第8話 思いついたことを100%、外に表現するのは難しいとは自覚している男

 旅の目的地であるアデナシオン山を登る俺とヒビキさま。

 白い岩があちこちから塔のように突き出し、岩場から大量の水が滝となってしたたり落ちる、見る分には壮麗な場所。


 ただ、歩くにはしんどい。

  

 俺みたいなインドア派にとって、山登りは苦行でしかない。

 それこそ、偉大なる野比のび太の名言「平らな山なら登ってもいい」という言葉に全面的に同意したい。


 口を開けてヒイヒイ歩く俺と、背筋をピンと伸ばして歩き続けるヒビキさま。

 ここまで来ても息切れひとつしていない。化物か……。


「見なさいムサシ。不思議な色の煙が湧き上がっています」


 ヒビキさまの言うとおり、道の先に黄色や青の煙がもくもく湧き上がってきている。


「あ、あれです!」


 ゴールが見えてくると気力も湧いてくる。

 俺は最後の力を振り絞って歩いた。


 俺が想造スキルを使って建てた計画が上手くいっていれば、そこにはノートパソコンが落ちている。

 その画面に体を突っ込んだらもうそこは俺の部屋という、今思うとかなり無理矢理な設定をつくった。

 本当にその通りになっているか不安になってくるが、スキルが発動したと言わんばかりの派手な視覚効果が起きたからきっと大丈夫だ。


 とはいえ、今も元気に歩き続けるあの女王になんと説明すれば良いのか……。

 

「俺は日本に帰るっす。さよならー」

 なんて言えるはずがない。

 

 どうすりゃ良いのか結論が出ないまま、とうとう目的地にたどりついてしまう。


 まるで隕石が地に落ちたように地面がくぼんでいる場所があるのだが、そこにあるのは燃える石ではなく、カラフルな煙を吐き出し続けるノートパソコンだ。

 黒い薄型のガジェットは、毎日使っていた愛用のガジェットで間違いない。


「ほんとにあったよ……」


 自分で起こしたことに、自分で驚く。


「あの四角い石版はなんです……?」

 

