第10話 想造してみよう

 ヒビキさまを先に帰らせた俺はアデナシオン山を探索してみた。山のあちこちから溢れ出る清流について知りたかったのだ。

 小説家風に言うと、取材、ロケハンってやつね。


 日本だろうが異世界だろうが、水がなければ人は暮らしていけない。

 この水をバルディアまで持って来ることができれば、いろんな事が楽に進むに違いないのだが……。


 やがて俺は大きな泉にたどりつく。

 地の底まで見えるような透明な水をすくって飲んでみると、甘みすら感じるほど美味しい。歩き疲れて熱を持った体を冷水が心地よく冷やしてくれる。


「綺麗なところだなあ」


 泉のまわりを一角獣が走り抜けそうな神秘的な空間。

 斧を投げたり、汚い剛田武を投げ入れたら、女神さまが出てきて色んなサービスをしてくれそうだ。

 

 このパソコンも投げ入れたら、凄いスペックのスーパーマシンにならないかなどと妄想していたら、ガサガサッと背後から茂みをかき分ける音がした。


「げっ! 賊がいやがった!」

「えっ、俺?」


 がっちりした体格の、見た目は三十そこそこの男とバッチリ目があった。


「くそ! かかってきやがれ!」

 

 道で落ちていた木を槍のようにして叫ぶ男。

 しかしその手は恐怖で震えていた。


「違う違う。俺は賊じゃない。味方だ、多分」


 両手を挙げて無害をアピールすると、男は目をパチクリさせて俺を観察する。


「もしかして、女王さまが連れてきた異界の武士か?!」


「武士じゃないが……、まあ、そういうことでいいよ」


「なら安心だ。ちょっと失礼」


 男はそう言うと、俺を押しのけ、犬のような勢いで泉の水をがぶ飲みし始める。


「あー、生き返る!」


 腹が膨れるくらいまで水分補給をすると、持っていた3つの木桶に水を汲む。


「あんた……、商人から買わないで、こんなとこまで水汲みに来てるのか?」


「けっ、あんな連中に金なんか払うかよ」


 てやんでえ、バーローとばかりに豪快に言い切る。


「骨太だなあ。でもまっさきに死にフラグが立ちそう……」


「ん、シニフラって何だ?」


「いや、こっちの話。ところであんた。毎日ずっと水汲みしてるのか?」


「しょうがねえだろ。水がなきゃ生きられねえ」


「確かにそうだけど……」


 ここまで結構歩くし、賊に見つかったら危険だ。

 しかも男は桶を三つ持っている。

 ということは、桶の一つは頭の上に置いた状態で歩くということだよな……。


「すげえな……」


 毎日水を運搬しているからだろうか、その腕も足もバキバキに太い。

 この男……、できる……。


「俺はムサシだ。あんたは?」

「オルソンだ」


「おお、いかにも村人って感じの名前」


 妙なところに感心しつつ、オルソンから情報を引き出そうとする俺。


「バルディアは元々どこから水を引いてたんだ?」


「引く? どういう意味だ」


「どういうルートを使って水を運んでたって意味だよ。昔は水路とか使ってたんだろ?」


 しかしオルソンは激しく首を振った。


「そんなもんあるわけねえよ。魔法を使って水を引き寄せて、城の地下に溜めてた。それだけだ」 


「魔法かぁ……、今じゃどうにもならないか」


「ご先祖さまがしたことにいまさら文句言っても仕方ねえだろ。消失なんて災害があるなんて誰も思わなかった。魔法に頼り切ったツケさ……」


「うーむ」


 俺は考えた。

 自分に何ができるのかを。

 どうすればいいかを


「それじゃあ、男たちを集めてここから城まで水路を掘りましょうなんてことはできないわけだな」


「無理だね。技術も知識も人手もねえんだ。ついでに金もな」


 嫌な世の中さと笑うオルソンを俺はジロッと睨んだ。


「想像力、想造力が足りないなあ、オルっち」


「お、オルっち?」


「想造してみろよ。水に困らなかったかつてのバルディアがどんな風になっていたかをさ……」


「そんなこと言われても」

 困惑するしかないオルソン。

 

