第5話 会議だといつもは石のようになっていた男が張り切る時

 翌日、ヒビキさまが言ったとおり、城で会議が行われた。

 これがもうゲームで見たとおりの世界観。 


 セーブポイントとしか思えないイメージ通りの玉座の間。


 女王不在の中、大臣や騎士がわんさか集まってくる。

 あと役職がわからないけど態度だけ偉そうな爺さん連中がうじゃうじゃ。

 

 そんな中に黒いパーカーとジーパン着込んだおっさんがいるんだから違和感が凄い。俺を見る目が冷たくなるのも無理ないか。


 だって昨日来たばかりの異世界人を玉座の真横に立たせちゃうんだから、大抜擢どころかミスキャストも良いところ。

 それが気に入らないって感じる人がいるのも無理はない。


 皆の視線が刺さりまくって最悪の居心地だったが、最後にやって来たヒビキさまの存在感がすべてを吹っ飛ばした。

 さすがの美しさで絵力が半端ない。

 

 皆がひざまずいて女王を迎え入れ、ヒビキさまが玉座に座ったところで会議が始まった。


「早速ですが、昨夜起きた奇怪な現象についてクラウス団長の報告を聞きたい」


 ヒビキさまの凜とした声はマイクがなくても広間全体に響く。

 名指しされた騎士団長は集団から一歩前に出て、円卓に地図を広げて説明する。

 

「昨夜の現象は、女王が行われた星降りの儀とよく似ておりますが、場所がずいぶんと違うところでおきまして、アデナシオンの中腹あたりかと思われます」


「アデナシオンか……」


 あごに手を当てて悩む女王さまと、それに呼応するかのように困惑する臣下の方々。

 早速置いてけぼりになる俺に気づいたヒビキさまがしっかりフォローしてくれる。


「アデナシオンとは、我らの領内にある低山で、長いこと山賊のアジトになっています。足を踏み入れるのは危険な土地です」


「あ、そうなんですか……」


 結構ヤバイ場所に想造スキルを実行してしまったらしいが、これもある意味じゃ利用できるシチュエーションではあるまいか。


「ってことは、調査に出向くのが困難だと?」


「ええ。アデナシオンは自然の要塞です。どこから賊が沸いてくるかわからない場所に安易に兵を向かわせることはしたくありません」


「じゃあ、俺が行きますよ」


 その一言に皆がおおっと声を上げたが、ヒビキさまは冷静だ。


「ずいぶんと自信にあふれていますね」


 今日のヒビキさまはクールだ。

 頭の良さそうな人だから、今の俺の様子が、駄々をこねていた昨日とまるで違うなと見抜き、かえって怪しんだのかもしれない。

 とにかく彼女を納得させないと、ここを抜け出せない。

 一世一代の自作自演を成功させないと……。


「実は昨日の現象について心当たりがありまして」


 その言葉にヒビキさまはニコリと笑う。


「聞きましょう」


「昨夜の出来事は星降りの儀の、いわば残りカスみたいなものです」


 であると俺が決めたから、そうであるに違いないのだ。


「そのようなこと、秘術書には記録されていませんでしたが?」


「そりゃ大昔の記録ですからすべてを詳細に書いているわけじゃありません。おそらくここにいらっしゃる皆さんの中で星降りの儀に関して一番詳しいのは俺じゃないでしょうかね」


「確かに」

 素直に頷いたヒビキさまを見て俺は気持ちが乗ってくる。


「星降りの儀は強大な魔力を生み出しますので、余計なものを連れてきてしまう可能性があるってことです」


 その言葉に皆がざわつき始めるが、ヒビキさまは変わらず冷静だった。


「……余計なものとは?」


「おそらく……」


 手を大きく広げて怪物っぽいジェスチャーをすると、皆が脅え始めた。


「だとすれば、放ってはおけない。危険を冒してでも精鋭を向かわせる必要がありますね」


 きた、このチャンスは逃せない。


「いえ、俺ひとりで行きます」


「それはなりません」


 真剣な顔で俺を見つめるヒビキさまであったが、


「むしろその方が安全なんです」


 ここぞとばかりに俺は力説する。


「人の手に負えない怪物であったとしても俺なら問題ありません。星降りの儀のオプションサービスに星の加護ってのがありまして、これのおかげでどんな攻撃を受けてもびくともしないんです」


