「乾杯!」


 その日の放課後。

 俺達は、駅前の居酒屋にいた。

 美衣子みいこの底抜けに明るい乾杯の合図で始まった新入生歓迎を兼ねたその会は、未成年者を含んでいるということもあって、飲み会というよりも食事会という感じのものだった。

 並んだ顔ぶれは俺、美衣子、陽平ようへい涼子りょうこれんといういつものメンバーに加えて、陽平の弟くんたち三人の新入生を加えた八人。


「じゃあ、改めて自己紹介ね!まずあたしから、文学部三年有村ありむら美衣子です!」


 特にサークルとかに入っていない俺達は、三年生になった今年まで、こういった新入生歓迎会なるものをやった事は殆ど無かった。いつも内輪でばかり集まってつるんでいた。

 だから、こうして違う顔ぶれが入ってくるというのは今までに無いことで、そのせいか美衣子はやけに嬉しそうに、出会って早々、その日の内に皆で食事に行こうと発案した。

 きっと、どうしても気まずさが付きまとっている今の雰囲気を打破したいという想いもあったのではないかと思う。


「僕は、鈴本すずもと蓮。同じく文学部三年」


 飄々としているが一番空気の読める蓮は、美衣子の案に直ぐ同調し、店の予約を買って出、席の予約だけでなく、コース料理の設定までやってのけた。


高塚たかつか陽平、二人とも宜しく~」


「兄貴、オレはよ?」


「お前は宜しくする必要がねー」


 弟がいるからか、いまいちテンションがいつも通りには上がりきらない陽平は、新しく加わった女の子二人にだけ、笑顔を向ける。


赤木あかぎ涼子、三年」


 涼子は相変わらず無愛想な感じだが、実は陰でバイトのシフトを変わってもらってまで、美衣子の願いを成立させてやろうとしていたことを俺は知っている。


「ほらっ、あっきぃも!」


「おぅ……拓真たくまあかつきっス」


 トントン拍子に自分の番が回ってきて、なんともつまらない自己紹介をする。

 ふと、丁度向かいに座っている見知った彼女と目が合って、はたして同じように名乗ったのは何回目だろうかと思った。

 イナリがいなくて、良かった……

 いたら、絶対なんか言われてた。


「はいはい!じゃ、次はオレ!高塚陽斗はると、文学部一年です!」


 俺達歓迎する側の紹介が一通り終わると、今度は歓迎される側が自己紹介を始める。

 陽平の弟くん、陽斗は、陽平を更に陽気にした様な、ちょっと大学デビューっぽいニオイがする奴だった。

 比較的短めで黒髪の陽平に対して、明るい茶色に染めた長めの髪をピンで止めている。

 まぁ、髪色に関しては俺も人のことはあまり言えないが……


「じゃあ、次は私ですね。文学部一年の大迫おおさこ綾香あやかです!宜しくお願いします!」


 次に溌剌とした調子でそう言ったのは、食堂で陽斗と一緒に来た背の高い子だった。

 彼女、大迫さんは、俺達グループに今まで居なかったタイプで爽やかさに満ちたスポーティなタイプの女の子だった。

 ショートヘアの黒髪で長身。涼子も女の子としては背が高い方だが、彼女はそれ以上で、手足の長さが際立っていた。


「綾香ちゃんね!高校の時、何かスポーツやってた?」


 美衣子も俺と近い印象を受けたのか、直ぐにそんな質問を投げ掛ける。


「はい!中学からバスケをやってました!」


 大迫さんは、やはり体育会系って感じで、物怖じすることなくハキハキと質問に答えていく。

 そしてそして、満を持して、最後の締めを飾るのは、俺の前に座っている彼女だった。


「文学部一年、若宮わかみやみことです。皆様とこうしてまたお会いできて嬉しいです。どうぞ宜しくお願いします」


 若宮神社の神子みこであり、五ヶ月前の事件で俺達を救ってくれた恩人、尊さん。

 巫女装束を着ていないにも関わらず、彼女の挨拶は、まるで旧家の令嬢のように雅さに満ちていた。


「いやぁ、まさかこうしてあの美人巫女さんに再会するとは思ってなかったわ~」


「ね、ホントに。あっきぃは知ってたの?」


「まぁ、入学するとは聞いてたけど……学部までは……」


 問い詰められ、俺はさらりと誤魔化すようにそう答える。

 学部を聞いていなかったというのは、嘘ではないが、尊さんは民俗学を学ぶとは言っていたので、十中八九同じ学部になるとは思っていたケド。


「え!?もしかして、拓真さんと若宮ちゃんって付き合ってるとかっスか!?」


 何も知らない陽斗がやたらに声を張上げ、なんとも畏れ多いことを言う。


「いやっ、違っ……」

「ううん、そうじゃないよ。あっきぃと尊ちゃんはご家族同士が元々知り合いなの」


 俺が慌てて否定の言葉を口にする前にそう言ったのは美衣子だった。

 そう言えば、前の事件の際、尊さんとの関係を訊かれ、そんな風に答えたんだったと今更思い出す。勿論、それは言い訳というか、俺がでっちあげた話。本当のところは違う。


「そうなんスか?」


「はい、父同士が仕事の関係でご縁があって、久しぶりだったので、始めは気付かなかったのですが……」


 尊さんはサラリと、柔軟に、笑顔で話を合わせてくれた。



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