第10話 復讐完了

俺とユリハが一緒にいると、それが気に食わないのかシャロが水を差す。


「私も仲間に入れて欲しいな」

「お前な……」


相変わらず、アタックしてくるシャロに呆れて言葉もでない。

ユリハは俺の前に出て、ギロッと目を光らせる。


「ミクズ様に近寄らないでください」

「ええ~、私だけ仲間外れにするの? 意地悪~。けどさ、君に何の権限があって言ってるのかな? 君に言われる筋合いはないと思うんだけど」


明るい口調とは裏腹に、圧を感じる顔付き。

お前は引っ込んでろと言わんばかりに。

都合が悪くなると直ぐにそうする。昔からのシャロの悪い癖だ。


だが負けじとユリハも目を尖らせ、声を低くする。


「私はミクズ様に悪い虫が付かないよう、見張る義務があります」

「悪い虫、ええ~誰のこと言ってるの? 私、知らないんだけど」

「ふざけないでください。ミクズ様にとってあなたは悪い存在でしかありません。だいたい、ミクズ様を振っておいて、よくもまあ、こんな真似が出来ますね」


頑なに認めようとしないシャロに、ユリハの堪忍袋の緒が切れた。

軽蔑の眼差しを向けるユリハ、それを鬱陶しく思うシャロ。

またしても二人はいがみ合う。


ふと、周りを見渡すと多くの野次馬が集まっていた。

忘れていたがここは街道だ。村でも闘技場でもない。そんな所で決闘すれば目立つのは当たり前だ。

このまま続ければ、更に悪目立ちしてしまう。

それを避けるため、直ぐ様、行動に出る。


「ユリハ、どこか買い物に付き合ってくれないか?」

「は、はい! 喜んでお供します」


ユリハは我に返り、怒りを静めて答えた。

ついさっきまで不機嫌だったとは思えない、気の切り替えの速さだ。

それを不服そうにシャロがこちらを見つめてくる。

何で私は誘ってくれないのと。


「私も一緒に行ってもいいかな?」

「あなたは来ないでください」


ユリハは釘を刺すように言った。

念を押して。


そんな時、ブツブツと呟いていたアランが声を上げる。


「……そうだ、トリックだ。じゃないと俺が負け犬なんかに、ミクズなんかに負けるはずがない……」


そう言い聞かせるように。

プライドの塊と言っても過言ではないアランにとって、散々馬鹿にしていた俺に負けたのが相当応えたようだ。

そして、負けを認めることも許さず、自分以外に責任を押し付けてなかった事にする。

アランは現実から目を背けて自尊心を保つ。


「それしかあり得ない、そうだ、トリックだ! 勝てないからってズルしやがったな!」

「何かと思えば世迷い言か。惨めなもんだな」


軽くあしらった。

ここまでくると笑う気にもなれない。俺達がトリックを仕掛けたりズルをした事なんてない。アランの主張はまったくの嘘で、滅茶苦茶だ。


これ以上、ここに留まればひたすらアランに絡まれるのは間違いない。

そんなのは嫌だ。

足早にその場から立ち去ろうとする。


けれど、アランは背後から俺に剣を向けて力一杯叫ぶ。

心の中の鬱憤を吐き出すように。


「もう一回だ。今度は正々堂々とだ! てめぇが上だなんて認めねぇ! 上は俺だ。捨て子のお前なんかに……捨て子のお前なんかに絶対に負けねぇんだよ!」


俺は後ろを振り返る。

捨て子だとか負け犬と馬鹿にされて頭にきたわけではない。戦いたいわけでもない。

だが、こっちにその気がなくても向こうにある以上、無防備に背を向けるわけにはいかない。


それに、今後も負けを認めずに突っ掛かってくると言うのらな、今の内に心を折っておいた方が先決だ。

よって、決闘を受け入れることにする。

今度こそは、言い訳も出来ない程に徹底して。


「別に構わないが、負けるだけだぞ。俺はお前よりも強い、本当は分かっているんだろ?」

「うるさい、黙れ黙れ黙れ! お前なんかに何が分かるってんだよ!」


図星のようだ。

余程、俺の言葉が気に触ったのだろう。


「分かってたまるか。俺に何を求めてるんだ」

「……っ、てめぇ!」


アランの怒りは限界に達し、剣で斬りかかろうとしてくる。

それを防ごうと、ユリハが術式を構築しながら、俺を庇うために近付く。


「ミクズ様!」


それよりも先に、アランの剣を握る手が何者かによって止められる。

一同に沈黙が走る。

それを破るように、アランが言葉を切り出す。

明らかに動揺した様子で。切羽詰まった声で。

惨めな姿を見られてしまったと。


「父上……!?」


そこにはキーディスの姿があった。

アランと同じ黒い髪、そして鍛え上げられた肉体。

その風格はまさしく騎士に相応しかった。


「馬鹿者、これ以上恥をさらすんじゃない!」


そうアランを叱責する。

おそらく、一部始終を見ていたのだろう。

キーディスは騎士のお手本のような正義の塊。悪事に対してはとことん厳しい。

そんな彼だが、優しいという訳ではない。

何よりも仕事優先、家族なんてそこには入っていない。


子供には興味を示さず、息子であるアランに対してもほぼ無関心といってもいいだろう。

