暁光よ、さようなら

「夏至」というのは昼の長さが長い日、と僕は思っていたのだが、血の渇望の運命により今晩から兄となった少年――名をロランという――によれば、夜の長さが短い日、だそうだ。そして、夏至を境に少しずつ夜が長くなるので「夜が昼に追いつく日」だと言った。

「あと1時間もすれば明るくなってくる。ぐずぐずしてるヒマは無い」

 急かされながら、僕はコウモリに化けるコツをなんとか覚えた。


闇から藍に変わり始めた空を、集中が途切れないように気を張って羽ばたき、なんとかロランの後を追いかける。こちらを振り返りもせず彼は少し先を飛んでいく。もしかしたら、単純に振り返ったり留まったりする技術が無いだけなのかもしれない。


たどりついたのはビル街と住宅地の境目にある、古いビルの最上階だった。居室は全部空家だった。持ち主がビルを破壊するだけの力が無いため、放置され続けている建物の一つなのだろう。

 換気口の隙間から僕たちは中へ滑り込み、窓を板やらパーテーションやらで塞いである薄暗い部屋で変身を解いた。まだ日は昇っていないが、窓の外はもうすっかり明るくなっている。

「あんたの寝床を作らないといけないな」

 部屋の壁際にある棺……というか等身大の箱に持たれてロランが呟いた。僕は彼の傍ら、というか足元で蹲っていた。極度の集中を続けたせいで頭が痛いし、目がちかちかする。このまま眠り込んでしまって大丈夫だろうかと思ったが、自分ではどうすればいいのかわからなかった。

「このまま寝て平気?」

 かろうじて尋ねると、ロランは僕の両脇に腕を差し入れて持ち上げ、箱の中に押し込んだ。

「体が眷属の血に慣れるまでは、よく眠った方がいい。今日は寝床を貸してやるよ」

「……君は平気なの」

「僕は一週間くらいなら寝なくて平気なんだ。特に、たっぷり血を味わった後はね」


箱の縁に彼が両腕と顎を乗せ、こちらを覗いているのを眺めながら僕は眠りに墜ちていった。

 やけに輝いている薄水色の目が、だんだん暗くなっていくのが、まるで海の底に沈みながら水面にゆれている太陽を眺めているみたいだった。

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夜が昼に追いつく日 小泉毬藻 @nunu_k

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