第6話 暴れん坊女王
清楚なローブから冒険者へと身なりを変えたところで、その凜とした美しさは隠しようがない。
誰が見たってヒビキさまだとわかる。
しかし当の本人は強気だ。
「普段の私は城にこもって、高いところから手を振る程度です。間近で見たって私が女王だと気づく者はいません。私が不在になっても替え玉がうまくやってくれますから、お気遣いなく」
そして、見事な変装でしょと胸を張る。
しかし俺は冷たい眼差しを女王にぶつけた。
「日本でもずいぶん昔にヒビキさまみたいな殿様がいたんですよ。一番偉いのに町人のカッコして街に飛び出て些細な揉め事に首を突っ込んで……」
「まあ」
嬉しそうに手をあわせる暴れん坊姫君。
「一度、お会いしたかった」
「残念ですが、いまの話は史実を元にした創作劇です」
「む?」
「現実にそんな無鉄砲なことしたら、危ないし、迷惑だし、非常識ですよ」
おそらく、生まれて初めて説教をした。
まさかその相手が異世界の姫君だとは……。
「……」
むすっと口をとがらせて俺を見つめるヒビキさま。
彼女が城に戻ることを期待して、俺は無言で待ったが、
「さあ、急ぎアデナシオンに向かいましょう」
「全無視……!」
勝手に歩き出すヒビキさまを慌てて追いかける。
城下町を抜け出し、舗装されていないデコボコ道を進んでいく。
ヒビキさまは歩くのが凄く早い。
一日で富士山往復2回できるんじゃないかというくらいのハイスピードで歩いていくが、日本じゃ車に頼って歩くことをしなかった俺にとっては地獄の行程。
2人の距離がドンドン開いていくが、ヒビキさまは情けない俺を見ても責めるようなことはせず、
「大丈夫ですか? 私に任せてください」
俺の背中に両手を当ててぐんぐん押してくれる。
挙げ句、
「こうなったら、私が背負いましょう」
とまで仰られたが、さすがに断った。
今でも十分かっこ悪いのに、そこまでされたら死にたくなる。
やがて道は開かれた場所からうっそうとした森の中へ。
クマが出るんじゃないかって不安がよぎったとき、ひとつ気づいた。
「魔物は出ないんですね……」
異世界名物、スライムやゴブリンのようなモンスターは一度も出てこない。
俺の疑問にヒビキさまはあっさり答える。
「魔物は私が生まれるずっと前に絶滅したそうです。私の故郷は地面を掘るとあちこちから魔物の骨が出てきます」
「へえ……」
もしかして、オボロがこの世界から魔法を消したことと関係あるのかな。
いや、深く考えるのはよそう。
俺はこの世界から逃げようとしているんだ。
深く関わればそれだけ抜け出せなくなる。
となると、目の前で張り切るヒビキさまがすっげー邪魔なんだが……。
「ムサシ、そろそろ気を引き締めてください」
常にダッシュ状態だったヒビキさまのペースが明らかに落ちた。
いつでも抜刀できるよう武器に手を置きながら、慎重に進んでいく。
「いつ賊が現れてもおかしくない所まで来ました」
「そうなんですか……」
殺気を増すヒビキさまに比べ、俺はさほど深刻になれなかった。
だって、
「危険なわりに人がたくさん歩いてますが……」
「……」
あえて描写しなかった俺も卑怯だが、実を言うと、城下町を出てから今まで、どこを見回しても人がいたのだ。
ヒビキさまほど武装していない町人ルックの男たちが、疲れた顔してわらわら歩いているのである。
「これ以上ぼったくられたら腹減って死んじまうよ」
「かといって、水が無くちゃ生きてけねえベさ」
そんなことをぼやきながら俺たちの横を通り過ぎていくバルディアの民。
すぐそばに女王がいるのに、確かに気づかない。
短い会話のやり取りだけでも気づくことはある。
「水を買いに行くのか……」
思わず呟いた俺の隣でヒビキさまは悲しそうな顔をした。
「やはり、そうでしたか……」
知りたくなかったことを知った。聞きたくなかったことを聞いた。
そんな苦い顔だ。
「あなたにはまだ伝えていませんでしたが、四百年ほど前に、消失という災害が世界を狂わせたのです」
「消失……。魔法が消えたってヤツですか」
「まあ、あなたはすでに気づいていたのですね。さすがは武士……」
「いやあ、まあ、それくらいはね」
ただ詳しいことは存じませんというと、ヒビキさまはわかりやすく説明してくれた。
「消失の日、突如して魔法が消えたというのです。人の老化と同じように長い時をかけて徐々に魔法が消えていくのならなんとか適応もできるでしょう。しかし消失は違いました。朝起きたら、何もかもが消えていたというのです。当たり前のようにできたことが不可能になって、世界中が混乱に陥ったと記録に残っています」
「そりゃ大変だ……」
俺は心から同情した。
夜中に停電が起きて、数時間、暗闇に包まれただけでも相当不便を感じる。
これが四百年も現在進行形で続いているとなると、もう原始にタイムスリップしたのと同じじゃないか……。
「消失によりバルディアが失った最たるものが水です。昔はありあまるほどの水に囲まれていたそうですが、今じゃとても信じられないでしょう?」
そういや、バルディアの城下町には水路もなければ井戸もなかった。
そしてさらに思い出す。
豪邸で一人、豪華な食事を頂いていたとき、いつものペースで水をがぶがぶ飲んでいた俺を見る女給のおばさんたちの唖然とした顔。
よく食うおっさんだなと呆れているのだと思いきや、実際は違ったんだ。
なにこいつ、水めっちゃ飲むやん、馬鹿じゃね、アホじゃね、と、脅えていたということか……!
「消失以前には城の地下空洞に大量の水が備蓄されていました。しかしそれも今や空っぽ。アデナシオンから流れてくる川の水を使うしかない有様です」
「あの、なーんか、変な方程式ができちゃうんですが」
水のない国。
アデナシオンから流れる川が生命線。
アデナシオンを根城にする山賊。
水を買いに行く民。
ぼったくられるという不安の声……。
悪徳商人、山賊、もしや癒着……。悪のタッグ。
これ、暴れん坊将軍が聞いたら、どうなるだろう……。
「バルディアの民を苦しめる商人がいるとすれば黙ってはいられません!」
「やっぱりこうなるか……!」
「行きましょう。悪が栄えた試しなし!」
肩をいからせて歩き出す女王。
やる気満々である。
「ちょっと、本来の目的を忘れないでくださいよ!」
俺はもう女王さまを追いかけていくことしか出来なかった。
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