 あらまあ、と口を半開きにするヒビキさま。


「星の守り……、そのような加護があるのですね……」


「ええ、あるんです」

 これは今考えた急ごしらえの設定なんだけど、さすがに無理があったかしら。


「ふむ。そこまで言うのなら、あなたを調査に向かわせましょう」


 来た。第一関門クリアよ。


「ですが、ムサシ。身の危険を感じたのなら任務を放棄してでも戻ってきなさい。それにひとりでは……」


「お待ちくだされ」


 分厚い本を何冊か小脇に抱えた白髪の老人が前に出てきた。

 

 質素な身なりのヒビキさまと比べて、着こなしが派手だ。

 金の首かざりがチャンピオンベルトかと思うくらいでかい。


 成金な身なりと、意地の悪そうな顔を見ると、悪代官というか、悪大臣というか、そういう老人にしか見えない。


「女王さま、いくら勇者とはいえ、その者の話を鵜呑みにするのはいかがなものかと……」


 思わぬところで邪魔が入った。

 このじいさん、かなり立場が上なのか、じいさんの言葉にこれ見よがしに頷く連中が何人もいた。


「モア、貴重な意見、痛み入ります」


 ヒビキさまは威厳を保ちながらモアというじいさんに礼を言った。


「しかし、ここでムサシが嘘を言う理由があるでしょうか。私は彼の望むままにさせたいと思います」


 しかしモアじじいは下がらない。


「いいえ、女王よ。ひとりで彼を行かせてはなりません。我らの情報を土産に隣国に寝返る可能性がないとは言えないでしょう」


「そんなことしませんよ」


 俺は速攻で口答えする。

 寝返るつもりはないんだ。逃げたいだけだから。


 なのに俺の気持ちはわかって貰えない。


 モアじじいの訴えに、そうだそうだと同調する連中が出てきて、玉座の間は騒々しくなってきた。

 なるほど、臣下の人はヒビキさまほど無条件で俺を受け入れているわけではないようだ。


 しかしヒビキさまは叫んだ。


「私は彼を行かせるつもりです! モアが恐れるような事態にはなりません。ムサシは勇者、日本の武士です! 私は彼を信じます」


「……」

 そんな風に言われると、すっげー胸が痛い……。


 他人から見れば、俺のやってることなんか、嘘ついて現場から逃げ出す卑怯者と何ら変わりがない。

 

 だが、俺は自分で選んでここに来たわけじゃないのだ。

 ブラック異世界に送り込まれた可哀相な男なんだ。


 ボクは嫌だ! 

 そう叫ぶ権利が俺にはあるはずなのだ。

 まあ、選んだやり方が正しいかと言われたら……。


 いや、ここは心を鬼にするべきだ。

 俺なんかよりふさわしい戦士をオボロに連れてきてもらえば良いんだ。


 そんな風に自分に言い訳した俺を、ヒビキさまは相変わらず信頼のまなざしで見てくれる。


「もちろん彼ひとりで行かせるつもりなど毛頭ありません。腕に覚えある信頼できる戦士を私が用意します」


 しかしモアは悪そうな顔にさらに悪いオーラを振りかけて女王さまを見る。


「であればご自由に。しかし出向く以上は、山賊の首3つ4つ持って帰って頂きたいもんですなあ」


 俺の方を見てすっげー意地悪く笑った。

 ふん、どうせお前なんか今日でサヨナラだ。


「ではムサシ、早速準備を。ワシの門と呼ばれる場所がありますから、そこで私が用意した戦士と落ち合い、調査に向かうように」


「わかりました」


 どうにかやりきった……。


 少しの開放感と、結構な罪悪感を抱えながら屋敷に戻ると、女給のおばさんが着替えを持ってきた。

 はがねのよろい的な装備を着るよう訴えられたが、


「こんな重い物着て動けないんで……、魔術師の服とかないですか」


「お言葉ですけど勇者さま。もうこの国に魔法はありませんから、着たって何の加護もありませんよ」


「そうなんですか……」

 思わぬところでオボロの話の信ぴょう性が実証された。


「でも、それでいいです」


 渋る女給さんを説得して、真っ黒いローブを着込んで出て行く。

 とうとう俺もバルディアルックになってしまったわけだ。


 屋敷の入り口を守ってくれている兵士さんに案内されて、鷲の門に向かう。

 名前の通り、石造りの門に大きな鷲の彫刻がある古い建築物だったが、そこで待っていた戦士を見て俺は呆気にとられてしまった。


「浪人のギンだ。よろしく頼む」

 

「いや、あの……」


 弓と短剣を持ち、いかにも狩人といった革の胸当てを着込んだ細身の女戦士。

 長い髪をひとつに束ね、腕を組んで俺を見つめるその人は。


「ヒビキさま、ですよね……」


「しっ、その名で呼ばないように!」


 ヒビキさまは慌てて人差し指を口に当てたのだった。

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