「いいか、英雄ヨシツネは、水を引き寄せたんじゃない。水を従えたんだよ」


 俺の頭の中で、ヨシツネにまつわるエピソードが完成されつつある。


「従えた?」


「そうだ。かつてここには荒れ狂う3匹の龍がいた」


「ほんとかよ?!」


「ああ、ほんとだ。誰もが龍を恐れて近づかなかったが、ヨシツネは立ち向かった。人間離れした跳躍力で龍を翻弄したのさ」


「さすがに詳しいねえ……」


「ヨシツネは戦いに勝ったが、龍の命を奪うことはしなかった。そのかわりに、この山に満ちあふれる水をバルディアに与えるように迫った。3匹の龍は快く応じ、一匹の水龍を作って、そいつをバルディアまで飛ばしたんだ。それがこことバルディアを結ぶ魔法の水路だったんだよ……」


「ほ、本当かよ……」

 

「ああ、本当だ」

 そう、俺は真剣だ。


「消失の日からずっと魔法は消え失せたように見えるが、龍はまだ死んでない。ヒビキさまが俺をここに連れてきてくれたから、きっと龍は……」


 長い眠りから覚める……。

 と言い終えぬうちに、泉の水がぶくぶくと湧き立ち始めた。


「う、わわわわ!」


 オルソンが腰を抜かして泉を指さす。

 泉の中央に大きな渦が生まれている。


「なんか出てくる!」


 バルディアの民が叫んだとき、大量の水がそれこそ龍のように空へ飛んでいった。


 この泉だけではない。

 アデナシオン山のあちこちから大量の水が吹き上がり、まるで生き物のように空を飛ぶのだ。


 すべてが同じ方向。そうバルディアの城に向かって飛んでいく。


「ほら見ろ。俺の言ったとおりだ」


 俺はオルソンに向かって得意げに笑う。


 と同時に、空に飛んでいく水龍たちの体からこぼれ落ちる大量の水が、俺とオルソンをびしゃびしゃにした。


 日本にいれば迷惑でしかない状況なのに、オルソンは大量の水を浴びて破顔し、子供のようにはしゃぎ始める。


「み、水だ、ウオー、水だ! ウオアアアア!」


 もう長い時間をかけて水を運ばなくていいんだと思うと雄叫びが止まらないみたいだ。

 

 こうなったらもう帰るだけ。

 俺はオルソンに別れを告げ、急ぎ足でバルディアに戻る。


 アデナシオン山から飛び立った龍が、バルディアの城に頭から突っ込んでいく。

 奴らのゴールは城の地下貯蔵庫だろう。


 そしてバルディアの民もオルソンと同じように降り注ぐ大量の水に狂喜乱舞している。いつもは仏頂面の見張りの騎士たちもさすがに今は笑顔を隠せない。


 長い間、待っていた瞬間なのだろう。


 日本にいたときは雨なんか味わったこともなかったが、今この場所に降り注ぐ水は、口に少し含んだだけで幸せを感じるような甘さだ。


 バルディア城の前に行くと、大臣たちが戸惑っている。

 いったい何が起きたんだと囁いているが、俺が戻ってきたことに気づくと、あのモアじじいが、目を丸くしながら怒鳴ってきた。


「お、おい、説明しろ! これはいったい、どういうことだっ! どんないかさまを……ってうわっ」


 モアじじいを押しのけて俺の前に立ったのは、女王の姿に戻ったヒビキさまだった。

 びしょ濡れになることもいとわず、驚いた目で俺を見る。


「ムサシ、これはいったい……」


「いやあ、賊を倒すのは無理なんで、代わりに水龍を連れてきました」


 水龍と聞いて呆気にとられる大臣たち。


「ヒビキさま、これでもう水には困りませんよ」


「……」


 驚愕の顔から、やがて喜びの顔になるヒビキ女王。


 そして背後にいる大臣に向けて、どうだ見ろと言わんばかりの得意げな顔を見せつけた。


「よく戻ってくれました、ムサシ」


「はいはい。これからも何でも言ってください」


 ヒビキさまに微笑みながら、俺はモアじじいを見つめる。

 

 歯ぎしりしながら悔しそうに俺を睨むじじいたちに言うべきことは一つしかない。君たちもわかるだろ?


「あれぇ? 俺なんかやっちゃいましたぁ?」

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