【1話完結】新米作家Tのファンタジーな苦悩

松本タケル

新米作家Tのファンタジーな苦悩

 T氏は、ある小説投稿サイトで執筆を始めた新米作家だ。小説のジャンルは明確に定まっていない。短編を中心に様々なジャンルに挑戦しようと考えていた。

 しかし、この 『ジャンル』 がT氏にとって苦悩だった。物語を構成する際に悩むのだ。

(恐怖の要素があるのでホラーと言えるな。しかし、SFの要素でもあるぞ。よく考えると恋愛も含まれている)

 そこで、T氏は 『ジャンル』 について次のようなチャレンジを思い付いた。

―主人公サトルは内側から鍵の掛かった密室で惨殺された

 これを初期設定として、この先の話をジャンルを変えながら作るのだ。


 最初に小説投稿サイトのヘルプを参照してジャンルへの理解を深めることにした。

「異世界ファンタジー・・・ここではない異世界を舞台にしたファンタジー作品」

「現代ファンタジー・・・現実世界に連なる世界観で展開される、超常や異能など非現実的な設定が登場するファンタジー作品」


(うーん、完全に異世界だと 『異世界ファンタジー』 だけど、現代世界に関連したら『現代ファンタジー』かな。ところで 『ファンタジー』 とは何だ?)

 そこで、広辞苑を引いてみた。

「ファンタジー・・・幻想的な小説」

(『幻想的』 の意味が分からないな)

 さらに辞書を引いた。

「幻想的・・・現実から離れた、夢か幻のようなさま。空想の世界を思わせるさま」

(異世界はそもそも現実世界から離れているので 『異世界ファンタジー』 という言葉が「頭痛が痛い」と同じような気がするが)

 そんな屁理屈を考えながらも何となくイメージがいた。


 次に 『恋愛』と『ラブコメ』 に進むことにした。

(この区別は難しそうだぞ)

「恋愛・・・主として女性が主人公、または同性間の恋愛を中心テーマとして描かれた作品が対象のジャンル」

「ラブコメ・・主として男性が主人公の恋愛を中心テーマとして描かれた作品が対象のジャンル」

(主人公が男か女で分かれているのか? そんな分け方だとは知らなかったぞ)

 一般的に 『恋愛』 というと男子が主人公でもよさそうな気がした。

(ラブコメの 『コメ』 は 『コメディー』 。恋愛にコメディー要素がある作品をラブコメと言うと思っていたが)

 「コメディー」を辞書で引いてみると「喜劇」とあった。さらに「喜劇」を辞書で引くと「筋道や登場人物が滑稽で、観客を楽しませ笑いを誘う劇」とある。

 ラブコメは恋愛に含まれるのでは? と思いつつ、次のジャンルに進んだ。


「SF・・・サイエンスフィクションから「すこしふしぎ」まで、空想科学小説のジャンル」

「ホラー・・・心霊、オカルト、デスゲームなど、「恐怖」を主題とした小説作品のジャンル」


(これは、違いが分かるな。しかし、SFをベースにしながら恐怖をあおると、両方にまたぐこともあるな)

 そう思いながら次のジャンルに進んだ。


「現代ドラマ・・・男同士・女同士の友情やお仕事ものなど、現代社会が舞台の小説作品のジャンル」

「ミステリー・・・謎の提示とその解決をテーマとした小説作品のジャンル」

(この2つは主に現実世界を扱う作品だな。ファンタジーやSFとは相いれない関係のようだな)

 空想が好きなT氏は現実離れしたほうに頭が行く。この2つのジャンルは棚上げにすることとした。


 T氏は改めて初期設定を思い出した。

―主人公サトルは内側から鍵の掛かった密室で惨殺された


(ジャンルごと考えてることも出来るが面白くないな。そうだ! 全ジャンルを含んだ展開にしてみよう)

 含むジャンルは6つ。 『異世界ファンタジー』、『異世界ファンタジー』、『恋愛』、『ラブコメ』、『SF』、『ホラー』 だ。創作意欲がき上がってきたT氏はすぐにパソコンに向かって書き始めた。書いては止まり、考え、また書くを繰り返した結果、完成したストーリーは以下だ。


【タイトル】鍵の掛かった密室で惨殺されたサトルの数奇な運命


【1】 ~異世界ファンタジー、恋愛~

 サトルは目を覚ますと粗末なベットの上だった。ベット横の椅子に老人が座っている。

「復活の呪文が効いたようじゃ」

 訳が分からないまま、サトルは城に連れていかれた。

「選ばれし勇者よ。よくぞ転生してくれた」

 立派な装飾の椅子に座った王が満面の笑みで言う。

「はあ。ところで私のオリジナルは死んだのでしょうか」

「そうとも言えるが、そうとも言えない。魔王を倒してくれたら元の体に戻れる。そういう契約じゃ」

(勝手に連れてきておいて一方的だな)

 サトルには甲冑の兵士から一方的に装備が渡された。


―10年

 魔王を倒すまでに掛かった期間だ。想像を絶する修行をした。そして、数えきれない魔獣を斬った。


 剣で魔王の首をはねた瞬間に体中が光に包まれた。

(やっぱり戻るのか)

 残念に思った。この時、サトルは王の娘と結婚しており、子供もいた。妻には何も言っていない。魔王討伐とうばつ後に王様から告げてもらうことにしていた。

 家族と生きて行きたいと強く思ったが、魔王が放つ魔獣で多くの人が犠牲になっている。討伐とうばつをためらうことは出来なかった。


【2】 ~現代ファンタジー、SF~

 サトルは目を覚ました。目の前には懐かしき我が家。

(あれ、部屋にいたはずじゃ?)

