絶対寿命

 大振りで肉汁たっぷりなハンバーグステーキに、軽く焦げ目のついた焼き野菜、日本で食べていたそれと変わらぬ純白ライスと、オニオンドレッシングが飴色に輝くグリーンサラダ。

 それらが鮮やかに盛り付けられたプレートランチ五人前をテーブルに並べ、それはそれは幸せそうに頬張るアルを横目に、僕とリッドは窓際の二人用ににんようテーブル席にて向かい合い静かに食事を進める。

「あれ、どこに入ってるんだと思う?」

 僕とアルどちらの様子もうかがいつつ遠慮がちに食べるリッドに苦笑いで言うと、小さく身体を弾ませ視線を泳がせた。

 時間が経つにつれ、親交が深まるどころか緊張感が増していく様子に、フォークをくわえたままどうしたものかと考える。とは言え、相手が何を考えこの状態に陥っているのか知らないことには手の出しようも無い。

 頬杖を突き目を細め、フォークの先で差し心境を尋ねた。

「ねぇ、リッド。君と仲良くなりたいって僕の意に反して、どんどん距離が遠ざかってく気がするんだけど。これって、どういうことなんだろう?」

 言い方がマズかったのか、叱られた子供のように肩をすくませれば、わかりやすく眉尻まゆじりを下げ左右の耳をピルピルと震わせる。

「だ、だって、その…。救世主様だし、すごい力を持ってるし、一緒に居るアルディートさんだって特別な力を持ってて。…そんで翼龍よくりゅう倒すのも、きっと簡単にやっちゃうんだろうなって思ったらなんかその……怖くて…」

 周りに聞かれることを警戒し小さな声で呟くように答えていたが、うっかり漏らしたしまいの一言にハッとして、冷や汗を流しながらテーブル下に身を屈めた。

 怯えた声で慌てて言い訳を続ける。

「いや、えっと、そうじゃなくて。あの、…た、対等に話しさせてもらうのが恐れ多いって意味で…。うぅ…申し訳ないっすぅぅ…」

 なるほど。機嫌を損ねたら何をされるかわからない、くらいの認識まで彼の頭の中では到達してしまっているわけか。元がいささかネガティブな傾向にあるのか、こんな温厚な人間相手に涙目になって…。

 これは意地でも手懐てなずけてやりたいと思ってしまう。

「とりあえず、冷める前に食べようか。」

 おずおずと椅子に座り直し、緊張で嘔吐えづきながらも食べ進めるリッド。

 一々アルの懐抱かいほうスキルで緊張をほぐしてやっていたのでは根本的な解決にはならない。

 おもむろに手を伸ばし、不安を取り除くように優しく頭を撫でた。

「ふぇ…え?な、なんすか⁉︎」

 撫でられるのは思いのほかに心地良いのだろう、小さく震え一瞬うっとりとした表情を見せる。

「んー?少しは落ち着くかなと思ってね。ひょっとして羊人族ようじんぞくって、頭を撫でられるのに弱い?」

「えっ…あ、えっと、角の近くは敏感なんで、ソワソワ…するっす。」

「へぇ、そうなんだ。……快感でとりこにするってのも手かなぁ。」

 悪い笑みを浮かべワキワキと指を動かして見せると、プレートを抱え座ったまま勢いよく後退。やたら動揺し残りを一気に口へと押し込む。

 快感でとりこにってのは流石に冗談だけど、下手に言葉を重ねるよりじゃれて手懐てなずける方が有効と見た。小さな子供と打ち解ける時に使う手と大差ない。語彙力に自信は無いが、そちらならば得意分野と言えよう。

「言葉でお互いの距離が詰まらないのなら、ここはやっぱり身体の距離から詰めていこうか♪」

「っっっ⁉︎ぉうわぁっ‼︎な、ななななな!何…言ってる、すか…」

 椅子ごと床に転倒するも、満更でも無い顔をして見上げる。

 どうやら狙い通りだ。が、そうだった…

 こちらが冗談のつもりでも、美女と見紛うこの顔面。種族は違えどその辺りの感覚は近いのだから、勘違いだってすると言うもの。

「あー…ハハハ、ごめん。冗談が過ぎた。一緒に身体を動かして遊べば通じ合えるかなぁ…なんて思っただけで、深い意味は無いんだ。大丈夫?どこかぶつけてない?」

「全然っ!大丈夫っすけど…。あの。本当のこと言うと、さっき本部を出る前に…カルムさんの機嫌を損ねるような真似をしたら町が滅ぶって皆にすげぇ言われて。そんでビビってたんす。でも、なんて言うかカルムさんて、見た目も中身も眩しくて。オレ……ドキドキしてるっす。」

「は…?」

 頬を赤らめ、潤んだ瞳で見上げてくる。

 あぁ、やっぱりエトバスの部下だ。言い方は可愛らしいけど、言ってる内容があいつとほぼ変わらない。

 怯えられるよりはずっといいが、あぁいう軟派ナンパなところを真似て欲しくは無いんだよなぁ。

「リッド。褒めてくれるのはとても嬉しいよ。ただ、それだと口説いてるようにしか聞こえないから。僕が言うのもなんだけど、その辺気を付けような。」

 手を引き立たせると、ワンテンポ遅れて僕の言ったことを理解したようで、わたわたとフードを深く被り顔まで覆う。

 ふむ、まともな羞恥心はあったか。

 おかしなものに感化されず、このまま真っぐ生きてって欲しいものだが。取り巻く環境の方に少し落ち着いてもらわないことには、なかなか…。

「……心臓もたないっす…」

「いや。町を滅ぼすだとか、そんな物騒な話あるわけないだろ?それじゃ僕がやるべき事と真逆。もしリッドが僕を怒らせるような事をしたとしても、感情に任せて暴れたりなんて絶対に無いから。」

