あかつきさん……?」


 来た道を戻ると、駅から然程離れていないその場所にみことさんは一人で立っていた。

 まだ深い時間ではないが、夜であることには変わりない。そんな時間に絶世の美少女がポツンと立っているなんて、決して安全な状況とは言えなかった。

 話があるというので戻って来てはみたが、例え用が無かったとしてもこの状況なら戻ってきて正解だったかもしれない。

 案の定、尊さんの周りには飢えた狼のような男共の群れが――――――


「あれ?」


 居なかった。

 いや、正確には居るには居る。駅前から近い場所ということもあって、酔っ払いのオジサンたちや、俺と同年代の男の姿はそれなりに周囲に存在しているのだが、決して尊さんの近くに寄って来て声をかけたりはしておらず、遠巻きに見ているだけだった。

 まさか、あまりの美少女だから畏れ多くて声がかけられないとか、そういったことなのだろうか……それにしたって、玉砕覚悟の勢い任せの連中が一人や二人居てもおかしくはないと思うのだが……


『ねぇ、暁?今、なんで尊に声かけてくる輩がいないんだろー?とか、考えてる?』


 周囲を見回し、小首を傾げた俺の心を読んだかのように、右肩にぶら下がっている地陸ちりくが言う。


「え、あー、まぁ……」


 あまりにもその通りだったということもあり、否定出来ずに濁すと、地陸はパッと肩から離れ、嬉しそうに俺の目の前でくるりと宙返りして見せた。


『なんで、ボク達がいると思ってるのさ?ボク達がいれば、悪い御霊は勿論、悪い人間だって神子みこに寄せ付けないことくらい簡単なことだよ!』


 地陸は宙空に器用に二本足で立ち、腰に手を当て胸を張る。

 地陸は猫(実際には神様だケド)にしてはデカイ。手足も太く長くて、胴も長くて、イナリと大差無い大きさをしている。そのせいもあって、人間味のあるポーズをとると、中に人が入っている着ぐるみのような感じに見えた。


『何を言うとるんや……追っ払ってるのは旦那のほうやないか……』


 俺が地陸の中に実は小さい人間が入っているんじゃないかとかくだらない妄想をしていると、左肩で悔しそうにイナリが言う。どうやら、俺が感心して言葉が出ないとでも勘違いしたらしい。


『そーだけど!ボクは今暁を探しに行ってたからってだけだしー』


 地陸はフフンと鼻を鳴らして、変わらず誇らしげに本来の主の元へと戻っていく。

 また、いつものじゃれあいが始まりそうなので、取り合わずに視線を逸らすと、確かにイナリの言う通り、少し離れた場所に天空てんくう猫神ぴょうしんの姿があった。

 天空猫神。地陸猫神同様天照大御神あまてらすおおみかみに遣わされた神子を護る式神で、こちらも見た目は空飛ぶ猫。キジトラ柄の猫で、地陸に比べると身体は小さくしなやかだが、性格は堅く気高い。

 天空は、尊さんから少し距離を置いた位置で、遠巻きに尊さんを見詰める熱視線に対し、あちらこちらと動き回って、威嚇するように睨みをきかせていた。

 勿論、天空も地陸も普通の人から視認されることはない。俺はイナリが憑いていることで姿を認識出来ているが、周りの人間には、目の前で猫の形をした神様が、特別な力を使って美少女に近付かせないようにしているなんて夢にも思わないだろう。


「そんなことまで出来んのか……」


 番犬ならぬ、番猫。最強のボディーガードかもしれない。


『まぁ、とはいえ、鈍感な奴には効果がないがな』


 思わず漏らした呟きに応えるように、忙しそうにしていた天空がひらりと身を翻してこちらへ戻ってくる。どうやら、俺の存在にもちゃんと気付いていたらしい。


『して、地陸よ、何故こやつを連れて来たのだ?もう、車も到着する頃じゃろうに……』


 久しぶりに会う天空はやっぱり相も変わらずツンケンした感じで、挨拶もそこそこにそう言う。

 って、ん??


『え~っとねー、それはねー……』


 地陸は、まるで言い訳を探すかのように唯でさえ間延びした語尾を伸ばす。


「おい、地陸。尊さんが話があるって呼んでるって言ってなかったか?」


 ジト目で地陸とイナリを交互に睨む。二体の動物神は、どこで覚えたのか顔を逸らして口をすぼめ口笛を吹くみたいな素振りをしていたが、動物の口では音は出るわけもなかった。

 というか、俺が地陸に聞いた瞬間、尊さんが明らかに驚いた感じで小さく「えっ!?」って言ってたし……これは明らかに……


「ちーくん、それでわざわざ暁さんに戻って来てもらったの!?」


『うー、だって、尊、この前迷ってたでしょー、暁に話そうか、どうしようかって……』


 尊さんに怒られ、シュンと耳を垂らしたものの、地陸は反論する。


「それは……だからって、この時間にわざわざ呼び出すなんて、ご迷惑でしょ!?」


 尊さんは、彼女には珍しく、少し慌てた様子で地陸を叱る。

 あー、えっと……つまり、俺はまんまと結託した狐と猫に化かされたということらしかった。

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