第12話 希望は悲しい時の最上の音楽

 アデナシオン山に潜む賊を自国に取り込もうと企むヒビキ女王。


 かつてエリザベス女王1世は無敵艦隊を打ち破るために海賊を抱き込んだと言われているが、同じことをしようって?


「いやー、それは難しいですよ。ヒビキさまは良くっても他の人らが嫌がります。昨日までさんざんイジメてた奴が、今日になって急に仲良くしようぜって肩を組んできても、ウソつけ、信用できんって話です」


「それはわかっていますが、私は賊が芯まで悪に染まっているとは思えないのです」


「……その根拠はなんです?」

 俺は若干、呆れている。

 一国を統べる女王なら、性善説はあまり訴えないほうがいいと思うのだが。


「多くの民が賊に襲われ、奪われましたが、賊は一定のラインを超える狼藉は行っていないのです。つまり、命、女性、子供には一切手を付けていません。そこに彼らなりの美学のようなものを感じるのです」


「いやいや、何にせよ奪ってはいるんだから、悪い奴らですよ」


 ヤンキーが更生してまともに働くと、もの凄く立派に見えるとか、異常な美談に扱われることがあるが、俺はそういうのを「けっ」てな感じで見るタイプである。


「わかっています。わかっていますよ、ムサシ」


 落ち着いてくださいと俺をなだめる女王。


「とにかく私は見定めたいのです。彼らに改善の余地があるか。この国の戦士として努めを果たせるかどうか」


「その言い方……」

 嫌な予感がする。


「そうです。行って確かめるのです。貴方と私で」


「またですか……」

 まあ、仕事くれと言ったのは俺だけども……。 

 在宅ワークがいいのにと言っても通じないだろうさ。


「いいですかムサシ。もし賊が心まで悪に染まっていたら、残念ですが、然るべき処置をします」


「さらっと恐ろしいこと言いましたね」


「では賊の居場所ですが……」


「もう俺が行くのは決定事項なんですね……」


 そして都合の悪いことはサラッと全無視する恐るべしスルースキルの持ち主は相変わらず強引に話を勧めるのだった。


「いまやアデナシオンは水龍のせいで水浸しです。しかも現在進行形であちこちから矢のように水が降り注いでいます。息をするのも難しいくらいの大量の水が荒れ狂う地に留まり続けるのは困難でしょう。おそらく……」


 地図を広げ、アデナシオン山から少し離れた場所をとんとんと叩く。


「ナジェルの砦です。ヨシツネに仕えたナジェルという男が作った難攻不落の要塞だと言われていますが、今はただの廃墟。賊が潜むにはうってつけの場所です。おそらく賊はここに流れたに違いありません」


「そんなところ……」


 絶対バトルが待っている。

 どんなゲームでも廃墟はダンジョン扱いだ。

 

「そこに良いアイテムでも置いてあればいいんですけどねえ」


 パソコンがずっと動く凄まじいバッテリーとか……。


「何百年も放置されたままです。ナジェルゆかりの財宝があったとしても、とっくに奪われているでしょう。さて」


 ヒビキさまが手をパンと叩くと、3人のメイドさんがいそいそと中に入ってきた。

 その着ている服と髪型、そして体型を見てすぐわかった。

 

 彼女たちがヒビキさまの替え玉なのだ。

 

 皆ヒビキさまに負けないくらい美しい。


 しかし替え玉として成立するかと言われるとクエスチョンマークが浮かぶ。

 スタイルは同じでも、顔は似ているかと言われたらちょっと違う。


 ヒビキさまみたいな花のある女性はどこを探してもいないだろう。

 背番号7とか10が似合う女性だ。


 これじゃすぐばれると俺は疑ったが、そんな勘ぐりはすぐに解消された。


「今日はアナの番ですね。よろしくお願いします」


 ヒビキさまは優しく声をかけながら、アナという女性にヴェールをかけた。


 どうやら普段の女王は会議の時以外はヴェールをかぶってあまり顔を見られないようにするというのが、バルディアのしきたりらしい。


 バルディアでは置物も同じで、政略結婚用の道具でしかないというヒビキさまの不満がこういうところから伝わってくる。


「みな聞いてください。今度の任務は今までと違い、とても危険です」


 まあ、と脅えだす3人のメイドさん。


「ムサシが共に戦ってくれますが、それでも何があるかわかりません。もし三日経っても帰ってこなければ、星のプランを実行するように」


「ヒビキさま……っ!」


 星のプランがどんなものか知らないが、メイドさんは涙を流すほど動揺し、行かないで下さいと女王にすがる。


 しかしヒビキさまはメイドさんの涙を指で拭いながら微笑む。


「皆、留守を頼みますよ」


 こうして俺たちはまた城を飛び出た。


 水がジャバジャバ降ってくる地帯や、歓喜する民の目につかないよう、ひっそりと門をくぐっていく。


 女王のローブから冒険者の格好になるとヒビキさまはそれだけで嬉しくなるのか、足が弾んでいる。


 ポニーテールを揺らしながら軽やかに歩く女王に俺は問いただす。


「あの、星のプランってのは何です……?」


「ああ、あれは……」


「まさか、全員服毒自殺するとか、そんな恐ろしいことしませんよね……」


 メイドさんが泣きわめく姿を間近で見ていたので、嫌な予感しかない。

 しかし女王は首を振る。


「そんな愚かなことしません。命は何より重んじるべきものです」


「ならいいんですが」


「私が三日帰ってこなければ、城に隠しておいた爆薬に火をつけ、城ごとぶっ壊す。それだけです」


「いや、それもダメですって! ってかどこが星なのよ!」


 叫ぶ俺を見てヒビキさまはニコニコ笑う。


「あなたはからかいがいのある人ですね。さあ、行きましょう」


「ええ? 嘘ついたんですか?! ったくまあ……」


 駆けていく女王を俺はイライラしながら追いかけた。

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