第4話 オボロ、ふたたび

「まったく、なんてこった……」


 女王にあてがわれた豪邸で、俺はひとり頭を抱えていた。


「異世界行っても、このままじゃ……」


 俺には異世界召喚キャラによくある恩恵が何もない。

 そこらへん、話が違うと女神とかがいたら文句を言いたい。


 人より成長が早いとか、チートアイテムを持ってるとか、自分はショボくても仲間が強いとか、そういうのが一切ない!


「こんな状況でもろもろ何とかしろって言われてもなあ……」


 そして困ったことがもう一つある。

 

「やることがねえ……」


 当たり前だけど、テレビはなく、スマホもなく、パソコンもない。


 立派な屋敷を与えられても何もすることがない。

 することがないと現実逃避ができないから、明日への不安が募るばかり。


「ケケケ。暇そうだのう」


 突然声が聞こえた。


「そのケケケ……。まさか!」


 とうとう来やがったなオボロばばあ!

 声が聞こえた方向を血眼で探すが、


「どこ探したって見えやしないよ。なんせあたしに体はないんだから。ケケケ」


「体がない……?」


「そうさ。体はとっくに死んじまって、未練だけがこの世界にただよってる」


「未練って……あんたいったい……」


 するとばばあはびっくりするようなことを言ってのけた。


「あんた、ヨシツネの次に選ばれたと思ってるね。違うよ。あたしが2番目、あんたが3番目なのさ」


「なにぬ」


 ってことは、オボロばばあも日本人?

 いや、いまさら人種なんてどうでも良い。


「だけどおかしいな。義経公の存在は伝説になってるのに、あんたの名前を出しても誰も知らなかったぞ」


「そりゃそうさ。あたしはバルディアから遠く離れたディアウォリス帝国に呼び出されたからね。帝国じゃそれなりに有名さ。しくじっちまった異世界人としてね」


「え、しくじった?」


 なんか、聞きたくないこと呟いたな。


「そう。大いにしくじっちまったんだよ。よかれと思ってこの世界から魔法を消しちまったんでねえ」


「消した? 魔法を……?」


「そう。あたしのしたことが、地球から電気を消滅させるのと同じ意味だってことに気づかずにねえ、ケケケ」


「いや、それが本当ならケケケはまずいだろ」


「そうさね。あたしのせいでこの世界はとことん弱っちまった。当たり前のことができなくなって痩せ衰えていってね。気づいたときにはあたしは老いぼれ。何もできずにデッドエンドさ」


「なんとまあ……」


 この世界には魔法があったということか。

 ここに来てから丸一日が経過しようとしているが、魔法の痕跡みたいなものは欠片も無かったけどなあ。


 いやいや、待て、ひとつあったぞ。


「ヒビキさまが俺を召喚した秘術ってのは魔法じゃないのか?」


「確かに魔法だよ。けどあの娘に魔法は使えない。あの子が召喚術を使おうとしたのにあたしが気づいて、こっそり手を加えたってことさ。あの子だけじゃ秘術は上手くいかなかっただろうねえ」


「そういうことか……」


 オボロばばあについていろいろわかったのはいい。

 しかし肝心な点は不明のままだ。


「あんたが勝手に連れてきたんだ。いったいどういうつもりなのか教えてくれ。俺に何をして欲しくてこんなことをしたんだ」


 しかしばばあは素っ気ない。


「あたしは連れてきただけ。何をするかはあんたが決めな」


「そんな無責任な言い方あるかよ!」


「そうさねえ。そう思うよ。ケケケ」


 ばばあは意地悪く笑う。


「だからひとつだけ、あんたに力をくれてやろう」


「お?」


 来た。この瞬間ときを待っていたんだ。

 無敵か。圧倒的攻撃力か。モテモテオーラか。笑いが止まらなくなるくらいの金運か。

 モテモテオーラが良いな。


「あんたは腐っても小説家だろ? いや、腐った小説家だね?」


「うるさいなあ……」

 そんなに図星を突かないで欲しい。


「安心しな。どんな小説家でも必ず持っている、を組み合わせたスキルをひきだしてやるから」


「なんだよそれ……」

 なんかいちいち、違うんだよな。

 わかりやすいのがいいんだよ。

 無敵、とか、経験値百倍とか。


「文句言わずにやってみな」


「やってみなって……、何を、どうやってだよ」

 

