第352話 相対する8

 目の前にいる黒いレイドをネムは睨む。魔力は感じない。その代わりまるで暴風のような霊力の圧を感じている。


「いい反応だの。さて、さっさと片付けろ」




 老婆がそう言った瞬間、光が走る。それと全く同時にネムは全力で魔力を放出し影を纏う。放たれた光の粒子。ネムの影に付着するがそれと同時に影が光を覆う。レイドの十八番である初見殺しの必殺技。文字通り高速で飛ぶ粒子が身体に付着しそこを起点にレイドの力によって不可避の攻撃を繰り出される。刺突、斬撃、圧撃、ども必殺に近い一撃。だがネムはそれに正確に反応する。

 レイドの初見殺しには対応策がある。それは完全な光としての特性を生かすため大量の力を込めない事だ。強い力を込めると必然的に重くなる。威力は上がるが光速と呼べる速度にはならない。そのため、光速と威力を両立させるギリギリのバランスで攻撃を放っているのだ。



 それゆえに、レイドの本来の膨大な力からすればこの攻撃に込められた力は恐ろしく少ない。だから光が付着し攻撃へ転ずるまでの刹那の間にネムの力で塗りつぶす事が可能となる。無論これも卓越したネムの能力があって初めて可能な技。レイドの攻撃を無効化し、ネムは槍を顕現させる。水のような影がうねりを上げ、槍に纏わりつく。油断なくネムはその槍を振るう。


 渦潮のような影が螺旋を描き、レイドへ走る。その攻撃をレイドは拳を振るう事で消し飛ばした。ネムの攻撃もろとも、周囲の地面が捲られ爆撃のように辺りが吹き飛ぶ。



「くッ! よそでやらんか!」



 辺りに舞う土煙と数多の瓦礫。それを吹き飛ばすように黒い影が飛び出す。突き出される拳をネムは迎え撃つ。全力の拳同士がぶつかり合う。周囲に衝撃波が飛び、空気が爆ぜる。ネムは突き出した自身の拳に激痛を感じる。だが今はそれを無視する。身体を守るようにさらに影が根のように覆いかぶさる。目の前に迫るレイドへ向かって槍を突き出す。表情1つ変えないレイドは迫る槍を右手で弾き、左手による掌底をネムの心臓へ放つ。だが波打つ影へとその腕は飲み込まれ、針のような影が伸び、レイドの身体を襲う。だが次の瞬間にはレイドはその場にはおらず数m上空へ移動している。


 そしてその右手には光が圧縮された球体が握られている。それが放たれた。閃光は数十本近い、鞭のように伸び襲ってくる。光の鞭が触れる場所は消え、僅かな煙しか残らない。岩だろうが、建物だろうが鞭が触れた箇所は消滅したかのように消えていく。いや溶けている。




 ネムはその鞭から距離を取りつつ、空中へ1つの影の玉を放つ。それは上空へ上がるにつれ大きく膨張していく。成長するかのように巨大化するそれは次第に蓋をするかのように闇へ塗りつぶしていく。夜とは違う純粋な黒。そんな黒に周囲が落ちていく。そして地面から巨大な槍が出現した。

 まっすぐに伸びていく槍はレイドへ迫るが先ほどの光の鞭で切り刻まれて行く。だがそれでも影は止まらない。まるで地面に棘が生えたかのように1万は超えるだろう棘が生え、すべてレイドへ向かって射出された。その攻撃に対しレイドは腕を振るった。たったそれだけ。その1アクションで閃光が走り、すべての影で出来た棘は光に飲まれ消えていく。



「まだまだぁぁ!!」



 既にこの場所はネムのフィールドだ。周囲はどこを見渡しても影。闇魔法の使い手であるネムにとってこれ以上にないホームグラウンド。ネムが槍を振るうと巨大な斬撃となってレイドを襲う。それをレイドは斬撃に合わせるように攻撃し弾いた。弾かれた斬撃は雲を裂き、山が割れる。それを見てネムはすぐに放った力を霧散させる。あのまま放置すれば街へ被害が出てしまうからだ。そしてその一瞬の隙を見逃すほどレイドも甘くはない。



「ぐぁ――ッ」




 レイドの拳がネムの腹部に突き刺さる。その腕をネムは掴み、レイドを睨め付けながら手に持った槍を突き刺そうとする。その槍をレイドは掴んだ。その状態のままレイドは光を、ネムは闇を放つ。白と黒の太陽が恵山の上空を覆った。