 歯切れの悪い感じで何か呟いていたが、フード越しに頭を軽く叩いてやると、ようやく初めに見た無邪気な笑顔を覗かせた。

 騒がしい僕らを気にする風でも無く存分に好物を堪能したアルは、背凭れに反り腹をさすりながら、ようやくこちらに視線を移して満足げに笑う。

「な。リッドにしといて良かったろ?」

 腹が満たされたことにご満悦なのかと思えば、どうやら僕のメンタルの回復具合を気にしていたようで。

 リッドを構いすっかり上機嫌な自分に気付き照れ笑い。

「ホント、おそれ入るよ。」

 席に戻りあしを組みつつ、おのが仲間の偉大さに感嘆の溜め息をく。

 程なく運ばれて来た食後のコーヒーをじっくりとたのしみ、ひと時の休息を穏やかに過ごした。




 伝票に書かれた救世主割引済みの代金を女性スタッフに支払い、相変わらずカウンターで書類整理に勤しむベルデさんに声を掛ける。

「ハンバーグステーキ、とても美味しかったです♪」

「ご満足いただけたようで何よりです。自警団のほうは無事終えられたのですね。」

「はい、おかげさまで。ついでに彼をスカウトして来ました。」

 昼食のおごりを遠慮し横で落ち着きなくしていたリッドだが、ベルデさんと目が合うなり会釈えしゃくを交わす。

「新たな魔法習得のため、でしょうか。リッド君は自警団一の魔法の使い手、ギルドで保管している魔籠石まろうせきも幾つか受け持っていただいておりまして。」

 その紹介に少し照れて頭をいた。

 教会でだけじゃなくギルドでも魔法を提供しているのか。ケアの他にも、僕が習得可能な魔法を使えるに違いない。ぐに活用するしないは別にして、あらゆる面で魔法を主とする世界だから一通り覚えておいて損はないだろう。

 落ち着いたら追加で交渉してみるとして、だ。

 一つ気に掛かるのは―――

「リッドって思ってたよりずっと優秀なんだね。そんな人材を簡単に借りてきて良かったのかな…」

「副団長の命令なんで!問題無いっす。て言うかオレ、ぜんぜんそんな…優秀とかじゃないっすから。」

 SSランクのベルデさんがその能力を高く評価している時点で明らかに謙遜けんそん。自警団側としても彼が不在の間の穴埋めは大変な苦労に違いない。

 本人に自覚が無いのだとしても、それに甘えて報酬をケチったのではブラックも同じ。能力相応そうおうの対価を支払わねば僕の気が収まらないし、然程さほど気にすることでも無いが自警団内での救世主に対するイメージにだって関わる。

「悪いけど、自己評価の低い発言は聞こえないようになってるんだ。先に話した報酬の件、ちゃんと考える気が無いんだったら、こっちで勝手に決めさせてもらうから。…覚悟してね♪」

「え?な、何でそんな脅すみたいに…。アルディートさぁん、やっぱオレこわいっすぅ~!」

 圧を込めた僕の笑顔を真に受けアルにすがるその姿を、微笑ましく見守るギルドスタッフ達。この癒し効果の高さ、彼だけの特殊スキルと言っても過言ではないな。


 兄弟のようにじゃれる二人はさておき、一つ相談事を思い出しカウンターに身を乗り出す。

「あの、ベルデさん。忙しいところ申し訳ないんですけど、…いいですか?」

「構いませんよ。場所を移した方がよろしいですか?」

 書類の束を棚に置き僕へと向き直ると、少しだけ首を傾げた。

「あ、いえ。例の魔法なんですけど、どこかで練習はできないものかな…と思いまして。」

「ふむ、そうですね。経験の無いものをいきなり本番で使用するのは不安でしょう。しかし単発でもかなりの威力ですから、試し撃ちをするというのも…」

 サンダークラップの効果範囲は半径五十メートル程度、地下訓練場の広さではほとんど一面を埋め尽くし、魔法を放った僕すらも巻き込む惨事になり兼ねない。

 また本番をして町の上空に向け放った場合、被害は無くとも激しい雷轟らいごうで騒ぎになるのは必至。町から距離をとってシャン平原でやるにせよ、翼龍よくりゅうに気付かれれば警戒され、折角の完璧な作戦にも無駄が生じてしまう。

「やっぱり、魔法はやめといた方がいいか……。練習はスキルだけにしておきます。」

「その方が賢明けんめいかと。当日は複数同時発動となりますから、かなりの音と衝撃が予想されます。ギルド主催の大規模な魔法演習を行うということで、周辺地域へ知らせておきましょう。」

「あ…、失念してました。助かります。」

 五百メートル四方の範囲内で無数の雷が同時発生。言葉で表せば単純だが、実際にそれが起きるとなると大事件だ。それに、関わりの無い人を戦闘に巻き込むのも避けねばならない。

