助っ人

 

【問】

 触覚しょっかく嗅覚きゅうかく聴覚ちょうかく視覚しかく味覚みかくなど、感覚器官を通じて得られる情報が、通常時の数倍ないし数十倍と急激に増加した場合、人はどのような反応を起こすか。


【解】

 脳が情報を処理しきれずパニックを起こす。




 特殊スキル万視ばんしでの視認可能しにんかのうな範囲を拡張すべく、通常スキル『知覚強化』をアルから教わることおよそ三十分。

 優しく教えると言ったあの台詞セリフはいったい何だったのか。その行程こうていは僕からしてみればほぼ拷問ごうもん

 畳み掛けるように襲いくる目眩めまいと吐き気に敗北し、習得に至って早々、精根せいこん尽きてその場にへたり込んだ。

「ぅぐ…きぼぢわるぃ……」

 途中嘔吐おうとせず、最後まで立っていたことだけでも褒めて欲しい。

 震える僕の肩に、ベルデさんがそっと手を添え声を掛ける。

「お疲れ様でした。あちらに救護室がございますから、少し横になりましょう。」

「…はぃ……すみませ…」

 過度のストレスがかかったせいで脳がなかば仕事を放棄ほうきしているらしく、立ち上がりはしたものの思うように身体からだが動かない。

 ほとんど抱えられた状態で救護室まで移動し壁際かべぎわのベッドにい上がると、背を丸めて横になりゆっくりと息をいた。



 漫画やゲーム内でのスキルの習得方法と言えば、キャラクター自身のレベルアップや、スキルポイントの振り分けが思い浮かぶ。

 レベルアップにともない自動で身に付いたり、道中どうちゅう獲得したスキルポイントを希望のスキルに振り分け習得する流れは実に単純。習得条件を満たすまでには時間をようするものの、使用者の肉体にはさした負担も無く行える簡単な作業だ。


 対してここイディアリュウールでは、後天性こうてんせいスキルの大半が他者たしゃから教えを受け習得するシステムとなっている。

 当然それは口頭こうとうのみで伝えられるものでは無い。実際に使用したさいの効果や影響、またそれらを制御する感覚を直接リンクさせ、徐々に慣らしながら身体に覚え込ませ習得に至るという流れ。言わば実地訓練じっちくんれんとなるわけなのだが―――


 僕が今回習得にのぞんだ知覚強化も同様に。効果が最大限発揮され、それにともなう影響も強く受けた状態から始まり、無駄な情報をはぶきつつ制御していく工程こうてい辿たどった。

 が、知覚強化の効果は、触覚しょっかく嗅覚きゅうかく聴覚ちょうかく視覚しかく味覚みかくなどの感覚器官からる情報を数十倍にまで増幅ぞうふくさせるというもの。

 突然そこらじゅうただようありとあらゆるにおいをまとめて感じるようになったり、半径数キロ圏内けんないで発せられている声や音を一斉いっせいに大音量で聞くことになれば、脳がバグって吐き気をもよおすのも当然である。

 そこから必要な情報だけを切り取り、自分が感じやすいように調整しろと言われたって、脳みそボコボコにされている状況下じょうきょうかでそんな繊細なイメージを掴むのは困難きわまりない。


 後でベルデさんからいて知ったのだが…

 知覚強化は修得時にかかる精神への負担が非常に大きく、数多あまたあるスキルの中でも習得が難しいと言われるものの第一位なのだそうだ。

 その事実を先に告げなかったのは、僕がビビって尻込しりごみしない為と考えれば、まぁ正解だったのかも知れないけど。

 何事なにごとも、心の準備ってものがあるだろう。


 とは言え、無事習得には至れたのだから、今更騒ぐのはやめておこう。

 今後のための教訓として、心にめておけばいい。

 力をるには、やはりそれなりのリスクをともなうのだから、リスクは事前に確認する!それだけだ。



 ベルデさんに貰った吐き気止めの薬でぐに気分は良くなったものの、身体にまともな感覚が戻るまで一時間もようしてしまった。

 これからどう行動するかのプランは固まり、僕自身はもう焦る必要は無いのだけど、“終末の物語エンディング“の書き換えを待つ人達はそうもいかない。

 今この瞬間も、最期さいごの恐怖におびえながら救世主のおとずれを待っているに違いない。

「アル。少し予定を早めて、先に自警団員じけいだんいん十二名の“終末の物語エンディング“書き換えに向かおうと思うんだけど。」

 寿命の書き換えにいての制限は解除された。その確信は得ているが、複数の“終末の物語エンディング“を連続して書き換えた事など無いのだから、スムーズにいかない可能性も考慮こうりょしておかねばなるまい。

 言い方は悪いけど、問題無く行えるのかを試すのなら彼らが最適だ。

 エトバスに並び、覚悟を持って自らの役目を全うする彼らならば、万が一の不測の事態にも動じることは無いだろう。

「俺はただの助っ人だしな。カルムが決めたことに従う。」

 笑ってそう返すと、ベルデさんが用意してくれた焼き菓子を一つくわえて立ち上がる。

「ただの助っ人ねぇ。ま、そういうことにしておくか。」

 手足の感覚を確かめつつベッドを降り、意気込いきごんで息を吐いた。

「じゃあベルデさん、早速さっそく行ってきます。」

「はい、お気をつけて。…あぁ。本日のランチはハンバーグステーキですので、お戻りになりましたら是非ぜひ。」

「は、ハンバーグステーキ…っ⁉︎カルム!」

 かく食べることが大好きなアルだけど、これは大好物だいこうぶつって顔だな。|相当そうとう《そうとう》無理をして手伝ってもらうわけだし、せめて三食好きなものを思う存分食べてもらって報酬ほうしゅうとするか。

