日記

小丘真知

日記

知人の廃棄物処理業者から、そう大きくない北欧風の本棚をもらいうけた。

トランクに乗せて自宅に持ち帰り、掃除をして使い始めた。

ある日、棚に足をぶつけてしまった拍子に引き出しの中で音がした。

なんだ?と思って引き出しを開けるとノートが入っていた。

掃除の時には引き出しに入ってなかったが、両面テープか何かで天板の裏にでも貼り付けてあったのだろうか。

日に焼けていて、だいぶ使い込まれたノート。

スクラップでもしているらしく、ずいぶんとノートはふくらんでいる。

表紙には「たっくんとの日々」とサインペンで書かれていた。

1ページ目を開くと

「今日から、このノートにたっくんとお母さんのことを書いていきます」

と書いてあった。

シャーペンで丁寧に、日付とその日の出来事とが書かれている。

4月1日から始まっていて、その内容をみると「たっくん」という息子さん?はご病気のようだった。


「はやくたっくんが元気になりますように」


という記述が必ず日記の最後を締めくくっていて、息子を思うお母さんの気持ちが伝わってくるようだった。

それからはたっくんの好きなりんごをお見舞いに持っていったとか、たっくんの好きな戦隊モノのフィギュアをつい買ってしまったとか、ほほえましい日記が続いた。

日付は進み半年ほど経ったあたりから、字の乱れが目立ちはじめ、内容も短くなっていった。

たっくんの元気がなくなっていく。

たっくんは私をみても笑わなくなっている。

たっくんがりんごをほとんど食べなかった。

どうしよう、どうしよう。

息子さんの経過が芳しくないようで、短い文章で記録されている。

不意に白紙になり、何度も書いては消された跡があった。

そこに たっくんは大丈夫

という文字がかろうじて読めた。

その後はしばらく綺麗な白紙が続き、日記の開始から1年ほど経った4月の記述には



たっくんはしょうがなくない たっくんはしょうがなくない たっくんはしょうがなくない たっくんはしょうがなくない たっくんはしょうがなくない たっくんはしょうがなくない たっくんはしょうがなくない たっくんはしょうがなくない たっくんはしょうがなくない たっくんはしょうがなくない たっくんはしょうがなくない たっくんはしょうがなくない たっくんはしょうがなくない たっくんはしょうがなくない たっくんはしょうがなくない たっくんはしょうがなくない たっくんはしょうがなくない たっくんはしょうがなくない たっくんはしょうがなくない たっくんはしょうがなくない たっくんはしょうがなくない たっくんはしょうがなくない たっくんはしょうがなくない たっくんはしょうがなくない たっくんはしょうがなくない たっくんはしょうがなくない たっくんはしょうがなくない たっくんはしょうがなくない たっくんはしょうがなくない たっくんはしょうがなくない たっくんはしょうがなくない たっくんはしょうがなくない たっくんはしょうがなくない たっくんはしょうがなくない たっくんはしょうがなくない たっくんはしょうがなくない たっくんはしょうがなくない たっくんはしょうがなくない たっくんはしょうがなくない たっくんはしょうがなくない たっくんはしょうがな



と、シャーペンをねじ込んでいるかのような強い筆圧で繰り返し書き殴られていた。

その隣のページには、色褪せた写真が貼り付けてあった。

たっくんとおぼしき男の子が気をつけの姿勢で立っていて、寄り添うようにしゃがんで肩を抱くお母さんと思われる女性。



顔はカッターで切り刻まれていて判別がつかない。



次のページには可愛らしい模様をあしらった、ジッパー付きのビニール製小袋が貼り付けてあり、中には錠剤が入っていた。

小袋には



「たっくん用」



と書かれている。



錠剤が入った小袋は整然と並べられ、錠剤の種類ごとに小分けされ、ノートに貼り付けられている。


その隣のページには


4月26日 たっくん 7歳の誕生日 おめでとう!


と書かれていて、貼り付けられている小袋には「プレゼント用」と記され




緑の粉末と、大きめのベージュの錠剤が入っていた。




そこからは

民間療法とは 現代医学? 西洋<東洋<神秘・奇跡=信じる心

といったかろうじて読み取れる文字もあるが、ほとんどは読み取れない上に意味不明な言葉が書き連ねてあった。

ところどころサインペンで塗りつぶされたり、筆ペンでページ全体に×がついているページもあり、くしゃくしゃになっていった。



「お祈り用」と書かれた小袋には人間の爪、毛髪、皮膚?、そしておそらくは血液(だったもの)が小分けされている。



ふと、綺麗な白紙が続いたあと、最初の頃のようなきれいなシャーペンの文字ではじまる日記があった。



最初の日付から4年が経っている。



たっくん 7歳のお誕生日 おめでとう!



その一文が書かれたページを最後に、その日記は終わっていた。



私はそのノートを棚に戻し、棚ごと業者に返却した。




部屋の雰囲気となんとなく合わなかったからという理由で、またお願いしたいと社長に話した。





業者の社長は「あいよ!そこ置いといて!」と、いつものように威勢の良い声をかけてくれた。





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日記 小丘真知 @co_oka_machi_01

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