 事前に警告しておくのが一番だけど、僕はこの辺のこと全く知らないしな。遠慮無く頼らせてもらおう。

「あの…気になったんすけど。複数同時発動とか大規模な魔法演習とか、どういうことっすか?戦うのは御三方おさんかただけなんすよね?」

 僕が先に言った事と食い違う内容に疑問が湧いたのだろう、話しの区切りがついたのを察し何気無なにげなく聞いてきた。

 実のところ僕もちょっとは期待していたが、また自ら弄られに行くような真似をして。いったいどこまで天然なのか。

 ほら、アルが待ってましたとでも言わんばかりの顔で背後から覗いている。

「もう仲間だしな♪リッドには教えといてやるよ。カルムが―――」


翼龍よくりゅうどもにサンダークラップを同時発動で二十発食らわせる。』


 実に楽しそうに耳元で囁く声が、試しに使ってみたスキル『知覚強化』でハッキリと聞こえた。

「ぁ…ハハ、冗談っす…よね……」

 真顔で停止したまま譫言うわごとのように呟く彼の頬を、一筋の汗が伝う。

 正気に戻れば、唐突に何を言い出すかわからない。脳内処理でラグが生じている隙に、この場を連れ出した方が良さそうだ。

「ごちそうさまでした!朝食とランチ、明日の分も予約でお願いします!」

「はい、かしこまりました。また何かございましたら、いつでも。」

「ありがとうございます!」

 リッドの腕を引き、慌ただしくギルドを後にする。

 そこそこの魔法の使い手であっても到底現実的では無い芸当ながら、僕がやるという時点で俄然がぜん真実味が増すのだろう。

 我に返ると同時、なかばパニックを起こしたリッドをなだめるのに、打ち解けるより苦労したのは言うまでも無い。






 午後からの“終末の物語エンディング“の書き換えにいて、寿命の変更が可能な点のみ事前の説明から除くことにした。

 老衰に限らず絶対的な寿命が存在する時点で、今回の件を乗り切ったとしても翌日には尽きる可能性だってある。寿命がそこまでと示されれば、僕にはどうにもできない。

 期待を裏切る結果となってしまった場合の、対象にかかる心的負担を最小限に抑える為。またアルはそれ以上に対象と直接向き合う僕を心配し、選択可能な終末を確認した上で個別に告げるべきだと言ってくれた。

 悪質な夢魔むまが町内に出現している現状、付け入る隙を与えぬよう極力平静を保たねばならない。アルの言葉に従うのが一番との判断である。


 翼龍よくりゅうの群れが町まで到達することは無く、住民達に制限は掛かっていなかったが、念の為ユヌ村への避難を約束してもらい書き換えを進める。

 幸い始めに呼び出した三人は本人同意のもと、羊人族ようじんぞくの平均寿命を超えた老衰で書き換え成功。

 終えたのちは先の約束と併せ、僕の能力や救世主である事自体も口外無用を念押しし、家族や“終末の物語エンディング“の内容を知る親しい者にも、その旨を伝えるよう指示した。


 夕食前にはアロガンさんに連絡を取り、現状の報告と今後の計画を伝えた。

 避難民については教会と村長宅、また何軒かの家で分担し受け入れてくれると言う。一日だけとは言え、協力に対するお礼の挨拶すらしないままでは忍びない。全員の書き換えが済み次第、一度村に戻り改めて話しをするつもりだ。


 招待されていた町長宅での夕食。序盤は存分に持て成され、豪華な料理に舌鼓したつづみを打つ。

 が、時が経つにつれ順調に酒が回り、歌えや踊れやと盛り上がる面々。みなの抑止力になるはずと信じていた町長すらも例に漏れず泥酔モードで。リピート再生のごとく繰り返される感謝の言葉と勧められる酒を拒み切れず、三時間が過ぎる頃には限界寸前。エトバスに回収され、昨夜と同じベッドで休む羽目となった。

 客室の鍵は町長の管理ゆえこもっていても無理矢理連れ戻される恐れがあると言われ、流石にそれは無いだろうと笑ったのも束の間。ドアの向こうで僕の名を呼びながら何度も通り過ぎる足音を聞いた時には、言い知れぬ恐ろしさに身体が震えた。




 明くる日以降、“終末の物語エンディング“の書き換えは午前中に十人、午後も十人のペースで行った。

 ほとんどの対象者は、絶対寿命として示された老衰による最期さいごを選択。それより前を最期さいごと決めた者が一名いたが、本人の意志が固く希望通りにする他無かった。

 また、やはり平均寿命に至る数年前で尽きる者も幾人か居て、僕からは選択可能な終末を示すのみ。本人が選んだ結末に添い、それが病死だろうが事故死だろうが、安らかに逝けるようにと最期さいごつづる。

 感情移入しやすたちなのは自覚していたけど、書き換えを重ねることで“終末の物語エンディング“を通じ対象者の感情が断片的に流れ込んで来ているのだと気付く。死を想像する瞬間の感情がネガティブにかたよるのは当然だけど、平静を装いながら断続的にそれらを受け止める疲労は知らず知らずのうちに蓄積されていた。


 アルとリッドがそばに居てくれて良かったと、つくづく思う。

 五日目の午後。今日で全員終えてしまおうと、残りの十三人を教会に呼び出した。

 老衰による最期さいごが十二人続き、このまま順調に終えられるのだろうとなかば油断して迎えた最後の一人…

 僕の前に座ったのは二十歳を迎えたばかりと言う女性だった。

 色白でふわふわとしたクリーム色の長い髪がとてもよく似合う可愛らしい容姿で、外見に似つかわしく口調もおっとりと穏やか。見ているだけでどこか癒される雰囲気をまとう。

 これまでと同様に“終末の物語エンディング“の文字に触れたと同時、頭の中に浮かび上がったのは、たった一つの最期さいごのみ。どれだけ集中し探ってみても選択肢が増えることは無く、絶対寿命は五年後の冬頃を示す。死因は、病死。

 動揺を押し隠し、その日までは寿命を延ばせるのだと告げると、彼女は静かに涙を流した。自分が病に侵されていることも既に理解していて、あと五年も生きられるのなら十分だと言って笑う。