 シャーフに滞在している間は、まず仕事には困らない。節約せつやくを考えずとも何とかなるだろう。

「はいはい、好きなだけどうぞ。何なら予約しておいたら?」

「あ、えっと、えぇっと…三……。…いや、五人前で。」

 僕の顔色をうかがい迷っていたが、遠慮えんりょらないと目配めくばせしたのを受け、キリリとした顔で言った。

 五人前か、どう考えてもキロえだよな。朝食のボリュームを考えると、一人前が五〇〇グラムなんて可能性も…。

 食費よりアルの胃袋の方が心配だが、どうせなんなく完食するのだろう。

「アル、よだれ。まったく…、僕が“終末の物語エンディング“書き換えてる最中さいちゅうにおなか鳴らしたりしないでよ?」

「えぇ…、はらが鳴るのはめるの無理だって。」

「気合いで、頑張って。」

 いってらっしゃいませと丁寧ていねいに頭を下げるベルデさんに見送られ、自警団本部けん町長宅へとテレポートした。






「あれ?アルディートさんじゃないっすか。なんか忘れ物でもあったっすか?」

 表門おもてもんをくぐってぐ、少しばかり童顔どうがんでそばかすが特徴的とくちょうてき羊人族ようじんぞくの青年が、小走りに寄って来て声を掛ける。

 昨夜の酒の席、アルはあちこちのテーブルで団員達と話していたようだったから、そこで仲良くなったのだろう。片手を上げて返すと、僕の両肩をつかみ青年の前に押し出した。

「あー、エトバスからは何も聞いてない?」

「副団長からっすか?んー…、オレは特に何も。」

 いや、副団長って。なかなかに衝撃的しょうげきてき事実じじつではあるものの、今はそんなことを気にしている場合では無い。

 エトバスには、僕が書き換えに応じるむねみんなにも伝えておくように言っておいたから、対象となる団員にだけ連絡したのかも知れないな。

 となると、目の前の彼は対象外ってことか。この件をどこまで知っているのかはわからないが、これから書き換えてしまうものを隠す必要も無し。

 せっかくだから、彼にみなを集めてもらうとしよう。


「先に言っておくけど、ひざまずいたり、土下座したりは禁止で。」

「?…よくわかんないっすけど。わかったっす。」

 カバンから懐中時計かいちゅうどけいを取り出し、彼の前に差し出す。

 眉間みけんにシワを寄せ腰をかがめると、じっとそれを見つめた。

「ちょっと事情じじょうがあって隠していたけど、救世主なんだ…僕。昨夜の宴会の後、ここに“終末の物語エンディング“の書き換え希望者が十二名ほど居るってエトバスに聞いてね。予定より早く準備が整ったんで、これからその十二名全員の書き換えに取り掛かろうと思って。きゅうで悪いんだけど、みんなをどこか一箇所いっかしょに集めてもらえるかな。」

 数秒の放心ほうしんのち、ハッとして条件反射的にひざまずこうとするも、僕の言葉を思い出してとどまり慌てふためく。救世主への応対おうたいを誰かに丸投げしたいようで辺りを見回せど、広い庭には僕らをのぞけば何者なにもの気配けはいも無い。

「あぅ…。アルディートさぁん、オレどうしたらいいんすかぁ…」

 一人で勝手に追い詰められ、こじんまりとした左右の角を掴むと、涙目になって助けを求めた。

 何だこの可愛らしい生き物は。

 アロガンさん情報では、自警団員じけいだんいんは全員、冒険者で言うところのAランクに相当そうとうする強さなのだとか。だが彼からは全くそんな印象いんしょうを受けない。身長はアルより少し低いくらいで決して弱そうな体つきではないのに、あふれ出す小動物感。

 何と言うか、思わずかまいたくなるタイプだ。

「カルムの言う通りにすりゃいいんじゃないか?十二人が誰なのかわかんないんだったら、団長か副団長が知ってるだろ。」

「あ。そ、そっか。わかったっす!玄関のあたりで待っててください、ぐ全員集めてくるっす!」

 アルがアドバイスしてやれば、途端とたんにパッと明るくなって敬礼けいれい仕草しぐさこたえる。

 んむ、やはり彼は癒し系。身内みうちでもマスコット的存在に違いない。

 何も無い所でつまずきながら大慌てでけて行く背中を微笑ほほえましく見送って、早朝アルと話したベンチに腰を下ろした。




 十分程待った頃だろうか、先程の青年が勢いよく玄関扉を開け飛び出して来る。

「お待たせしましたっす!第一会議室に全員集めて来たっす!」

 そんな彼の背後から大欠伸おおあくびで現れたのは、どうやら夜勤を終え寝ていたところを起こされた様子のエトバスだ。だらしなくシャツのボタンを開いたまま、乱れた髪を後ろで束ねつつ僕の顔を見てニヤリと笑う。

「くあぁ〜…おはよう、カルム君♪…と、アルディート君。出掛でがけには早くても今日の午後からと言っていたのに、おじさんのために急いでくれたのかな?」

 寝起きだろうが何だろうが、エトバスはブレない。相変あいかわらずパーソナルスペースなどガン無視で息も届く距離までせまれば、あごのラインに指をわせ僕の顔を堪能たんのうする。

 とは言え、この程度もう慣れてしまった。

 早朝そうちょう。使わせてもらったベッドを生活魔法で洗い立ての状態に戻そうとしたところ、せっかくの残りが消えてしまうと大騒ぎ。嗅覚きゅうかくと記憶をつかさどる器官はダイレクトに繋がっているから、残りはこの顔を鮮明に思い出すためのトリガーなのだとかもっともらしく語っていたが。

 大人って年が行けば行くほど、内にかかえたものを易々やすやすと口にはできないからな。巫山戯ふざけた行いが加速するのも不安の表れと思えば、僕だって大人だ、寛容かんようにもなれる。

