第7話 戦う女王! 困る女王!
ありのまま、起こったことを話すぜ。
まず、俺は同意なしに異世界に飛ばされた。
俺を回収したバルディア王国は自分が期待していた異世界じゃなく、なんか苦労しそう。ヒビキという女王は可愛いんだけど、
なので自分が持ってる想造というスキルを駆使して、日本に帰還出来るアイテムを作り上げた。
ちなみに想造というのは、思いついたことを真実にしてしまうスキルだ。
想造じゃなくて、ねつ造に近くないかというくらいの化物スキルだが、イマジネーション豊かな人じゃないと発動しないらしく、こんな世界滅んじまえという現実離れした想造は発動されないっぽい。
とにかく俺が日本に帰るために想造したアイテムは、アデナシオンという山にあるらしい。
だが、そこは山賊の根城。
一人で行くと俺は言い張ったが、ヒビキさまは、危ないから頼りになる戦士をつけると言うので、渋々従った。
で、現れた戦士が冒険者に変装したヒビキさま。
アデナシオンに向かうって話だったのに、なぜか今、ぼったくり商人たちのバザーにいて、そこでヒビキさまはとても怒ってらっしゃる。
「水一杯で500アイルとは何事か! バルディアでは法により水の売値は100アイルを越えてはならないはず! これはどういうことだっ!」
雪だるまみたいに白い肌を真っ赤にして怒鳴るヒビキさま。
自分の熱で自分を溶かすんじゃないかってくらいプンプンしている。
今は冒険者の格好をしているので、誰もこの女性がバルディアで一番偉い人だとは気づかない。
事実、商人はヒビキさまを完全に見下していた。
「これは妙な言いがかりですなあ。こうしてちゃんと女王の許可証を頂いておるんですから、へっへっへ」
ほれほれと、一枚の書状を見せつけるが、そもそも見せる相手が悪かった。
「こんな書状にサインした覚えはないっ!」
「はあ?」
きょとんとする商人たち。
遠くで商人とヒビキさまのケンカを眺める民も、ぽかんとなる。
「あっ……」
叫んだ本人まで、今のはまずかったと険しい顔。
ああ、もう、めんどくさい……。
俺は溜息をつきながら事態に介入する。
「つまりあれだ。女王さまがこんなものにサインするはずないってことを言いたいんだよ。そうでしょ? 冒険者さん」
俺のサポートにヒビキさまはホッとしながら、
「そうだそうだ!」
と元気よく叫ぶ。
そして商人の沸点も低かった。
「ええい、邪魔くさい! 皆さん出番ですよ!」
「ええ、もうその展開?」
時代劇だと放送が始まってから40分くらいの山場まで一気に話が進んでしまった感じだ。
商人の合図と共に、荒くれどもがぞろぞろやって来た。
ガチガチのマッチョ、半裸、スキンヘッド、刺青、懲役500年くらいの顔。
悪そうな奴が全員集合。
「このお行儀の悪いお客人に礼儀ってもんを教えてやりなさい!」
「おうよ!」
三度の飯よりケンカが好きそうな連中がいきなりヒビキさまに飛びかかる。
「まさか初めての戦闘が対人戦だとはっ!」
ケンカなんかしたこともない俺は頭を抱えて身を低くするが、ヒビキさまは余裕だった。
「ふん、痛い目にあっても知りませんよ! 秒で倒してみせる!」
実際、ヒビキさまはめちゃくちゃ強かった。
刀も抜かず、自分よりでかい男たちをバッタバッタ投げ倒していく。
俺はただ見てるだけ。
戦う必要などなかった。
戦いは終わり、地面に倒れる悪者どもに俺は驚きを隠せない。
「秒どころか、5行くらいで終わった……!」
その強さは商人たちも思い知ったようで、
「お、おぼえてやがれっ!」
実にわかりやすい捨て台詞を吐いて悪者たちと一緒に逃げ出していく。
よほど慌てていたのか、自分たちの大事な売り物までその場に残していった。
「ふん、他愛ない」
ヒビキさまは息切れひとつしていない。
「みな、心配はいらない、こちらに来なさい」
民を手招きする最強の女王。
「どうせここにある品は盗品ばかりだろう。欲しいものを手に取り、生きるために役立てるといい。そのかわり、今目にしたものは他言無用と願いたい」
水が入った沢山の桶に民は釘付けになる。
しかし……。
「勘弁してくれ。おかしなことをして賊の奴らに襲われたらたまんねえ」