 そこから先は、あまりよく覚えていない。

 彼女の書き換えを終え、それから皆をもう一度集め口外無用という話しをして―――




 気付いた時には教会とは違う見知らぬ部屋で、アルに背中をさすられながら号泣していた。

 悲しみや恐怖が胸の奥から次々と込み上げ、落ち着かなければと思うのにコントロールが利かない。


 どれだけ泣いたのか。

 ようやくマトモに呼吸できるくらいにはおさまり、れたまぶたをこじ開け見上げれば、アルのてのひらがすかさず視界を覆う。

「もう大丈夫だから、少し休んどけ。」

 懐抱かいほうスキルを使ったのだろう。フッと胸の締め付けが解れ、暖かな感覚が全身を包む。

 落ち着いた途端に思考が巡り、やるべき事をこなすべく立ち上がろうとするも、急激な眠気に襲われ微塵みじんあらがえない。


 そして、そのまま気を失うように……

 僕は深い眠りへと落ちていった。






「すんませんでした!魔法で、無理矢理眠らせたりして…っ!」

 目を覚まして早々、リッドが深々と頭を下げ全力で謝罪してくる。

 記憶は曖昧あいまいだけど、とにかく二人に迷惑を掛けたんだってことはぐに解って、申し訳なさと恥ずかしさで思わず視線を逸らす。

「あー…アルの指示だよね。あんな有様だったのに、まだ動く気でいたし。止めてもらって助かったよ。」

 ベッドを下り軽くストレッチしながら努めて明るく返すも、リッドは浮かない表情のまま、今一度深く頭を下げた。

「スリープだっけ、それも後で教えて欲しいな。未習得の魔法はなるべく使えるようにしておきたくてさ。報酬はまとめてになるかも知れないけど」

「あのっ!…もう、平気なんすか?」

 回復を装った演技と疑っているのか、間近に迫りじっくりと僕の顔色を確かめる。

 アルの姿が見えないから、指示を受け夜通し様子を見てくれていたのだろう。いかにも寝不足な目元に心が痛む。

「う、うーん…。今はもう平気、かな。気持ちよく眠らせてもらえたおかげで頭もスッキリしてるし。特に不調は感じないよ。」

「そ…すか。はぁ〜、良かったっす。」

 心底安堵あんどした様子で脱力し、ソファーに崩れ落ちた。


 自分のことながら、正直言って自信は無い。

 迷惑も心配も掛けたくは無かったのに、下手に強がればこういう結果を招くんだってことも身をもって知り、己の脆弱ぜいじゃくさを痛感するばかり。

 だが、今回はやっぱり一日に二十人って詰め過ぎたのと、最後に書き換えた彼女の感情に当てられたのがとどめになったのは間違いないな。あれは本当にこたえた。“終末の物語エンディング“に触れていた時の感情をもう一度食らったとしても、平然といられる気はしない。


 そもそも一度寿命を書き換えるだけで僕の魔力MPは底を突く。魔力MPを即時回復してくれるアルが居て、更に不足するエネルギーをリッドが補ってくれたからこそ何人もこなしていたけど、本来そうしない為に現状の魔力MP上限なのではないだろうか。

 そう考えると、ますます無理をしていたんだと思えてくる。

 僕を転生させ力を与えたネルでさえ、こんな風に詰めて動くのは想定外だった可能性も。

 ともあれ、今回はたまたま書き換えを望む者が九十八人居て、たまたま期限が十日と短かっただけ。こんな案件、う起こることも無いだろう。


 せめて、あの流れ込んでくる感情だけでも抑えられればな…

 言えば改善してもらえるだろうか。いや、ネルにだって何か考えがあってのことかも知れない。もしそうなら、神様の考えを否定するのもどうかって話だし。

 暫く頑張ってみて耐えられそうに無ければ、改善を求めてみるとしよう。




 しかし。あの醜態しゅうたいの当たりにしても尚、リッドは相変わらず僕を尊い者のように扱う。

 あれこれ考えている間に軽食を運んで来てくれ、服も身体も生活魔法で綺麗にしてくれた。

「リッド。君もずっと見ててわかったろ。救世主なんて呼ばれて大層うやまわれてはいるけど、中身はどこにでも居るごく普通の人間なんだよ。と言うかむしろ気は弱いし、根性は無いし、人の感情に飲まれやすい上、自分自身がどうあるのかすらも把握できてない…。それでもまだこの役目を続けるつもりでいるあたり、まったくどうかしてると思わない?」

「んー、よくわかんないっす!」

 えぇぇ……

 少しは否定してくれるかもと期待したのに、言ったことそのものを理解してもらえないとは想定外だ。

 困惑する僕を余所よそにリッドは言葉を続ける。

「そもそも。誰かを救える力を持ってるって、それだけで凄くないっすか?あと仕事見させてもらって思ったんすけど。辛いのずっと我慢して笑ってるのとか、常に周りのこと気に掛けていられるのとか、めちゃくちゃ大人だなって思ったし。と言うかオレ、アルディートさんに言われなきゃ正直カルムさんが無理してるの気付かなかったし…。限界超えるまでやっといて見返りも要求しないで続けるなんて、謙虚けんきょにも程があるっす!そっちの方が絶対どうかしてるっすよ!」