 抵抗が無いのをいいことに、顔やら髪をひたすら撫で回す手を掴んで押し戻し、その飄々ひょうひょうとした顔を見上げた。

「まぁ、エトバス含めみんなのためにね。…と言うか、今のみんなの気持ちを想像するとどうにも胃が痛くてさ。本当のところ、予定を早めたのは自分のためかな。」

「くっくっくっ…人の内面は顔に表れるって本当だねぇ。まったく、君はどこまでも美しいよ。できることなら、おじさんのひつぎに一緒に入って欲しいものだ。」

 僕のこの容姿は性格云々うんぬん構築こうちくされたものじゃなく、神様が与えたものなんだけどな。

 ふとエトバスの背後を見れば、そばかすの青年は感情をおさえ唇を噛む。

 あぁ、彼は知らなかったのだな、もうじき自分の同僚どうりょうが一度に十二人も居なくなってしまうんだってこと。僕はそれを無かったことにするつもりだから、たまたま居合わせた彼を使ってしまったけど。身近な者の生命いのちに関わる問題で振り回して…。

 考えてみれば、随分ずいぶんと悪質なサプライズだ。

「その件だけど、今から全員にまとめて説明するよ。君も…。あー、まだ名前も聞いてなかったね。」

「…リッドっす。」

「リッド。みんなを集めてくれてありがとう。君も一緒においで、ぐにそんな顔しなくても済むようになるはずだから。」

 僕の笑顔にも、眉を下げたまま目を伏せる。

 アルがそんな彼を励ますように肩を叩き、ニッカリ笑って見せた。


「エトバス、他にもこの件を知ってる人が居るんだったら会議室に呼んでもらえるかな。一緒に聴いてもらった方が、後々あとあと説明する手間もはぶけるだろ?…と、口止めも兼ねて。」

 “終末の物語エンディング“の内容は、そうそう他人に話すものでは無い。本人と周りの親しい者しか知らない問題なら内々うちうちで片付け、その場で口止めしてしまえば僕の力が他所よそへ知れるのも防げるはず。

「じゃあ、カルム君は先に会議室に行ってもらえるかい?リッド、案内を。」

「わかったっす。救世主様、こちらへどうぞっす。」

 エトバスはシャツのボタンを掛けながら母屋おもやの北側へ。それとは逆の廊下を行くリッドの後ろを付いて、会議室へと向かう。

 はぁ。このしょんぼりした背中を見るだけでも、胃の辺りをえぐられてる気分だ。メンタル弱くて嫌になる。

 みなそろったら、先に結論から伝えるとしよう。救世主の言葉を疑う者は居ないとは思うけど、彼らにとっては前例ぜんれいの無いことだろうし。どうにか上手いこと説明しないとな……






 時刻は午前十時。

 書き換え対象の団員十二名とリッド、団長のルクラさんに、その父である町長。それから町長の秘書ひしょにあたる女性二人が会議室にそろったところで、“終末の物語エンディング“の書き換えについて説明をすべくみなの前に立つ。

 僕が救世主だという事実はやはり意外だったようで、本人を前にしながらひそひそとざわめく一同いちどう

 昨夜は少しの間だけど宴会にも参加していたわけだし、幾分なごやかに話せるかとも思ったのに、こういう上下関係に厳しい組織の者の方が、救世主って存在の圧に弱いらしい。

 話し始めの何気なにげない咳払せきばらい一つで途端とたんに張り詰める空気の中、大きく息を吸い背筋を正した。

すで見知みしった顔もあるみたいだけど、改めて。僕の名はカルム・オレオル。少し前に別の世界から転生してきたばかりの救世主です。が、僕を救世主様と呼んだり、ひざまずいたり、これまでの態度を改めるような真似はやめてください。そういうのはちょっと苦手で…。一般の冒険者と同じ扱いで構わないので、気楽に接してもらえると嬉しいです。」

 一先ずリラックスしてもらう目的も含め言ったものの、残念ながら効果は薄い。

 ドア付近に立つアルに視線を送ればぐに僕の意図を察し、自分へと注意を集めるように右手を上げた。

「そんな緊張すんなって、別に取って食おうってわけじゃ無いんだからさ。」

 特殊スキル懐抱かいほうの発動。その名の通り、抱き包むかのごとき優しい声が室内に響く。

「町長さんも居ることだし、俺も名乗っとくか。アルディート・ポテンザ。カルムの護衛ごえいってことでそばに置いてもらってる。つっても、俺はただの冒険者だから。今まで通り気楽によろしくな♪」

 見た目にもわかる程に肩の力が抜けた一同へ向け、能天気のうてんきな自己紹介で念押し。

 ありがとう。どういたしまして。…と、互いに目で伝え合う。

「前置きはこれくらいにして、本題に移りましょうか。…これより、十日後に最期さいごを迎えるみなさんの“終末の物語エンディング“を書き換え、寿命を延長します。」

 すこぶる真面目な顔をこしらえ、静かに告げた。


『こいつは一体何を言っているのだろう?』


 そう言いたげな顔で、みないぶかしげにこちらを見つめる。

 この世界の常識では有り得ないことを言ったのだから当然とは言え、懐抱かいほうにより緊張を奪われた面々めんめんの反応はあまりにも素直すなお。聞き間違いも疑い団員同士で互いに顔を見合わせては、僕への遠慮えんりょも無く意見を交わす。