 数度拳を交え、ネムは考える。周囲への影響は気にしつつ、被害が出ない範囲で攻撃はしている。出来るだけ力が拡散されないように、レイドへ集中されるように細心の注意を払いながら攻撃を繰り出していた。攻撃がはれた後のレイドの姿を見る。殆どダメージは入っていない。だが無傷でもない。腕に小さな傷がついている。そしてそれを見てネムは確信した。






 あのレイドは本物ではない。ネムは全力で攻撃している。加減はしていない。――だが昔の魔王の時のように。周囲の被害を無視したような全霊の攻撃はしていない。そんなネムの攻撃でレイドが傷を負っている。ネムの全身全霊の攻撃ならレイドに怪我を負わせることくらい出来るだろう。だが今程度の攻撃で本物の礼土に傷を負わせることは出来るだろうかと考えると――無理だろうなと考える。



 そこから推測するに恐らく6,7割程度の力しかない。このまま戦えば勝てはしなくても負けはしないだろう。だが――それではだめなのだ。このままではまずいのだとネムは焦っている。出来るだけ早く勝負をつける。本物ではない偽物の礼土相手なら十分勝機があると考え――目の前の光景に絶句する。





 それは星のようだった。






 レイドを中心に幾数の、いや幾千の、いいや――幾万の星。それが回転している。光の尾を伸ばしゆっくり回る。この星たちは1つ1つ大した力を持っていない。1つの星程度では先ほどネムが倒した先代魔王の影を倒すことも出来ないだろう。だがそれはこの星の本質ではない。レイドの持つ膨大な力を圧縮し極小の星になるほど小さくなったこの星の硬度は驚異的の一言である。

 


 そんな星が……光速で移動したとしたら?





 どのような鉱石であろうと、異世界の古龍であろうと、その星の落ちる道を遮る事は叶わず、綺麗な孔が生まれる。





 これこそ、魔王オルダートを数十キロ先から一方的に攻撃をしたレイドの殲滅魔法。






 星を砕く流星である。



 

 

 綺羅星のように星々が瞬く。一瞬でその星の危険性を理解したネムは身に眠る大精霊の力を総動員し防御の結界を張る。掛け値なしの全力の防御。本物ではなく、劣化した偽物。それ故に本来の威力とはかけ離れた霊力を使って再現された魔法。そのため一瞬の閃光によってネムを包む闇に星が駆け抜けるが貫通には至らない。だがそれでもネムは無傷ではなかった。腕を使って頭を防がなければ頭部を破壊されていた。だが身体はそうではない。心臓含めた幾つかの臓器まで届いた攻撃にネムは口から血を流す。


 だがそれでもレイドの攻撃は止まらない。一度落ちた流星はそのまま回転しまたネムの身体を貫こうと瞬き始める。



 先ほど同じ攻撃がまた行われるという事を感じネムはいよいよ覚悟を決める。防御だけではジリ貧だ。恐らく同じ攻撃を数度受ければ死を覚悟しなくてはならない。では攻撃に打って出るかと考えるがすぐに否定する。レイドの攻撃は文字通り光なのだ。瞬きよりも速く、見えた瞬間には攻撃が完了しているような代物。



 撤退する隙があればいいがと自嘲したネムは、ようやくソレに気が付いた。遅かったのだと。だがそれでも必死に抵抗しようとネムは抗う。




「ちょっと神サマ! これが最後のチャンスよ。さっさと呪いを解いて!! 早くしないとどうなるかなんて」

「まだ言うか。いい加減黙れ。さっさと――」





 世界にヒビが入る。その場にいた全員が思わず身体を止め上空を見る。






 暗い闇の世界。闇夜の世界。周囲とこの場を区切る結界。それにヒビが入っていく、そして割れた。闇に浮かぶガラスが割れるように、そしてその隙間から日の光が差し込まれて行く。




「ああ。……遅かった」



 


 月の光に照らされた銀色の髪が蒼く光って見える。普段穏やかな表情が多い彼が眉間に皺をよせ眼前を見下ろしている。






「お前か。俺の妹分をいたぶった野郎は」





 勇実礼土。今や現代日本において最強の霊能者とも呼ばれた存在である。

 

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