 不甲斐ふがい無い部分は一切見えておらず、まさかの高評価。とても有難いのだけど、自己評価との大きな差を感じどうにも居たたまれない。

「元はと言えば僕のメンタルの弱さが…って、これ反論しても意味無いか。すっかり幻滅されたんじゃないかと思ってたのに、そうでも無いみたいでホッしたよ。」

むしろ前より尊敬してるっす!」

「あはは、ありがとう。」

 まぁ、いいか。

 精一杯やろうって僕の意思が伝わったのだと思えば、純粋に励みになる。わざわざ進んで自己嫌悪に陥る必要は無いんだ。リッドの言葉、素直に受け止めておこう。


「にしても、なんかやたらお腹空いたな。これ、いただいていい?」

「カルムさんのために用意したんで!どうぞっす。」

 窓際の小さなテーブルに着き、柔らかなパンを一片ひとかけ口に含みつつ、ミネストローネ風のスープをすする。

「んぅ、このスープ…美味しい!はぁ〜、野菜もトロトロで身体中に染み渡る…」

 リッドは僕が目を覚ますより前に食事を済ませたのだろう、手持ち無沙汰ぶさたを補うように窓辺に並べた木の実を指先でつつく。寝起きにピッタリの優しい味に浸る僕を暫し見つめ、横向きに腰掛けた椅子を揺らしながらニッコリと笑った。

「四十時間くらい寝てたんで、厨房に言って腹に優しい料理にしてもらったっす♪」

「………ん?」

「あ、ここオレの部屋なんす。すぐ横が副団長の部屋で、時々様子見に来てたっすよ?シラユキ?とか、眠れる森がどうとか言ってニヤニヤしてたっすけど。」

「あ、あぁ…そういう童話もこっちに…。って、そうじゃなくて!え、僕四十時間も寝てたの!?」

「途中何回か目ぇ覚ましそうだったんすけど、アルディートさんがもっと寝かせとけって言うんで。追加でスリープを…」

 いや、もっと寝かせとけって。いくら何でも四十時間はやり過ぎだろう!

 “終末の物語エンディング“の書き換えは終えたから良いようなものの、丸二日近く無駄にしたのかと思うと―――

「あ!アルディートさんからカルムさんが起きたら伝えておけって言われてたの忘れてたっす。『精神ダメージを回復するには今のところ休息を取るしか方法が無いから、眠るのも救世主の仕事の一部だと思え。』って。」

 僕が自責の念に駆られるのも予測済み、ね…。

 普段は他人の言うことも馬鹿正直に信じるおバカのくせに、心理的な部分を察する能力の高さは異常なんだよな。でもって、その辺のことで反抗すると露骨に怒るし。

 面と向かって誓言せいげんしたからか、僕を心身共に守ろうって意志が凄まじい。

「了解。アルが言うなら従わないとな。」

「ほわぁ〜、信頼してるんすね。ただの護衛とは思えないっす。」

「んー、まぁね。」

 救世主が勇者を連れてるなんて知ったら、リッドは腰を抜かすだろうな。

 王様から正式に認められさえすれば、堂々勇者を名乗れるのだとか。このネタでもまた後々のちのち楽しめそうだ。

「で、アルは?どっか他所よそくつろいでるってわけでも無いんだろ?」

「魔法向きじゃない討伐依頼をこなしておくって、早朝から出掛けたっす。昨日も何件か受けたみたいで、すげぇ額稼いでたっすよ。流石Sランクっす。」

 そういえば解体で稼いだ分は結局全額僕が持ったまま。こうして別行動の時もあるんだから、きちんと均等に分けておくんだったな…。まぁ、現状はアルの方が金持ちになってるようだから今更だけど。

 にしてもアルのやつ、初めから冒険者登録しておけばお金には困らなかったはずなのに、何故あんなギリギリの出立いでたちで彷徨さまよってたんだか。魔物退治は勇者の務めと考えて…とか?

 あー、有りる。それに、一人なら無一文でも生きていけるとか思ってそうだもんなぁ。

 今は僕が居ることを意識して、今後の生活費を討伐報酬でまかなおうって考えなのだろう。

 僕も気遣いにむくいるだけの働きをしなくては。


「ふぅ、ごちそうさま。アルが働いてるんなら、僕もちょっと出掛けてこようかな。」

 食事を終え、カバンを手に立ち上がる。

「なら、オレも一緒に」

「あぁ、大丈夫。ユヌ村に受け入れの件で話しに行くだけだから。他にもちょっと雑用こなして、夕飯は向こうで済ませてくるよ。だから今日はリッドもゆっくりしてて。寝不足だろ?」

 フィーユとの約束もあるし、せっかくだからアロガンさんの手料理だって満喫しておきたい。気晴らしも兼ねて一日を焦らず過ごそう。で、残り二日間はみっちりスキルの練習だ。

「じゃあ…お言葉に甘えて。アルディートさんが戻ったら、ユヌ村に行ってるって伝えておくっす。」

「コールしといても良いけど、もし戦闘中だったら邪魔になるしね。頼むよ。」

「了解しましたっす!お気を付けてっす!」

「ん。行ってきます。」


 テレポート詠唱直後、目の前には慣れ親しんだユヌ村の教会。

 村人達に発見されるや否や、あっという間に取り囲まれる。

「おぉ、カルム様!お帰りなさいませ!」

羊人族ようじんぞくの町で大変なご苦労をなさっていると伺いました。お身体は大丈夫ですかっ?」

「カルム様っ、ぜひ!ぜひ我が家でお寛ぎください!」

 おっと、これはまた…。

 どうやらアロガンさんが過大評価の情報を村中にれ回っているな。以前にも増した村人達の熱量を感じる。

「話は聞いているかも知れないけど、今日はみんなにお願いがあって戻ったんだ。アロガンさんは出掛けてるのかな?」

 辺りを見渡せば、騒めきが絶えぬシャーフとは真逆に静かで穏やかな風景。

 まだ村を出てわずかしか経たぬと言うのに懐かしく感じてしまうのは、ここが僕のり所だから…。人も景色も優しさに溢れ、心身共に緩みきってしまうな。

「か…カルム様⁉︎いつお戻りに?お出迎えもいたしませんで申し訳ございません!」

 今日も村中を忙しく動き回っていたのだろう。人集りの中心に僕を見付けたアロガンさんが大慌てで駆け寄って来た。たった七日で変わりはしないが、相変わらずで何よりだ。

「いいよ、そんなの気にしなくて。むしろ何も知らせずに戻ってごめん。避難民受け入れの件でやっぱり直接話しておきたかったのと、急な我が儘で申し訳ないんだけど…今日一日だけ、ゆっくりさせてもらうかなぁ〜なんて。」

