第354話 相対する10完

「ごほっごほっ。これ……コーヒーか? しかもブラック!? せめて牛乳を入れてくれ」

「一発で正気に戻すには都合がよかったのです。あとで天ヶ瀬さんにはお礼を申し上げないといけませんね」

「あいつが持ってきてたやつか。だからってなぁ……っていうかなんで口移しなんだよ」

「あら。お嫌でしたか?」

「いや助かったよ。頭がすっきりした」



 アーデを抱きかかえながら空中に浮遊し周囲を見渡す礼土。正気でなかったにせよ、周囲に大きな被害が出ていない事に安堵していた。あのまま攻撃していれば間違いなくヤバイ事になっていた。必死に止めてくれていたネムの尽力も間違いなく大きい。そう安堵していると地上にいる枯れた白髪の老婆が笑っていた。




「お前が神って奴か。さてどうしたもんかな。殺したら不味いだろうしどう落とし前をつけるか」



 深い皺が刻まれた顔でまっすぐ礼土の方を見る。神と呼ばれる老婆にもう手札はない。呪星を解呪してしまったため、持ち出していたすべての呪星もすべて使い物にならない。だがそれでも、神はここにきてようやくすべてを理解したのだ。



 目の前にいる銀髪の男。




 こいつだ。



 


 こいつさえいなければ何も問題はないと。




 優先順位を誤っていた。天ヶ瀬から話を聞いた時点で同じく最上位レベルの警戒をするべきだったのだ。たかがいち生命体と侮るべきではなかったのだ。




 ゆっくり神たる老婆は両手を持ち上げる。幸い場所も良い。ここなら実行可能だと笑みを浮かべる。





 ――そう。礼土が地球へ来た事によって生まれたこの特異点とも言えるこの場所ならばそれが可能なのだ。





「ん、なんだ。まだ何かする気か? もう諦めろ。とにかくこれ以上お前に暴れられても困るんでな。適当に封印でも――」




 そう言いかけて礼土は気づいた。――




 少しずつ、だが確実に身体が引っ張られている。抵抗しようと移動を試みるが動けない。



「てめぇ、何しやがった」

「ここは、そうこの空間すべて、霊界領域と呼ばれる場所。ここは異界の穴。世界の割れ目。そして――お前にとっては次へ進む道だ」


 

 その言葉の意味をすぐに理解し、礼土はアーデをネムの方へ投げる。一瞬遅れてアーデも言葉の意味を理解した。手を伸ばし必死に叫ぶ。



「出て行けッ! この星からッ! 貴様にお似合いの世界へ送ってやろう!!」

「ふざけんな。今ここで神殺しをしてやろうか!?」


 礼土が魔法を行使しようとすると不可かいな事が起きる。礼土が作り上げた魔力が吸い寄せられるのだ。あの黒い穴の方へと。地球の神であり管理者でもある老婆が、礼土を地球から追放することを決めた。本来であれば、今の神にその力はない。

 だが場所が悪かった。この場所は本来なら礼土が送られる場所。だがその場所を横取りし、居座ったのが今の神だ。結果はどうであろうと、この場所はこの世界と別の世界との距離が最も近い。だからこそ、最後の力を振り絞り礼土をこの世界から追い出すことを決めた。



 ここは霊界領域だ。つまり法則がある。複雑な法則ではない。非常にシンプルな法則。それは――あの穴に触れたものは世界の外へ追い出されるというもの。





 その最後の一押しを神はやっている。身体も魔力さえも吸い込まれもはや存在そのものが吸い寄せられているといってもよい状況、飛行すらままならない礼土は枯れ果てた姿となっている老婆を睨みそのまま穴の向こうへ。別の世界へ連れさられた。





「礼土。そんなまさか――」



 呆然とするアーデを他所にネムは更に置いた老婆の胸倉を掴み持ち上げる。もはや重さもない枯れた身体。もはや骨が浮き出るほどの痩せ干せた老婆はそれでも笑う。




「戻しなしなさい」

「無理だ。もう私の管理から離れた。別の世界へ行ったのだ。ふひ、ふひひひひ」

「殺すわよ」



 今まで以上の殺意を籠めてネムは目の前の枯れた神を睨みつける。



「好きにするがいい。だが忘れるな、私は端末ではあるが星そのもの。もう寿命はほとんどない。そうさな。1年といったところか。分かるか? 1年だ。1年でこの星は死に絶える。木は枯れ、大地は砂漠と化し、農作物も育たなくなるだろう。海は濁り、海洋生物は死に絶える。空気が凍え、地上の、人間も含めたすべての生命が死に絶えるのだ」

