第353話 相対する9
私が初めて自意識を芽生えたのはいつ頃だっただろうか。ただ漂うような無意識が少しずつ集まり、それが集合し、1つの意識へと変わった。私自身は正確に言えば生命ではない。だがそれでも確かに感じるのだ。
幾重もの生命体が生まれ、絶滅し、時間は流れていく。最初に星を支配していた生き物は絶滅した時、特に感じるものはなかった。ただ次に何が生まれるのだろうかという漠然とした期待だけ。そうしてまたどれだけ時間が流れただろうか。次第に星は新しい支配者が誕生する。それは人間だ。
互いに縄張り争いを繰り返し、多くの命が誕生し、そして死んでいった。そうして少しずつ技術が上がっていく。火を扱うようになり、それを利用した技術が生まれ、少しずつ人間は知識を蓄え、繁殖を繰り返していく。
そうして星を覆う程に人間が生まれ一定数を超えた時、それは既に始まっていたのだ。
それは――少しずつ私の命を蝕んでいく寄生虫であった。
膨大だったはずの
私は焦燥した。だが何も出来ない。
生き物の魂は循環する。だから死んだ人間の魂を何とか別の世界へ送れないか考える。人は増やせない。なら今の破壊的な人間の魂を他所へ追いやれないかと考えた。根本的な解決策ではないのは理解している。だがそれでも何かしなければ焦っていたのは確かだ。そして同じ考えを持つ私のような存在を見つけ、魂の交換を行うようになった。
そんなある日だ。
私は自分の終わりを予感した。
そう遠くない未来にこの私は終わる。とうとうここまで事態が進んだ。そうなった時だ。別の世界の管理者がある人間をこちらへ送りたいと申し出てきた。この時はもう自暴自棄であった。もう手遅れなのだ。何が来ようがどうでもよいと。
だが私の世界へやってきた人間が来た時、一種の閃きが起きた。異世界の人間が送られていく。魂ではなく生身の人間。その情報をうまく読み取れないだろうかと。そして本来、日本の北海道へ送られるはずの人間を押しのけ、私は自分の意識を集めた端末のようなものを作る事に成功した。
死にかけの老婆のような姿。うまく身体は動かせない。指を動かすだけでも億劫になってしまう。まさに死にかけの人間そのもの。乾いた笑いが起きる。そうだ。この姿こそ、死にかけの星そのものなのだろう。余命幾ばくもない皺だらけの姿。それでもいい。ずっと漂う意識だけだったはずの私が肉体を得たのだ。
そして都合よく私の元へ別の世界の魂を宿した人間がやってくる。こういうものを天命というのだろうか。私の手足となる人間を獲得できた。これでようやく動ける。
星を救うため、人間を根絶やしにするための計画を。
計画は順調だった。私の搾りかすのような力を使えば、人間は容易く洗脳出来る。僅かな期間で大きく事を動かすだけの資産も人材も手に入れた。
だがここで計画の変更を考えた。それはただ人間を殺すだけでは意味がないのではないのかと。今更人間を殺した所で私の崩壊は止められない。ならどうすればいいか。
そうだ。今まで奪った分のエネルギーを人間から搾取しよう。
そうして計画されたのが人間の霊を使った呪星計画だ。まず、天ヶ瀬を利用し各国の首脳陣を洗脳し、世界の変革の準備を進める。そして天ヶ瀬の仲間となった区座里、知座都は霊が広がる土台を作るため、世界各国を回り、悪霊という現象を広めるための行動を取ってもらう。紛争などが盛んな国は呪魂玉というものを利用しその土台を作る事は容易だったため、2人の動く国は想定より少なく済んだ。
その中でもっとも重要なのは私がいる国、日本だ。だから区座里には日本に集中してもらい、知座都は広く浅く多くの国に回ってもらった。
そうしてようやく計画が動く。私は世界すべての人間の霊力を覚醒させる。これで更に私は自身の力を使い死に体となったがそれでもいい。ようやく計画が動き始めたのだ。
霊力を宿した人間の業を奪い、集めて、束ねて作成する呪星。これを使用した場所にいる人間は強制的に呪いを宿しこの呪いの種は育っていく。
そうだ。私は人間の恨み、憎しみといった強い感情を、”呪い”というエネルギーとして
計画は順調だった。1つの呪星だけで端末の身体が若返るだけの力が手に入った。
だというのに。
割れた闇の向こう、空に漂う銀髪の男。
それを見た瞬間、私は感じたのだ。
この星の終わりを。