 そんなざわめきの中、悠然ゆうぜんと構えていたはずの町長が、てぬ様子で口を開いた。

みな、静まりなさい!町長のルディンツと申します。救世主さ……あ、いえ。オレオル殿は今、『寿命を延長する』とおっしゃいましたか?」

 あ、そっちで呼ぶんだ。苗字みょうじにあたる方で呼ばれるのは初めてだから、油断していると自分のことだって気付かないかも。

 と、そんなことより。まずは町長の問いに答えなければ。

 聞かれずとも話すつもりではいた事だ、勿体もったいぶっても仕方が無い。

「僕には、“終末の物語エンディング“のまつしるされた死亡日時の部分までも書き換えを可能とする、特殊な能力が備わっています。最初に訪れた村で、余命七日だった少女の寿命を八十二年先までばしました。この時僕が行ったのは、未来の選択。彼女の中にあった未来を表す幾つもの言葉の中から望ましいものを組み合わせて物語をつむぎ、そっくり差し替えました。」

 できるから信じてください!などと単純な言葉で押し通すよりは、実例もまじえた方が伝えやすい。僕がユヌ村でフィーユに行ったことを有りのまま、少々簡略的かんりゃくてきに話して聞かせた。

 いまだ信じきれぬところはあるものの、驚きと興奮で前のめりになる一同いちどう。町長のルディンツさんも、肘掛ひじかけに置いた手を震わせながら質問を重ねる。

「では…ここに居る者達も同様に、結末を差し替えることが可能だと…?」

「はい。ですが、どう足掻あがいても起こり得ない未来を無理矢理つくるのは不可能です。少し試してみたんですけど、“終末の物語エンディング“側から拒否されてしまいました。」

「しかし、その者がこの先歩む可能性のある未来であれば、オレオル殿のお力で…」

「えぇ。とりあえずここに来る前の段階で、その可能性をひろげておきました。…まぁ、書き換えをさまたげていたものを取り除いた。と言った方が正しいのですが。」


「もしかして、わざわいの正体しょうたいを突き止めたのか⁉︎」

 町長の隣に座っていたエトバスが、言ったことの意味を察し声をあらげて僕にせまる。

 笑顔でなだめ、そこからは手振てぶりもまじえて説明を続けた。

情報元じょうほうもとかせませんが…。そのわざわいは、西の山脈に巣食すく翼龍よくりゅうであると特定しました。群れで町へと襲来しゅうらいし、みなさんの命を奪うことになります。」

「っ!敵が前もってわかっているのなら対処できる!俺たちが…っ!」

みなさんがこの戦闘に関わることは、一切いっさい禁止します!」

 闘争心とうそうしんを燃やす団員達を一喝いっかつし、エトバスを椅子へと押し戻す。

「君たちが戦闘に参加すること自体が書き換えのさまたげになるんだ。戦えば、どうあっても死ぬ。」

「だが、町を守らなければ。俺達だけじゃなく住民にだって被害がおよぶことになる。」

「確かに。君たちの書き換えを終えた後も八十六人が僕を待っているし、十二人もの戦力を削れば、死なずとも大怪我おおけがを負う人が大勢おおぜい出るだろうね。…けど、大丈夫。」

 アルのそばまでゆっくりと歩みいささか強めに背中を叩けば、両手を腰に当てドヤ顔で胸を張る。

 僕も片手を腰に当て、自信満々に笑って見せた。

翼龍よくりゅうの群れは町に到達する前に、僕と冒険者Sランクのアルディート、それからギルド長ベルデさんの三人で殲滅せんめつします!みなさんは念のため、他の八十六名を連れ、九日目の夜ユヌ村へ避難ひなんしてください。」

「いや、Sランク超えが二人居るとしてもだ!翼龍よくりゅうの群れを相手に三人だけって…」

 それぞれ思うことは同じか。懐抱の効果も及ばず、不安と焦りが広がる。

「予言…ってほどじゃ無いんだけど、勝つのは確信してるから安心して。だいたいそうでもなきゃ、寿命をばせるなんて言わないよ。期待させて裏切るだけでしょ?」

 町長も居るから敬語でと思って序盤は意識していたものの、エトバスへ受け答えているうち気付けばいつもの口調くちょうに戻ってしまっていた。が、こちらの思いを伝えるのに、いちいち言葉を選んでもいられない。

「あとは、みんなが僕を信じて従うのかいなか。まぁ…、従わせるためなら救世主権限で命令するし、それでもこばむって言うのなら、力づくでいかせてもらう。全員救うと決めた以上、一人だって死なせるわけにはいかないからね。」

 しばしの沈黙。それまでずっとうつむいていたルクラさんが、町長に耳打ちされて立ち上がり団員へと向き直る。

「これはアンタ達の魂を預かるあたしからの命令だ!以降、翼龍よくりゅう襲撃の日を過ぎるまで、カルムの指示に従い行動すること!逆らう者はあたしが殺す‼︎」

 言っていることはハチャメチャだけど、泣きそうな声で彼女の必死さは伝わった。

 みな一斉いっせいに立ち上がり、了解しました!と敬礼けいれいで返す。


 改めて、救世主が救うのは“終末の物語エンディング“の書き換えを希望する者だけでは無いんだってことが、よくわかった。

 十二人分の覚悟をかかえ、団長としての責務せきむたしてきたルクラさんの心も、この件の完遂かんすいをもっていやさねばならない。

「じゃ、早速さっそく始めようか。…と、その前に一つだけ。僕が救世主で、ましてや寿命まで操作する力を持つなんてことは、なるべく口外こうがいしないで欲しい。理由は察してくれるよね。」

