第9話 今日の日はさようなら

 俺を襲おうとした山賊は全員眠らせたが、その効果はヒビキさまにも及んでしまい、現在、動けるのは俺ひとりである。


「ぐっすり寝ちゃって……」


 眠れる森、ならぬ、眠れる山の姫は、赤ん坊のように柔らかそうな頬を、膨らませたりへこませたりしながら、心地よい寝息を立てている。


「疲れてるんだろうな」


 彼女の両肩にのしかかったストレスを思うと、このまま眠らせてあげたい気持ちになって、しばらくその綺麗な顔を眺めていた。


 しかし、俺が一人になる時を待っていたかのように、あいつの声が聞こえてきた。


「あれだけ派手なことをして、結局残るってのかい?」


 イヒヒと皮肉るオボロ。


「俺は古い人間だからな。逃げたくないんだ」


 穏やかに眠るヒビキさまを見て、心に決めた。


「ここにいたって小説は書けるし、どうやって戻れるかもわかった。彼女がもういいって言うまでは残るさ」


「そうかいそうかい。ならひとつ教えておいてやろう」


 その言葉と共に、突然空が暗くなった。

 まるでプラネタリウムのように、星々が光り出す。

 天の川のような絶景を前にして俺は息を飲んだ。


「あたしは確かにこの世界から魔法を消しちまったが、その粒子はまだこの世界に漂っている。そいつを形にすれば、この世界は魔法を取り戻せる」


「どういう意味だよ……」


「あんたがやってることさ。あんたのが、この世界に残った魔法の粒子を引き寄せる。集まった魔力があんたのアイデアとうまく交わった時、あんたの想造は現実になる。これこそが魔法なんだよ」


「おお……!」


 想造スキルの原理を知って、まるで目の前の霧が晴れたようなスッキリ感を覚えるが、あることに気づいた。


「要するに、小説家なら誰でも出来るってことか……?」


「気づいたね。まさしくその通りだよ。カクヨムランキング上位の美紅(蒼)先生や、じゃがバター先生なら、その想造スキルで太陽すら真っ二つに出来るだろうねえ」


「確かにあの人たちならやれそうだな……。って待て。なら、なんで俺を呼んだんだ? 俺みたいな底辺のアマチュアより、プロの作家か、なんなら大谷翔平にでも来てもらった方がよほどいいじゃんか」


「みんな忙しそうだったからね。あれこれ探してたら、あんたが一番暇そうだったからだよ」


「そこまではっきり言われるともう何の感情もわかん」


 だが、俺は決意した。


「ほんとに異世界に飛ぶなんて機会、早々ないからな。何もかも糧にして、最高に面白い話を書いてみせる。ランキングには食い込まないと思うが、俺が面白いと思う話を面白く書いてみせるぜ……」


「立派なこと言ってるようで、わりと目標は低いのう」


「言わないでくれ、もうそこは諦めてるから……」


 これならイケると思った話がランキングの外へ埋もれていっただろう……。

 

「ええい、暗くなるのはやめだ! ここで派手にやってみせるさ!」


「まあ、盛り上がるならそれで良い。これであたしも眠れよ」


「え、今なんつった?」


 俺の心にすっと冷たいものが走った。


「もう未練はなくなったってことさ……」


 オボロの声が小さくなっていくのがわかる。


「おい、ちょっと待て。まだまだあんたには聞きたいことが……」


「あたしにはもうなんも言うことはないよ。好きにやりなってだけさ」


 オボロの力で夜になっていたアデナシオン山に、再び太陽の光が注ぎ始める。

 それが何を意味しているのか、俺にはわかった。

 オボロは消える。成仏するつもりなんだ。


「……なんだかんだ世話になったな、ばあさん」


 最後くらいは礼を言う。


「ケケケ。さらばだムサシ。考えることを止めるんじゃないよ……」


「……」


 もう声は聞こえない。

 立ち止まっている時間も、もうないだろう。


「ヒビキさま。そろそろ起きてください」


 失礼だとは思いつつ、その頬をペチペチ叩く。


「はっ! 夜襲か?!」


 起き上がるなり剣を抜いて周囲を伺うが、俺の存在に気づくと硬直する。


「あれからどれくらい時間が経ったのです……?」


「十分くらいですかね」


「良かった……。深い眠りだったから……」


 安堵するヒビキさまだが、俺は彼女を急かす。


「ヒビキさまは先に城に戻ってください。一緒のタイミングで戻ったら何を突っつかれるかわかりませんから」


「しかし……」


「いいから早く。俺は後から行きます。見たいものもあるんでね」


 やけにサバサバした俺の顔を見て、利口なヒビキさまは俺の心境が変化したことに気づいたようだ。


「ムサシ……。私の勝手であなたをバルディアに連れてきたことはとても申し訳なく思っています。しかし……」


「いやいや、そんなことで怒ってなんかないですから」


 俺は苦笑いする。


「どこにも行きません。安心して戻ってください」


 何十年ぶりかにした真顔をぶつけると、ヒビキさまは小さく頷いた。


「わかりました」


 ヒビキさまはそれ以上なにも言わず、静かに山を下りていく。


「さて、どうするか……」


 山賊の首ひとつくらいもってこいなんて皮肉を言った大臣がいた。

 賊どもは相変わらず寝ているが、寝首をかくなんて事したくないし、するつもりもないし、そもそもそんな恐ろしいことできません。


 だけどこのまま手ぶらで帰って、収穫物はこれだけですなんて、拾ってきたパソコン見せてもあいつら絶対納得しないだろう。


 連中をぎゃふんと言わせて、なおかつヒビキさまの役に立つようなこと。


 俺にしか出来ないことがあるとすれば……。

 想造することからすべてが始まるのが小説家だとしたら……。


「どでかいことしてやるか……」

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