以前のような漠然とした終わりではない。明確な消滅。それをたった1人の人間を見ただけで明確に理解させられた。
「ば……ばかな」
遠目で見た印象とはまるで別人だ。確かに力は強いだろう。確かに常識外の力を持っているのだろう。だがそれでも人間。たった100年程度の寿命しかない生命体のはず。
だが今、目の前にいる男はまるで違う。私さえ圧倒する未知の力。その殺意がまっすぐに私に向いている。同じ男を複製したはずだ! 同じ力のはずだ! だというのに――。
影のレイドが流星を飛ばす。だがその光は礼土へ当たる事なくまるで吸い寄せられるように逆に礼土の周りを巡回していく。
「俺相手に光魔法か? いや魔法じゃないのか。まあどうでもいいが」
そういうと礼土は空に手をかざす。その瞬間、真夜中にも関わらず太陽が出現した。煌々とした巨大な光。まるで白夜のように突然昼になったのではと勘違いするほどの光を放ち、それが縮小されていく。礼土の全魔力のうち約半分を注ぎ込んだ光玉。大陸を削り、海を蒸発させ、星の核にさえ届きうる純粋な破壊の力。
「よ、よせッ! お前何を考えている! 破壊する気か!? この
ここに来てようやく理解した。目の前の男は私の理解の外にいる。なぜ別の世界の管理者が手放したのかようやく理由がわかった。こんな気軽に星を破壊する生物など誰が喜んで引き受ける? 押し付けられたのだ。この化け物を。
「だから言ったでしょ。はやく呪星を解除して! あんなのアタシだって止められないッ!」
傷つきボロボロになったネムが叫ぶ。ようやくその言葉の真意を理解し、一瞬考えすぐに決断する。星を救済するための計画を維持して、星が破壊されては意味がない。懐から小さな赤い球を取り出す。血のように赤く、心臓のように鼓動する不思議で、不気味な球。それを握りつぶした。血のように赤黒い液体が飛び散り地面を汚す。
「ちょ、ちょっと!? 本当に解呪されたわけ!?」
「した! もう呪いはない!」
「ならなんで止まらないの!?」
「そんなものこちらが聞きたいわッ! どうなっておるんだ、アレは!?」
礼土の頭の中を巣くっていた呪いは消えている。星を救済する要の呪いをただ我慢という所業だけで押さえていた礼土は既に正気を保てなくなっていた。現在、礼土の頭の中にあるのは、身内を攻撃し危険な目に遭わせた奴がいる。だから消滅させる。というシンプルなものになっている。そしてその相手は不幸にも礼土を模倣した影であり、生半可な力では消滅させられない。だから星ごと消滅させてしまおうという考えになってしまっていた。
ネムは傷ついた身体を酷使し空を飛ぶ。殴ってでも礼土を正気に戻すために。礼土の掲げた極小サイズまで小さくなった太陽は今にも放たれそうになっている。影から出現させた槍を投擲しようとして――ネムは固まった。
空から2人の人間が落ちてくる。いや飛んでいる。1人は金髪の絶世の美女であり、もう1人は同じく金髪の幼女である。アーデと呼ばれるその女性は手に持ったペットボトルを口に含み、その顔を礼土へ近づけ、口移しで飲ませた。
「ぐおぉおおお!?」
空中へ浮かぶ礼土に抱き着き、何かを口移しで飲ませるアーデ。苦しむ礼土。すると礼土の持つ星を破壊する程の光球が歪み、形を変えていく。そしてまるで星のような数多の光の粒子となり空へ散らばっていった。まるで数万の流れ星のように。
その光景を見て呆然としていた隙に、もう1人の乱入者であるケスカはレイドの影へ迫り、レイドの口に同じくペットボトルを押し込む。そしてそれを飲まされたレイドの影は苦しみだし、暴れ、爆散して消えた。
その光景をただ茫然と見ていた私は混乱していた。毒か? 何か毒を飲ませた? あれほどの生物の動きを止める毒なんてあったのか? いや、それなら同じものを口に含んだアーデもただではすむまい。それに影の方は爆散したのだ。毒の死に方じゃない。見れば先ほどまで殺意全開であった礼土も口元抑えて苦しんでいるが無事のようだ。あのベットボトルに入った闇のように黒い、漆黒の液体は一体何なのだろうと恐怖して震えた。
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次回最終回になります。
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