第14話 俺、子供ができたらスケボーやらせると思っても、そもそも結婚していない男。

 ラララと空を漂うのは甘美なる天使の歌声。


「なんて美しい……」


 すっかり魅了されたヒビキさまは時と場所を忘れ、目を閉じて歌声を堪能しようとする。


 しかし俺にはなにひとつ効果が無い。

 なぜかというと、聞こえてくる歌声は綺麗なんだけど、歌詞がしょうもないからだ。


 ららら、欲しい、欲しいの。

 赤い食べ物が欲しいの。好きだから。酸味があるから。

 緑の食べ物は嫌よ。嫌いだから。苦々しいから。


 でも何より好きなのはお金よ。

 お金をどれくらい持っているかで人の価値は決まるのよ。

 だから、おかね、お金が欲しいのよ。


「ひでえ歌だな!」


 つい叫んでしまう。

 こんな歌いくら積まれても歌いたくない。

 もし1億もらって引き受ける歌手がいたら俺はそいつを軽蔑する……。


「ヒビキさま、こんな歌に聴き惚れちゃダメですよ!」


 とろんとした顔の女王の背中を叩くが、


「ああ、ムサシ、私はもういいのです。一生この歌を聴きながら暮らしていきます……」


「こんなところで、あんな歌を?」


「何を言うのです。あのような甘美なる歌声、今まで聞いたことがありません……」


 突然立ち上がって両手を掲げるヒビキさま。


「8000万の天使が約束の時を迎えて天にラッパを吹き鳴らし、祝福の光が私たちを包もうとしている……」


「なんすかそれ……」


 どうやらこの歌は、ヒビキさまや山賊には違う意味に聞こえるらしい。


 となると、ここは俺の想造スキルの出番かもしれない。


「いいですか、セイレーンの歌声に騙されちゃだめです」


「セイレーン? それはなに?」


「半分が人間で、半分が鳥だったり、魚だったり、ゲームだと魔法使い的な職業だったり解釈は色々ありますけど、歌声で人を操ったりもします」


 そして俺はヒビキさまの頬をペタペタ叩く。


「いいですか、俺が数をカウントします。さん、にい、いちで魔法が解けますからね。俺の指をじっと見てください、いいですね」


 テレビでたまに見る催眠術の人が催眠を解くときにやる動きをただまねるだけ。

 根拠いっさいなし。


 しかし、俺にはできる。今の俺ならできるのだ。


「さん、にい、いち! はい、解けた!」


 指をパチッと鳴らして、体を激しく揺らすと


「はっ、私はいったい!」


 ほら、元に戻った。


「あの変な歌に魂抜かれていたんですよ」

「な、なんと恐ろしい。助かりました。感謝します」

  

 安堵するヒビキさまだったが、一部始終を見ていたかに歌が変わった。


 らららー、気づきやがったか、くそ野郎ども~

 あのおっさん、絶対ぶっ殺す案件~

 隣の女は見た目、可愛いけど、体は幼児体型~


「な、なんて無礼なっ!」


 ほんとの歌詞を聴き取れたのはよかったが、いきなりディスられたのでヒビキさまの顔は真っ赤に染まる。


「八つ裂きにしてくれる!」


 普段から気にしていることだったのか、いきなり刀を抜いて、歌声が聞こえる塔に猛進していく。


「あ、ちょっと待ってくださいよ!」


 慌てて追いかけるが、足の速さでは勝てない。

 それに俺はあることに気づいて足を止めてしまった。


 崩れていたはずの塔が、少しずつ復元しているような……。


「あれ、あれあれ?」


 いや、確かにそうだ。


 遠目からこの廃墟を見たとき。

 倒れている山賊を解放していたとき。

 そして変な歌に悩まされていたとき。


 このわずかな時間で、折れていたはずの塔の背丈が高くなっている。


 何かがおかしい。妙なことが起きているぞ。


「ヒビキさま! 気をつけて!」


 俺が叫んだとき、全力疾走していたヒビキさまの真横に落ちていたガレキが突然浮き上がった。


「きゃっ!?」


 突然のことに対応できず、ヒビキさまは激しく転ぶ。


 浮上したガレキは塔の真上に飛ぶ。

 そして大岩のようにごつごつしたガレキが、まるでスライムみたいにぐにゃぐにゃと形を変え、最終的に塔の一部に変ぼうした。


 どうやらそこら中に落ちているガレキを吸収することで、塔は元の姿を取り戻そうとしているようだ。 


 このやり方で塔を復元していけば、それこそバベルの塔のようにどこまでも無限に高くなる建築物を作れるかもしれないが、そんなことして意味あるの?


 とにかく俺はヒビキさまに追いついた。

 転んだことで肘から血を流すヒビキさまだったが、そんなことはお構いなしに塔をじっと見つめる。


「あの中にセイレーンなるものがいるのですね……」


「いや、どうなんでしょう……」


 確かにセイレーンという言葉を発したのは俺だが。

 さっきの山賊は薄れゆく意識の中で、シスターを止めてくれと懇願していた。


 果たして中にいる女はいったい誰だろう。


「行って、確かめるしかないですね……」


 渋々呟く俺にヒビキさまは力強く頷いた。


「やっとその気になってくれましたね、ムサシ」


 その言葉に俺は笑うしかなかった。

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小説家戦記 - 最弱の国に転移しちゃったが、ここは小説家らしくチートスキル「想造」で最強を作る! はやしはかせ @hayashihakase

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