「っ…‼︎お任せください!皆さん、カルム様は暫し休まれます。お話はまた後ほど。避難民受け入れ予定の家の方は、鐘の音が聞こえましたら教会にお集まりください。」

 アロガンさんの情熱には何人なんぴとも敵わない。会釈し手を振りつつ、素直に各々おのおのの仕事へと戻って行く村人達。

 にこやかに見送ってアロガンさんへ向き直ると、幸福に満ち溢れた顔で身を震わせた。

「あー……。えっと、最後にアロガンさんに連絡したのは確か六日前だったよね。その後の話、聞いてもらえる?」

「勿論です!すぐにお茶をお淹れいたしますね。」

 コールで会話し、相談に応じたくらいでは献身的な思いは満たされないらしい。七日の間に蓄積されたアロガンさんの欲求が今、解き放たれる。

 スプーンを握るのも許さぬ勢いで容赦なく世話を焼かれ、甘やかされ…

 アルを連れず戻って来てしまったことを、少しばかり後悔したのだった。






 村でやりたかったことを一通りこなし、再びアロガンさん宅のソファーで寛ぐ僕の目の前に、貴族のお茶会よろしくティーセットが並ぶ。

 三段のケーキスタンドには色とりどりのスイーツ。魔法を駆使すればかなり工程を省けるとは言え、僕が服屋で作業して戻るまでの間で何をどうやればこれだけ作れるのか。

 いやそれよりも、僕一人に用意する量としては完全に間違っているし。そもそも昼食だって、高級ホテルのディナー並みに豪華なフルコースだった。どこぞの大食い勇者じゃあるまいし、あの量を食べ終えてから三時間足らずでは、僕の胃は次を受け付けてはくれない。

「うん。これ、お土産に持って行ってもいいかな。」

「えぇ、勿論です。足りなければ、追加でお作りいたし」

「大丈夫。足りてるから。」

「はい……」

 言葉の途中でさえぎれば、シュンとして向かいのスツールに腰を下ろした。



 天使時代。常に先回りし仕事をこなしていたアロガンさんの能力は、僕の下でも遺憾いかん無く発揮された。

 今回村に戻った主目的、シャーフからの避難民受け入れについての相談だが―――

 食事や寝床をはじめとした細かな打ち合わせは既に済んでおり、逆に僕の方が内訳の説明を受けるカタチとなった。救世主の立場でやったことと言えば、教会に集まった村人達によろしくお願いしますと一言告げたくらい。

 その一言に歓喜する皆に対し頭を下げる必要は無いと、アロガンさんにより軽やかに阻止されてしまった。

 六日前コールをした際に知らせていた九十八人が、それぞれに大切な人を連れ避難して来るのも予測し、およそ倍の人数までの受け入れ準備が完了しているとのこと。

 幼い子を持つ親も居たから、その辺を含め予定人数を増やして欲しいと頼み、準備も手伝うつもりだったのに…

 何なら今晩からでも対応可能と言われてしまうと最早僕の出る幕は無く。更には何もしていないのに流石は救世主様だ!と称賛され、まったく意味がわからなかった。


 教会に置いてある本から、西の山脈と翼龍よくりゅうの情報を得ようと考えていたこともアロガンさんにはお見通しだった。

 必要かと思い準備しておきました。と差し出された本には、この大陸で出現する魔物の特徴や弱点、生息地域などが詳細に記されており、今後の旅に携帯し役立てて欲しいと言う。その上、今居る大陸の簡略な地図まで添えてくれた。僕が戻った時に渡すつもりで、危険な地域を色分けし、扱い易いサイズに書き直したそうだ。

 エトバスの部屋のコレクションに加えても遜色のない美しい地図。度々広げて劣化させてしまうのが勿体無い。


 もう他に何ができようとも驚かないな。アロガンさんなら、できない事も瞬時にマスターしてきそうだし。

 身体を移っても記憶は引き継いでいるらしいから、中身は有能な天使のままなのは間違いない。



「フィーユに約束してたテディベアの服、何着か作って届けたんだけどさ。薬屋に入ろうとしたら上から声がするもんだからビックリしたよ。他の子供達と屋根の上で遊んでたんだ。」

「彼女のお転婆ぶりにはアンデクスも手を焼いていまして。ついこの間までほとんど寝たきりだったとは思えない回復ぶりで、皆驚いております。」

 手を焼いているのはアロガンさんも同じのようで、紅茶を飲みながら苦笑する。

 しっかりと守ってくれているようで安心した。

 僕が初めて救世主の力を使った相手、せめて大人になるまでは見守っていたい。そこから先、僕に恋心を抱いてくれるのかどうかは少しばかり期待しておくとして。

 やっぱりアルにも、フィーユの顔を見せてあげれば良かったな。実質彼女を救ったのはアルなわけだし。あの幸せそうな笑顔を見れば、きっとどんな苦労もむくわれる。

「次はアルも連れて戻るよ。フィーユもきっと喜ぶだろうし、アルだって…」

 ぞわりと悪寒が走り咄嗟に顔を上げると、アロガンさんはいつもと変わらず綺麗な顔で微笑む。

「勇者様とは、少々会話が足りなかったなと感じておりました。次にお戻りの時には是非、勇者様もご一緒にお願いします。」

 紅茶のおかわりを注ぎつつ、決して内側は微笑んでいない淡々とした口調で言った。

 精神的な限界を超えて四十時間も眠らされた話をしたものだから、アルに対してかなりお怒りのご様子。そこに至った原因はあくまで僕にあるのだと念を押して説明したのに、あまりに盲目である。