 皆一様みないちよううなずいた。この町のトップも居る中でわした約束を、たがえる者は居ないだろう。

 何より、こういうことにはルクラさんが厳しそうだもんな…

「えっと…誰からやるのか、順番はそっちで決めてもらえる?あと、できれば一人ずつ別室でお願いしたいんだけど。」

「向かいの応接室を使っとくれ。順番は…エトバス、まずはアンタだ。」

「え?…あぁ、わかった。」

 ルクラさんに指示され眉をひそめるも、仕方ないといった顔で了承する。そんなエトバスとアルを連れ、応接室へと場所を移した。




 向かい合うソファーに腰掛け、エトバスは頭を抱え深く溜め息をく。

「はぁ…。まさかここにきて、じょうを優先するとは思わなかった。」

「ん?どういうこと?」

 僕へ向けテーブルに呼び出した“命譜めいふの書“。その“終末の物語エンディング“のページを確認しながら、言葉の意味を問う。

 顔を上げると苦笑して、左手首に着けていた銀製のバングルをテーブルに置いた。

 裏面には文字が刻まれている。エトバスの名に続いて何か意味のありげな記号、更にその後ろには『ルクラ』。

 もしかしてこれは…

「なんだ、あんたら付き合ってんのか。」

 あれこれと考えるまでも無く、あっさりとアルが言った。

 なるほど、それでじょうを優先…ね。

 エトバスは立場上、書き換えの順番は自分よりも若い者からと考えていたのだろう。けれどルクラさんにしてみれば、エトバスは副団長であるより前に最愛の恋人。全員救うことに変わりは無くとも、優先したくなるのは当然である。

「俺が早く死ぬのは入団の時点で伝えていたんだ。けど、あいつはそれでも構わないから最期さいごの日までは恋人で居させて欲しい、と…。そうは言っても、さっさと死んじまう男がしばり付けるような真似まねできないだろう?結局俺は、ただここに居ることしかできなかったのに、これを渡してくれてね…。まったく、俺の何が良かったんだか。」

 羊人族ようじんぞく風習ふうしゅうはよく知らないが、婚約指輪みたいなものなのだろう。

 再びそれを左手首にはめる顔はこの上なく幸せそうだ。

「…おや?カルムくん。嫉妬しっとしたかい?」

「そんなわけないだろ。」

 即答を受け、喉を鳴らし笑った。

 女性経験の無い僕の前で堂々惚気のろけるとは、いい度胸どきょうだよ。

 昨日僕らと会って早々そうそう、ルクラさんがエトバスをるだのなぐるだのしていたのも、僕にせまる彼を見て嫉妬しっとしたからと考えれば合点がてんがいく。

 いや、いくのか?たとえ嫉妬しっとからだとしても、僕だったら恋人にこぶしで語られるのなんてごめんだ。

 でも彼らには、そういうところも含めて受け入れ愛せる何かが、お互いにあるってことなんだろう。

 何と言うか、恋愛って難しい。


 気を取り直し、エトバスの“終末の物語エンディング“を改めて確認する。

 その全文は短く、こうつづられていた。



『エトバスはその日も、愛する者と共に仕事にはげむ。

 変わらぬ日常。町も畑も平和そのもので。

 美しく広がる景色は、彼の心をおだやかに満たした。

 突如とつじょ、空を切り裂いて黒きわざわいが襲来しゅうらいする。

 その力はあまりに強大きょうだいで、あらがすべは何一つ無い。

 刹那せつな、手足はことごとく失われ…

 耐えがたい痛みに苦悶くもんしながら、

 血塗ちぬれた恋人にいだかれ、生を終えた。


 三十二歳を迎える年

 七月三日

 十時四分』



 教会では対象者の死亡日時にばかり注目して、記録された物語の内容までは見ていなかったけど。エトバスの物語を読めば恋人が居ることも、それが一緒に働いている人物だってことも一目瞭然いちもくりょうぜん

 後半はなかなかにヘビーな内容ではあるものの、どうせ無効になるものと思ってみ見れば“終末の物語エンディング“すら完全な惚気のろけ

 当てられて溜め息をきつつ指先でなぞった文字は、淡い光を帯びて浮き上がり、書き換えを待って揺れ動き始めた。

「でも良かったね。これが済めば、二人の将来を考えることもできる。」

「将来か。くくっ…それもそれで気が重いな。」

「嬉しそうな顔してよく言うよ。で、どうする?最長で七十八年。老衰ろうすいってことになるけど。」

「あぁ、それで頼むよ。もう、あいつより先にくってわけにはいかないからね。」

「了解。」

 この部屋で向かい合って以降のエトバスが、あまりにも純粋で可愛らしく思えて、つい笑ってしまった。一生をげる覚悟もあるようで何よりだ。


 脳内に浮かび上がるイメージの中で、先程確認した内容への書き換えをこころみる。言葉を選択し並び替え、順調に最期さいごへと導く物語をつむいでいく。

 が、いざ後半の死因に関わる部分に差し掛かったところで、何故なぜか文字はかすれ、書けなくなってしまった。

 魔力MP不足?いや、そんなことは無いはずだ。フィーユの時と大差ない文字数でまとめようとしているし、延長する年数だってエトバスの方が数年短い。インクMPが足りなくなるなど、まず有り得ない。

 ひょっとして、まだ制限が解除されていない…?

「ねぇ、エトバス。避難ひなんするようにっていう僕の指示に従わず、一緒に戦おうなんて……いくら何でも思ってないよね?」

 目を細めすごむように問えば、まさに図星。決まりの悪い顔で視線を泳がせる。

「っ…。い、いやぁ、カルム君が心配でね。少しでも力になれればと思ったんだよ。それに…」

 あー…はいはい。恋人を町に残したまま自分だけ避難ひなんできないって、そういうわけね!分かりやすくモジモジと…。

 どこまでも惚気のろけが過ぎて、僕のメンタルが削られていく気がしてならない。

「はぁ…。ルクラさんも連れてっていいから、大人しく!避難ひなんして!じゃないと、制限がかかって進められない!」

「ぁはは……、すまない。」

 不機嫌ふきげんに言う僕の横で、この気持ちを知ってか知らずかアルは笑っている。

 いや、別に取り乱しているわけでも無いのに、こっそり触れて懐抱かいほうを使ってくるあたり察しているな。精神の健康を保ってくれるのは有り難いが、しりから癒されているこの現状を思うと複雑な気分だ。