けれど、そんなキーディスにアランは憧れを抱いている。

だからこそ、叱責された事にショックを押さえきれない。

どうして俺が怒られているのだと。


そんな事は気にせず、キーディスは俺とユリハの前で膝を付いて頭を下げる。

息子の無礼に対する謝罪のつもりだろう。


「ミクズ様、ユリハ様。誠に申し訳ございません。この件に関しては私にも責任はあります。どんな罰でも受けるのでどうか、どうか息子の命だけはお許しくださいませんか」


驚いた。まさか、無関心だと思っていたアランを擁護するとは。

それはアランも同じようだ。だが、それとは別に俺達に様付けである事。謝罪している事に疑念を持っているようだった。


「父上、何を言って……」

「いい加減にしろ……! お前が散々馬鹿にしていたミクズ様は、本来、仕えるべき主であるラーディシュ公爵家の嫡男様なんだぞ……!」


キーディスは聞こえる程度に、極力声を押さえて言った。

どうやら、周りに聞かれてはまずいらしい。

アランは力の抜けた声で呟く。


「……ラーディシュ?」

「えっ……、公爵家? ミクズ、何でもっと早くに教えてくれなかったのよ!」


と喚くシャロ。

耳を立てて盗み聞きしていたようだ。


見かねたユリハは意見を具申(ぐしん)する。

情けなどはなく、そこにあったのは積もり積もった怒りだった。


「ミクズ様。この者達には反省の見込みがあるとは思えません。厳罰を与えるべきです」

「俺が決めるのか? 急にそんな事言われてもな……なら勘当でどうだ?」


厳罰という厳罰を知らない俺にとって、唯一思い浮かんだのがそれだ。

処刑とかは知ってはいるが、詳細は分からず、選ぶつもりもない。

俺の復讐は済んだ。これ以上、いたぶるつもりも、苦しめるつもりもない。


何故?と言わんばかりにユリハがこちらを見る。

顔には出さないが、不満なのだろう。


「ミクズ様……!」

「不満か?」

「……いえ」


ユリハはそれ以上、何も言わなかった。

主である俺が決めた事だからかは定かでないが。

そして、誰よりも驚いていたのはキーディスだ。

勘当という判断に拍子抜けでいる。処刑などの重い罰を下されるとでも思っていたのだろう。


「それだけでよろしいのですか?」

「文句があるなら、別の罰にするが」

「いえ、そのような事はございません。寛大なお心に感謝いたします」


深々と頭を下げる。

内心、ホッとしているのではないだろうか。

自分の息子が死なずに済むのだから。

そんな親の気も知らず、アランは悪態を付く。

何故、自分が勘当されなければいけないのだと。


「ふ、ふざけんな、納得できるか!」

「ねぇ、ミクズ。私の事、見捨てないよね? だって、幼馴染みなんだよ! 婚約者なんだよ?」


情に訴えかけてくるシャロ。

何としてでも、勘当だけは避けたいのだろう。

必死さがよく伝わってくる。


「元な」


間違った認識を訂正した。

都合の良いように婚約者になられては困る。

そんな二人に腹を立てたキーディスが、声を荒げて叱りつける。

せっかく勘当で済んだのに、処刑されたいのかと焦りが垣間見える。


「ふざけてるのはお前らだ! 本来ならば処刑は免れない所を、勘当で許してくださったのだぞ!」


そう説教される二人を余所に、俺はユリハに話しかける。

勝手よくユリハを従者だと言った件について、伝えたい事があり。


「なあ、さっきの事だが」

「……分かってます」

「そうじゃない。……ユリハ、俺の従者になってくれないか」


俺の言葉に、ユリハは開いた口を手で隠して驚く。

何だか、プロポーズみたくなってしまったな。

わずかに恥ずかしさを感じる。


答えを今か今かと待ちわびる。

OKか断られるか、心臓がバクバクと速くなる。

そして、遂にその時はやって来る。


「……っ喜んで、お仕えいたします!」


ユリハは涙を溢し、満面の笑みで答えた。

従者になれる。ユリハは、この時をずっと待っていたいたかのように喜んでいる。

俺がユリハを知ったのは今日。だが、ユリハはいつから俺を知っていたかは分からない。

一年、二年、三年前だってあり得なくはない。


ユリハは溢れ落ちる涙を手で拭っている。

そんな姿を見せられると、温かく見守る他ない。

俺だって、ユリハが従者になってくれてありがたい。

けれど、同時にユリハに相応しい主人でなくてはならないと縛られる。自分にはユリハが勿体無いという思いがそうさせたのだ。


はぁっとため息を溢す。

疲れと、シャロ達との因縁が切れたことに。

これで俺の復讐劇も終わり。


だが、悪い事だけじゃなかった。

ユリハと出会えたこと。

自然と、俺の顔に笑みが浮かんだ。

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幼馴染みを寝取られた無能ですが、実は最強でした 一本橋 @ipponmatu

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