第11話 小説を書こうと思っていたのに気づいたらソリティアしちゃう男

 アデナシオン山から飛び立ち、バルディア国に降り立った水龍の数は現在、百匹。

 想造スキルを利用した俺は、あと五十匹はやって来ると後付け設定をしたので、あの日から三日経過しても、バルディア国は龍の水に打たれ続けている。


 日本じゃ三日続く雨なんて冗談じゃないが、バルディアの民は別。

 三日間お祭り騒ぎである。


 雨に打たれながら喜ぶ民。

 古い舞を踊ったり、肩を組んで歌ったり、熱狂は冷めることはない。


 そんな中、俺は自分の屋敷で暇を潰していた。

  

 え、パソコンを手に入れたんだから、小説を書けって?

 俺もそうしたいんだけど、とても難しい問題に直面していたのだよ。


「バッテリーが……」


 当たり前と言えば当たり前なんだけど、この世界には電気がない。

 だから充電できない。

 飛ばねえ豚はただの豚だが、動かないパソコンはもうパソコンですらない。

 置物だ。


「このままでは……」


 どうしようと思っていた矢先、女中のフスカおばちゃんがやって来た。


「ムサシさん。そろそろ時間です。城に行って下さいな」


「あ、もうそんな時間ですか」


 椅子から立ち上がり、背伸びする。


「ムサシさん、家にずっといるなら脱いだ服くらいは畳んどいて下さいよ。それからゴミはきちんと分けていただかないと」


「あ、すいませんすいません」


 フスカさんも最初は勇者の俺に対して丁寧だったが、俺の化けの皮が剥がれてくると、段々遠慮がなくなって、下宿先の大家さんみたいになってきた。


 逃げるように城に向かう。

 ここ数日、俺は城で勉強させられていた。


 ジャンルはバルディアの歴史と地理。

 教えるのは暇を持て余したヒビキさま。


「では復唱して下さい。349から皆殺し。350も皆殺し、351まで皆殺し、はい! 試験に出ますよ!」


「さんよんきゅうからみなごろし、さんごうぜろも……」


 バルディアでは有名な語呂合わせを無理矢理言わされる。

 歴史は好きなジャンルの教科だが、バルディアの歴史をずっと学んでいると目まいがしてくる。


「この国はずっと殺し合ってますね」


「仕方がありません。ヨシツネさまがいなくなったあとのバルディアの歴史は血に染まっていますから。では352年。オコタグ国王が革命宣言をして、議会が紛糾します。これはロクテンモアの怒りと呼ばれており、ドッペラーとダダイスキが死亡するという悲劇が……」


「ええっ?!」


 怒濤の展開に俺は分厚すぎる歴史書を見返す。

 異世界転移ボーナスなのか、日本人の俺でもバルディアの文字は読めるし、きっちり書ける。


「ドッペラー死んだんですか? こいつのことは覚えておけって言うわりにあっという間に死んじゃったじゃないですか」


「ああ、それはドッペラーの兄の大ドッペラーです。死んだのはドッペラーの弟の中ドッペラー」


「小ドッペラーもいるのか……」


「続けますよ。ドッペラーの死によって島流しにされていた、オゴデンボクリアダックバーデス伯爵が再び権力を握り議会を荒らします。これをオゴデンボクリアダックバーデスの変と呼びます。これも覚えておきなさい」


「うわあ、オゴデン何とか殺してえ」


 長すぎる名前に苦しめられ、テストの成績に涙を流した子供たちが大勢いるだろう……。


「この変のあと、失われし聖剣を巡ってブリュダスキにまつわる三つの聖戦が、ドーユクシラットの門下生の怒りをみちびき、フルドバーナのカングリゴンの封印はサッシオーロを解き放ち、気づいたときにはもうアグリュッセルの哀しみは頂点に達していました……。ザッタバッタの大いなる三日間のはじまりです」


「あの、ヒビキさま、ちょっといいですか」


 耐えられなくなった俺はヒビキさまに訴えた。


「なんです? これからがいいところなのです。ロンハウストがいよいよ天の門を開けるところまで来たのに」


「なんか仕事下さい。ずっと勉強していると体がなまるので……」


 今すぐにでもここを抜け出したい。

 

「この地に馴染むことも大切なのですが、貴方がそう言ってくれるのなら……」


 ヒビキさまはテキストを閉じ、外の景色を見る。


 相変わらず龍の水は城下に降り注ぎ、祭りは終わる気配を見せない。

 歓喜する民を見つめるヒビキさまの顔は幸せそうだ。


「あなたのおかげでバルディアは救われました。水はすべてのはじまり。水不足を解消したことで、内政、外交、すべての面で前を向けます」


「そりゃ良かった」


「水の龍が城の地下にすべて降り立てば、この歓喜の時も終わるでしょう。勝負はそこからです。手に入れたこの貴重な資源を無駄にするわけにはいきません。私はその事をずっと考えていました。バルディアが水に包まれたとき、何が起こるのかを」


「真面目ですねえ」


 真面目とは褒め言葉だと思うのだけど、真面目と言われると嫌がる人が多いのはなぜだろう。

 実際、ヒビキさまは若干ふてくされた顔をした。


「私はこの地の女王です。当然のことです」


「わかってますわかってます。続きをどうぞ」


「おそらく、多くの人間が水を求めてこの地にやって来るでしょう。大臣たちは水を管理するよう求めるはずです。この貴重な財産を他国の者には売りさばき、自国の民が多くを取り過ぎないよう一日の使用量に制限をかけろと……」


「で、身分の高い大臣さまには無制限に水をやれと求めてくるわけですか」


「そんなことは絶対にさせませんが……」


 ヒビキさまは腕を組んで考え込む。


「理想と本音を言いますが、私はこの水を売買するつもりも、外交の取引に使うつもりもありません。身分、国籍問わず、すべての人に分け与えたいのです。政治家として甘い考えとは自覚していますが……」


「うーん、よその国に売るくらいなら良いんじゃないですかね。日本だって水は売り物になってますし、ヒビキさまが管理しないと奪い合いが起きる可能性だって……」


 日本以外の国じゃ、水をめぐって殺し合いが起きるくらいだ。


「確かにその考えも正しい。その点についてはもう少し熟慮を重ねますが、何にせよ、水を巡って内外で混乱が起きるのは必至です。欲しいものを独り占めしたいというのは人間の本能ですから」


 そしてヒビキさまは言う。


「来たる混乱に対処するには、力があって分別のある、正真正銘の騎士が必要です。国のために命を賭けるのをいとわない戦士。バルディアには圧倒的に騎士の数が少ないのです」


「なるほどねえ」


 バルディアの議会に参加するのは高齢のお年寄りばかりだ。

 それが悪いとは言わないが、ヒビキさまは物足りないと思っているらしい。


「そこで私は、アデナシオン山にいる賊をバルディアに取り込みたいと思います」


「げっ、まじですか?!」


 俺はイスから転げ落ちそうになるくらい驚いた。

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