「ったく…。続けるよ。」

 かすれた部分から再び物語をつむいでいく。

 そこからは実に順調。なめらかにペンは進み、終盤しゅうばんごっそり僕の魔力MPを消費して“終末の物語エンディング“の書き換えは完了した。



「お疲れ、一人目完了だな。」

 のし掛かる倦怠感けんたいかんうめく僕の背中をねぎらうようにさすりながら、すかさず生環せいかんスキルで魔力MPを回復してくれる。

 魔力MPが満たされていく感覚は柔らかな毛布に包まれているかのように心地ここち良く、ソファーの背凭せもたれに寄り掛かりうっとりと息をいた。

 エトバスは書を手に取り、じっくりと“終末の物語エンディング“を確かめ感嘆かんたんの息をらす。

「すごいな。本当に丸ごと書き換わってる……」

 何のひねりもないおだやかで安らかな最期さいごえがいたわけだが、そんな内容にも満足してもらえたようで。じわり瞳を潤ませ笑う姿が、鮮明に僕の心に刻まれる。

 己の手柄てがらと酔うつもりは無いけれど、この満たされる感覚あってこそ。僕は救世主という役目を続けていけそうな気がした。


「ありがとう。心から感謝するよ。今ぐにでも恩返ししたいところだが、カルム君に喜んでもらえそうな気のいたことが思いつかなくてね。」

「いいよ別に、何か貰おうと思ってやったわけじゃ無いし。」

「そうは言っても命を救ってもらったんだ。礼の言葉一つ言ったくらいでは、おじさんの気がおさまらない。そうだな…、差し当たってここに居る間は何時でもおじさんのベッドを貸そう。」

「あはは、こんな頑張ってるんだし、数日滞在する部屋くらい町長さんが用意してくれるでしょ。」

「いや。カルム君はこの後、他の連中の“終末の物語エンディング“も書き換えるのだろう?ならば今夜も酒盛りだ。おじさんがかくまった方がいいんじゃないのかい?」

 そう言って、少々意地悪に口角を上げる。

 翼龍よくりゅう殲滅せんめつげるまでは終わらない仕事ながら、それを言って断っても『僕とアルをねぎらうため』としょううたげは開かれるのだろう。アルは嬉々ききとして誘いに乗るに違いないし、好意でせまられれば僕も断り切れない。

 サービス精神旺盛な女性に囲まれるのは僕だって嫌いじゃないから、その点のみ取ってみればちゃんとご褒美ほうびなのだけど…。昨夜のような地獄を味わうのはもうごめんだ。

「逃げられそうに無かったら、早々そうそうに回収よろしく。」

「くっくっくっ、了解したよ。はなから拒否しないあたりカルム君らしい。酔いましの薬も準備しておくからね。」

「ぅえぇ。薬が必要になる前に助けてよ…」

 かなり切実な僕の訴えとは裏腹に、二人は能天気のうてんきに声を上げ笑った。


 和やかな談笑だんしょう程々ほどほどに、膝を打って身を引き締める。

「さてと。他のみんなも待っている事だし、この後ランチを予約してるんだ。さっさと済ませないとね。」

 削られた魔力はアルに満たされ、以降の動きに影響が出る程消耗している感じも無い。これならば、続け様にでも問題は無さそうだ。

「無理をさせてしまって申し訳ないが、引き続きよろしく頼むよ。必要なものがあれば遠慮なく言ってくれ、ぐに調達して来よう。」

「あ、それなら。全員済んだ後でいいから、団員の中で回復魔法が得意な人を寄越よこしてもらえるかな。」

 午後は教会でも書き換えを行うつもりだが、それより前に休憩を兼ね昼食をはさむ。その間、僕の魔法でアルの生力HPを一気に回復すれば済む話なのだけど…。

 “終末の物語エンディング“の書き換えにいてステータス上の消耗は無くとも、他人ひとの終末をつづる言葉のパズルはなかなかに頭を使うし、それなりに疲労もある。正直、僕だって休息を取りたい。

「回復魔法?得意と言うなら、リッドがケアを使えるはずだが…」

「ケアを!?…すごいな。是非協力して欲しいと伝えておいて。」

「あぁ、わかったよ。それじゃあ、また後でね。」

 次の対象者と交代するため、エトバスは部屋を出て行った。


 それにしても、ケアを使える者が居るとは予想外だ。教会で自由に使っていいと言われたケアを込めた魔籠石も、町外から仕入れたものと思っていたのに。自警団で補充できるのだから、易々やすやすと提供するはずである。

 普通の人間なら生力を完全に満たすのもヒールで事足ことたりる。それゆえ、ヒールよりも効果の高いケアを使える者は一般には極僅ごくわずかだと言う。

 僕も一応習得可能ではあるものの教えをう相手がらず、しばらくは未習得のままと思っていた。だが、ここでリッドに教えてもらえば、他所よそを探す手間も無い。

「そうだ。町の人達の書き換えの時、リッドに回復を担当してもらうってどうだろう?一日何人って区切らずに、なるべく詰めてやりたいからさ。」

「まぁ、ケアが使えるなら効率はいいだろうな。使った分の魔力MPを俺が補えば負担も無いし。」

 問題はそこだ。回復魔法を使ってもらうだけならまだしも、魔力MP譲渡じょうとまでリッド相手にやるとなるとアルの能力バレが心配になる。

「アルが了承してくれるなら…」

「俺は教会の人らより、リッドのが信用できるかな。てかカルム、俺の力がバレないように気を遣ってくれるのは有り難いけど、生環せいかん一つくらい平気だぞ?どうせ歴代勇者も持ってた能力なんだし、魔族側には気付いてる奴も多いって。あんま神経質にしてっとハゲるぞ?」