一人の若者がそう言った。
「え?」
きょとんとする女王に、民は意図せずして現実を突きつける。
「あんたは勝って気分爽快だろうが、俺たちはそうはいかねえ。明日からどこで水を手に入れれば良いんだ。水が湧くところにはもう賊がたむろしているのに……」
「どういうことです?」
オロオロする姫君。
見ていられなくなった俺は後ろから話しかける。
責めるような口調にならないよう、最大限に気をつかった。
「商人と賊が手をくんで水を売りさばくことで、なんとなく平和になってたってことじゃないですかね……」
バルディア国には水がない。
だから水源が豊富なアデナシオンの山まで行って水を酌んでくる必要がある。
しかしアデナシオンには賊がいて、容易に近づけない。
そこに商人は目をつけた。
まず賊と交渉して、彼らのテリトリーに入って水を買う。
買った水を高価な額で民に売りつける。
民は詐欺に近いことをされているとわかっていても、賊が怖いから水を買う。
商人の懐にはお金が一杯。
賊は民を襲わずとも手に入れた金で遊んで暮らせる。
結局、民が一番損をするが、危険な思いをしたくないから、我慢するしかない。
金と暴力と従属の三角形。
いびつな共存ができあがっていた。
「私は……、余計なことをしたということですね」
目に見えて落ち込むヒビキさま。
悪いことしたわけじゃないから、なんか胸が痛い。
それは民もわかっているから、優しい冒険者を責めることはしないが、彼らには彼らで不安がある。
「ここらから商人がいなくなったら、賊はまた俺たちを襲うかもしれねえ……」
「そうなったらいよいよバルディアも終わりだな……」
そして中年男性が言った。
「はやく女王さまがディアウォリスかイングペインに嫁入りしてくれりゃいいんだ」
「たしかにな」
「今よりはマシになるだろうさ……」
この言葉に驚いたのは俺だけだ。
嫁入りってどういうことですかと当人を見ても、うつむいたまま。
さっさとここを離れようぜと雲を散らすようにいなくなる民。
残ったのは俺とヒビキさまだけ。
「あの……」
聞いて良いことなのかどうか判断に迷う俺だったが、オロオロする俺に気づいたヒビキさまは静かに話してくれた。
「私はバルディア王朝とは縁もゆかりもない人間です。遠い田舎の貧乏貴族の末っ子で、年老いたバルディア前王の養女としてここに連れてこられたのです」
「……どっかの国と政略結婚するために、ですか?」
小さく頷く女王さま。
「金に困っていた実家にとっても、跡継ぎがおらず周辺を強国に囲まれたバルディアにとっても益となる交渉でした。はっきり言って交渉の捧げ物として私はとても価値があるので」
その美貌、気品そのものが交渉材料、ということか。
「城の大臣たちは私がどの国の誰と結婚すれば自分たちが裕福になれるか、毎日話しあっています。私が求められているのは相手が見つかるまで城で高い場所から民に手を振って、会議の時はじっとしていることだけです」
「あんまり、好きじゃないですね。そういうことは」
俺は正直に言った。
「日本人の立場からすると、ふざけんなって感じです」
その言葉にヒビキさまは笑った。
「ありがとうムサシ。ですが心配はいりません。私の体ひとつでバルディアが豊かになるのなら、どこへでも行ってこの身を捧げます。しかし、ディアウォリスもイングペインも、バルディアを属国にして民を奴隷にすることしか考えていません。それだけはできないのです……」
「……」
今すぐここを逃げ出したいと思ってる俺には聞きたくないことだった。
あんな気の強そうで、それでいて凄く不安に満ちた目を見たら……。
「出来ることなら、バルディアは余所の力を借りず、自分たちで豊かさを取り戻して欲しいのですが、無知な私は余計なことをしたようです。あなたにも迷惑をかけました。道を戻ってアデナシオンに進みましょう」
まるで何事もなかったかのようにヒビキさまは歩いていく。
その小さな背中を俺はしばし見つめていた。
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