「それが――」

「もう後はない。1年だ。1年以内にもう一度呪星を作り、星にエネルギーを与え延命させなくてはならない。出なければ死ぬ。この世界すべてがだ」



 これは脅しだ。先ほどネムがやったのと同じ脅し。質が悪いことにその結果さえも同様のもの。礼土が破壊するか、寿命で死ぬかの差。それを理解したネムは胸倉を離した。


 

 ネムも理解したのだ。今度選択を迫られたのはこちら側なのだと。



 そうして苦い顔をしていると幽鬼のようなおぼつかない足取りでアーデがやってくる。目に生気がない。



「礼土はどこですか」

「知らぬ」

「礼土を取り戻す方法は?」

「ないな」

「嘘ですね。貴方は管理者なのでしょう。なら送った先の管理者と交信が出来るはず。もう一度この世界へ送るように伝えなさい」

「やると思うか?」



 するとアーデは枯れ枝のような腕を手に取る。




「人間と同じ身体というのが幸いでした。いくらでも痛めつけられる。こういった行為は本来嫌いなのですが仕方ありません。貴方が礼土を返すまで何度でも――」



 そう言いかけた瞬間、ネムがアーデを引きはがした。



「離しなさいッ! 礼土を助けないと! 今度は私がッ!」

「だめ、落ち着いて! 拷問なんてしたら多分死ぬ。それじゃ不味いって!」

「ですが……ならどうやって礼土を取り戻せばいいのですか……」



 大粒の涙をこぼしアーデは崩れ落ちる。それを見ていた神がまた笑みを浮かべた。




 「会わせてやろうか」

「――なんですって?」

「簡単だ。お前をあの男と同じ場所へ送ってやる。だが無事で済むと思うな。あの男を送った世界はここやお前がいた世界とは比べ物にならない過酷な世界。なんせ向こうの管理者達がこぞって積極的に異邦人を勧誘している始末だ。人は平等ではなく、下層の人間に人権はない。分かたれた国ごとに限られた資源を奪い、争っているような醜い世界。そこに兵器として数多の異邦人が召喚されている。あの男は確かに強い。あの戦争にも生き残れるかもしれない。だがあ奴のような化け物が集まる坩堝のような場所だ。果たして生き残れるか。ふひひ、ひひひ……ん?」




 何かが割れる音がする。




 その場にいた全員が空を見た。





 空に浮かぶ巨大な空洞。――その空間にヒビが入った。





「な……何が……」




 神がそう呟くとヒビは徐々に大きくなり、そして完全に割れた。




 その中から少し髪が伸びた銀髪の男が現れる。





「てめぇ。よくもやりやがったな」




 ゆっくり空中から地上へ降りてくるその男の姿を誰も見間違うはずがない。




「礼土ッ!?」



 アーデは立ち上がり、礼土へ駆けだし抱きしめた。ネムは安堵しつつ笑い、ケスカもお菓子を食べて始めていた。




 そして神はあまりの衝撃に尻餅をついていた。





「……どうして。いや、どうやって戻ってきた」

「簡単だ。向こうの神様? いや管理者っていうんだっけ。そいつらと、その配下の天使とかいう化け物をボコボコにしてここに、この時間に戻してもらったんだ。最初記憶をなくしてたせいで戻ってくるにに1年近くかかるとは思わなかったがな」

「化け物か……貴様は……」

「それ向こうの世界でも散々言われたわ。ったく、無限増殖して、自国民を餌にする花みたいな野郎や、触れただけで腐敗の卵を産み付ける不死身のアメーバなんかの野郎どもに化け物と呼ばれた気分がわかるか? 涙出そうだっての」

 


 そういって指を鳴らしながら歩く礼土に神は腰を抜かしたままゆっくり後ろへ下がる。



「待て、待ってくれ! 殺すのか!? この私を!? もうこの星の寿命は1年程度、滅びるしかないのだぞ! それを更に縮める気か!?」

「滅びる? ほんとかそれ」



 礼土が抱き着いているアーデにそう問いかける。すると身体から離れたアーデは赤くなった目をこすりながら静かに首を振った。



「わかりません。流石に話の規模が大きすぎて――それが真実なのか、虚言なのか」

「多分嘘はついてないかも」


 ネムは神から視線を外さず、ゆっくり礼土達の方へ近づく。一番最初にここへ来たネムは今の神と最初に見た神の変化を如実に感じていた。



「かなり弱ってる。嘘でそんな姿になってるとも思えない」

「ふーん。弱ってるねぇ。封印とかするとどうなんだ」

「ば、馬鹿者! 神を封印など……」

「そういうのはいいから。どうなんだ?」

「……何も変わらん。どのみち今のままでは星は終わりだ」



 そういうと老いた神はうなだれるように顔を伏せた。その様子をみたアーデが先ほど聞いた話を礼土へ説明をする。呪星は何のために存在していたのか。呪いという人から得られるエネルギーを星へ注ぎ込み、星の命を延命させようとしていたこと。