「え…それはちょっと困る。」

「リッドには後で俺からも頼んでみっか。ま、受けてはくれるだろうけどな。」




 それから、残りの十一人の“終末の物語エンディング“を休み無く書き換え、午前中の僕の仕事は一区切ひとくぎり。魔力MP譲渡じょうとで全回復の上、肩凝かたこりや背中の痛みまでオリビエイトで癒してもらい、魔法では消せない疲労感ひろうかんだけをかかえてソファーの肘掛ひじかけに頭をせた。

「ほぼ全員百十歳前後の老衰ろうすい、一人だけ八十八歳で病死か。本人がそれでいいって言うから、安らかにけるようには書いたけど。…やっぱちょっとシンドいな。」

 寿命を延長できると言っても、その人が進む可能性のある未来から選択し差し替えるだけ。誰もが老衰ろうすい最期さいごを迎えるのでは無く、それ以上はばせない絶対的な寿命もるのだと知り、書き換えの最中さいちゅうにも動揺してしまった。

愚痴ぐちならいくらでも聞いてやるから、あんまめんなよ?」

「うぅ…。僕はもう、アル無しでは救世主を名乗れない。一人では何もできない人間なんだ…っ!」

 弱い自分を叱咤しったしたいくらいなのに、背中をさすって優しくはげまされ、肘掛ひじかけを叩きなげく。

「あ~あぁ。感情移入し過ぎてだいぶ弱ってるだろ。午後からもやるんなら、今日は二、三人くらいにしといた方がいいぞ。そんなだと夢魔にかれやすくなる。あいつらタチ悪いから気をつけねぇと。」

 そんな忠告を受け頭を起こした。

 アルを見れば、思いの外に真面目な顔をしている。  

「夢魔?って…インキュバスとかサキュバスとか言う…」

「知ってんのか?」

「あ、いや、この世界のは知らない。前世でも同じ呼び名の悪魔が居たってだけで。」

 実際には神話の中で登場したり、僕の場合はエロゲで少々お相手していただいてたわけだけど。アルの口振くちぶりからして、あまり良い夢は見させてもらえない感じなのだろうか。

「男のカッコしてるのがインキュバスで、女がサキュバス。前に王都で聞いた話だと、無害な連中は人間の多い街で酒場なんかを開いて暮らしてるらしい。ただ、あちこちに野生のが居てさ。多幸感たこうかんを与える代わりに何もかも吸い尽くすもんだから、ここのギルドでも一件討伐依頼が出てた。」

「え?この町にも居るってこと⁉︎」

「あちこちに居るって言ったろ。討伐依頼が出るくらいだし、ここのはだいぶ悪質なんだろ。それに、光魔法か精神干渉系のスキルを使えなきゃ、魂に取りいた悪魔を剥がすのは難しいから…」

 光魔法に精神干渉系のスキル。光魔法については僕も低位のものは使えるけど、悪魔相手にそれじゃ太刀打ちできそうも無い。でも、アルなら基本属性が光だとギルドでの基礎データ提出時に出ていたし、きっと光の上位魔法だって使える。ならば最悪僕が取りかれた場合、アルに剥がしてもらえば問題は無いだろう。

「…アルが居れば大丈夫!とか思ってるだろ。」

「へ?い、いや、そんなこと。そ、そもそも!僕が気を強く持って、付け入る隙を与えなければ良いんだから。大丈夫、大丈夫。あははは」

 あからさまに動揺する僕の両肩を掴み疑いの目で見てくる。アルには僕がかなり疲弊ひへいして見えたようで、でっかい溜め息をいた。

「光魔法で取りかれた奴ごと攻撃すれば剥がれるってだけで…。カルムの生力HPならギリギリ持つかも知んないけどな、俺の魔法じゃ低位のやつでもダメージはヤバいぞ。あと、効果的なスキルだってまだ習得できて無いから、無傷で剥がすのはまず無理だ。……しばらくは結界張っとくか。」

「ハハハ…。お手数おかけします。」

 何から何まで頼りきり。申し訳なくて頭を下げる。

 しかし、そうか。もし取りかれたら夢魔諸共もろとも攻撃される羽目はめに…。まだそういうダメージを受けた経験が無いだけに、痛み自体は勿論、他にも何か影響があるんじゃないかと思うと恐ろしい。

 アルだって、仲間を攻撃したくは無いだろう。結界を張ってもらったとしても油断しないようにしないとな。要は気の持ちよう!

 両頬を強く抑えて持ち上げ、溜まった感情を押し出すように強く息を吐いた。




 ドアがノックされ、どうぞと返し入ってきたのはエトバスとリッドだ。外に立つ町長の秘書からティーセットが乗ったトレーを受け取ると、すかさずドアを閉める。

 あまり他者たしゃには聞かせたくない話をするものと察してくれているようで有り難い。

 二人を向かいに座らせ、置かれた紅茶をすすった。

 ルクラさんを含めた他の団員と町長は仕事へと戻り、この件の礼は改めて夕食の時に…とのこと。そう言われては流石に断れない。町の長が居る場であれ程までに羽目はめはずすことも無いだろうから、腹をくくって挑むとしよう。


「あの、みんなを助けてくれて感謝っす!オレにできることなら何でもやるんで、遠慮なく命じてくださいっす!」

 瞳を輝かせ、前のめりでリッドが言う。

 だいぶ僕を見る目が変わったな。

 小動物感が増しているように感じて、思わずお茶請ちゃうけに用意されたクッキーをくわえさせた。

「アル、エトバスも居るけど、いい?」

「おや、おじさんが聞いてはマズい話だったかい?」

「いや、いいよ別に。さっきも言ったろ、あんま神経質になるなって。カルムが問題無いと判断したんなら、もう一々いちいち俺の確認取んなくていいから。」

 僕の仕事の様子を全て見ていたせいか、とんでもなく信用されてしまったようだ。急激に信頼関係が築け嬉しい限りだが、ホントのところ自分で判断するのが面倒になっただけな気もする。