 手足を見た。フサフサしている。そして、水たまりを覗いた。

(ね、猫?)

 転生したのは、家の前に捨てたられた仔猫こねこだった。


 その時、遠くからサイレンの音がした。パトカーと救急車だ。

(そっか。オレ、死んでるんだっけ)

 部屋の中にはオレに死体がある。誰かが見つけて通報したのだろう。

(早く猫から抜け出して元の体に戻らないと。遺体は調べられた後に火葬されれてしまう)

 警察は家を隅々まで調べていった。サトルの遺体は担架で運びさ出され、警察署に移動された。

(猫じゃ何もできない)

 空腹を感じたので、近所の家の前で鳴いたらえさをもらうことができた。満腹になったところで、改めて我が家に戻った頃には薄暗くなっていた。両親は警察に行ったのか家は無人だ。


 突然、庭が激しく光った。サトルは忍び足で庭に回った。そこには、銀色で肌に密着したの服を来た筋肉質の男性が立っていた。体が薄っすら発光している。

「こちら時間管理局のエージェントN。時空移転成功」

 エージェントと名乗る男性は腕時計型の通信機に話した。

「ターゲットは死亡。作戦は成功です。これで時空間の平和は保たれました」

(ターゲットって俺が何をしたって言うんだよ)

「ターゲットが明日の晩、欲張ってコロッケを5個食べることで起こる時空間異常を未然に阻止しました」

(何だその理由は。オレが悪いのか?)

 腹が立ったサトルは飛び出しエージェントの腕にみついた。

「何だこの動物は! 痛い、離せ!」

 サトルは腕時計に噛みついてしまった。バチバチ・・・回路がショートして火花が出た。

「装置に異常発生! 特異点が露出します! 至急回収を要請!」

 叫ぶエージェントの頭上に小さな黒い空間が口を開けた。

 サトルは咄嗟とっさに飛び込んだ。


【3】 ~恋愛・ラブコメ~

 体は空中に浮いていた。そこは、警察署の死体安置室だった。自分の本体が冷たいベットに寝かされている。サトルの亡骸なきがらにしがみつき泣きじゃくる女性がいる。当時、付き合っていた彼女だ!

 サトルは急いで自分の体に飛び込んだ。

 目をカッとあけ、突然生き返ったサトルに言葉を失う彼女。

「実は死んでなかったよーん。死んだフリ、フリ!」

 サトルはコメディータッチで言った。

「もー、そんなフリなんてサイテー」

 彼女はぷっと頬っぺたを膨らませて怒ったりをした。


(いつ何が起こるか分からない。善は急げだ)

 そう思ったサトルは真剣な表情でこう言った。

「結婚しよう」

 彼女は驚いたが、サトルの真剣な表情から真意をくみ取った。

「はい」


【4】 ~ホラー、異世界ファンタジー~

 二人はその週末、結婚式を行った。親族と親友数名の小さな式。始まる前、サトルは緊張のため腹痛になりトイレにこもった。 

 20分経ってもサトルが戻らない。心配した親族がスタッフに頼んでトイレを確認しに行ってもらった。


―鍵の掛かったトイレの個室に残っていたのはサトルの下半身だけだった


―上半身との切断面は妖怪に食われたようだった


「これは、怪奇現象に見えますが綿密に練られたトリックです」

 サトルの友人の中に偶然、私立探偵がいた。警察が来る前に調査を終えてホールに戻った友人はこう言った。

「トリックを見破りました。犯人はあなただ!」

 指された外国人の神父はオロオロした。

「お二人には本日、会ったばかりです」

 神父は片言の日本語で無実を訴えた。

「いいえ。犯人はあなたです」


【5】 ~異世界ファンタジー~

―その頃

「おお、よくぞ戻ってくれた勇者よ。実は魔王には子供がおったんじゃ」

 王が言った。その後、新たな討伐の依頼。

(まあ、こちらの妻子と暮らせるならそれも悪くない。現実世界の彼女には申し訳ないが) 


 そして、王がこう付け加えた。

「前回の討伐から100年間も続いた平穏はついに終わりを告げた」

(せめて同じ時代にしてくれよ)

 サトルの苦悩は続く。


――――――

 書き終えた直後、T氏は満足と疲れでベットに倒れこんだ。そして、翌朝に読み直した。

(これ、面白いか? ホラーとコメディの展開が強引過ぎるし・・・・・・)

 時間を開けて読むとあらが見える。昨晩は面白いと思ったが、冷静に読むとそうでもない気がした。

(1つの話でジャンルは多くても2,3個までだな)

 T氏の結論だ。

(気合入れて書いたので、アップはしよう)

 T氏は小説投稿サイトにアップする準備を始めた。


(了)


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