「つまりなんだ。お前の目的は星の延命のためのエネルギーってことか?」

「……主目的はそうだ。そのついでに搾取してきた人間を貶められればそれでよいと思っていた」

「なら話は簡単だ」

「――――なんだと?」




 驚いたように神は顔を上げる。その神の前に礼土は膝を曲げて顔を見た。



「延命には絶対呪いの力が必要なのか?」

「……待て。何が言いたい」

「俺の魔力はどうだって話だ。正直地球だと持て余し気味だし、我慢してコーヒー牛乳を飲めば数日で回復するぞ」

「何を言っている。一個体ごときのエネルギーで星を賄えるはずが……いや待て、貴様ならあるいは……あり得るのか」



 破壊するのと何かを生かすのは話が違う。だがそれでもつい先ほど、星を破壊するほどの莫大なエネルギーを礼土は簡単に発動しそうになった事を神は思い出す。



「聞くが、先ほどのアレは貴様にとってどの程度の力だった?」

「先ほどのアレってなんだ?」

「この星を壊そうとしたであろう!?」

「えぇ? ……ああそういやしたか? 悪いな俺からすると1年も前だし流石にすぐに思い出せないって。多分半分くらいじゃないか?」

「あれで半分……」




 神は思わず枯れた身体を抱きしめる。寒気がしたのだ。あれだけの力でさえ、全力の半分。しかもそれをコーヒー牛乳を飲むだけですぐ回復するという意味不明な話。だが光明が見える。既に死にかけの状態である星を蘇らせるために手段は選んでいられない。



「――――何が望みだ?」

「行けそうって事だな。俺からの要求は1つ。もう余計なちょっかいはするな、だ」

「今までの人間への干渉の事か……いいだろう。だがそれは貴様が生きている間の話だ。貴様が死にまた寿命が枯渇したら私は同じことをする。この星に住むのは人間だけではないのだ。人間だけの都合を考えるつもりはない」

「その時は好きにしてくれ。少なくとも俺が生きている間に余計なことをしなけりゃいいさ」

「それは理解した。だが私も貴様の魔力を取り込んだ際、どうなるか読めんぞ。なんせこの星にはないエネルギー。異物だ。消化しこの星に合うものへ変換するのに時間がかかるかもしれん」



 霊力と魔力は反発する。なぜなら魔力は地球に存在しないエネルギー。そもそも交わるものではないからだ。だから礼土の膨大な魔力は劇薬となる。その劇薬を神という名のフィルターを通して少しずつ吸収していく。その過程で何が不具合が起きる可能性が高いという事だ。

 

「要は何が起きるかわからないって事か?」

「そうだな。正直想像もできない」

「ま、そん時は何とかするさ。それでお前はずっとここにいるのか?」



 もう空中にあった世界の洞と呼ばれる穴は消失している。もう普通に戻っていた。




「いや、私は一度消える。端末の維持する意味もなくなったからな。……そうさな。何か要件があれば貴様の元へ現れるとしよう」

「そうかい。そんじゃどうやって魔力を渡せばいい?」

「そう、だな。さっきと同じくらいの魔法を使えるか? いいか? 放つなよ? 維持するだけだぞ。絶対だからな」


 怯えた様子で話す神をよそに礼土は体内にある魔力の半分を使い、光球を作り出す。それをまるで危険物を扱うように、慎重に近づき、ゆっくり手をかざした。すると眩いばかりの光を放っていた球がゆっくり回転し始め、徐々に小さくなっていく。そして小さな飴玉のようになった。



「器用ね。それができればあの時やればよかったじゃん」


 関心したようにネムはいうと、汗だくになっている神が一喝した。



「馬鹿もの! こやつにその気がないからできた芸当じゃぞ! あんな状況でできるものか」


 そういうと小さく飴のようになった球を、文字通り、飴のように食べ始めた。



「ぬぅ!!! これはパンチが強い、く、やはり消化に時間かかるな」

「おい、一応言っておくが、喉を詰まらせて死ぬなよ?」

「こんな間抜けな方法で星を滅ぼすか! ――では私は消える。迷惑をかけたな」



 

