駒猫 ~ねこしま~

藤村 最

冬の別れ、春の出逢い。


「あっきぃ、こっちこっち!」


 既視感を感じるその光景。

 大学の食堂。手にはトレーに乗ったカレー。

 八人掛けのテーブルを陣取り、こちらに向けて手を振る彼女。


「お前、またカレーかよ?」


 席へ辿り着くと、待っていましたとばかりにそんな言葉が投げかけられる。

 何度も何度も飽きずに交わせられる言葉。

 5ヶ月前も同じ言葉を同じようにこの場所で交わし合った。


「……ん。まぁ、結構久しぶりだケドな」


 相手からすればなんとも返しづらい、ノリの悪い返答を俺は返す。


「あ、あー、そうか。ここんとこ食堂で飯食ってなかったもんな……」


 案の定、続くはずだった定番のやり取りの続きを見失った陽平ようへいは、気まずそうにそう呟いた。


「ほらっ、あっきぃ、座って座って」


 見かねた美衣子みいこが椅子を引いて突っ立ったままだった俺を自分の隣の席へと座らせる。

 別に俺だって空気を悪くしたいと思っているわけではない。当たり前過ぎる光景に当たり前が一つ欠けてしまったことを受け入れることが出来ないだけで……

 六人掛けのテーブル。左隣りに陽平ようへい、右隣りに美衣子みいこ、陽平の向かいには俺から目を逸らすようにして涼子りょうこが日替わり定食を食べていて、俺の前ではれんが思うところはあるのだろうが何を考えているか判らない淡々とした調子でミートソーススパゲティを食べていた。


拓真たくまくんは、カレーが本当に好きなんだねぇ』


 そんな声が会話が途切れた今更になって聞こえた気がした。

 しかし、それは幻聴というか、思い出の産物というか、聞こえるはずもない声で、顔を上げてみたところで、やっぱり美衣子の向かいの席に見知った顔は存在しなかった。




 今から5ヶ月程前。秋の終わりから冬が始まるその時期に起きた、肝試しを起因とした事件。その出来事を一番引きずっているのは俺だった。

 それは、事の一部始終を何も出来ずにただまざまざと見せられ、知ってしまったからこそではあったのだが、だからといって、他の友人たちにいつまでも責任をなすりつけるようにこういう鬱々とした態度を続けることも間違っていることは解っていた。

 だから、例年はクリスマスだの年末年始だのとなんだかんだ賑わって過ごす時期をバイトに費やし、なんとなく友人達と距離をおいて今まで過ごしてきたのだが……。

 こうしてまた新年度が来て、以前と同じように大学に来て、皆と顔を合わせるとまざまざと思い出させられてしまう。


「今年はさぁ、皆大分取ってる授業違うねぇ?」


 食べ始めると、以前とは違う居心地の悪い沈黙に包まれてしまう。その沈黙を嫌ったように、美衣子が口火をきった。


「まぁ、そうだな。もう三年だし、皆進路も違うから仕方ないケド……」


「蓮は家業を継ぐし、俺と美衣子は教職課程……あかつきと涼子はどうすんだ?」


「私は、まずは卒業出来るかってとこだな……」


「マジで?あんだけ代返してやったのに?」


「へいは代返してやったってほど、してないでしょ。寧ろしてもらってた側」


「まぁ、そうだけどさ……」


 まるで空いた穴を埋めるように、たどたどしいながらも会話が繋がり始める。

 互いに傷口に触れないように、出来るだけ以前と変わらぬ調子で言葉が交わされてゆく。


「……んで?暁はどうすんだ?やっぱ、親父さんと同じ道目指すとか?」


「いや、俺は…………」


 話の矛先が再度こちらへと向き、未だ思案中であることを伝えようとした、その時――――――


「すんませーん、ここいいっスか?」


 俺の言葉を遮るように、弾むような声がかけられた。

 見れば、そこにはトレーを持った男女二人組。

 食堂はほとんど満席の状況。そんな中、八人席に五人という中途半端なこの席に目を付けたようだった。


「はいよ、どうぞどうぞ……って、お前かよ」


 掛けられた声に応じて、気安い感じでそう返事をした陽平は、途端にストンと声音を下げた。どうやら、知り合いらしい。


「お前かよってのはひでぇだろ?兄貴」


「ええ?陽平くんの弟さん?」


「そう、へいの弟の陽斗はると


 面倒くさそうに肩を竦めた陽平の代わりに、幼馴染の蓮が答える。


「そっス、いつも兄貴がお世話になってまーす」


「へぇ、弟がいるとは聞いてたけど……うちの大学に入ったんだぁ。教えてくれれば良かったのに……」


「いや、俺にも入学するまで黙ってたんだよ、コイツ。親に口止めまでして」


「まぁ、僕は聞いてたけどね」


「はぁ?意味わかんねぇ……つーか、座んなら座れよ。そっちの子、可哀そうだろ」


 なんだかんだ気ぃ遣いの陽平は、溜め息をつきつつも、話しに入らず立ったままの女の子へと気を回す。


「あ、大丈夫です。陽斗くんからお兄さんの話は聞いてたので。それに、もう一人来るんです」


 弟くんの連れのその子は、物怖じしない感じでそう応え、


「あ、こっちだよ、こっち」


 と、たった今昼食を購入し終えて列から抜け出てきた人物へと手を振る。

 自然と皆の視線がそちらへ移る。そこに居たのは―――――


「こんにちは、暁さん」


 全員の見知った人物だった。


 





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