかるぞ」


間怒の言葉に全員が頷き、出口に向かって歩き出す。その一行に何処からか現れた、中年が1人加わったのは言うまでもない…



 熱帯の太陽は少女の白い肌を痛い程に照らす。足を繋いだ鎖は熱を持ち、か弱い肌を火傷させるには充分だ。飼い主が室内で食事をする間は、毎回、外に出される。自分の分は残飯か、何もなし…もう、気にするだけの力も無い。一体、いつになったら、終わりが来るのだろう…?


少女の能力を使い、日本に逃亡した男は“神はいる”と言った。なら、よっぽど自分は嫌われている。こんな地獄で死ぬ事も許されず、生き続けなければいけないなんて…


強い日差しに影がさす。顔を上げた少女と同い年くらい、いや、同じ敗残少女が立っていた。違う所があるとすれば、赤く光る目と棍棒のような武器を持っている事か?


こちらが声をかける前に足の鎖が一撃で外される。驚く彼女に手を差し出した少女は力強くこう言った。


「大丈夫!私は魔法少女、貴方を助けにきたよ」…(終)

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「暗戦~狂闇爆ざす太陽~」 低迷アクション @0516001a

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