 戸惑う俺をオボロばばあは急かす。


「あんたいったい何がしたい? まずそこから考えな」


 何がしたいと言われたら……。


「ここを抜け出したい」


「なら小説家らしく考えるんだ。ここを抜け出す?」


「そんなこと言われても……」


 とりあえずいつものように展開を考えてみる。

 こうすれば面白いとか、こういう流れにしたいとか、物語を作る上で誰もが考えることだ。


「目の前に、日本に戻れるドアがどんと現れるってのはどうだ!」


 叫んでも何も起きない。

 そりゃそうだ。

 妄想を言葉にしてそれがその通りになったら、無敵じゃん。

 あるわけないよ。


「お前もアホだねえ。そんな脈絡のない流れを読者が受け入れると思うかね」


 呆れるオボロばばあ。

 読者の存在をちらつかせられると、俺も恥ずかしくなる。


「確かに我ながら雑な展開ではある……」


「いいかムサシ。この世界にいるすべての人間が読者だと考えるんだ。ここを抜け出したいというお前の願いを、読者が自然な流れだと受けとめる展開になるよう想造するんだよ」


「むむ!」


 今のオボロばばあの一言は俺の脳をビンビンに刺激した。


「あんたの言いたいことがわかった気がするぞ……」


 俺は必死で思いを巡らした。

 ここに来てから見えたすべての景色。

 ここに来てから耳に入ったすべての言葉を。


「星降りの儀って兵隊さんが言ってたな……(第1話参照)」


 ヒビキさまが使った秘術こそ星降りの儀だ。

 そして別の兵士は俺を見て、まさか上手くいくとは、と驚いていた。

 さらにこれで成功でいいのか? とまで……。


 もしかしたら、星降りの儀がどういうものなのか、ほとんどの人間は把握していないんじゃないか?


 俺としてはそこを利用したい。


「俺がやって来たのと同じ現象が起こるってのはどうだ。つまり星降りの儀が予告無しにまた来るんだ。皆は慌てる。だって星降りの儀で呼び出したのは俺ひとりだからだ。そうだよな、オボロ」


「続けな」


「また別の日本人が現れたんじゃないかとざわつく人達の中で、俺が颯爽と手を上げる。予定にない星降りの儀は危険がある。まず俺が見に行きましょう。ここはひとりで行けますよと説得するわけだ」


 俺はパンと手を叩いた。


「これで城を抜け出せる! そんでもって、星降りの儀が起きた場所には、元の世界に戻ることができる重要アイテムがあるに違いない!」


「そのアイテムってのはなんだい?」


「ドアだとドラえもんとかぶるから、ここはノートパソコンかなんかで、画面の中に顔を突っ込むと俺の部屋に戻れるみたいな流れはどうだ? いけるか?」


 ばばあはケケケと笑った。


「……そいつはこの世界が判断することさ」


「この世界……?」


 その時だった。

 豪邸が激しくゆれ、ドカーンと大きな音がした。

 そしてとんでもない衝撃波に俺は吹っ飛ばされた。


「ぐえっ!」


 立派な本棚に激突すると、棚から大量の本が振ってくる。

 しかし痛みなんかどうでも良い。


「なんだってんだ?」


 急いで屋敷を出ると、近隣の住民も外に飛び出していた。

 あれだけの音と衝撃波だ。異変に気がつかないはずがない。


「見ろ! 空が燃えてる!」


 住民のひとりがある方向を指さす。


 その言葉通り、空が真っ赤になっていた。

 日本と比べて人工の灯りが圧倒的に少ないから、この城下の夜は無限大に暗いのだけど、一部分だけが真っ赤になっている。


 そして赤い光は紫になったり、青くなったり、綺麗に変色し続ける。

 

 その異様な光景に脅えて、勇者さまお助けくださいと絡んでくる住民をよそに、俺はひとり興奮で頬を染めていた。


「これが、想造……」

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