第13話 太陽が泣いている、そんなダサい文章しか書けない男

 ヒビキさまはバルディア国で一番偉い人だ。そこは間違いない。

 しかし事実上、バルディアの実権は年老いた大臣達の手にある。


 ヒビキさまは大臣連合が決めたことに対して許可を出すだけの立場であり、あとは民に手を振ったり、外国から招いた客人をもてなすだけ。


 それがとてつもなく不満なのが今のヒビキさまのお気持ちである。


 大臣連合が英雄ヨシツネ並に優秀であれば、ヒビキさまも納得して、お飾りの立場を受け入れるとは仰っている。

 

 しかし大臣連合は保身と金にしか興味がなく、緩やかにバルディアを弱らせているだけだと主張するヒビキさまは国の行く末を思うと不安でならない。


 政治の主導権を握りたいと考えた女王は、古代から伝わる秘術を用いて、英雄ヨシツネの故郷である日本から再び武士を召喚した。


 ま、それが俺なんだけど……。


 とにかくヒビキさまは人材を求めている。


 しかも、俺のような、バルディアの伝統と歴史に染まっていない新参者を求めてらっしゃる。

 ヒビキさまを守る騎士達も大臣連合が選んだ連中だから、いざとなると絶対大臣連合につくからだろう。


 実際、俺はバルディアの法に縛られていない、いわば異物であり、自由な存在だ。

 ていうか、今のところ完全にヒビキさまの道具だ。


 俺を縛り付ける法がバルディアには存在していないから大臣連合は俺を持て余し、逆にヒビキさまは俺を私物化して、政治に介入する。


 そのことに大臣達は気づいているし、良く思っていない。

 

 ヒビキさまの企みは今のところ上手くいっているように思えるし、だからこそ最近の彼女の機嫌はすこぶる良い。


 とはいえ、とはいえだ。


 女王のお気持ちはわかったが、俺だってそれなりに年を重ねて、分別もついてきたと思っている。


 女王さま、お任せください。お望み通り大臣達を火あぶりにしましょうなんて気持ちにはなれない。 


 なにしろ、ここに来たばかりだ。

 大臣連合が本当にねじ曲がった連中なのかどうか俺自身が判断できない。

 ヒビキさまの言うことだけを聞いて、ヤツらが癌だと信じる気にもなれない。

 

 まあ、大臣の皆様方が、俺のことを異様に嫌っているというのは日頃の態度でよくわかったけどね。


 この際だから俺ははっきり言った。


「ヒビキさまの命令に納得できなかったら、嫌だって言いますからね」


 するとヒビキさまは逆に喜んだ。


「それはとても良いことです。むしろこちらからお願いしたいくらい。諫言は人を強くしますから」


 真面目な人だなあ。

 自ら山賊に会いに行くのも立派と言えば立派だし……。


 さて、目的地であるナジェルの要塞が少しずつ見えてきた。

 視界に入ってきたのは折れた巨大な塔だ。

 

 かつては大きな四つの塔から大量に降り注ぐ魔法の矢が侵入者を苦しめたらしい。

 しかし今や四つの塔すべてが原形をとどめず、ガレキが積み重なっただけの廃墟になっている。


 戦闘は避けつつ、山賊の頭と話しあいたいヒビキさまはあれこれ思案した。


 正面から出向き、正々堂々と「会いたい」と訴える作戦。

 これは俺が却下した。

 この前、彼らをグッスリ眠らせたことで恨みを買っているかもしれず、門前払いを喰らって、戦闘になったら嫌だからだ。


 ならば裏口からこっそり内部に侵入する。

 これも却下した。

 廃墟と化した要塞のどこに賊の頭がいるのかわからないし、誰かに見つかったらその時点でバトルになってしまう。っていうか、この廃墟のどこが正門で、どこが裏口なのか、それすらわからないじゃないのよ。


「ムサシ……」


 ヒビキさまはとうとう気づいた。


「あなた、さっさと帰りたいと思っていませんか?」


「だって怖いし……」


「そもそも、あなたが便利な石版を持ってこないから……」


 確かに俺のノートパソコンは想造スキルで見るものを眠らせる便利なアイテムにもなるが……、


「バッテリーが切れて動かないんですよ」


「……バッテリーとは?」


 ああ、知らなくて当然だよな。


「血液みたいなもんです。時々補充しないと動かなくなります」


「血を補充する……?」


 真顔で口をあんぐり開けるヒビキさまを見ると、からかいたくなる。


「日本では罪を犯した者に対する罰として、体の一部を切り、そこから採取した大量の血液をバッテリーに使用するという、バッテラの刑というのがあります」


 まあと両手で口を塞ぐ女王。


「わかりました。あなたは血を流したくないから石版を寝かせたままにしていると。優しいのですね」


「え、ええ、まあ、そうなんです」


 思わぬところで好感度が上がったが、結局無策のまま、要塞近くまでやって来てしまった。


「あれは……?」


 門番の男ふたりが、地面に倒れているじゃないか。

 意識はあるようだが、すっかり弱って、体を震わせている。


「ありゃりゃ、まさか熱中症か?」


 マイナスイオンに包まれてずっと心地よかったアデナシオン山と比べると、ここはとても暑い。

 とはいえ日本の蒸し風呂みたいな暑さに比べたらここもどうってことないが、よく見れば隣のヒビキさまも結構汗をかいている。


 目の前の男は山賊だが、今は忘れることにしよう。


「大丈夫か?」


 近づいて声をかけると、山賊は虚ろな目で俺を見た。

 モジャモジャのひげに鍛え抜かれた体の男が、魂が抜けたようになっている。


「ちからが……」


「ちから?」


「力が吸われる……」


「ん、どういうことだ?」


 すると男は最後の力を振り絞るように俺の腕をつかんだ。


「たのむ、シスターを止めてくれ……」


「しすたあ?」


 詳しい説明はもう聞けなかった。

 男は両目を閉じ、気を失う。


 もう一人の男も同じ。


 呼吸が弱いので俺は慌てた。


「おい、おっさん、しっかりしろ!」


 目を覚ませとビンタする俺だが、ヒビキさまが止める。


「ムサシ、様子が変です」


 あっちを見なさいと指さす方向に、廃墟の中で唯一それなりに原形をとどめている塔がある。


 高いところから、歌声が聞こえてきた。

 まるでオペラのように、崇高な女性の歌声だった。

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