「はぁ…アロガンさんにそんな感じでいられたんじゃ、う弱音も吐けないな。僕が本当に心休まる場所はどこにも無いのか……」

「っ‼︎も、申し訳ございません!勇者様とは友好な関係を築いていければと思っております!ですので!そのようなこと……おっ、おっしゃらな…ぃで、くださ…」

 僕の言ったことを真に受け、ほとんど泣き顔で懇願こんがんする。

 ネルにとされ、僕にまで距離を置かれたんじゃ、すがり付きたくもなるか。

「あ〜もぉ、今のは冗談…というか。僕が信頼する者同士ものどうしで揉めて欲しくは無いから言ったまでで。そこまで深刻になられると…ね?」

「以後、カルム様の信頼を裏切ることの無いよう努めますので!何卒、お許しください。」

 僕が跪かれるのを嫌うと意識し、頭は下げず必死の様相で迫ってきた。

「い、いや…だから、許すも何も。毎度頼ってるのは僕の方だし。これからも気兼ねなく帰れる場所であってもらえれば…」

「はいっ!カルム様に度々お戻りいただけるよう、精一杯励みます!」

 わぁ…元気いっぱい、願望を前面に押し出してきてるなぁ。尽くすことが全てみたいな人だから、頼るにしても僕の方で加減をしなきゃ天使時代の二の舞になりそうだ。

「この村で過ごす時間は、もうこれ以上無いってくらいに十分な癒しだよ。このまま日暮れまで満喫して、心身ともにリセットさせてもらうよ。夢魔むまなんかに憑かれるのはごめんだからね。」

 クッションを抱きダラダラと横になれば、どこからともなく薄い毛布を取り出し腹に掛けてくれる。早速、依存させに掛かってくるあたり実に恐ろしい。

夢魔むま…?なるほど、それで光の結界を纏っておられたのですね。」

「え?僕今、結界に包まれてるってこと?寝てる間にアルがやってくれたのか…。全然気付かなかった。」

 自分の身体に触れてみても実感は無いが、アロガンさんは見えるなり感じるなりしているのだろう。興味ありげに肌に触れるスレスレのところを撫で、静かに頷く。

「遠隔での維持は難しいのかも知れません。効力はかなり低下しています。…が、夢魔むま程度の低俗な悪魔でしたら十分防げるかと。」

 低俗って…。あぁ、そうか。元堕天使、すなわち悪魔の経歴も持つアロガンさんにしてみれば、下級の悪魔なんて雑魚も同じ。

 もしかしたら屈服くっぷくさせることも容易だったりして。

「シャーフのギルドに討伐依頼が出てるみたいで。実害が出てんなら、本当は防ぐだけじゃなく見付けて倒したいところなんだけどね。確実な対抗策も無しには挑めないから、どうしたもんかな〜って。」

「八つ裂きにして構わないのでしたら簡単なのですが。捕らえた方がよろしいですか?」

「……へ?」

 さも当然のことのように言って首を傾げた。

 まさか僕の予想通りだとでも?

 八つ裂きにってのがかなり怖いけど、捕らえるという選択肢もあるようで、返答を待ちこちらを見つめている。

「アロガンさんは結界維持のために村からは出れないんだよね?この場に居ながら対処できるってこと?」

「はい。低俗な悪魔をほふるのにピッタリの魔道具がございまして、そちらに私の血を少々加えれば…。カルム様は装備さえしておいてくだされば問題ありません。夢魔むまの接近と同時、自動的に排除いたします。もし生け捕りをお望みなのであれば、幾らか力を抑えたものをご用意いたしますが。」

 まったくこの人は、綺麗な笑顔で恐ろしいことを言う。人と共存している夢魔むまも居ると言うのに、下級の悪魔を相当嫌悪けんおしてる感じだ。

 それに、血を少々だって?どう考えても悪魔の契約的なやつじゃないか!力を抑えたとしても酷いことになりそうな気しかしない。

 他に手段が無いのなら頼るより仕方ないが―――

 ここは一旦考えさせてもらおう!

「冒険者としての仕事になるから、一度アルと相談した上で決めてもいい?」

「えぇ、いつでもお申し付けください。」

 どの程度の被害が出ているのかも聞いていない状況で、人型を成した相手を殺すというのも抵抗があるしな。それでも排除すべき悪と認識したなら、その時は覚悟しなければ。綺麗事だけでは、きっとこの世界では生きていけない。

 空想じゃなく、現実なんだもんな……


 真面目な話は結局それで終了。

 日暮れまですこぶる快適な時間を過ごして、アロガンさんの熱烈な見送りをどうにか剥がしシャーフへと戻った。




 持ち帰ったアロガンさん特製スイーツはリッドにもエトバスにも好評だったが、やはり食べ物を土産にして一番喜んだのは食いしん坊のアルだった。

 お金の管理は苦手だからと昨日と今日で稼いだ報酬を丸ごと僕に放り投げ、夢中でがっつく。

 アル一人で三日は食うに困らない額を作っておいた巾着に入れ、好きに使って構わないと言って渡せば、初めてお小遣いを貰った子供のように目を輝かせて喜んだ。

 自ら労働で稼いだって自覚はまったく無さそうだ。ギルドの規定通り報酬を受け取りはしたものの、アルにとっては全部ただの人助けなのだろう。




 八日目、九日目の昼までは、万視での視認範囲を知覚強化で広げる練習にひたすら励んだ。

 地面に沿い周囲を見渡す分には、カバーできる範囲が倍近くまで広がっただけのこと。特に苦労は無かった。

 ただ、これといった目印の無い上空を対象に視点を定めるとなると、なかなかに難しい。翼龍よくりゅうは雲に隠れつつ飛ぶと言うから、雲を目印にすればいいというのは甘い考えだ。遠くにあれば綿のように見えても、実際は霧と同じで万視には掛からない。

