うしみつの屋根
監督を「喰ってしまった」あと、僕はそのまま職場を飛び出した。幸い事務所にはほかに誰もおらず、僕が持ち場に戻らないことなど誰も気にしないだろう。
やけに体が火照り、走り回りたくなる衝動を抑えて僕は車を運転し、なんとか家に帰った。時刻は午前2時を回ったところだ。
アパートの階段を上がり、メモにあった「すぐ上」というのがどういうことかと、僕は狭い廊下で考え込んだ。僕の居室は一番端にあり、真ん中は空室、その隣は大家の息子が住んでいる。今は部屋の灯はついていない。そして、上の階は屋根である。
しばらく観察するうち、自分は己の力のみで屋根へ上がれるという気持ちが沸き出してきた。それにさっきから体を占めている、妙な火照りや高揚のせいでじっと考えているのが苦しい。
衝動的に廊下の端から端へ駆け、手すりを蹴って空中へ飛びあがる。
隣家の壁を蹴って軽く屋根へ躍り出ると小柄な人影があった。
低気圧が引き起こす強い風に、丈の長いコートのような服が翻り、白っぽい金色の髪がふわふわとたなびいている。
「
昨日聞いたのと同じ澄んだ少年の声は少し震えていて、悲しそうにも嬉しそうにも聞こえた。
「あんたみたいに、ヒトらしい優しさ、というか甘さのあるヤツを「兄弟」にしてしまって胸が痛むよ」
立ちすくんでいると、彼は嘲るような調子で言って歩み寄った。僕の背後から照らしている街灯の光で、薄暗かった顔ばせが顕になる。
見た感じの年齢は12、3歳くらいだろうか。肩まである白金の巻き毛と、淡い水色の目をした可憐な少年だ。芍薬の蕾のようにぽってりした唇には皮肉っぽい微笑みが浮かび、それが妖精的な妖しい雰囲気を漂わせている。
見かけだけでも恐くない事がわかると、少しだけ緊張が解けて僕は尋ねた。
「兄弟ってどういう事?」
「言葉通りの意味さ。血を分け合った、キョウダイ」
彼はぺろりと舌を出して見せた。舌先に小さな傷がある。
「他人と深い付き合いをするのは面倒なんで、今まで持った事はなかったんだがね。これも運命だと思って受け入れるよ」
少年は片手を差し出し、探るように僕を見た。僕は彼を見つめ返した。意地悪そうに歪めた表情の奥に、こちらの様子を伺う不安さと、好奇心が見え隠れしているのが分かる。
白く細い手をそっと握る。夢現に感じたのと同じ、冷たく湿った手だった。
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