【3分×日常×ホラー】夜風にあたっただけなのに
松本タケル
夜風にあたっただけなのに
その日も愛里は自宅のベランダに出て外を見ていた。タバコを吸うためだ。これは誰にも内緒だった。10階から都心の夜景を見ながらの
ベランダでの
「そろそろ、入ろう」
リフレッシュタイムを終えた愛里は自身に言い聞かせた。そして、窓に手を掛けて開けようとする。
「あれ? 開かない」
窓が接着剤で止められたようにビクともしない。力いっぱいスライドさせようとしても駄目だ。
「おかしい。こんなことは初めて」
窓ガラス越しに見える鍵は開いたままだ。5分ほど格闘するも無駄だった。
「仕方ない。警察に連絡しよう」
そう思ってハッとする。スマホを室内に置いてきたのだ。窓ガラス越しにテーブルに置かれたスマホが見える。
「仕方がない、最終手段だ。ガラスを割ろう」
泥棒がやる手段だ。鍵の周囲だけ割ればいい。窓ガラスの入れ替えが必要だが背に腹はかえられない。
しかし、ベランダを見渡すもガラスを壊すために使える道具がない。お手上げだと思ったとき、非常用の避難ハッチが目に入った。ベランダの床に金属の扉があり、開けると下の階のベランダに降りられる仕組みだ。
「下の人にビックリされるかもしれないけど」
愛里は金属の扉を開き、備え付けの簡易ハシゴで下の階に降りた。
バタン。愛里が下の階のベランダに降りた瞬間、頭の上の金属の扉が閉じた。驚いたが、そういう仕組みなのだろうと思った。
「あれ?」
下の階には電気が
愛里は記憶をたどった。
「ポストには全戸、名前が入っていたような? 空き家かしら」
この高層マンションは、誰か売りに出すと中古でもすぐに完売となる人気物件だ。空き家なのは不可解だった。愛里はダメ元で窓に手をかけた。
「あれ?」
窓がスッと開いた。
「ラッキー。玄関から出させてもらって家に帰ろう」
そう考え忍び足で室内に入った。無人で電気は
「急ごう」
と思ったその時、
「お話したいと思っていたんですよねぇ~」
突然、暗がりがら声が聞こえた。年配の男性の声だ。
「ギャー」
短い叫び声を上げて愛里は腰を抜かしてしまった。周囲を見渡すも人影はない。
「いつも聞こえてましたよ~。足音とか~」
入ってきた窓が閉まった。
「ヒッヒイッ」
声にならない声を出して、愛里は
「ここは私の城なので私の許可がないと出られませ~ん」
声が近付いてくる。荒い
「何が望みなの!」
愛里は
「わ、私と結婚してくださ~い」
「結婚ですって!」
愛里はパニックで頭が整理できない。
「ず~っと、気になってたんですぅ。あなたのことぉ~」
まとわりつくような気持ちの悪い話し方。
「出られるならどうでもいい。結婚でも何でもしてあげるから」
愛里は泣きながら叫んだ。直後にガシャと音がして鍵が開いた。ドアから飛び出した愛里は死に物狂いで自宅に戻った。
自宅の玄関の鍵は開いていた。偶然、締め忘れていたのが功を奏した。その日はしっかり戸締りをしたあと、電気を
―翌日
スッキリと目覚めた愛理は、昨日の出来事が夢に思えてきた。いつものように準備をして出勤する。マンションのエントランスでふと足を止めた。
「そうだ、下の部屋の名前、見ておこう」
自分の部屋のポストにあるのは『山之内』。愛理の苗字だ。そして、下の部屋のポストにあった名前は・・・・・・『山之内』。
「えっ」
背筋が凍るとは、この事だと知った。
(了)
【3分×日常×ホラー】夜風にあたっただけなのに 松本タケル @matu3980454
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