 そして神は消えて行き、この騒動は収束していった。








 あれから5年。





 星は滅んでいない。相変わらず夏は暑く、冬は寒い。そうして年が重なり、また春が来た。




 あれから世界はまたゆっくり変わっていった。まず、新しく生まれた命に霊力は宿っていない事がわかった。霊が見えるという事もないようで、この霊力を持つという人類も少しずつ減っていくのではないかと連日のニュースで取り上げられている。またアマチは変わらず霊被害に対しての商品の開発を進めているが、現在ではその国への影響力というの減っている。既に神の洗脳が解け、また代表である天ヶ瀬もそういった事をしていないため、徐々にではあるが、アマチへの依存体制も消えて行くのではないかと天ヶ瀬は話していた。




「礼土?」



 エプロンを着ていたアーデがリビングへ行くと漫画を読みながら寝落ちしていた礼土の姿がある。もっとも有名な霊能者となった礼土であったが、あの一件後、活動休止を発表した。既に十分な金を稼ぎ、無理に働く必要もなく、またその容姿も相まって莫大な人気となり、気軽に外出しにくくなった影響もあって引きこもっている状態だ。とはいえ、知り合いからの相談があれば仕事は受けている。だがそれ以外の日はこうして寝ている事が多いのだ。

 

 

「また寝てるの? お腹に乗っちゃだめ?」

「ええ。起こさないように気を付けましょうね。ほらケスカに遊んでもらいなさい」

「小学校にいってるもん」

「ならもう少しで利奈が来ますから遊んでもらいなさい。レア」

「うん。レア、利奈ちゃん好き!」



 

 元気に走り去っていく銀髪の小さな幼女を優しい顔を見送るアーデは利奈をどうすればいいのか悩んでいると、そこに眠気顔のネムが部屋から出てくる。



「また朝まで遊んでたいたの?」

「違う。配信してたの。なんかお悩み相談みたいな話をしてたんだけど、変な話を聞いてさ。ちょっと礼土に相談したいんだよね」

「変な話ですか?」

「うん。何でも共喰いホテルって呼ばれる所があるっていう話」

 


 








 目が覚める。そこは普通の空間ではない。空も地面もない、無の空間。




「目が覚めたかの、礼土」

「ん、お前誰だ」



 目の前に若い女がいた。年齢は凡そ10代前半。見たこともない女だ。




「私だ。ほれ神様だ、神様」

「――ああ。あれ、そんな見た目だっけ?」

「馬鹿者。あれは枯れた星の影響があったからだ。今は貴様のおかげで随分潤った。5年前に貰った魔力だがようやく全部消化出来たのだ」



 5年間ずっとあの飴のようになった魔力を食っていたのかと驚愕する。




「それで追加の催促か?」

「いや違う。正直今は腹いっぱいだ。1,2年後くらいにまた貰えればいい。想像もできなかったがあの日もらった力だけでこの星の寿命な数百年伸びたぞ」

「そりゃよかった」



 霊力と魔力を混ぜた時のような反発が起きるのではと危惧していたが無事に乗り越えたようで何よりだ。



「それじゃ何のようなんだ?」



 新しい魔力の催促でないのであれば、別の要件があるのだろうと促す。



「う、うむ。正直私も想定外な状況のだがな――少々妙な問題が起きたぞ」

「……ああ。やっぱそういう話か」



 

 何もない空間で俺は立ち上がり、目の前の神を見た。




「5年前に言っちまったからな。それで――何すりゃいいんだ?」

「ああ。実はな――」




 話を聞きながら考える。どういう巡り合わせか色んな世界に行ったけど、妙に神様ってやつと縁がある。思えば最初は神の都合で地球へ送られてきたけど、結果的に良かったのかもしれない。まあ前の世界よりは過ごしやすいし今の生活を守るためにも頑張るか。




「――どうだ? 引き受けてくれるか」

「ああ。こう見えて一応元勇者だからな」


 




ーーーーーーーーーー

こちらで追放された異世界勇者はメインストーリーは完結になります。連載を始めてもうすぐ3年、ここまでの長期連載は初めてですが、ようやく一区切りつく事が出来ました。

応援して下さった多くの読者様には感謝しかありません。

また、更新の遅い私のサポーターになって下さった方々も本当にありがとうございます!


皆様のコメント、レビューには本当に助けられました。精神的に落ちていた時など本当に助けられております。改めてありがとうございます。



 書籍版の方、現在も執筆中です。本編も落ち着いたので流石にこちらに時間をさこうと思います。


 さて、ということで次の第4部は本編から5年後の話です。アフターストーリー的な感じだと思って頂ければ幸いです。


 ギャグ回とか、何でもない日常回とか、そんな緩い話を書ければいいなと思っています。戦いとかホラーばかりでは疲れますからね。







 では次回、人身共喰編でお会いしましょう!!




 

 

 

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追放された異世界勇者 ―地球に転移してインチキ霊能者になる― カール @calcal17

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