「まぁ、アルがこう言ってるし。口止めしたものを二人が他所よそで言いふらすとは思えないから。僕の件とあわせて、このことは口外無用こうがいむようってことで。」

「了解っす!」

「あぁ、俺も。了解した。」

 書き換えで消費した僕の魔力MPを回復する為、十二回の魔力MP譲渡じょうとを行ったアルは自己の生力HPも削り、現状げんじょう四分の一程度まで総エネルギー量が減少している。これを一般の人間に当てめて考えれば、まぁまぁ瀕死ひんしの状態だ。

 生環せいかんスキルの永続えいぞく効果で生力HP魔力MPも自動回復はしているものの、できるだけ早く全回の状態にはしてやりたい。

「とりあえず、リッド。アルの生力HPをケアで回復してもらえるかな。だいたい三十回くらいでいけると思う。」

「さんじゅっ…⁉︎いや、オレ自警団の中でも魔力MPは多い方っすけど、それ使い切っても二十回が限界っすよ。ってか、三十回もケアが必要って、どんなステータスなんすか!」

生力HPだけでも余裕で俺達の二十倍はあるってことか。カルム君はなんて人を護衛ごえいにしてるんだい。」

 相手の了承も得ずにアナライズを使うことは無い為、平均的なステータスを知ることも無かったが、冒険者Aランク相当そうとうの者と比較しても二十倍の生力HP。なるほど、彼らが驚くのは無理も無い。

「まぁまぁ、詳しいことは後で。一先ひとまず回復してやってよ。魔力MP切れの心配はしなくていいよ、足りない分はアルが補うからさ。」

「いや、意味がわかんないんすけど。まぁ、カルムさんの言う通りにはするっすけど…。」

 “命譜めいふの書“を呼び出し、ケアをとなえ始める。

 十回を終えたあたりでアルがリッドの肩に触れ、魔力MP譲渡じょうとを開始した。



 リッドもエトバスも困惑の表情であったが、リアクションは後回しに三十回きっちり唱え―――

「ありがとな♪」

 アルはそう言ってリッドの頭をくしゃくしゃとでる。

 どうやら説明は僕に丸投げか。リッドにもこの後の書き換えでサポートに加わってもらおうって話、俺からも頼んでみるとか言ってなかったっけ?まぁいいけど。

 頭の中は、もうランチのことでいっぱいの様子。手短に済ますか…


「じゃあ、説明するよ。“終末の物語エンディング“の書き換えって、実は魔力MPを消費して行ってるんだ。特に寿命に関する部分を書き換える時には、ほぼ全ての魔力MPを持ってかれる。だから今回みたいに複数人を連続で書き換えるとなると、都度つど回復が必要になるんだけど。魔力MPの回復って、自然回復を待つか回復薬を飲むしか無いだろ?ただ僕の魔力MP量もなかなかでさ…全回復するのに回復薬十本でも足りないんだよ。書き換える度に何十本も飲んでたんじゃ、腹が限界を迎えてそれどころじゃなくなる。」

「あ、だからさっきの…」

「そう。アルは自身のエネルギーを魔力MPとして他者たしゃ譲渡じょうとする特殊スキルを持ってるんだ。今回僕が消費した魔力MPは全て負担してもらったから、戦ってもいないのにアルの生力HP瀕死ひんしの状態にあったのはそうわけ。理解してもらえたかな?」

「あぁ。それに、俺達が感謝すべきはカルム君だけじゃ無いってことも知ったよ。ありがとう、アルディート君。」

 二人が揃って深く頭を下げる。

「いいって。俺は美味い飯と酒がありゃ十分。夕飯期待してるな♪」

「厨房に連絡しておくよ、酒も食材もケチるなってね。」

 外見の好みの問題で、アルに対し完全に僕のついでといった態度をとっていたエトバスだが、どうやら認識を改めたようだ。僕へ向けるのと変わらぬ好意的な顔でアルに返した。


 さて。以上の説明を踏まえ、リッドにはこれから二件協力してもらわねばならない。

 とは言え、リッド自身は直接僕らに恩があるわけでは無い。当然後で報酬ほうしゅうは支払うべきだろう。

 彼が何を望むのかを尋ねた上で、午後以降の書き換えにいて消費したアルの生力HP回復を担当して欲しいというむねと、僕にケアを教えて欲しいというむねを伝えた。

 協力は惜しまないし、報酬ほうしゅうに関しても何も要らないとのことだったが、どうしてもと言う僕の押しに負け考えさせて欲しいとの答えだ。

「あ。この件が終わるまでは、リッドも救世主の一人ってことになるね。」

「えぇ⁉︎なっ、何言ってんすか!オレはただの助っ人っす!お、おお恐れ多くて、なんかもう…吐きそうなんで……やめて欲しいっす。」

 顔色悪く、口元を両手で覆い背を向ける。

 思いのほか、救世主に対しての緊張はほぐれていないようだな。

「ごめんごめん。立場的なものは本当に気にしなくていいから、仲間を助けるんだと思ってよろしく頼むよ。」

「だそうだ、リッド。お前はホント小心者だな。こっちの仕事は心配しなくていい、せっかくだからカルム君に付いてきたえてもらってこい。」

「うえぇぇ……」

 エトバスに肩を叩かれ、涙声でうめいた。

 仕事の他でも一緒に過ごすってのは親交を深めるのに丁度いい。

 ハンバーグステーキでもおごってやるか。

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