めちゃくちゃ集中力が求められる注意散漫勇者

ちびまるフォイ

どんなときにも乱れない心を

「あの強大な力に立ち向かうにはやはり同じ力を持つお前しかいない」


「俺にあのラスボスを倒すだけの力があるんですか……!?」


「そうだ。お前の中にやどる究極魔法を唱えれば

 いかにラスボスであったとしても確実に倒せるだろう」


「きゅ、究極魔法……!」


「しかし究極魔法には高い集中力が求められる。

 詠唱中に一瞬でも他のことを考えては暴発するほど危険だ」


「任せてください! 必ずこの世界を救ってみせます!」


これまで暗黒に囚われていた世界であったが、

異世界からやってきた勇者にすべての希望が託された。


良い返事をしてからしばらくしても勇者の動きはない。

村の人達はさすがに心配になった。


「なあ、お前ちょっと勇者の様子を見てくれないか」


「え? なんで私なんですか」


「お前は村の入口で"ここは始まりの村だよ"っていうだけのバイトだろ。時間ならあるじゃないか」


「ええ……それなら、村のはしっこで"ひひーん!"っていうだけのバイトはいますよ」


「勇者みたいな非モテ陰キャには、女性が声をかければ機嫌を良くするもんなんだ」


「わかりましたよ……」


村のバイトは重い足取りで勇者の家に向かった。


「こんにちは勇者さん。そろそろラスボスを倒しに行ってもらえませんか?」


「え? ああ……うん。これ読んだらね」


「……は?」


部屋を見るとおそらく旅支度をしていた様子が伺える。

けれどそれ以上に書店かと思えるほどの漫画が平積みされていた。


「……なにやってるんですか?」


「冒険に行こうと準備をしていたら懐かしい漫画が出てきてね。

 いやぁ、子供の頃に好きだったものって今見ても面白いもんだね」


「それよりラスボスでしょ!? 世界を救いに行ってくださいよ!」


「だって続きが気になるんだもんっ!

 それに究極魔法は集中力が求められるんだ!

 詠唱中に"あの続きどうなったんだろう"ってよぎったら終わりだろ!」


「わかりましたよ。それじゃ読み終わったらまた来ますから。それなら倒しに行ってくれるでしょうね」


「もちろん」


「信じますよ……」


バイトはしぶしぶ勇者の漫画待ちをすることになった。

そこまで巻数も多くはないのですぐ終わるだろうと踏んでいた。


けれど。待てど暮らせどまるで勇者は部屋から出てこなかった。


「……おそすぎる! もうとっくに読み終わってるでしょ!!」


バイトの足取りは、締め切り守らない漫画家の家に向かう編集者そのものだった。


「ちょっと! いつまで旅に出ないつもりですか!!」


部屋を荒々しく開けると、魔法で取り寄せた電子機器に夢中になっている勇者がいた。

食い入るように画面を覗いている。


「……なにしてるんですか。早く旅に出てくださいよ」


「待って。次の関連動画一覧に面白そうなのがあるんだよ。これは見逃せない」


「異世界チューブなんか見てないで早く旅に出てください!

 こうしている間にも世界はますます闇の手に落ちているんですよ!」


「わかってるよ! でも、この関連動画が俺を離してくれないんだ!

 それに詠唱中に動画の内容が気になったら、究極魔法が暴発する危険もあるだろ!」


「またそれですか!」


この動画で最後、といっても自動で次の動画が再生されてしまう。

そうしているうちに次へ次へと見入ってしまい、旅に出るタイミングはどんどん失われる。


「もうわかりました。そっちがその気なら……」


バイトは意を決して、勇者が寝ている間に部屋のすべてをごっそり持ち出した。

目が覚めた勇者は部屋になにもなくなっていることに驚いた。


「おはようございます。さぁ、さっさと冒険に行きましょう」


「俺の漫画は!? 作ってないプラモは!? スマホは、PCは!?」


「昨日のうちに片付けました。もう部屋にはなにもないから冒険するしか無いんですよ」


「ええ……?」


「大丈夫です。世界を救ったら返します。好きなだけ自堕落に過ごせばいいんです」


「おのれ娯楽を人質にとるなんて、それでも村のバイトか!?」


「そうじゃなきゃ旅に出ないでしょう!」


バイトの強行作戦によりついに勇者は重い腰を上げた。


そしてついに迎えたラスボスとの一騎打ち。

約束の地にラスボスは仁王立ちで待ち構えていた。


「ククク。ずいぶんと遅かったじゃないか。待ちかねたぞ」


「ああ、どうしても外せない用事があってな」


勇者は魔法の準備をはじめる。


「面白い。お前も究極魔法を使えるのか。

 どちらが先に詠唱し終わるかが勝敗を決めることになるようだな」


「俺には世界を救わなきゃいけない理由があるんだ!」


「お前と我のどちらが生き残るにふさわしいか決めようではないか!!」


勇者とラスボスは同じ究極魔法の詠唱をはじめた。

詠唱速度は完全に同じ。

どちらが勝利してもおかしくない。


一緒についてきたバイトがぽつりとこぼした。




「そういえば鍵閉めてきたっけ?」





「「 あっ 」」


ラスボスと勇者の頭に"どうしてたっけ"と一瞬心の乱れが生じる。


ラスボスの魔法は同時に暴発し、二人は帰らぬ人となった。

尊い犠牲のもと世界には平和が訪れた。

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