伍
「本当にごめんなさい!」
夜の駅前、美少女に謝られている構図。
遠巻きに美少女へ熱い視線を送っていた男達の憐れむような視線が突き刺さる。
なんだ、この神罰は……
「いやいやいや、別にいいって!ほらっ、女の子を一人で立たせとくのもアレだし、戻ってきて正解というか、結果オーライというか……」
とにかく頭を上げてくれ、と慌てて気にしていないと取り繕った。
『お主が居なくても我等がついていれば問題ない』
なんとか体裁として戻ってきたことを正当化しようとしているというのに、
端から見たら、完全にナンパ男が無謀にも美少女にアタックして玉砕したにも関わらずしつこく粘っているようにしか見えないだろう。
頼む、もう勘弁してくれ……
『そーだよ、尊。
「それは……そうだけど……」
今がチャンスだ。このごめんなさいムードから抜け出そう。
「あ、その話って……良かったら聞かせて貰えますか?」
「で、でも……」
尊さんは言い淀む。
尊さんがわざわざこうやって俺に話すことといったら十中八九神子の役目に関わることだろう。
もしくは、5ヶ月前の事件のこと……
「あ!べ、別に言いたくなければ、無理にとは言わないケドさ!」
俺はへらへら笑って、自分が聞きたくないというのを誤魔化してそう言った。
「いえ、聞いて頂きたいです!」
尊さんは意を決したように言った。
地陸とイナリが目を輝かせ「おぉ!」とザワつく。まるで、尊さんがこれから告白するかのようだ。
いや、そんなこと絶対無いことは解ってるケド……
「は、はい」
なんとなく、姿勢を正す。
彼女は結構、いや、かなり天然なところがあるので、もしかしたらこんなに身構えたところで、大した話ではないかもしれない。
先程までと随分俺と尊さんのスタンスが変わった。明らかに俺からではなく、彼女が俺を引き留めていて……果たして遠巻きにこちらを気にしている駅前の男達からは今のこの状況はどう見えているのだろうか。
「実は……」
尊さんが大きく深呼吸して、いざ口を開いたその時だった―――――
俺と尊さんの立つその直ぐ脇にダークグレーのセダンが止まった。
見たことのある車だった。確か……
「尊?」
車のウィンドウが開き、五十前後の男性が顔を見せる。
「お父さん……」
ようやく話し始めようと開いた尊さんの唇は口惜しげに違う言葉へと書き替えられた。
そう、彼は神社の巫女である尊さんの父、要するに神主さんである。
神主さんは、ハザードランプを点滅させた状態で運転席から下りてくる。
当たり前の話だが、カーディガン姿の神主さんは白の装束と水色の袴を着ている時の神々しさというか、威厳というか、そういうものは一切なく、普通のおじさんにしか見えない。
以前会った時と変わらないのは、なんとも言えない貼り付けたような笑みだけだった。
「何かうちの娘に用かな?」
尊さんの橫にピッタリと並ぶと、神主さんは言った。
間違いなく、他の人同様、俺のことを美少女に粉をかけてきた輩と認識してのことだろう。
神主さんは決して強面ではなく、物腰も柔らか、人に接することの多い仕事ということもあって、接しやすい雰囲気に満ちている方だ。
だが、美人な妻と美少女の娘を家族にもつだけあって、笑顔なのだが、笑顔な分逆になんか畏怖を感じる。
尊さんによると、神主さんは霊感が全くない無感応者といって、ある意味霊を寄せ付けない能力があるものの、神力は殆どなく、神主としては儀礼的なものこそすれど、特別な力があるわけではないらしい。
でも、人と相対する際の笑顔の使い分けはすっごい力な気がする……
「あ、俺は……」
「お父さん!」
「!?」
俺が名乗ろうとするのと、尊さんが神主さんの服の裾を引っ張るのと、神主さんの笑顔が一瞬崩れたのは全て同時の出来事だった。
「君は、あの時の……」
同時に口を開いた俺と尊さんが思わず譲り合うように口をつぐんだ、その間を割るように神主さんが口を開く。
どうやら、俺のことを思い出してくれたようだった。
「その、ご無沙汰してます。
「そうか……君は尊の先輩なんだったね」
「は、はい」
慌てて頭を下げる。
ちょっと話をするだけのつもりが、なんだかどんどんややこしいことになっていく……
しかし、一度動き出した歯車は、噛み合ってしまうと簡単には動きが止まらないようだった。
「そうだ!拓真くん、今時間あるかい?」
継ぐ言葉を失って困る俺と尊さんの間に立つ神主さんは、やたらに声を弾ませ、そう言った。
駒猫 ~ねこしま~ 藤村 最 @SaiFujimura
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