第33話 スパイラルライフ
ある日の休日、僕と咲は久しぶりに電車に乗って街へと出掛けていた。咲の家族との食事会だった。目的地へ向かう途中の駅で、向かいの席に、二人の小さな子供を連れた家族が乗ってきた。恰幅の良い父親は、子供の面倒を見ながら妻の機嫌を取り、まるで家族という会社に勤める社員のようだった。彼がどのように自分の人生を選択したのか聞いてみたかったが、賑やかな子供の一挙手一投足を眺めていると、それは叶わなそうだった。ふと、僕の横に座っている咲に目を向けると、咲はその家族が電車を降りるまで、終始笑顔で子供たちを見つめていた。傍目から見る限りでは、彼らは何の問題もないとても仲の良い家族だった。子供たちは電車を降りる際にこちらをちらりと振り返り、ばいばいと手を振りながら去っていった。僕も咲も手を振って、笑顔で彼らを見送った
その後の食事会はとても楽しい時間となり、食事会を終えて解散となった後、僕と咲は自宅でゆっくりとした時間を過ごしていた。咲はスマートフォンの画面を見ながら、笑みを浮かべていた。
「どうしたの? なんか良いことあった?」
僕は気になって尋ねてみた。すると咲はこう答えた。
「さっきの家族みんなで集まったときの写真を眺めていたの」
「ふーん。何か変なものでも写ってた?」
僕の見当外れな質問に、咲はしっかりとした回答を提供してきた。
「違うよ。何か幸せな時間だったなって。この写真にたくさんの幸せが詰まっていて、これからもこういったことを積み重ねていければ良いなって思ったの。そしたら幸せな気分になってたのよ」
「そっか」
僕は心を打たれた気持ちになって、咲の笑顔をしばらく眺めていた。僕はこれまで日々の小さな歓びや幸福に目を向けることはほとんどなかった。
数日後、仕事を終えて会社を出ると、突然スマートフォンが震え出した。直樹からの着信だった。僕は電話に出るかどうか躊躇したが、結局出ることにした。いつぞやの後ろめたさが僕を後押ししたのだ。
「決まったよ」
直樹からの電話は、正社員での就職が決まったという報告だった。僕との会話を機に一念発起して挑んだところ、自分のスキルが認められて入社することになったそうだ。僕の発言は、善意として受け入れられたということか。僕だったら、そうは思えなかったかもしれない。僕は直樹に心からの祝福の言葉を告げ、近いうちに再び会う約束をして電話を切った。
マネージャーとして周囲の人々と接する日々は続いていた。僕は、自分の根幹の問題について考え込む時間よりも、自ずと現実的に直面する問題の解決に向けて真剣に取り組む時間を確保していることに気付いた。冷め続けていた筈の情熱の灯が、再び灯ったかのように。友人のように、気心や志向を把握しきれない人たちとの生活。その中で、どうしたら自分が属する場所がもっと良くなるか。自分の抱えるメンバーがどうしたら成長できるか。このようなことについて頭を捻る時間が増えていた。僕の道は、こんな身近なところにあったのだろうか。明確な答えを出せないまま、あれよあれよと月日は過ぎていく。
僕は自宅への道を歩きながら、自分の抱える問題とこれまで会った人たちのことを交互に思い浮かべていた。皆、それぞれの日々を生きている。そして、多かれ少なかれ、大なり小なりの悩みや葛藤、問題を抱えて生きている。そこに懸命に向き合っているか、そうじゃないかは人それぞれだ。ただ、何かを成し遂げる人は、きっとこうした問題に対して自分なりの答えを導き出し、自ら道を切り開いて進んでいる。その期間が短いか長いかはその問題にもよるし、その人にもよるだろう。そして、それができない人もこの世界にはたくさんいるはずだ。人生の選択には様々なアプローチがあり、誰かのために生き抜くということも立派な選択の一つだ。大抵の人はいつまでも自分のためだけに生きられる訳じゃない。そして、誰しも役割を持っている。役割がないという人は、自分の現在地が見えていないか、見ようとせず放棄しているだけだ。
僕の問題は依然として解決していない。しかし、僕はそれでも良いと思うようになっていた。僕が現在直面している問題が、本来僕が進みたい道だったのかもしれない。ひょっとしたら、それは違うかもしれない。また近いうちなのか、数年後なのか、そのまたもっと先かは分からないけれど、また同じような問題に苛まれるかもしれない。きっと僕はこの先も葛藤を続けて生きていくだろう。いつの日か、何者かになったとしても。
会社から自宅へと帰る道の途中、僕の両足は軽妙な風のテンポに呼応するかのように小気味良くリズムを刻んでいた。
So Many Ordinary People, Ordinary Days 相沢光里 @kouri04
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