 注視して霧がかった高度を探り、低位の光魔法ルミナスを等間隔に幾つも仕掛け同時発動させる。目眩し程度にしかならない魔法だが、魔力消費が少なく音も無ければ環境への影響も無い。練習には最適の魔法だ。

 雲の中で光るのを見上げては調整する流れをひたすらに、魔力MPが尽きるまで繰り返し……

 計十二時間程掛けてようやく、自信を持って本番に挑めるだけの感覚を掴むことができた。


 長めの休憩を挟み、午後からは避難民の移動を開始。

 この件を知らぬ他の住民達に気付かれればいささか面倒なことになる。“終末の物語エンディング“の書き換え対象だった者とその家族や恋人、合わせて百二十二名を時間差で自警団本部に集めテレポートでユヌ村へ。

 教会前のスペースを考え四回に分け移動させたわけだが、普通テレポートで一度に運べるのは多くても五人程度らしく、思わぬところで崇敬すうけい余地よちを与えてしまった。

 目立つのもあがめられるのも極力避けたいんだけど…。色々と規格外のアルがそばに居るもんだから、この世界の平均ってものを見失いがちなんだよな。

 翼龍よくりゅうの解体と冒険者認定試験で派手にやったのも、地味に噂が広まってるようだし。変装のつもりで服を新調した方がよさそうだ。


 日暮れ前、予定よりもずっと早く避難は完了した。

 僕が口出しするまでも無く、テレポートで運んだ端からアロガンさんが名簿を作成。各家への振り分けも全てお任せでとどこおり無く。

 意気揚々と僕の世話にも掛かろうとしていたが、明日全てを終えるまではお預けとして早々にシャーフへと戻った。


 万が一の魔力MP不足にも対応できるようエネルギー補給係りにリッドを加え、ギルド地下訓練場にて最終的な打ち合わせ。

 僕がサンダークラップで群れを落とすまでの流れは変わらず、降ってきた翼龍よくりゅうとどめを刺すあたりの分担を話し合う。

 一太刀で首を切り落とせるアルと、一蹴りで頭部を粉砕できるベルデさんに対し、リッドは止めとなり得る攻撃手段を持ち合わせていなかった為、基本的には僕のそばに付いて補助魔法でサポートを行うことと決まった。

 因みにリッド、物理的な防御と攻撃を対象とした強化魔法の他、然程さほどレベルは高くないが魔法攻撃力を上昇させる『マジックエンハンス』も使えるとのこと。念には念を…。そいつを僕に掛けてもらい、とどめの必要も無いくらい徹底的に打ちのめしてくれるっ。

 向こうは報復のつもりかも知れないが、僕だって死ぬほど消耗させられた恨みがあるんだ。キャパ的に全部は無理だろうけど何匹かは解体に回して、ストレス発散ついでにたっぷり稼がせてもらおう。


 明日の本番を万全の体調で挑めるよう、ベルデさんオススメの少々お高めな宿屋に部屋を取り、行き届いたサービスをアルと二人存分に楽しんでベッドに入った。

 上手くいくとわかってはいても緊張はするものだな。何せ、僕の魔法に懸かっているわけだし―――


 …余計なことを考えるのはやめよう。胃が痛くなる。

 もっと気楽に。全部終えた後のことでも想像すればいい。そう…これが済んだら僕、今度こそ平凡な冒険者としてマイペースに生きてくんだ……

 って、これじゃまさに死亡フラグ!我ながら縁起でもない!

懐抱かいほう、使ってやろうか?」

 窓側のベッドで背を向けたままアルが言う。

「へ?あ、まだ起きてたんだ。…いや、平気。悪くない緊張感だと思うから。」

「ま、無理してんじゃないならいいや。けど、カルムが思ってる以上にこっちは心配すんだぞ、ちっとはそのへんも考えろよ〜。」

「あー…ハハハ。一人じゃないんだなって思うとリミッター緩みがちっていうか。いい加減自分の限界も見えたからね、これからは気を付けるよ。」

 薄目で見やる大きな窓には深く澄んだ星空。

 夏の始まりらしく、蝉の鳴き声も聞こえる。

「……明日、頼むな。おやすみ。」

「あぁ、うん。…おやすみ。」

 やはり、本来迎えるはずだった結末を気にしているのだろう、いつに無く真面目な声だった。

 プレッシャーではあるけど、頼られてると思うと勇気が湧いてくる。


 しかし今更ながら、僕って未来を変えてるんだよな。別に過去に戻ってどうこうしているわけでは無いから歴史の改変には当たらないとは言え、意図的に未来を操作するとか完全に神様の領域なのでは?

 駄目だ、もうこれ以上色々考えるのはよそう。セルフでプレッシャー割増しにして、本気で眠れなくなる。

 無になるのは困難極まりない、目一杯ファンシーな妄想で埋め尽くす。

 いつの間にかそれが夢にすり替わり、脳内お花畑で九日目を終えた。

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エンディング専門の人気作家 桜楽 @yorozun

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