 ノートパソコンなど見たことがないヒビキさまには石版に見えるらしい。

 確かに画面を閉じてるとそう見える。


 俺にとってはすっかり見慣れたものなので手に取ろうと近づくが、


「危険です!」


 ヒビキさまが慌てて俺の手をつかむ。

 結構、強い力で腕を引っ張られたので、思わずヒビキさまの顔を見てしまった。


「……」


 ぷるぷると首を振って、近づいてはいけないと訴えるその顔に、俺はやられた。

 本当に俺のことを気遣ってくれていると感じたし、ちょっとしたことで、俺の覚悟は決まってしまった。


「大丈夫です。心配しないで」


 茶化すように笑ってヒビキさまの手をほどき、俺はさっさとノートパソコンを手に取った。

 そのタイミングで煙は出なくなった。


「これは俺が日本で使っていた、魔法の石版をふたつ貼りつけた物です。これがあれば何でも出来るんですよ」


「なんと」

 わあ、凄いと、指でパソコンのモニターをちょんちょん触れるが、不思議なことにヒビキさまの指の半分が画面の中に吸い込まれていく。


 どうやら俺の想造スキルは本当にこのPCを異世界と日本を繋ぐ道具に作り替えてしまったらしい。


「こっちの世界に来た以上、何でも出来るってわけにはいかなくなりましたが、必要最低限のことは出来ます」


「つまり……?」

 何か特別な魔法を期待するヒビキさまに俺は苦笑した。


「文字を書き記すってことです」


 小説を書けるなら、どこにいたっていい。

 俺は今そう感じている。


「これを使って、日本に帰れるなんてことはできないんです」


 俺がその言葉を口に出したとき、パソコンの液晶の色が明らかに変わった。

 まるで生気が失われたように、画面がどす黒くなったのだ。


 試しに画面に触れてみると、指は入らない。

 どうやら想造スキルは撤回も出来るようだ。


「要するに、日記帳みたいなものですか?」

「そういう使い方も出来ます」


「……ごめんなさい。てっきり海をふたつに分けるような力を持つものかと期待してしまいました……」


 落胆を隠せないヒビキさま。


「すみません。でも俺には必要な物でした」


 その言葉にヒビキさまは頷く。


「そうですか。では来た甲斐もあったというもの」


 気を取り直そうと笑顔を作ってくれた。


 さあ、めでたしめでたし、帰りましょう。

 まだまだ旅は続くぞ的なナレーションが聞こえてきそうな雰囲気になったとき。


「おいおい、勝手に盛り上がって帰ろうとしてんじゃねえぞ!」


 野蛮なかけ声と共に野蛮な連中が現れた。


 このアデナシオンを根城にする山賊が、あちこちから顔を出して俺とヒビキさまを取り囲んでいる。

 ボサボサの髪。モジャモジャのひげ。日に焼けたムキムキの体。でっかいオノにでっかい刀。

 この人たちは誰でしょうというクイズがあったら全員が「賊」と回答しそうな、イメージの悪い人達。


「待ち伏せされていたようです。ムサシは下がっていなさい」


 ここは任せろと抜刀するヒビキさまだが、俺は下がるつもりはない。

 色々あって、ちょっと気持ちが前向きになっている。


 賊はツバを吐き散らしながら叫んだ。


「俺たちの縄張りで好き勝手やってたのはおめえだな! なめた真似しやがって……!」


 殺せ殺せと騒ぎ立てる賊たち。


「まあ、確かに好き勝手やったのは間違いないが……」


 想造スキルを使った身として、そこは認める。

 しかし俺にも言いたいことが山ほどある。 


「いつからここがおまえらの縄張りになったんだ。ここはバルディアの領土だろ! おまえらが商人と組んでやりたい放題やってるのはお見通しだぞ! 家賃を払え! 住民税を払え! 所得税を払え!」


「な、なに言ってやがんだこいつ……」


 こんなアプローチから説教喰らったことはないだろうから、賊は戸惑うばかりだ。


「要するにおまえらヤンキーみたいなもんだろ。いいか、二十歳超えた大人がヤンキーやってたら、ただの馬鹿なんだよ! ちゃんと働け!」


 これは金八先生第四シーズンの名言である。


「て、てめえ、人の生き方に指図すんじゃねえ!」


 やっちまおうぜと武器を掲げる賊たち。

 

 ヒビキさまが俺の前に立って壁になろうとするが、


「おまえら、これを見ろ!」


 手に入れたばかりのノートパソコンを掲げる。


「こいつは違う世界からきた俺にしか使えない神の遺産だぞ!」


「な、なにっ!」

 騒ぐ賊たち。


 そんな馬鹿なという思いがあるようだが、さっきまでカラフルな煙を吐き続けていた謎の物体に恐れを抱いていたのは間違いないようで、俺の一言は結構効果があったようだ。


 しかし、効果はヒビキさまにも伝染していた。


「そ、そうなのですか?」


「そうなんです」


 俺が言ったからそうなる。これが想造クオリティ。


「人は神を直視することはできない。その実体を見ただけで死んでしまうほどの栄光を持っている。この遺産にも神の栄光が刻まれているんだっ!」


「ど、どうなるってんだよっ……」


 ビビりまくる賊たちに俺はどや顔で叫んだ。


「これを見た人間は……」

 

 俺はためにためてから、絶叫した。


「寝ちゃうっ!」


 その一言に賊は「は?」と馬鹿みたいな反応をする。


「そんなわけねえだろっ!」


 ガハハと手を叩いて笑うが……。

 笑い始めた男たちから順に倒れていく。

 幸せそうな顔で眠りについていくのだ。 


「え?」


 起きたことが信じられないと立ち尽くす男も、その次の瞬間には倒れていた。


 何もしていないのに、賊が次々と眠り、倒れていく……。

 

「ふ、これは気持ちいい」


 勝った。これは間違いなく勝利だ。


「やりましたよ、ヒビキさま」

 

 戦わずして勝つなんて凄いでしょと言おうと思ったら、


「すうすう……」

「あ、寝てる」


 効果の範囲はあまり考えてなかった……。

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