帰り道。

 酒を飲んでいるため、原付を大学に置いてきた俺は歩いて帰らなくてはならなかった。

 陽平ようへいれん陽斗はるとの三人は、結構飲んでいたこともあり、タクシーで帰っていった。

 美衣子みいこは居酒屋のある駅から比較的家が近いため、店の前で別れた。

 大迫おおさこさんは、電車で1駅のところに住んでいるらしく、電車に乗っていった。

 涼子りょうこは美衣子の家に泊まるらしい。

 そして、ある意味大学のお隣さんと言っていいみことさんは、車で迎えが来るらしい。

 だから、中途半端な位置の安アパートに一人暮らししている俺は、歩いて帰るにはちょっと遠くて、タクシーを使うにはちょっと勿体無い距離を、終バスはもう終わってしまった時間に、歩いて帰ることになった。


「途中まで、俺もタクシー乗っけてもらえば良かったかな……」


 久し振りの賑やかな席だったせいか、思わず独り言が漏れる。

 最近は独り言の必要なんかなくて、必ず近くで返事をしてくれる奴がいたからか、春のまだ肌寒い夜の闇に呟いた声が吸い込まれていくと、一際寂しく感じた。

 なんだか、恥ずかしいような、早く帰りたいような、そんな気持ちになって、自然と歩みが早まる。


『なんや?随分しみったれた顔してるやないか』


 すると、背中から今ここでは聞こえないはずの声がした。


「イナリ?!」


 振り返ったそこには、やはり銀色の四十センチくらいの大きさの狐が空中にふわふわと浮いている。

 イナリは、俺に取り憑いている狐だ。正確には稲荷大明神いなりだいみょうじんという神様で、幼い時に誤って社を壊してしまった俺に祟りを与えるべくずっと憑いていたらしい。

 結果、俺は小さい頃から普通なら見えない者が視えるようになってしまった。


「お前、なんで、ここに……!?」


 少し前までは、俺の側から離れることが出来なかったイナリだが、今は神力を注いでもらったことで自由に動けるようになった。

 しかし、俺との繋がりが弱くなったため、俺の魂の中を社代わりにして潜り込むことは出来るものの、逆に物理的に離れている場合は、俺の居場所を察知することは出来なくなったはずだが……


『ボクもいるよーーん!』


 そう言って、イナリの後ろから姿を現したのは、白地に茶色のブチ柄の猫だった。


地陸ちりく猫神ぴょうしん!?」


 地陸猫神。

 見た目は完全に喋る猫でしかないが、列記とした神様だ。しかも、イナリよりも格の高い動物神で、天照大御神あまてらすおおみかみを祀る若宮わかみや神社の神子みこに代々使える式神でもある。


『驚いたー?ねぇ、あかつき、驚いたぁ?』


 地陸は、全くもって神様らしくないおどけた様子で、中空でくねくねと身を捩らせて嬉しそうにはしゃいでいる。愛らしいといえば愛らしい仕草だが、間延びしたその喋り方とあいまると、実にうざい。

 俺が大学やバイトに行ってる間、イナリは大抵若宮神社で時間を潰している。神様同士でおしゃべりしたりなんだりとしているらしい。だから、地陸が一緒にいること自体はさして驚くことでもない。


「なるほど、地陸がいたから俺の居場所が判ったのか……」


『そうや!尊はんが神主さんに、迎えにきてくれ、言うて連絡してるん聞いて、一足先にワイらで来たんや』


『ねぇねぇ、暁ぃ?驚いたぁ?ねぇ、驚いたのぉ?』


 さらっと俺は地陸をスルーする。それでも地陸は俺の側に寄ってきてしつこく訊いてくる。

 地陸はこう見えて大地の龍脈、磁場といったものに干渉することが出来るため、探すことにおいてはスペシャリストだった。

 だからこそ、こうしてGPSのように俺の居場所が判ったというわけだ。


「いや、それにしたって、俺と尊さんが一緒に呑んでるってのはなんで判ったんだよ?」


 あまりにもしつこく頭の周りをグルグル回りながら、驚いたかどうかを訊いてくる地陸を、宥めるようにポンポンと撫で、話を進める。


『それは、偶然やな。猫神達が出るっちゅーから、ワイも帰るついでに尊はんにも会うて行こう思うて付いてきたらお前が居ったって聞いたもんやから……』


 イナリはまるでそこが自分の居場所だと誇示するように、俺の左肩の辺りから地陸を押し退ける。


『なんか、尊が話したいことがあるって言ってたよ。だから、ボクが呼びに来たの』


 押し退けられた地陸は特に気にした様子もなく、逆の右肩へと移動した。

 二匹は、当たり前のように人の肩の上におぶさるように乗っかる。モフモフした毛の感触は確かに感じるものの、重さは不思議と感じない。


「尊さんが俺に話……?だったら、電話してくれればいいのに……」


 なんだか、俺の反応を探るかのように顔を挟んで左右に構える狐と猫。

 しかしながら、互いに連絡先を知っているのだから、話をしたいとわざわざ地陸を遣いに寄越すというのは些か解せない。それに、さっきまで一緒にいたのだから、例え、他の人の前で話せない話だったとしても、しようと思えば、出来ただろうに。


『ほらほら、尊はんが呼んでるんやから行くで、暁!』


『そーそー!』


 違和感を感じる展開に、俺は首を捻りつつ踵を返した。



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